『ヘルダーリン全集 4 論文・書簡』 (責任編集: 手塚富雄)

「私はやはりひきこもった孤独な生活を捨てることはできません、捨てたくもありません。」
「ぼくは現代の支配的な趣味とかなり頑強に対立しているが、しかし将来もぼくのこの強情さをゆずりはしない。そして願わくは、自己をあくまで貫徹させたい。」
「私は、自分自身と、(中略)私に似ているすべての人を、普通以上によく理解しているからこそ、本性、すなわち自然に従うのです。」

(ヘルダーリン)


『ヘルダーリン全集 4 論文・書簡』 
責任編集: 手塚富雄


河出書房新社 昭和44年2月20日初版発行/昭和63年3月21日9版発行
709p 口絵3p 目次1p 詳細目次・文献11p
四六判 角背布装上製本 貼函 定価9.800円(本体9,515円)
装幀: 山崎晨

月報(8p):
「ヘルダーリン全集」完成に際して (手塚富雄)/《詩人の故郷》② (浅井真男)



本文二段組。
論文と手紙、およびヘルダーリンに関する資料(ドキュメント)を収録。

本書「解説 ドキュメントについて」より:

「主としてヘリングラート版『ヘルダーリン全集』第六巻(一九二三年刊)第二部『ドキュメント』から資料を取った。」


ヘルダーリン4-1


帯文:

「ヘルダーリンにおける論理と詩作の対決を理解するために不可欠な論文形式の遺作をはじめ、幼時から精神の薄明期におよぶ豊かな内面を示す書簡と共に、著名な「ディオティーマの手紙」やヘーゲル、シラーが詩人にあてた手紙を収録」


目次:

口絵
 ヘルダーリン全集原本 (シュトゥットガルト大版/ヘリングラート版)
 ヘルダーリンから母への手紙
 1825年ごろ(55歳)のヘルダーリン (G・シュライナー筆)
 1842年ごろ(72歳)のヘルダーリン (L・ケラー筆)
 〈ヘルダーリンの塔〉とよばれる詩人最後の住家 (1850年ごろの水彩画/復原後の写真)
 ズゼッテ=ディオティーマのマスク (1795、L・オーマハト作)
 テュービンゲンにあるヘルダーリンの墓

論文 (氷上英廣・神品芳夫・宮原朗・野村一郎・手塚富雄 訳)
 エムペドクレスの底にあるもの (氷上)
 アキレウスについて (神品)
 イリアス寸評 (神品)
 詩作のさまざまな種類について (神品)
 音調の転移について (神品)
 言語表現のための注意書き (宮原)
 詩作様式の相違について (野村)
 詩の様式の混合 (神品)
 宗教について (氷上)
 亡びのなかで生まれるもの (氷上)
 『オイディプス』への注解 (手塚)
 『アンティゴネー』への注解 (手塚)

