ハインリヒ・ハイネ 『流刑の神々・精霊物語』 (小沢俊夫 訳/岩波文庫)

「けれども人間はいつも陽気に笑ってばかりはいられない。口をつぐみ、まじめになることもたびたびあるし、過去をふりかえることもある。なぜなら過去は魂の本来の故郷なのだから。」
(ハインリヒ・ハイネ 「精霊物語」 より)


ハインリヒ・ハイネ 著/小沢俊夫 訳
『流刑の神々・精霊物語』

岩波文庫 赤 32-418-6

岩波書店 1980年2月18日第1刷発行
213p 文庫判 並装 定価300円
Heinrich Heine : Götter im Exil (1853) / Elementargeister (1835-36)



本書「解説」より:

「『精霊物語』は一八三五年から三六年にかけて書かれた。その第一部ともいうべき部分は、フランス人にドイツ古来の精神文化を紹介するために、まずフランス語で『ドイツ論』の初版の第二巻(一八三五年)に発表された。ドイツ語としては、一八三七年、全篇が(中略)『サロン』第三巻(一八三七年)のなかに発表されたのが最初である。」
「『流刑の神々』の成立事情についてはあまり詳しくわかっていない。一八五三年初頭にフランスで、『両世界評論』誌にフランス語で発表されたのが最初で、これはたいへん注目された。」



流刑の神々


帯文:

「キリスト教のヨーロッパ席巻はギリシア・古代ゲルマンの神々にいかなる境涯を強いたか。歴史の暗部に光を投ずる興味つきぬ論考二篇。」


目次:

精霊物語
流刑の神々

訳者注
解説 (小沢俊夫)




◆本書より◆


「精霊物語」より:

「……よく言われることだが、ヴェストファーレンには、古い神々の聖像がかくされている場所をいまだに知っている老人たちがいるということだ。(中略)むかしのザクセン領だったヴェストファーレンでは、埋葬(まいそう)されたものがすべて死んでしまうわけではない。そして古い樫(かし)の森を逍遥(しょうよう)していると、いまでも古代の声が聞こえてくる。(中略)かつてこの森を歩きまわりながら、あの古代のジークブルクのそばを通ったとき、わたしの心はある神秘な畏敬(いけい)の念でいっぱいになった。「ここに」とわたしの道案内の男は言った、「そのむかしここにヴィテキント王が住んでいたのです。」そして彼は深くため息をついた。その男は素朴(そぼく)な木こりで、大きな斧(おの)をぶらさげていた。
 この男は今日でももし必要とあれば、ヴィテキント王のためにこの斧をふりかざして戦うことだろう。この斧に打たれた頭蓋骨(ずがいこつ)はまったくたまったものではない。
 ザクセン人にとっては、彼らの勇敢な君主ヴィテキントがエングターでカール大帝にうち負かされた日は悪日(あくび)だった。エラーブルッフへむかって敗退する途中、女(おんな)子どもをつれた全員がある川の浅瀬につき、押しあいへしあいして進んだとき、ある老婆がもうこれ以上歩けないと言った。しかしその老婆を生きたまま敵の手にわたすわけにはいかないので、ザクセン人たちは彼女をベルマンス・カンプの近くの砂丘に、生きながらにして埋めてしまった。埋めながら彼らは「もぐっていけ、もぐっていけ、おまえはもうこの世には邪魔ものなのだ。おまえはもうみんなで逃げていくのについていけない」と言った。
 この老婆は今なお生きているということだ。ヴェストファーレンでは埋葬されたものがすべて死んでしまうわけではない。」

「わたしはこの小冊子(しょうさっし)では、きわめて興味深い考察に多量の材料を提供するであろうテーマに、いつもほんのちょっとふれるだけだった。そのテーマとはすなわち、キリスト教が古代ゲルマンの宗教をどうやって抹殺しようとしたか、あるいは自分のなかにとりいれようとしたかというそのやりかた、また古代ゲルマンの宗教の痕跡(こんせき)が民間信仰のなかにどのように保存されているかということである。」

