『折口信夫全集 第十五巻 民俗學篇 1』 (中公文庫)

「一体、道徳を失つた学問は、学問ではないのである。しかし我々は、今の道徳を擁護する為に学問をしてゐるのではなく、その健全なものを要求する為に働いてゐるのであつて、同時にその為に、学問をしてゐるといふ事は、間違ひではないだらう。」
「道徳に矛盾する人は、それも道徳に生きる一員ではある。つまり、新しいもらるせんすによつて、新しい道徳を打ち建てようといふ慾望をもつた人だからである。」

(折口信夫 「道徳の民俗学的考察」 より)


『折口信夫全集 第十五巻 
民俗學篇 1』
 
編纂: 折口博士記念古代研究所
中公文庫 Z 1-15

中央公論社 昭和51年11月10日初版/昭和61年12月25日4版
503p あとがき2p 目次5p 
文庫判 並装 カバー 
定価680円
表紙・扉: 白井晟一
正字・正かな



本文中、「さへの神祭りを中心に」に図版3点、「木地屋のはなし」に図版2点、地図1点。


折口信夫全集15-1


本書「あとがき」より:

「全集の第十五巻は「民俗學篇」の第一とし、民俗學に關する諸稿の中、從來、單行本に收録されなかつたものを收めた。」
「なほ、本巻の差別問題にかかはる採訪記述は削除した。」



折口信夫全集15-2


目次:

民俗學
 民俗學と國文學と
 日本文學の發生
 文學と民俗と
 日本に於ける民俗學
 週期傳承
 階級傳承
 職人の文藝
 造形傳承
 行動傳承
 言語傳承
 諺
 民謠
 傳説――神話・民譚・説話
 物語
地方に居て試みた民俗研究の方法
年中行事(民間行事傳承の研究)
 一 行事の起り
 二 神迎へ同じく神送り
 三 ほかひゞと
 四 農事祝ひ
 五 禁忌
 六 成年式
 七 女性の秘事
 八 祓除
 九 祭禮の分化
 十 犒ぎ祭り
 十一 祭式舞踊及びその藝術化
 十二 魂祭り
 十三 假作正月
 十四 壓服行事
 十五 異郷人の咒力
 十六 夜の行事
 十七 追補
春來る鬼
 まれびと
 なもみたくり
 けた
 遠來の神
 神のおとづれ
春立つ鬼
民俗學上よりみた五月の節供
 序
 一 印地打ちと成男戒
 二 あやめ鬘
 三 藥獵り
 四 結論
峯の雪
七夕祭りの話
 歐羅巴と日本の説話の類似
 中將姫と二上山
 物語りの根元と運搬
 海の神人から山の神人へ
 「たな」と機織御前
 「たなばたつめ」から山姥へ
たなばた供養
霜及び霜月
水の木火の木
 御薪
 直日の神
 丹生木
 山人と丹生木
 門松のこと
石に出で入るもの
座敷小僧の話
 おくない樣と座敷わらし
 くらぼつこ・座敷童子・座敷坊主
 あかしやぐま・きぢむん
 があたろ
 解放を欲する役靈
さへの神祭りを中心に
祭りの話
木地屋のはなし
山のはなし
古風の婚禮
 山遊び
 あめつゝ
 はなかづら
 つまどひ
 父及び母
 はらへつもの
道德の民俗學的考察
道德の發生
 一 道德名辭
 二 誓約のことば
 三 まこと
 四 種族倫理から民俗道德へ
 五 天つ罪
 六 國つ罪
 七 祓へと禊ぎと
 八 戒律(タブウ)
 九 善と惡と
仇討ちのふおくろあ
田圃と畑
三郷巷談
町家の一例
壹岐の水
 があたろ
 ふなだま
 えびす・りようえびす竝びに、其に絡んだこと
壹岐民間傳承採訪記
 生き島
 あまんしやぐ
 鎭懷石
 百合若大臣
 殿川屋敷
 夜の家々
 神體飛去
 百合畑
 やぼさ神
 山の神
 牛神
 淡島樣
 うんめ
 海の不思議
 洗濯日
 唐人神
 さやん神
 田の神
 袖とり川(ゴオ)・何とり神
 鰯を嫌ふ神
 士分
 町方制度・町人
 職人
 八幡蜑
 島へ來て階級を解放せられた人々
 流人
 師のん房(ボ)
 いちじよお
 おたつちよ
 とまり宿
 はなつみ袋
 班田
 しめぶし
 靈の稻蟲
 實盛人形
 草と木と
 狸
 猫
 鼠
 牛
 鳩
 狐
 釜祓ひ
 棟上げ
 幸木・年木
 疫病よけ
 斬罪人
 行きだふれ
 目と耳と
 よりねきねん
 憑き物
 ぼたあし
 田と畑と
 舟
 名言はず島
 渡良三島
 山伏塚
 風の名
 物ぐひのよい人
 耶蘇教の今昔
 海の棺
民間傳承採集事業説明書
民間傳承蒐集事項目安