書簡 (重原淳郎・小島純郎・志波一富・横田ちゑ 訳)
 デンケンドルフ マウルブロン 1784-1788
  母へ (6通)
  ナターナエル・ケストリーンへ (1通)
  イマーヌエル・ナストへ (11通)
  ルイーゼ・ナストへ (1通)
 テュービンゲン 1788-1793
  母へ (13通)
  妹へ (8通)
  弟へ (4通)
  ノイファーへ (9通)
  ルイーゼ・ナストへ (3通)
 ワルタースハウゼン イェーナ ニュルティンゲン 1749-1795
  母へ (8通)
  妹へ (1通)
  弟へ (3通)
  祖母へ (1通)
  義弟のブロインリンへ (1通)
  ノイファーへ (11通)
  シラーへ (3通)
  ヘーゲルへ (3通)
  ヨハン・ゴットフリート・エーベルへ (3通)
  イマーヌエル・ニートハンマーへ (1通)
  シュトイドリーンとノイファーへ (1通)
 フランクフルト 1796-1798
  母へ (12通)
  妹へ (5通)
  弟へ (14通)
  義弟のブロインリンへ (1通)
  ノイファーへ (7通)
  シラーへ (5通)
  ヘーゲルへ (2通)
  イマーヌエル・ニートハンマーへ (1通)
  ヨハン・ゴットフリート・エーベルへ (1通)
  コッタへ (1通)
  牧師マイヤーへ (1通)
 ホンブルク 1798-1800
  母へ (16通)
  妹へ (4通)
  弟へ (3通)
  ズゼッテ・ゴンタルトへ (4通)
  ノイファーへ (5通)
  シラーへ (2通)
  ゲーテへ (1通)
  シェリングへ (1通)
  イザーク・フォン・シンクレーアへ (1通)
  フリードリヒ・シュタインコップへ (2通)
  ヨハン・ゴットフリート・エーベルへ (1通)
  クリスティアーン・ゴットフリート・シュッツへ (1通)
  フリードリヒ・エメリヒへ (1通)
 シュトゥットガルト ハウプトヴィル ニュルティンゲン ボルドー 1800-1804
  母へ (9通)
  妹へ (10通)
  弟へ (4通)
  家族の人々へ (2通)
  シラーへ (1通)
  アントン・フォン・ゴンツェンバッハへ (1通)
  クリスティアーン・ランダウエルへ (2通)
  カシミール・ウールリヒ・ベーレンドルフへ (2通)
  フリードリヒ・ヴィルマンスへ (3通)
  レオ・フォン・ゼッケンドルフへ (1通)
 テュービンゲン 1806-1843
  母へ (61通)
  妹へ (3通)
  弟へ (1通)

ドキュメント (浅井真男 訳)
 テュービンゲン 1784-1793
  ファン・レーフースの想い出から
  マーゲナウの手記から
  ルイーゼ・ナストからヘルダーリンへの手紙
  ノイファーからヘルダーリンへの手紙
  シュトイドリーンからシラーへの手紙
  シラーからシャルロッテ・フォン・カルプへの手紙
  シューバルトの批評
  『テュービンゲン学術論評』の批評
  『ニュルンベルク学術新聞』の批評
 ワルタースハウゼン イェーナ 1794-1795
  シャルロッテ・フォン・カルプからシャルロッテ・フォン・シラーへの手紙
  シャルロッテ・フォン・カルプからヘルダーへの手紙
  シャルロッテ・フォン・カルプからヘルダーリンの母への手紙
  シラーからコッタへの手紙
  シンクレーアから某への手紙
  シェリングからヘーゲルへの手紙
  ヘーゲルからシェリングへの返書
  ヘーゲルからシェリングへの手紙
  シェリングからヘーゲルへの手紙
  ヘーゲルからシェリングへの手紙
 フランクフルト 1795-1798
  ヘーゲルからヘルダーリンに寄せた詩
  ヘーゲルからヘルダーリンへの手紙
  シラーからヘルダーリンへの手紙
  シラーとゲーテの文通のなかに現われたヘルダーリン
  ハインゼからゼンメリングへの手紙
  イェーナ文学新聞紙上のヴルヘルム・アウグスト・シュレーゲルの批評
  高地ドイツ一般文学新聞紙上の『ヒュペーリオン』第一部の批評
  カルル・ローバウアーのオーデー
 ホンブルク 1798-1800
  カルル・ユーゲル 『人形の家――ゴンタルト家の伝承』から
  ヘンリー・ゴンタルトからヘルダーリンへの手紙
  ズゼッテ・ゴンタルトからヘルダーリンへの手紙〔ディオティーマの手紙〕
  カルル・ゴックからヘルダーリンへの手紙
  ヨーハン・フリードリヒ・シュタインコップからシラーへの手紙
  シラーからヘルダーリンへの手紙
  ムルベックからヘルダーリンへの手紙の断片
 ニュルティンゲン シュトゥットガルト ハウプトヴィル ボルドー 1800-1802
  1800年春のヘルダーリン(シュワープ『ヘルダーリン略伝』による)
  1800年秋のヘルダーリン(シュワープ『ヘルダーリン略伝』による)
  ゴンツェンバッハからヘルダーリンへの手紙
  ゴンツェンバッハの証明書
  シャルロッテ・フォン・カルプからヘルダーリンへの手紙
  シャルロッテ・フォン・カルプからジャン・パウル・リヒターへの手紙
  ランダウエルからヘルダーリンへの手紙
  1802年夏のヘルダーリンの帰郷(シュワープ『ヘルダーリン略伝』による)
  シンクレーアからヘルダーリンへの手紙
 ニュルティンゲン ホンブルク 1802-1806
  ランダウエルからヘルダーリンの刃はへの手紙
  1802年のヘルダーリン(シュワープ『ヘルダーリン略伝』による)
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙
  ランダウエルからヘルダーリンへの手紙
  シンクレーアからヘルダーリンの母への手紙
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙 
  シェリングからヘーゲルへの手紙
  ヘーゲルからシェリングへの返書
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙 (3通)
  ヴィルマンスからヘルダーリンへの手紙
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙 (2通)
  ホンブルク方伯に対するシンクレーアの請願書
  シェリングからヘーゲルへの手紙
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙
  シンクレーアからヘルダーリンの母への手紙
  ヘルダーリンの母からシンクレーアへの手紙 (2通)
  医師ミュラー博士からヴュルテンベルク侯国政府当局への報告書
  母からヘルダーリンへの手紙
  シンクレーアからヘルダーリンの母への手紙
 テュービンゲン 1806-1843
  シンクレーアから公女マリアンネ・ヴィルヘルムへの手紙
  ヴュルテンベルク国内閣から国王への報告書
  シンクレーアからヘーゲルへの手紙
  ツィンマーからヘルダーリンの母への手紙 (3通)
  1820年代のヘルダーリン(クリストフ・シュワープ『ヘルダーリン略伝』から)
  カルル・ゴックからケルナーへの手紙
  コンツからケルナーへの手紙 (2通)
  ヴィルヘルム・ヴァイプリンガーの日記から
  ヴァイプリンガー『ヘルダーリンの生活と作品と狂気』から
  ヘルダーリンの最後(クリストフ・シュワープ『ヘルダーリン伝』から)
  ロッテ・ツィンマーからカルル・ゴックへの手紙
  グメーリン教授からカルル・ゴックへの手紙
  クリストフ・シュワープのヘルダーリン追悼演説  

