シャミッソー 『影をなくした男』 池内紀 訳 (岩波文庫)

「シュレミールよ、ぼくたちはへこたれない」
「世間に目もくれず」
「笑いたくば笑え、謗(そし)りたくば謗れ
嵐のはてにぼくたちは港へと往きついて
心ゆくまま安らかな眠りを眠る」

(シャミッソー 「わが友ペーター・シュレミールに」 より)


シャミッソー 
『影をなくした男』 池内紀 訳

岩波文庫 赤 32-417-1

岩波書店 
1985年3月18日 第1刷発行
153p 
文庫判 並装 
定価300円
挿画: エミール・プレートリウス



訳者による解説より:

「挿絵はエミール・プレートリウスが一九〇八年版のために制作したものでインゼル版より採録した。
 ちなみに岩波文庫版のシャミッソーは昭和十一年に井汲越次訳『影を失くした男』が出ているので、これが二代目にあたる。(中略)ほかに先訳として(中略)手塚富雄訳『シュレミール綺譚』(地平社、昭和二十二年)、及び大野俊一訳『影を売った男』(青磁社、昭和二十三年)がある。」
「この翻訳は元来、国書刊行会の「ドイツ・ロマン派全集」第五巻『フケー、シャミッソー』(昭和五十八年)のために生まれたもので、このときのタイトルは原題どおり『ペーター・シュレミールの不思議な物語』だった。(中略)けっこう手直しをしたが、おおよそは修辞句にあたる。多少とも文章がひきしまったのではなかろうか。」




挿絵10点、カット1点。「シャミッソーよりヒッツィヒ宛の手紙」中にシュレミールの肖像画1点。
Adelbert von Chamisso : Peter Schlemihls wundersame Geschichte, 1814


シャミッソー 影をなくした男 01


帯文:

「影を売って大金持にはなったものの世間は影のないシュレミールを冷たい仕打ちで苦しめる。ドイツ・ロマン派のメルヘン風物語。」


目次:

影をなくした男

シャミッソーよりヒッツィヒ宛の手紙
フケーよりヒッツィヒ宛の手紙
ヒッツィヒよりフケー宛の手紙
わが友ペーター・シュレミールに

ペーター・シュレミールが生まれるまで (池内紀)



シャミッソー 影をなくした男 04



◆本書より◆


「男はポケットに手を入れると、手ごろな大きさで縫目のしっかりしたコルドバ革製の袋を丈夫な二本の革紐ごとたぐり出して私の手にのせました。ためしに袋に手を入れて引き出すと十枚の金貨が出てきました。もう一度手を入れるとまた十枚、さらに十枚、もひとつ十枚というわけです。
 「よし、承知だ! こいつと影とを取り換えよう!」
 私は男の手を握りました。すると男はこちらの手を握り返し、ついで私の足もとにひざまずくと、いとも鮮やかな手つきで私の影を頭のてっぺんから足の先まできれいに草の上からもち上げてクルクルと巻きとり、ポケットに収めました。つづいて立ち上がってもう一度お辞儀をすると薔薇の茂みの方(かた)へと引き返していったのですが、歩きながらクスクス笑いを洩(も)らしていたようでした。私はといえば、後生大事に袋の紐を握りしめていたのです。陽がさんさんと射しこめるなかで、すっかり正気を失っていたようです。」

「「ちゃんとした人間なら、おてんとうさまが出りゃあ影ができるのを知らねえか」」

「この世の中では功績や徳よりもお金が幅をきかせているとしても、そのお金よりも影のほうがなおのこと、なくてはならないものらしいのです。」

「鉄の鎖にとめられているというのに翼をもったとて何の役に立ちましょう? 翼をもてばこそ、そのためかえって絶望が深まるものです。伝説にいう宝物の見張りをしている竜のように、私は人の息吹きから遠いところで金貨をかたわらにしながら飢えて横たわっていたのです。お金に未練はありませんでした。むしろ呪いました。まさしくそのお金ゆえに人生から見捨てられる羽目に陥ったのですから。ひとり胸に暗い秘密を収めて私はひたすらおびえていました。召使のはしくれにいたるまでもが恐ろしくてなりませんでした。その一方で召使たちを羨(うらや)みもしました。彼らはともあれ影をもっていて大手をふって太陽の下に出ていくことができるのです。私は夜昼となく部屋に閉じこもり、悲しみにくれていました。」