「トイフェルは論理家である。彼は世俗的栄光や官能的喜びや肉体の代表者であるばかりでなく、物質のあらゆる権利の返還を要求しているのだから人間理性の代表者でもあるわけだ。かくてトイフェルはキリストに対立するものである。(中略)トイフェルは信じない。彼はむしろ自己独自の思考を信頼しようとする。彼は理性をはたらかせるのである! ところで自己独自の思考は、もちろんなにかおそろしいものをもっている。ゆえにローマ・カトリック・使徒教会が独自の思考を悪魔(トイフェル)的だとして有罪と認め、理性の代表者たるトイフェルを虚偽の父であると宣言したのももっともなことではある。
 トイフェルの容姿(ようし)については実際のところなにも正確な記述はない。ある人たちは(中略)、トイフェルは特定の姿をもっていなくて、任意の姿になってあらわれることができるのだという。これはたしかなことらしい。けれどもわたしはホルストの『鬼神魔術論』のなかで、トイフェルはサラダにさえなりうるということを読んだ。
 いつもは尊敬すべきある尼さん、しかし彼女は自分の属する教団の規則にきちんとは従わず、かなりたびたび聖十字架をつけずにあらわれたことがあったのだが、その尼さんがあるときサラダを食べた。そして彼女の立場にはふさわしくないある種の運動を感じた。夜になって月の光がさしこみ、花ばなが強く香り、ナイチンゲールが感動的に、またすすりなくように歌うと、彼女は奇妙な気分になるのであった。その後まもなくひとりの感じのいい若者が彼女と近づきになった。ふたりがかなり親しくなってから、その美青年はあるとき彼女にたずねた。「ところであなたは、いったいわたしが何者だかご存知ですか?」「いいえ」とその尼さんはいくらかびっくりして言った。――「わたしはトイフェルですよ、」とその青年は答えた。「あのサラダをおぼえていませんか? あのサラダはわたしだったのですよ。」」

「これらすべての歓喜、これらすべてのたのしい哄笑(こうしょう)は消えうせてすでに久しい。そしてむかしの寺院の遺跡には、民衆の考えによれば、いまでも古代ギリシアの神々が住んでいるのだが、キリストの勝利によって力をすべて失ってしまったのである。この神々はいまや悪い悪魔(トイフェル)であり、日中は、かつての自分たちの栄光の暗い廃墟(はいきょ)のなかでふくろうやがま蛙にまじって身をかくし、夜になると愛くるしい姿で出てきて、無邪気な旅人や無鉄砲な若者をだましたり、誘惑したりするのである。」



「流刑の神々」より:

「わたしはここでふたたび、キリスト教が世界を支配したときにギリシア・ローマの神々が強いられた魔神(デーモン)への変身のことをのべてみようと思っているのである。民間信仰は今ではギリシア・ローマの神々を、たしかに実在するが呪われた存在にしてしまっている。その意味ではキリスト教会の教えとまったく一致しているのである。教会は古代の神々を、(中略)キリストの勝利によってその権力の絶頂からたたきおとされ、今や地上の古い神殿の廃墟や魔法の森の暗闇のなかで暮らしをたてている悪霊たちであると考えている。そしてその悪霊たちはか弱いキリスト教徒が廃墟や森へ迷いこんでくると、その誘惑的な魔法、すなわち肉欲や美しいもの、特にダンスと歌でもって背教へと誘いこむというのである。」

「神々は今、すでにむかし経験したのと同じ悲惨なきびしい暮らしを余儀なくさせられているのである。それはあの古代の革命的時代のことだった。巨人(テイタン)神族が冥府の神オルクスの監視を逃がれて地上に上がり、オッサ山の上にペリオン山を乗せてオリュンポス山に登った、あの時代のことなのだ。古代のあわれな神々は当時屈辱的な逃亡をし、あらゆる可能な限りの覆面をして人間の住むこの地上に身をかくしたものだった。ほとんどの神々はエジプトへ行って、より安全に暮らすために動物の姿をとったものだ。(中略)それと同様に、(中略)僧侶の黒い一味があらゆる寺院を破壊し、追放された神々をさらに火と呪いのことばをもって追いかけまわしたとき、異教の神々はふたたび逃亡を余儀なくされ、可能な限りの覆面をして人里離れたかくれ家(が)に住まいを求めなければならなかった。」