解説
 論文について (氷上英廣)
 書簡について (志波一富)
 ドキュメントについて (浅井真男)
年譜

参考文献
 BIBLIOGRAPHIE
 邦語文献
  1 翻訳
  2 研究書・論文

詳細目次


ヘルダーリン4-2



◆本書より◆


「書簡」より:

「きょう、ぼくはひとりぶらついていたのだ――とつぜん、ぼくの大好きな妄想が、ぼくの未来の運命が、目の前に浮かびあがってきた(中略)、そのとき、こんなことがぼくの心に浮かんだのだ、大学時代を終えたら、隠遁(いんとん)者になりたいものだ――そして、この考えはぼくにひどく気に入った。」

「あなたは私の気質をご存じです。それは虐待、圧迫や軽蔑(けいべつ)には全く向いていません。しかし相手がまさに気質であるだけに、どうしても克服することができないのです。おお、愛するママ! 私の亡(な)き父は、「大学時代が最も楽しかった」と常々何度もおっしゃっていましたが、私はいつか「大学時代が私の一生を不愉快にした」と言わなければならないのでしょうか。」

「私の風変わりな性格、私の気まぐれ、私の計画癖、それに、(実を言いますと)私の名誉心――これらはすべて、全く根絶しようとすれば、必ず危険を伴うような特性です――これらが私に、静かな結婚生活、平和な牧師生活で幸福になることを期待させないのです。」

「あまり多くを望まないほうがよいのだ。ぼくに忘却を与えてくれると思うものがあれば、ぼくは何にでも飛びつく。だが、その都度、自分は調子が狂っていて、ほかの人間たちのようには、喜ぶ能力がないのだと感ずる。」

「ぼくはここでは全く何の喜びもない。それで、ぼくはほとんど毎晩、(中略)その日のいろいろな不愉快を振り返って、それが過ぎ去った! ことを喜んでいる。ぼくがばか者どもに順応しないものだから、彼らのほうでもぼくに順応しないのだ。」