「わたしは小鳥のようにおびえている。世間から逃れてひとりぽっちの人間だ。そうなんだ、ベンデル、わたしはこの世に裁かれ、追い立てをくっている人間なんだ。おまえだって恐ろしい秘密を知ったら踵(きびす)を返して立ち去ってしまうかもしれない。」

「深い啓示に打たれたかのようにひざまずき、感謝の涙にくれました――というのは突然、未来がひらけたのです。かつての罪業により人間社会から締め出しを食らったかわりに、大好きな自然がわがものとなったのです。大地が豊かな庭として、研究が人生の指針として、学問が至りつくべき目的として、この私に授けられたのです。」

「私は世界中を歩きまわりました。あるときは山の高度や、温泉の高熱ぐあいや、大気の温度を計り、またあるときは動物の観察、植物の調査にすごしました。赤道から極地へと跳び、一地方から別の地方へと移って見聞したところを比較考証しました。アフリカの駝鳥(だちょう)や極北の海鳥の卵と果実、とりわけ熱帯地方の椰子の実とバナナが私の常食というものでした。この世の幸せがないかわりにタバコが埋め合わせをしてくれました。人々とのつながりや結びつきが欠けていましたが、一匹の忠実なむく犬が埋め合わせをしてくれました。」

「愛するシャミッソー君、この不思議な物語の保管者として君を選びました。この地上から私がいなくなったあかつきには、だれかに少しはお役に立つかもしれません。それを念じてのことなのです。友よ、君は人間社会に生きている。」



シャミッソー 影をなくした男 02


「シャミッソーよりヒッツィヒ宛の手紙」より:

「物覚えのいい君のことだ。きっとペーター・シュレミールのことを覚えているだろう。前に二、三度、ぼくの家で見かけたはずだ。脚のひょろ長い男でね。左利(き)きだったものだからぶきっちょな男だと思われていたし、物ぐさなところからのらくら者だとされていた。でも、ぼくは彼が好きだった――」


「ヒッツィヒよりフケー宛の手紙」より:

「ぼくはこれをホフマンに読んできかせたときのことを忘れない。ホフマン先生ときたら、ぼくが最後の一行を読み終えるまで、それはそれは夢中になって聞きほれていたものだ。そして作者の知己を得るのを待ちきれず、つね日ごろ、模倣のたぐいをひどく忌みきらっていたご当人だのに、影をなくすというすてきな着想の誘惑に抗しきれなかったのだろう、さっそく『大晦日(おおみそか)の夜の冒険』のなかでエラスムス・シュピーゲルという人物を登場させて、失われた鏡像についてものがたっている。さほど成功作とも言えないようだがね。」


「わが友ペーター・シュレミールに」より:

「人々は影のない君を嘲(あざけ)り、その嘲りは
なぜかぼくの頭上にも降ってきた
ぼくたちが瓜二つであったせいだろうか?!
彼らはこう呼びかけた、シュレミール、おまえの影はどこにある?
ぼくが影をみせたところで彼らは見えないふりをした
そして嘲りの笑いをやめようとはしなかった
じっと耐え忍ぶ以外にすべがないのだ!
咎(とが)なくしてと思えばこそ、心は安らぎを失わなかった

それにしてもぼくは問いたい、(中略)影とはなにか?
どうして世間は意地悪く
これほど影を尊(たっと)ぶのか」

「シュレミールよ、ぼくたちはへこたれない
行く手を見はるかし、さえぎるものを容赦しない
立ち騒ぐ世間に目もくれず
(中略)
笑いたくば笑え、謗(そし)りたくば謗れ
嵐のはてにぼくたちは港へと往きついて
心ゆくまま安らかな眠りを眠る」



シャミッソー 影をなくした男 03



The Project Gutenberg eBook, Peter Schlemihl, by Adelbert von Chamisso,
Translated by John Bowring, Illustrated by George Cruikshank






































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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