ジュール・ヴェルヌ 『八十日間世界一周』 (木村庄三郎 訳/旺文社文庫)

「子どもたちよ、あまり勉強するのはよしたまえ。あまり勉強する子どもは、たいてい馬鹿な青年になり、間抜けな大人になる」
(ジュール・ヴェルヌ)


ジュール・ヴェルヌ 
『八十日間世界一周』 
木村庄三郎 訳

旺文社文庫 510-2

旺文社 1973年2月1日初版発行/1981年重版発行
376p 文庫判 並装 カバー 定価380円
カバー画: 下川信裕
挿絵: 原書より転載



本文中挿絵22点、カット1点。解説中図版3点。

本書の主人公のフィリアス・フォッグは自閉症でいうと孤立型ですが積極奇異的な行動(この場合だと80日で地球を一周する賭け)に出るタイプの典型で、従者のパスパルトゥー(「合鍵」の意)は自閉症でいうとコミュニケーションスキルを身につけた受動型の典型です。そういうたいへんリアルな人物造型に興味を覚えます。そのへんはローベルト・ヴァルザーの世界にも通じます。世界一周とかはどうでもいいです。ポーの「週に三度の日曜日」と併せよむとよいです。


八十日間世界一周1


カバー裏文:

「“八十日間で世界を一周する!” 友人と二万ポンドの賭けをした紳士フォッグ氏は、従僕のパスパルトゥーをお供に世界一周の旅へと出発した。ロンドンからパリへ、そしてエジプト、インド、中国、日本、アメリカと物語は展開し、二人は各地でさまざまの冒険に遭遇する。果たして賭けの結末はいかに!」


八十日間世界一周4


目次:

「八十日間世界一周」図

一 フィリアス・フォッグとパスパルトゥーとが主従の契約を結ぶこと
二 パスパルトゥーがついに理想の人物を発見したと信じること
三 フィリアス・フォッグにとっては高価につくであろう会話が始まること
四 フィリアス・フォッグが従僕パスパルトゥーをびっくり仰天させること
五 新しい有価証券がロンドン取引所に現われること
六 フィックス探偵が当然な焦燥を示すこと
七 規則上旅券の提出は不要なことを繰り返し話すこと
八 パスパルトゥーがしゃべること、あるいは、しゃべりすぎること
九 紅海とインド洋とがフィリアス・フォッグの企てに幸いすること
一〇 パスパルトゥーは幸運にも靴をなくしただけでまぬがれたこと
一一 フィリアス・フォッグが信じられない値段で乗物を買うこと
一二 フィリアス・フォッグの一行がインドの森林を突破して事件に出会うこと
一三 運命は大胆な者にほほえみかける、ということを一度ならずパスパルトゥーが示すこと
一四 フィリアス・フォッグはガンジス川のすばらしい溪谷に沿って下ること、ただしそれを見ようとはしないこと
一五 札束のはいった鞄(かばん)がさらに数千ポンドだけ軽くなること
一六 フィックスはまるで知らぬふりをして話を聞くこと
一七 シンガポールからホンコンへの航海中いろいろなことが問題になること
一八 フィリアス・フォッグ、パスパルトゥー、フィックスが、それぞれ自分のために用事を果たすこと
一九 パスパルトゥーはあまりに主人に関心を持ち、そして、それにつづいて起こったこと
二〇 フィックスがフィリアス・フォッグと接触すること
二一 タンカディア号の船長は二百ポンドの賞金を危うく失いそうになること
二二 パスパルトゥーは地球上の反対側の地点においても若干の金を持たなければならないと気がつくこと
二三 パスパルトゥーの鼻が途方もなく長くなること
二四 太平洋横断航海を果たすこと
二五 政治的集会の日にサンフランシスコを瞥見(べっけん)すること
二六 フィリアス・フォッグとその連れたちとが太平洋急行で旅行すること
二七 パスパルトゥーが一時間二十マイルの速力で運ばれながらモルモン教の由来を聴かされること
二八 パスパルトゥーは道理を述べたが、だれをも説得できなかったこと
二九 合衆国の鉄道にしか起こらないさまざまな出来事が語られるであろうこと
三〇 フィリアス・フォッグが躊躇(ちゅうちょ)なく義務を行なうこと
三一 フィックス探偵がフィリアス・フォッグの利益を真剣に考えること
三二 フィリアス・フォッグが不運に対して敢然と戦いをいどむこと
三三 フィリアス・フォッグは事に臨んで善処することができること
三四 パスパルトゥーが、いつになく辛辣(しんらつ)な洒落(しゃれ)をとばすこと
三五 パスパルトゥーは主人の命令を二度と主人に繰り返させないこと
三六 フィリアス・フォッグ株がふたたび市場で額面以上になること
三七 結末――フィリアス・フォッグは世界一周旅行から何物も得ず、ただ幸福だけを得たこと

解説 (木村庄三郎)
 ジュール・ヴェルヌ――人と作品
 「八十日間世界一周」について
代表作品解題 (金子博)
年譜 (木村庄三郎)
あとがき (木村庄三郎)