「社会には愚かしさや、まやかしが付き物ですから、そうたくさんの社会に順応することは、私にはとても望めないのです。」

「ぼくは個々の人間にはもはやそれほど暖かく愛着していない。ぼくの愛は人類なのだ。もちろん、(中略)あまりにも多く見いだされるような、堕落した、卑屈な、怠惰な人類ではない。(中略)ぼくが愛するのは、来たるべき世紀の世代なのだ。(中略)自由がいつか来るにちがいない。」

「ここでは、ぼくはとても静かに生活している。平静と落ち着きをいつもこれほど乱されないで過ごした時期は、ぼくの人生でわずかしか思い出せない。
 おまえは知っている、弟よ! 何物にも気を散らされないということの中に、どんな価値があるかということを。」
「弟よ! おまえのよりよき自我を高く保て。そして、それを何物によっても抑圧されるな、何物によっても!」

「母上、とにかく良いものであろうと悪いものであろうと、自分の本性の固有の性質を知ること、境遇に流されずにできるだけ自己を保持すること、あるいは、この自分の本性の特質にとって有益な環境に身をおこうと努力すること、これは人間の義務なのです。それだけではなく、おっしゃるような方法で市民社会の一地位を占めることは、まったく私の信条に反することでもあるのです。」

「私はやはりひきこもった孤独な生活を捨てることはできません、捨てたくもありません。」

「ぼくは全然といっていいほど人中に入っていかない。」

「奇妙なことだ、――ぼくは夢の中以外では恋をしない運命なのだろうか。」

「いろいろな性格、いろいろな立場を相手にしなければならない環境が、もともとぼくには苦手なのだ。」

「ご一家の方に、あらかじめ、私は欠陥の多い人間で、先天的のや後天的のや、本来もっているのや偶然のものや、環境が悪かったために身にしみついたものや、さまざまの欠点のあることを、(中略)どうかはっきりとお伝えください。」

「しかし私は孤独に耐えていくつもりです。(中略)書斎の中で孤独に過すほうが、全然関係のない人たちのつまらない喧騒の中で過すよりは、やはりよいのです。」

「しかし、ぼくは今また発見しなければならなかったのだ、未知なものはぼくにとって、それが実際にありうる以上のものになりがちなことを。また、新しく人と知合いになるたびに、ぼくはなんらかの錯覚を出発点とすることを。子供っぽい金色の予感を犠牲にすることなしには、決して人間を理解することを学べないことを。」

「世界の歩みは、止められないものならば、その歩みに任せよだ。ぼくたちはぼくたちの道を進もう。」

「しかし、この幸運、つまり、私のような考え方や感じ方をしない人ならば誰でもきっと掴んだであろうこの幸運を利用しなくても、もし母上が、私の性格を、私自身が判断せざるを得ないように判断してくだされば、母上にもどうにか諦めていただけると思うのです。
 母上、役に立つ人が求められているのです。正直に申しあげて、私はいったい役に立つ人間でしょうか。」
「このようなことを言うと、故郷の人たちは、むら気とか、たわ言とか言います。母上は、どうかそのようにはおとりにならないでくださいますように。この点で私が本性に従うこと(中略)は決して無分別なことではありません。私は、自分自身と、この点で私に似ているすべての人を、普通以上によく理解しているからこそ、本性、すなわち自然に従うのです。」

「ぼくたちの無言の至福が言葉にならねばならぬとすれば、この至福にとってそれはまたつねに死なのだ。ぼくはむしろこのまま子供のように楽しい美しい平和のうちにすごしてゆきたい。ぼくがもっているもの、ぼくがあるところのものを計算などせずに。なぜなら、ぼくのもっているものはいかなる思想によっても全的には捉えられないからだ。」