あとがき (折口博士記念古代研究所)



折口信夫全集15-3



◆本書より◆


「地方に居て試みた民俗研究の方法」より:

「又今におき、水死人を見付けると、浦方の村人の喜びは尋常でない。これを「漁(レフ)えびす」と言つて祀る。私の目に、一番先についたのは、郷野浦から印通寺(インドウジ)へ行く途中で、「道福惠比須」と書いた、唯の角石の、臺石の上にすらのつて居ぬ墓石であつた。何年何月何日と言ふやうに近頃の埋めた日すら刻んであつた。今では警察の目を憚つて、秘密に祀つてゐるものが多い樣だ。おきやく樣をこつそり水からあげて來ては、祀るのである。
又壹岐全體に信じられてゐて、稍、衰へかけて居り、さうして島の端々などにまだ現にある樣に信じられてゐるのは、「寄り神」の信仰であつた。(中略)石が海岸にうち寄せて來て、つきやつてもつきやつても、幾度でもよつて來る。さうして取りあげて祀つた「寄り神」の社もあり、また今におき常によつて來ると言ふ處もある。(中略)此漂著する神の思想の這入つてゐると思はれるのが、訪問して來るまれびと神、色々なより神の以前の形と推定されるものがあつた。」



「春立つ鬼」より:

「厄落しといふことは、昔からいろんな方法で行はれたのだが、節分の日には盛にしたものだ。(中略)淺草觀音の境内なぞには、女の湯具が捨てゝあつたりしたものだ。節分の晩には、道端に穢れたものを捨てる風習があるのだ。道端で拾つた犬張子の中に、櫛と湯文字とが這入つてゐたといふ記事が、一書に見えてゐる。これは今の犬張子か、昔の這子(ハウコ)を意味したのか訣らない。唯今のだと中は開かないが、昔の這子ならば開いたのである。犬張子は始終人の寝起きする側に在つて、身の穢れを吸取つたのである。その中に古い櫛、湯文字を入れて道に捨てたなどゝはありさうなことである。身に附けたいろんなものを捨てたのだが、その物を捨てるだけではなく、節分の晩に捨てる形式を取り行つたのである。」
「節分の晩は、ちようど生活が新しくなる境目と考へられ、その故に、穢れを捨てたのである。だから節分の實感は、夜でないと無い訣で、いろんな行事も夜になつて行はれた。私どもの記憶では、子供の頃、節分の晩になると、他の家の軒へ惡い癖を賣りに行つたものである。主に女の子で、齒軋りをやるとか、枕を外すとかいふ癖が多かつた。他所の軒下で、早口に小さい聲で「齒切(ハキ)りいりませんか」とつぶやくと、中で返事をする。すると、「賣つた」と言つて逃げて來るのである。自分の身體に附いてゐる惡いものを捨てる時、別に受取人が無くてもよさゝうなものだが、誰かゞ受け取つたことにしないと、どうも安心出來なかつたのである。が此には、此夜門に立つて、咒を行ふ威力のある者のあつた記憶がまじつてゐるのだ。後には、受取人が段々はつきりして來るやうになつた。わざわざ乞食の前へ、紙に豆や錢を包んで落し、拾ふのを見て、安心したのである。」
「豆は何のために撒くのか。鬼を打つためであると解釋してゐる。或はさうかも知れぬが、外にも解釋出來るのである。(中略)豆は、宮廷などでも、小豆を以て手を洗ふ水の代りに、古くから用ゐられた。此は、洗ふといふよりは、小豆に穢れを移すことになるのだ。節分の豆は、小豆を用ゐなくなつてゐるが、其で身を撫でゝ、舊冬の穢れを持つて行かせようとした意義が、更に移動して鬼の食物、鬼打ち豆といふ考へを生じたのではないか。」
ぐろてすくな異人が、門々を訪れるといふことは、家に居る精靈を押へて、家の生活がよくなるやうにと約束させに來るのである。(中略)素性の訣らぬ怖い者なぞ、ほんたうに來る氣遣ひはないから、村でその役を勤める者が假裝して、誰だか訣らぬやうにして、やつて來たのである。それに對する村人の理會の程度にも段々あつた。村の若い者でなく、村に所屬してゐる部落の者、或は隔離して住んでゐる者がやるやうになつて來る。それも(中略)次第に職業化して來た。これが祝言職の起りである。彼等は初春に多くやつて來たが、それを乞士(ホカヒビト)と言つた。中でも厄拂ひは殊に職業化した。」
「その厄拂ひに對して、家々では報酬を與へるのである。ぐろてすくなお化である間は、家の穢れを持つて行つて貰ふと考へてゐたが、それが人間らしくなつて來ると、報酬を貰ふためにやつて來るものと考へられるやうになり、報酬に依つて、職の價値が決つて來るやうになつた。それが乞食(ホイト)である。」
「貰ふ報酬は、元々要らない穢物を持つて行くことであつた。(中略)元それを棄てることであつたのが、それを呉れてやると思ふやうになり、元それを持つて行つてやることであつたのが、それを貰つて歸ることになつたのである。古く世間と交渉點の尠かつた部落の人達に對する、我々近代のおもしろからぬ考へ方も、穢れものを自分の物として持つて歸ることから來てゐるのだ。」



