FC2ブログ

カール・ケレーニイ 『迷宮と神話』 種村季弘・藤川芳朗 訳

「そのかっぱらいやペテンや厚顔無恥にもかかわらず、(中略)ヘルメースは罪や贖罪とはいささかもかかわりを持たない。ヘルメースが生成の泉のなかから身に帯してくるものは、まさにこの〈生成の無垢〉なのだ。」
(カール・ケレーニイ 「魂の導者・ヘルメース」 より)


カール・ケレーニイ 
『迷宮と神話』 
種村季弘・藤川芳朗 訳


弘文堂 
昭和48年3月25日 初版1刷発行
昭和48年6月15日 初版2刷発行
274p 口絵16p 
18.8×13.5cm 
丸背バクラム装上製本 機械函 
定価980円



本書「訳者あとがき」より:

「本書は Karl Kerényi : Labyrinth-Studien, Labyrinthos als Linienreflex einer mythologischen Idee (1960) ならびに Hermes der Seelenführer, Das Mythologem vom männlichen Lebensursprung (1943) の全訳である。」
「本書にくり返し述べられているように、ケレーニイはたえず生きている迷宮-神話としての舞踏に立ち戻り、そこから死滅の時期、さらに死後の時期に入った神話である、建造物や図形における迷宮について論を進める。迷宮そのものの構造が生-死-再生の聖なる循環を展開させているのと軌を一にして、「迷宮の研究」の対象もまた生から死へと下り、さらに死後の生へと飛翔して行くわけである。」
「生-死-再生のテーマは、つぎの「魂の導者・ヘルメース」において一段と明確な陰影のうちに再帰してくる。ゼウスやディオニューソスをさえも好んで童児神の相の下にながめたがるケレーニイの、あえて言うなれば子供っぽい、悦ばしげに晴朗な資質は、この一篇にもっとも躍如としている。死を越えて彼方なる死後の生へと案内して行くヘルメースの軽やかな形姿は、(中略)大戦の硝煙をくぐり抜けた明日(あす)へのほとんど祈りに似た希望の象徴とも解されるのではあるまいか。」



口絵図版(モノクロ)31点。


ケレーニイ 迷宮と神話 01


目次:

迷宮の研究――ある神話的観念の線反射としての迷宮
 一 問題――秘密
 二 バビロニア
 三 死――生
 四 セーラム、ポリネシア、オーストラリア
 五 スカンジナヴィア、イングランド、ドイツ
 六 中世――ウェルギリウス
 七 建造物――洞窟
 八 舞踏
 九 沈降――飛上
 一〇 無限――不死
 一一 装飾――象徴像
 一二 ノルマン人-ローマ人
 補遺 アポローン祭祀ならびにアスクレーピオス祭祀における蛇と鼠について

魂の導者・ヘルメース――男性の生命起源の神話素
 第一章 古典伝承のヘルメース
  一 〈ヘルメース〉という概念における問題的なもの
  二 『イーリアス』のヘルメース
  三 『オデュッセイア』のヘルメース
  四 『讃歌』のヘルメース
  五 ヘルメースと夜
 第二章 生と死のヘルメース
  一 ヘルメースとエロース
  二 ヘルメースと女神たち
  三 ヘルメース立像の密儀
  四 ヘルメースと雄羊
  五 シーレーノスとヘルメース

迷宮の研究 原注/訳注
魂の導者・ヘルメース 原注/訳注
訳者あとがき (種村季弘)



ケレーニイ 迷宮と神話 02



◆本書より◆


「迷宮の研究」より:

「ダイダロスと螺旋形との間の根源的な関係は、(中略)すでにソポクレースがその散佚したドラマ『カミーコス人(びと)』のなかで扱った、きわめて古い物語によって確証されている。ダイダロスの衆に秀れた徴(しるし)は、彼が蝸牛(かたつむり)の殻の羊腸たる渦巻のなかに一本の糸を通すすべをわきまえていたことに基づいていた。彼はそのすでに合理主義化されている物語のなかで一匹の蟻に糸を貼りつけ、この蟻が蝸牛の殻のなかをくぐりぬけるのである。(中略)迷宮と蝸牛の殻とは同一概念の二つの表現方法であることがわかる。すなわち、一方――蝸牛の殻――は自然から直接に提供されたものであり、もうひとつの方――舞踏化された迷宮も、絵に描かれた迷宮も、建築物として構想された迷宮も――は人間の手で創造されたものである。両者においてひとしく、世界は存在の同一の局面、すなわちそのいかなる死をもかいくぐって無限にうねうねと転捻していく能力を開示する。その結果、二つのシンボルに関して、文学においてはまさに同意たるものとしてあらわれる、天与のある関係が生じてくる。この神話素は謎言葉に、一種のケニングに隠れ処をもとめる。警句詩人テオドリダスは〈海の迷宮〉なる呼称によって海から採った巻貝の殻を呼び出す。巻貝は洞窟の妖精(ニムフ)たちに、したがって別種の天然の迷宮の住人に贈られた。ギリシャの辞書編纂者たちはこの密接な相互関連の伝統を墨守する。彼らにとって迷宮はつねに〈蝸牛ノ殻ノヨウナ場所〉 κοχλιοειδης τοπος なのである。」


「魂の導者・ヘルメース」より:

「旅人は旅の途上でアト・ホームであり、道そのものの上が故郷なのだ。道は地上の一定の二つの地点の結合としてではなく、一つの特別な世界として理解されている。それは通り道という蒼古たる世界であり、〈水性の通り道〉、すなわち海の流れる道(ヒュグラ・ケレウタ)のそれでもあるが、なによりも、ローマの軍道のように一直線に、無慈悲に土地を貫通するのではなく、突拍子もない波形の線を描いて蛇のように寄り添い合うかと思うと同時に漂遊し、しかもいたるところに通じている地上の真の道という蒼古たる世界である。まさに道の本質のなかにはいたるところで開かれているという消息がひそんでいる。それにもまして道はひとつの世界を形成する。すなわち、爾余のいくつもの世界領域の間にそれ自身として存立する一個の王国を、そこに逃亡しながら、あらゆるものに通じる通路が見出せるような中間領域を、この道の世界のなかを故郷として動き回る者が、ヘルメースをその神とするのである。」

「古典伝承にあっては、ヘルメースの世界はむしろ外部に向って開示されていた。そのかっぱらいやペテンや厚顔無恥にもかかわらず、その世界に特有なものは――これこそこの世界のもっとも驚くべき点であるが――神的無垢である。ヘルメースは罪や贖罪とはいささかもかかわりを持たない。ヘルメースが生成の泉のなかから身に帯してくるものは、まさにこの〈生成の無垢〉なのだ。」




































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ねたきり読書日記。

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。


うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本