「けれども、雑踏のなかで、あらゆるものにあちこちとこづき廻されながら切抜けて行かねばならぬならば、誰が美しい姿勢を保つことができよう? 世界がこぶしを固めて打ちかかってくるときに、誰が自分の心を美しい節度のなかに保っておくことができよう? われわれが、われわれの周囲に、深淵のように口をひらいている無によって、あるいは、形も魂も愛もなくわれわれに迫る、社会と人間たちの活動のさまざまな何かかにかによって、てひどく心を乱されれば乱されるほど、われわれのがわの抵抗もますます情熱的に、激烈に、たけだけしくならざるをえないのだ。(中略)外部の窮乏と貧困が、おまえの心の充実を貧困と窮乏にかえてしまうのだ。おまえはおまえの愛を抱いて、どこへ行くべきかを知らず、おまえの富のゆえに、乞食をして歩かねばならないのだ。こうして、われわれのもっとも純潔なものが、運命によってけがされるのではなかろうか? そして、われわれはまったく無垢であるにもかかわらず、破滅せざるをえないのではないか?」

「ぼくは現代の支配的な趣味とかなり頑強に対立しているが、しかし将来もぼくのこの強情さをゆずりはしない。そして願わくは、自己をあくまで貫徹させたい。」

「愛情においてであれ、労働においてであれ、つねに自分の全心全霊を破壊的な現実世界にさらすよりは、われわれの本質の表面だけでことに当るほうが望ましい場合が、往々にしてあるのだ。」
「われわれはあまりに早くに、われわれの美しい、生(いのち)に満ちている天性、われわれの心霊の故郷の歓喜を、闘争や熱中や憂慮と取り換えてはいけないのだ」
「愛するカール! ぼくは難破を経験した者のように語って居るのだ。(中略)ぼくはぼくの天性を、平安と憂(うれい)のないつつましい生活とのなかで成熟させなかったので、何かを全的に成就することが困難になるだろう。」
「ぼくはひたすら平安だけを求めているのだ。」

「青年期から成人期への過渡期ほど、すべての点でいとわしい時期はない。ぼくの信ずるところによれば、生涯の他の時期には、他人のこと、自分自身の生まれつきのことが、これほどまでに気にかかることはないのだ。」

「ああ! この世界はぼくの精神を幼いころからおどしつけて、ぼく自身の内部へ追い返したが、いまなおぼくは、いぜんとしてこの苦しみにさいなまれている。ぼくのような仕方で遭難したすべての詩人が、面目を失わずに収容されることのできる病院は存在している――それは哲学という病院だ。しかしぼくはぼくが最初にいだいた愛から(中略)離れることはできない。詩神たちの甘美な故郷からただ偶然によって吹き流されただけのぼくは、この故郷に訣別して漂流するよりは、むしろ功業もなく没落するほうをえらびたい。」

「ぼくには力よりもむしろ軽快さが、理念よりもむしろニュアンスが、主調音よりもむしろ多様に排列された調子が、光よりはむしろ影が不足しているのだ、そして、このすべてのことはひとつの原因からきているのだ。ぼくは現実界にある凡庸で月並なものを忌みきらいすぎるのだ。ぼくは、君がそう言いたいなら、本当のペダントなのだ。ところが、思い違いでなければ、ペダントというものは通常きわめて冷淡で愛情の薄いものなのだが、(中略)ぼくはこう信じてさえいるのだ、ぼくはひたすらな愛情からペダンチックなのであり、ぼくが忌みきらうのは、ぼくの利己心が現実界によって妨げられるのを恐れるからではなく、ぼくが心からの共感をもって他者と結びつきたいと思う気持が、現実界によって妨げられるのを恐れるからなのだ。ぼくはぼくの内部のあたたかい生(いのち)が、日常の氷のように冷ややかな出来事によって冷却させられるのを恐れる、そして、この恐れは、若いときから破壊的にぼくを襲ったすべてのものを、他の人々より多感に受けとめたことからきているのだ。」

「詩への、おそらくは不幸ともいえるこの愛着を私はいまだにもっており、そして自分自身についてのあらゆる経験を経てもなお、詩へのこの愛着は、私が生きているかぎり私からはなくならないと思われるからなのです。」

