種村季弘 編 『泉鏡花集成 5』 (ちくま文庫)

「言訳をして、世間が信ずるくらいなら、黙っていても自然(おのず)から明りは立つ。」
(泉鏡花 「沼夫人」 より)
「ここは地獄ですもの。」
(泉鏡花 「星女郎」 より)


種村季弘 編 
『泉鏡花集成 5』
 
春昼 草迷宮 沼夫人 ほか
ちくま文庫 い-34-5

筑摩書房 
1996年2月22日 第1刷発行
471p 編集付記1p
文庫判 並装 カバー
定価920円(本体893円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 間村俊一
カバー装画: 小村雪岱



第四回配本。語注付き。新字・新かな。


泉鏡花集成 05


目次:

春昼
春昼後刻
草迷宮
沼夫人
星女郎

解説 迷宮の怪 (種村季弘)




◆本書より◆


「春昼」より:

「一枚懐紙の切端(きれはし)に、すらすらとした女文字。
      うたた寐(ね)に恋しき人を見てしより
               夢てふものは頼みそめてき
                              ――玉脇みを――
 と優しく美(うつくし)く書いたのがあった。」

「「角の、あの二階家が、」
 「ええ?」
 「あれがこの歌のかき人(て)の住居(すまい)でござってな。」
 聞くものは慄然(ぞっ)とした。
 出家は何んの気もつかずに、
 「もっともあすこへは、去年の秋、細君だけが引越して参ったので。ちょうど私(わたくし)がお宿を致したその御仁が……お名は申しますまい。」
 「それが可(よ)うございます。」
 「ただ、客人――でお話をいたしましょう。その方が、庵室に逗留(とうりゅう)中、夜分な、海へ入って亡くなりました。」
 「溺(おぼ)れたんですか。」
 「と……まあ見えるでございます、亡骸(なきがら)が岩に打揚げられてござったので、怪我(けが)か、それとも覚悟の上か、そこはまず、お聞取りの上の御推察でありますが、私(わたくし)は前(ぜん)申す通り、この歌のためじゃようにな、」
 「何しろ、それは飛んだ事です。」」



「春昼後刻」より:

「「夢と言えば、これ、自分も何んだか夢を見ているようだ。やがて目が覚めて、ああ、転寐(うたたね)だったと思えば夢だが、このまま、覚めなければ夢ではなかろう。いつか聞いた事がある。狂人(きちがい)と真人間は、ただ時間の長短だけのもので、風が立つと時々波が荒れるように、誰でもちょいちょいは狂気(きちがい)だけれど、直ぐ、凪(な)ぎになって、のたりのたりかなで済む。もしそれが静まらないと、浮世の波に乗っかってる我々、ふらふらと脳が揺れる、木静まらんと欲すれども風やまずと来た日にゃ、船に酔う、その浮世の波に浮(うか)んだ船に酔うのが、立処(たちどころ)に狂人(きちがい)なんだと。」」
「「ト来た日にゃ夢もまた同一(おんなじ)だろう。目が覚めるから、夢だけれど、いつまでも覚めなけりゃ、夢じゃあるまい。
 夢になら恋人に逢えると極(きま)れば、こりゃいっそ夢にしてしまって、世間で、誰某(たれそれ)は?と尋ねた時、はい、とか何んとか言って、蝶々二つで、ひらひらなんぞは悟ったものだ。
 庵室の客人なんざ、今聞いたようだと、夢ちょうものを頼み切りにしたのかな。」」



「草迷宮」より:

「「唯今、秋谷に罷在(まかりあ)る、すなわち秋谷悪左衛門と申す。」
 「悪…………」
 「悪は善悪の悪でござる。」
 「おお、悪……魔、人間を呪(のろ)うものか。」
 「いや、人間をよけて通るものじゃ。」」
「「真日中(まひなか)に天下の往来を通る時も、人が来れば路を避ける。出会(いであ)えば傍(わき)へ外れ、遣過(やりす)ごして背後(うしろ)を参る。が、しばしば見返る者あれば、煩わしさに隠れ終(おお)せぬ、見て驚くは其奴(そやつ)の罪じゃ。」」
「「かくてもなお、我等がこの宇宙の間に罷在(まかりあ)るを怪(あやし)まるるか。うむ、疑いに睜(みひら)いたその瞳も、直ちに瞬く。
 およそ天下に、夜(よ)を一目も寝ぬはあっても、瞬(またたき)をせぬ人間は決してあるまい。悪左衛門をはじめ夥間(なかま)一統、すなわちその人間の瞬く間を世界とする――瞬くという一秒時には、日輪の光によって、御身(おんみ)等が顔容(かおかたち)、衣服の一切(すべて)、睫毛(まつげ)までも写し取らせて、御身等その生命の終る後、幾百年にも活(い)けるがごとく伝えらるる長き時間のあるを知るか。石と樹と相打って、火をほとばしらすも瞬く間、またその消ゆるも瞬く間、銃丸の人を貫くも瞬く間だ。
 すべて一たびただ一人(にん)の瞬きする間に、水も流れ、風も吹く、木(こ)の葉も青し、日も赤い。天下に何一つ消え失(う)するものは無うして、ただその瞬間、その瞬く者にのみ消え失すると知らば、我等が世にあることを怪(あやし)むまい。」」

「地(じ)の底に棲(す)むものは、昼も星の光を仰ぐ。」



「沼夫人」より:

「渠(かれ)は、今更ながら、しとど冷汗になったのを知った。
 窓を開けたままで寝ると、夜気に襲われ、胸苦しいは間々ある習(ならい)で。どうかすると、青い顔が幾つも重(かさな)って、隙間から差覗(さしのぞ)いて、ベソを掻(か)いたり、ニタニタと笑ったり、キキと鳴声を立てたり、その中には鼠も居る。――希代なのは、その隙間形(すきまなり)に、怪しい顔が、細くもなれば、長くもなり、菱形(ひしがた)にも円くもなる。夕顔に目鼻が着いたり、摺木(すりこぎ)に足が生えたり、破(やぶれ)障子が口を開けたり、時ならぬ月が出(い)でなどするが、例えば雪の一片(ひとひら)ごとに不思議の形があるようなもので、いずれも睡眠に世を隔つ、夜の形の断片(かけら)らしい。
 すると、今見た女の顔は……何に憑(つ)いて露(あらわ)れたろう。
 「何だか美しかった。」
 と思出して、今度は悚然(ぞっ)とした。」
「「開けて下さい。」
 と云った……それそれ、扉(ひらき)を開けるつもりで、目を覚(さま)したに違いはない。」
「「どこを、何を開けて、と云ったんだろう。」
 一体――と渠はまた熟(じっ)と考えた。」
「窓は開いているし、扉(ひらき)の外は音信(おとずれ)は絶えたり、外に開けるものは、卓子(テエブル)の抽斗(ひきだし)か、水差の蓋(ふた)……
 いや、有るぞ、有るぞ、棚の上に瓶がある。瓶も……四つ五つ並んでいたろう。内の医師(せんせい)が手にかけたという、嬰児(あかんぼ)の酒精(アルコオル)に浸(つ)けたのが、茶色に紫がかって、黄色い膚(はだ)に褐斑(かばまだら)の汚点(しみ)が着いて、ぐたりとなって、狗(いぬ)の児(こ)か鼠の児かちょいとは分らぬ、天窓(あたま)のひしゃげた、鼻と口と一所に突き出た不状(ぶざま)なのが、前のめりにぶくりと浮いて、膝を抱いて、呀(や)! と一つ声を掛けると、でんぐりかえしを打ちそうな、彼これ大小もあったけれども、どれが七月児(ななつきご)か、六月児(むつきご)か、昼間見た時、医師(せんせい)の説明をよくは心にも留めて聞かなかったが、海鼠(なまこ)のような、またその岩のふやけたような、厭(いや)な膚合(はだあい)、ぷつりと切った胞衣(えな)のあとの大きな疣(いぼ)に似たのさえ、今見るごとく目に残る、しかも三個(みッつ)。
 と考え出すと、南無三宝(なむさんぽう)、も一つの瓶には蝮(まむし)が居たぞ、ぐるぐると蜷局(とぐろ)を巻いた、胴腹が白くよじれて、ぶるッと力を入れたような横筋の青隈(あおぐま)が凹(くぼ)んで、逆鱗(さかうろこ)の立ったるが、瓶の口へ、ト達(とど)く処に、鎌首を擡(もた)げた一件、封じ目を突出る勢(いきおい)。
 「一口どうかね。」
 と串戯(じょうだん)に瓶の底を傾けて、一つ医師(せんせい)が振った時、底の沈殿(よどみ)がむらむらと立って、煙(けむ)のように蛇身を捲(ま)いたわ。
 場所が場所で、扱う人が扱う人だけ、その時は今思うほどでもなかったが、さてこう枕許(まくらもと)にずらりと並べて、穏かな夢の結ばれそうな連中は、御一方もお在(いで)なさらぬ。
 ああ、悪い処へ寝たぞ。
 中にも件(くだん)の長物(ながもの)などは、かかる夜更(よふけ)に、ともすると、人の眠(ねむり)を驚かして、
 「開けて下さい。」
 を遣(や)りかねまい、と独りで拵(こしら)えて、独りで苦笑した。」
「たちまち、小松原は胸を打った。
 本尊! 本尊! 夢を驚かした本尊は、やあやあその中に鎮座まします――しかも婦(おんな)の骸骨(がいこつ)で、その真白(まっしろ)な蔽(おおい)の中に、襟脚を釣るようにして、ぶら下げた、足をすっと垂れて、がっくりと俯向(うつむ)いたのが、腰、肩、蒼白(あおじろ)く繋(つな)がって、こればかり冷たそうに、夕陽を受けた庭の紫陽花(あじさい)の影を浴びて、怪しい色を染めたのを見た。」