「ファウスト伝説についての試論のなかでわたしはプルトンの国に関する民間信仰とプロトン自身のことを詳しく論じたことがある。その試論で示したことは、古代の影の国、完成された冥土とその国の古代の暗い顔をした支配者が完全に悪魔化されたということだった。だが教会の公用語でのべられるばあいにのみ物ごとがとげとげしくひびくのであって、プルトンの身の上は教会の呪詛(じゅそ)にもかかわらず、本質的にはかわっていない。地下の国の神である彼と、その兄で海の神であるネプトゥヌスのふたりは他の神々のように亡命せず、キリスト教の勝利ののちにも自分の領地、自分の本来のすみ家(か)に留っていた。(中略)この地上で彼についてどれほどばかげたことをでっちあげて言おうとも、老プルトンは妻のプロセルピナのもとにぬくぬくと座っているのである。」
「このふたりの神の運命は弟のユピテル(中略)の運命よりはよかった。ユピテルは父が倒されてのち天国の支配権を握り、世界の王としてオリュンポスで、笑いさざめく神々や女神たち、位の高いニュムペたちのお供とともに甘美なる歓喜の統治をおこなっていた。しかし、あの不幸なカタストロフが起きたとき、すなわち十字架の統治、苦しみの統治が宣言されたとき、この偉大なるクロノスの子も亡命し、民族大移動の雑踏のなかに姿をくらませた。彼の足跡は消えた。」
「ノルウェーのドロントハイムで生まれたニールス・アンデルセンは、わたしの知りあったくじら漁師のうち最高の男だ。(中略)くじら漁についてのわたしの知識はすべて彼に負うている。」
「ニールス・アンデルセンはそれからさらにこう説明してくれた、「くじらはどんなに鯨油をたくさん体内にもっていても、宗教心というものはみじんももっていないんだよ。聖者のことも預言者のこともけっして尊敬しない。むかし、そういうくじらがついうっかりして小さい預言者ヨーナスをのみこんでしまったことがあるんだが、どうしてもその預言者を消化することができなくて、三日めにとうとう吐き出してしまったことがあるんだ。この巨大なすばらしい動物には残念ながら宗教がないんだなあ。そういうくじらは天にましますわれらが真の主たる神も尊敬しないし、遠く北極のうさぎ島にすわっている誤まれる異教の神々をも尊敬しないんだ。ときどき訪ねはするんだがね。」
 「うさぎ島? それはいったいどんな島なんだね」とわたしは(中略)きいた。彼は(中略)こう答えた、「それはわたしがちょうどこれからおはなししようと思っていたできごとの起きた島のことなんだがね。その島の正確な位置はわたしには言えないんだ。一度は発見されたものの、ふたたびそこへ到着した者はまだいない。島のまわりには巨大な氷山がそびえ立っていてとても到達できるものではないんだ。(中略)あるとき、北国の嵐によって北極圏まで吹きあげられたロシアの捕鯨船の船員たちだけが、その島の土を踏んだことがあるがね、それもはや百年も前のことになってしまった。その船員たちが小舟でそこへ上陸したとき、その島は荒れ果て、不毛の地だった。(中略)うさぎがたくさんあたりをはねまわっているのが見えた。(中略)たった一軒、みすぼらしい小屋が立っているので、ここに人間が住んでいることがわかった。船員たちがその小屋へはいってみると、ひどく年とった白髪の老人がいた。(中略)彼の右側にはおそろしく大きな鳥がとまっていて、どうやらわしのように見えたが、(中略)羽毛がぬけてしまっていて、翼には長い、もじゃもじゃの羽茎しか残っていなかった。(中略)老人の左側の床には並はずれて大きな、毛のないやぎがうずくまっていた。」
「うさぎ島に上陸したロシアの水夫たちのなかにはギリシア人が数人いたんだが、そのなかのひとりが、まさかこの小屋の主人にはわかるまいと思って仲間のひとりにギリシア語でこう言ったんだ、「このおいぼれ爺(じい)は幽霊か悪い魔神だよ。」ところがこの言葉を聞くと老人は突然石の腰かけから立ちあがった。(中略)そしてぐっと食いしばって端の方のつりあがった口からは、大むかしのギリシア語のなまりで、音の美しい、ひびきの心地よいことばがわき出してきた。「それはそなたのあやまりだ、お若い方、わしは幽霊でもないし悪い魔神でもない。わしはふしあわせな男なのだ、むかしはもっとよい日々を体験したこともあるのだが、だがそなたたちはいったい何者だね?」
 水夫たちはそこでこの男に、航海でひどい目にあったことをはなして聞かせ、この島に関してなんでもいいから詳しくはなしてくれとたのんだ。しかし説明はごくわずかだった。その老人の言うには、考えられないほどのむかしから自分はこの島に住んでいて、島の氷の要塞があの容赦ない敵から自分のことを安全に守ってくれている。生活の糧(かて)は主としてうさぎ猟で、毎年流氷が定着すると野蛮人が群をなしてそりでやってくるので、その連中にうさぎの皮を売り、代金としてあらゆる生活必需品を得る。ときたま島に近寄ってくるくじらは最愛の仲間である。だが今こうやってふたたび母国語を話すことができるのはたいへんうれしい。実は自分はギリシア人なのだ、ということだった。」
「水夫たちは(中略)船にもどってこの冒険の話をした。ところが乗組員のなかにロシアの学者がひとりいた。(中略)教授は水夫たちにこう断定した。うさぎ島にいたその老人はまちがいなくむかしの神ユピテルである。(中略)かつての神々の王者である。彼のわきにいた鳥はおそらく、そのむかし、あの恐ろしい稲光を爪につかんで運んだわしである。そしてその年とったやぎは、まずまちがいなくアルテアに他ならない。つまりユピテルがクレタ島にいた頃すでに乳を飲ませていた老いたる乳母で、今また流刑地でユピテルを自分の乳で養っているのだ。」 
 ニールス・アンデルセンはこうはなしてくれた。この話を聞いてわたしの魂はすっかり哀愁に満たされてしまったことを告白しなければならない。」













































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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