「ともかく、人々がわれわれを直接攻撃したり侵害したりさえしなければ、彼らと平和に暮らしてゆくことはさして困難なことではなかろう。彼らがかくかくであるということよりは、彼らが自分のありかたを唯一のありかたとみなして、別様のありかたをまったく認容しようとはしないこと、このことがむしろ禍いなのだ。」


     *     *     *     

「尊敬する母上!
 いただきましたお手紙、まことに喜ばしく思わずにはいられませんでしたことを、申しのべさせていただきます。あなたの立派なお言葉は、私にとりましてたいへん有益です。私は、あなたの立派なご意向を賞賛いたしますと同時に、あなたに感謝申しあげなければなりません。あなたのご心情とあなたのたいへん有益なご訓戒には、必ず私を喜ばせ、私に役立つようなお言葉があります。おそえくださいました衣類もたいへん上等です。私はいそがねばなりません。失礼ながら、なお少し申しそえさせていただきます。つまり、きちんとした態度をするようにという、そのような御うながしが、私にとっては(私の希望どおり)ためになるものとなり、あなたにとっては快いものとなるようにいたしましょう。
 あなたのこよなく忠実な息子 ヘルダーリン」

「こよなく尊敬する母上!
 お送りくださいましたもの、まことにありがとうございます。お書きくださいましたお便り、非常にうれしく存じました。人は、あなたの責務となっているような、そういう訓戒をうけ、そして私にふさわしいような、こういうやりかたでごあいさつを返し、きちんと身を持さなければなりません。
 すでに申しあげましたことを私はくりかえしました。
 あなたのこよなく従順な息子 ヘルダーリン」

「こよなく尊敬する母上!
 私はまた、あなたにお手紙を書こうとしております。日頃私が書きましたことは、あなたは覚えてしまわれたでしょう。それでも私は、何回もくりかえしたような言葉を書きました。私は、あなたがいつもほんとうにお元気でいらっしゃってくださるようにと願います。心から、おいとま申しあげます。
 あなたの従順な息子 ヘルダーリン」

「尊敬する母上様!
 私がいつも非常に短い手紙であなたにご苦労をおかけしていますことを、悪くおとりくださいませんようにお願い申しあげます。自分の尊敬する人々にどのような気持をいだいているか、どのような心づかいをしているか、またどんな毎日をすごしているかについて申しのべること――自分の気持を知らせるこのやりかたには、一つの特徴がみられます。つまり、人は自己弁明をしなければならないときにこういうやりかたをするのです。私は、またこれで終りにいたします。
 あなたのこよなく従順な息子 ヘルダーリン」

「尊敬する母上!
 またお便り申しあげます。まえに書いたことを、またくりかえすというのも、かならずしも無用の仕事ではありません。人が互いに何かよいことを勧め、また、互いにまじめなことをいうときには、まったく同じことをいっても、めったに変ったことをもちださなくても、さほど悪くは受け取られません。それは右のことに理由があるのです。私はこのことはこれでやめにいたします。心より、おいとま申しあげます。
 あなたの従順な息子 ヘルダーリン」

「こよなく尊敬する母上様!
 ツィンマー夫人から私は、母上を心にかけて手紙を書き、そしていまでも私はあなたに心服しておりますのを、申しのべることを怠らないようにと注意されました。人間の自分自身にたいする義務は、とりわけ、息子が母親にたいしていだくこのような心服にもみられます。人間相互の結びつきはそのような規範をもっています。そしてこの規範は、これを遵守し、かなりの練習をつむことによって次第にむずかしくなくなり、いっそう心にかなっていると思われるようになります。私のあなたにたいする心服は変っていないというこのしるしで、がまんしてください。
 あなたの従順な息子 ヘルダーリン」

「尊敬する母上!
 こういう状態にあって日頃私のいだいております気持のしるしとして、私はあなたにこの手紙を書きます。私は、自分ではこれでよいと思っており、そしてあなたにはすでに知られておりますこのやりかたで、私の周囲の人々に理解してもらえるようにと、そのために、私はいったい何をあなたに想起していただくようにしたのでしたか、それをいつでも自分にいうことができれば、とてもうれしいのですが。
 あなたの従順な息子 ヘルダーリン」