「石に出で入るもの」より:

「常陸國大洗・磯前の社の由來は、暴風雨の一夜の中に、忽然として、海岸に石が現れた。その石は、おほなむちすくなひこなとの姿をしてゐるので、人々不思議に思ひ、それを國司から京都に申し上げることになつたのだ、といふ實録でありますが、何處にもある神像石(カムカタイシ)の信仰の古い一つの形です。此は、海の彼方の常世の國から出て來たのであつて、神がこの世に出て來る一つの形です。その形式には、光る物となつたり、小さな人間となつたり、或は石となつたり、色々あります。すくなひこなは、おほくにぬしに發見される記事から考へて見ても、小さい神であつて、始中終、常世の國と關聯して考へられ、何時も不思議なものが出て來る、と考へられてゐます。處が、常陸國では岩となつて現れて來てゐます。(中略)この、石が現れて來るといふ事は、現實の世界で考へると、常は注意して居らず、何時も見てゐて、氣附かずに、忘れてゐる物を、或時だけふつと氣附くので、總ての藝術の源なのです。忽然として出て來ると言うても、前から其處に在つたもので、殊に、暴風雨の翌朝などはすべてのものが皆、目新しく感じられるものですから、氣が附くので、此事は、我々の祖先の時から考へられてゐたので、昔から、暴風雨の翌朝、玉を拾ふといふ樣な事も皆同じなのです。その石が、昔の神に似てゐると言うても、それは程度の問題で、別に似てゐなくとも、變な恰好をして居れば、さう感じるので、巫祝の徒は、我々が感じる以上に、其處に、その石なら石を通して、これは大國主の形、これは少彦名の形と見るのです。つまり、石の形を通じて神を見てゐるのです。(中略)さういふ人たちは、石を透して、石の中に潜む物を見分ける能力を持つてゐるからです。實際、海の底に在つても、暴風雨があると、貝殻などの小さい物は、海岸に出て來ます。昔の人は、此を玉と言うて居ます。(中略)結局、玉といふものは、外見ばかりのものではなく、それに内在してゐるものが問題になると思ひます。見分ける人が、玉と言へば、石でも、人の骨でも、何でも玉です。(中略)この玉が、次第々々に、我々が今考へる、寶石の樣なものに思はれて來る。此事は既に書きもしたが、此處では、只、玉に内在するものゝ話をして行きたいと思ひます。つまり、すべて、素質の違つたものが、玉といふ語で引つくるめられる原因を言えばよいわけです。玉・石・骨・貝などには、共通の原因があります。それは、神或は人間のたまといふものと同じ、といふ所から來てゐます。人間の體に内在してゐるものがたまで、それがはたらき出すとたましひです。(中略)それで、此考へ方によると、たまといふ名前のつくのは、物質の外形には依らないわけです。併し、だんだん或物質に限り、玉と感じる樣になつて來ます。それは、始中終、たまの内在して來る物が定まつてゐるので、玉と言ふと、或物質を限り考へるやうになるのです。
それで、常世から來るものゝ、物質は違つて來ても、結局同じものでもある事が訣ります。」

うつぼ舟は、中が中空になつてゐるものです。同じことばで、うつぼ柱といふものがあります。全(マル)物である樣に見えて、中が空になつてゐる。此が、つまり、うつぼです。(中略)うつは、尠くも、空つぽといふ意味であることが訣ります。而も、此ことばは、今一つ前の意味は、全體に行き亙つてゐる、といふ事です。御存じの通り、うつ室といふものがあつて、此は空つぽの室、と考へられて居ます。木花開耶姫が、御子をお産みになる爲に其處に這入つて居られた。空つぽが内側全體に行き亙つたものです。つまり、ごつそり中を刳り取つた樣になつてゐて、完全無缺なもの、完全に出來てゐる室、といふ事になります。」

うつぼは、神靈の宿る所、といふ事になります。」

うつかひまゆは、平凡に言ふと、魂の籠り場所とも言へます。」
かひの中に籠つてゐるものがかひこで、かひは母胎、即、容れ物で、その中から出て來るのがかひこです。」




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フィオナ・マクラウド 『ケルト民話集』 (ちくま文庫)







































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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