八十日間世界一周2


◆本書より◆

「事実、この紳士ほど打ち解けない人はなかった。話さない人はなかった。そして、話さなければ話さないほど彼は神秘的にみえた。しかも一方では、彼ほど公明正大に暮らしている人はなかった。しかし、その公明正大さとは、毎日々々、数学的に――といってもいいほど正確に同じ行為を繰り返していることであった。それを見る想像力のゆたかな人は、その目に見える表面にあきたらず、ついその裏面を考えずにはいられないくらいであった。」

「フィリアス・フォッグはサヴィル町の邸(やしき)に、たったひとりで住んでいた。彼の邸にはいった者はだれもなかった。まして彼の家庭について知っている者はだれもなかった。
 彼には彼に仕えるひとりの従僕がいれば、それで十分であった。彼はクラブで同じ時間に、同じ部屋で、同じテーブルで昼食をとり、晩餐(ばんさん)をとった。――精密機械の正確さだ。」

「もしフィリアス・フォッグの、こうした生活が偏屈なものだとしたら、偏屈もまた楽しいかな、である。」

「フィリアス・フォッグは、あの数学的に正確な人々のひとりであった。そういう人々は、けっして急がず、けっして遅れない。その歩度や運動を常に調整している。フィリアス・フォッグは最短の距離を行くが、けっして大股には歩かなかった。けっして必要以上に目を高めなかった。けっして余分な動作はしなかった。彼が感動したり困惑したりするのを見た人はだれもなかった。彼は世の中で、もっとも急がない人、しかも、もっとも時間を厳守する人であった。
 それはともかく彼は孤独で暮らしていた。社会と無縁で暮らしていた。そして、そのことは彼としては当然なことといえたであろう。もちろん彼といえども人生においては、ある程度、他人との交流が必要なことは知っていた。しかし交流は一朝一夕に成るものではない。煩(わずら)わしい。だから彼はあらゆる人間関係を避けていたのである。」



八十日間世界一周3


◆本書より◆

「一方、ジャン、綽名(あだな)パスパルトゥーは正真正銘のパリっ子であった。五年このかたイギリスに住んで従僕を職業としていたが、まだ、これこそ真の主人と思える人には出会わなかった。」
「彼はさっそく邸(やしき)じゅうを調べはじめ、地下室から屋根裏部屋まで見て回った。この邸は、いかにも清潔で整然としていて、すべての物が在(あ)るべきところに在り、働くのにはまったく好都合にできていた。彼はすこぶるわが意を得た。彼にはこの邸(やしき)が美しいカタツムリの殻(から)のように思われた。ガスで照らされ暖められている美しいカタツムリの殻――一酸化炭素と水素との化合物があらゆる照明および暖房に用いられている美しいカタツムリの殻のように思われた。」
「パスパルトゥーは、邸のどんな細部をも調べ終ると、さも嬉(うれ)しそうに手をこすり合わせ、顔をほころばせながら繰り返し思った。(ありがたい、ありがたい! このうちこそ、おれにふさわしい! おれたちは……フォッグ氏とおれとは、いずれ一心同体になるだろう。フォッグ氏には、むら気がない。いつも同じだ。まったく機械そのものだ! ところで、おれは機械に仕えて後悔しない人間だ!)」



八十日間世界一周5


◆本書より◆

「ポンペイには見るべきものが多い。市役所、立派な図書館、要塞、ドック、綿花市場、バザー、モスク、シナゴッグ、アルメニア教会、マラバル・ヒルの上にある二つの多角形の塔で飾られた壮麗なパゴダ。しかしフォッグ氏は、それらのいずれをも見ようとはしなかった。」
「絶対に無関心! フィリアス・フォッグは旅券に査証を受けると、ゆっくり駅に歩いて行って食堂にはいり、昼食を命じた。食堂の主人は、数ある料理の中から、当地産の兎(うさぎ)のシチューがきっとお気に召します、と言ってすすめた。
 フィリアス・フォッグはシチューを注文した。一口ずつ味わって食べた。香辛料入りのソースはともかく、シチューはひどいものであった。
 彼は主人を呼んだ。
 「きみ」と、主人の顔を見ながら言った。「これは兎かね?」
 「さようでございます」と、主人は何食わぬ顔で答えた。「森の兎でございます」
 「この兎は殺されるとき、ニャーニャーと鳴かなかったかね?」
 「ニャーニャー! とんでもございません! 兎でございます! 嘘(うそ)は申しません」
 「ご主人」と、フォッグ氏は冷ややかに言った。「嘘でなければいい。でも、ご承知のとおり、昔インドでは猫は神聖な動物と見なされていた。思えば、いい時代だったね」
 「猫にとって、いい時代だったとおっしゃるんで?」
 「旅行者にとっても、いい時代だったよ」
 こう言うと、フォッグ氏はまた平然と食べつづけた。」



八十日間世界一周6







































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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