「こよなく尊敬する母上様!
 私は、これがあなたのご命令であり、そのご命令に私が従うことであると信じて、あなたにお便りいたします。もしそちらに変ったことがありましたら、あなたは私にそれをお知らせくださることと存じます。
 あなたのこよなく従順な息子 ヘルダーリン」

「こよなく尊敬する母上!
 あなたのご好意とご親切のこのしるしが、(私の期待どおり)私に真の感謝の念をおこさせました。もしも私が、すべての徳は好んで全体から自分をさし引くということを、また徳というものはいっぱんに、かならずしも調和に対立するものではないということを考えますなら、あなたの善行も、おそらく、全然報いられるところがないままということはないでしょう。私は、神からいのちを恵まれておりますあいだは、あなたのご親切とご助力を自分の利益のためにあまり呼びださないよう、ますますはげむつもりです。そしてあなたのご嘉賞をえることにつとめ、感情の面で、ついあなたのお気持をそこねることのないようにしつつ、ますます感謝の念をいだくよう、はげむつもりです。
 あなたが愉快な毎日をおすごしでいらっしゃいますこと(と推察させていただきますが)は、私自身にとりましてもうれしいことです。あなたと、あなたのところのみなさまにおいとまのご挨拶を申しあげます。
 こよなく従順な息子 ヘルダーリン」

「最愛の母上、もしも私があなたに、あなたにたいしては私の心をすっかりわかっていただけるようにすることができなくても、おゆるしください。私は丁重に、申しあげさせていただくことのできますことを、あなたにくりかえし申しあげます。私は善なる神さまに――学者のようないいかたをしますなら――すべてにおいてあなたをお助けください、そして私をも、とお願いします。
 私のことをお世話ください。時は確実に過ぎてゆき、そして情けにみちています。そのあいだにも
 あなたのこよなく従順な息子 フリードリッヒ・ヘルダーリン」



「ドキュメント」より:

ヴァイプリンガー『ヘルダーリンの生活と作品と狂気』より:

「しばしば指物師の妻か娘たち息子たちの一人かが哀れな詩人を連れて庭園や葡萄山へ出かけたが、そういうとき彼は石に腰をおろして、帰路につくまで待っているのだった。彼がききわけのない状態になるのを防ぐためには、まったく子供のように扱わなくてはならなかったのである。彼を外出させるときには、あらかじめ手を洗って清潔にするように言いきかせなくてはならない。半日も草をむしっているために、たいてい手はきたなくなっているからである。(中略)帽子は目深(まぶか)にかぶるのだが、ひどく思いふけっている場合でないかぎり、二歳の子供に向かっても帽子を取るのである。彼を知っているテュービンゲン市の人々が決して彼をあざけることはなく、そっとして彼の行くのにまかせておいたことは、たいへん褒むべきこととして記しておくにあたいする。そうして彼らはしばしば言ったものだ、ああ、あの方はむかしはずいぶん利口で学問があったのに、いまではこんなに愚かしくなってしまったのだ、と。」

「彼の一日はきわめて単調に過ぎていった。朝、とりわけ全般的に彼の不安と苦しみの烈しくなる夏には、彼は日の出前か、日の出とともに起きて、すぐに家から出て内庭のなかを散歩する。この散歩はたいてい四ないし五時間続くのだが、それで彼は疲れきる。彼が好んですることは、ハンカチを手に持って柵の棒をたたくか、草をむしることである。彼は見つけたものは、鉄くずであろうと革の切れっぱしであろうと、ポケットに突っこんで持ち去る。そんなことをしながら彼はいつもひとりごとを言い、みずからに問い、みずから答えるのだが、ときには「そうだ」と、ときには「いや」と、ときには両方の答えをする。彼はとかく否定の答えをしたがるのである。
 そのあとでは家へはいって、室内を行ったり来たりする。家人が食事を室内へ運ぶと、たいへんな食欲をもって食べ、葡萄酒も好んで、与えさえすればいつまでも飲んでいるであろう。食事が終わると、彼は一刻でも食器が自分の部屋のなかにあるのにがまんできずに、すぐに戸口の外の床に持ち出す。彼は室内には絶対に自分の物しか置きたがらないので、ほかの物はすべてただちに戸口の外に出すのである。一日の残りは、ひとりごとと室内の行ったり来たりに暮れてしまう。」

「彼は子供たちをたいへん愛したが、子供たちはこわがって彼を避けた。彼は全般的にずいぶんびくびくしていたが、とりわけ死を怖れていた。神経の衰弱がひどいので、彼はおびえやすかった。ほんのささいな物音にも縮みあがるのである。(中略)ときには大声に叫んだり、自分自身に向かって猛烈な議論を吹っかけながら荒れ狂う。(中略)ほんとうに逆上してしまうと、彼は寝床に横になって、数日のあいだ起きあがろうとしない。

「私は彼に別の書物を与えようとして、まだ彼の記憶に残っているホメロスならば読むだろうと考えた。私はある翻訳を持っていたが、彼は受け取らなかった。(中略)その理由は傲慢ではなくて、馴れないものに関係することによって与えられる不安に対する怖れである。馴れたものだけが彼の不安をかきたてない。つまり『ヒュペーリオン』とほこりをかぶった古い詩人たちである。ホメロスは彼にとっては二十年来縁遠くなっていたし、新しいものはすべて彼の心を乱したのである。」

「彼は年老いた母には手紙を書いたが、いつもそうするようにせきたてなくてはならなかった。その手紙はでたらめなものではなかった。彼は努力をしたので手紙は明白なものにすらなったが、ただし、文体についてみても、まだしまいまで考えとおし書きとおすことのできない子供が書いたもののような意味で、明白なのである。あるときの一通は実際によくできていたのだが、次のように終わっている、「もうやめなくてはならないと思います」。ここで彼はすでに混乱していて、それをみずから感じ、筆をおいたのである。」

「奇妙なことに、むかしのよい時代に彼の心を強く捉えていた対象の話をさせることはできなかった。フランクフルト、ディオティーマ、ギリシア、彼の詩その他、むかしあんなにも重要だった事柄については、彼はひとことも語らなかった。」

「ヘルダーリンは、つねに支配されるような固定観念は持っていない。彼は狂気よりはむしろ衰弱の状態におちいっていたのであって、彼の言行に現われるいっさいの無意味なものは、精神的および肉体的な消耗の結果である。」

「彼はたいていひどく自分のなかにもぐりこんでいるので、自分の外にあるものにはいささかの注意も払わない。彼と全人類とのあいだには底知れぬ谷間があり、彼は決定的に人類の外に出てしまっており、たんなる記憶か、たんなる必要上の馴(な)れか、全く死滅することはなかった本能かの結合以外には、人類とはなんの結合もできない。例えば、あるとき一人の子供が窓辺の危険な位置に立っているのを見て、ひどく驚愕してすぐに走り寄って子供をどけた。こういう見かけは人間的な関心は、かつてたいへん感受性が深くてあけひろげだった温かい心情の名残りだったのだが、そういう本能的な衝動以外のなにものでもなかったのである。」

「彼はひとりぼっちで、退屈しているから、語らずにはいられない。彼はなにか意味のあることを言う、それをまとめあげることができない、なにかほかのことが心に浮かぶ、それが次々と第三、第四のことによって押しのけられ、つぶされる。すると怖るべき混乱が現われ、彼はそのなかで不快を感じる、彼は無意味なことを語り、たわごとをしゃべりたてるが、そのあいだに彼の精神はふたたび安らぎを見いだす。他人といっしょにいるときには、礼儀正しく愛想よくしなくてはならないと考えるので、なにかたずね、なにか言うが、他人に対してはなんの関心もなく、他人の答えることに対しても関心がない。そのあいだに彼はひどく自分の思いに巻きこまれてしまうので、相手をたちまち無視して、自分自身と語る。答えなくてはならないという困惑におちいると、考えたくはないし、相手の言ったことには注意していないのだからそれが理解できない、そこで彼は無意味な言葉で相手を片づける。」































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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