「「ねえ、小松原さん、」
 とぼかしたような顔が、蚊帳の中で朧(おぼろ)に動いて、
 「あの御骨(おこつ)だって、水に縁があるんですもの。」
 「婦女子の言です。」
 と医師(せんせい)は横を向く。小松原は、片手を敷布の上、隣室(となり)へ摺寄(すりよ)る身構えで、
 「水に縁と……仰有(おっしゃ)ると?」
 「あれは貴下(あなた)、何ですわ、つい近い頃、夫(やど)が拾って来て、あすこへ飾ったんですがね。その何ですよ、旧(もと)あった処は沼なんですって。」」



「星女郎」より:

「「二人の婦(おんな)が、その姿で、沓脱(くつぬぎ)の笹(ささ)を擦る褄(つま)はずれ尋常に、前の浅茅生(あさぢう)に出た空には、銀河(あまのがわ)が颯(さっ)と流れて、草が青う浮出しそうな月でしょう――蚊帳釣草(かやつりぐさ)にも、蓼(たで)の葉にも、萌黄(もえぎ)、藍(あい)、紅麻(こうあさ)の絹の影が射(さ)して、銀(しろがね)の色紙(しきし)に山神(さんじん)のお花畑を描いたような、そのままそこを閨(ねや)にしたら、月の光が畳の目、寝姿に白露の刺繍(ぬいとり)が出来そうで、障子をこっちで閉めてからも、しばらく幻が消えません。
 が、二人はもう暗い母屋へ入ったんです。と、草清水(くさしみず)の音がさらさらと聞え出す、それが、抱いた蚊帳と、掛蒲団が、狭い土間を雨戸に触って、どこまでも、ずッと遠くへ行(ゆ)くのが、響くかと思われる。……」」

「(ここは地獄ですもの。)」

「「お綾が起返ると、いつも病人が夢中で名を呼ぶ……内証では、その惚話(のろけ)を言う、何とか云う男なんです。
 ずツと来て、裾から貴婦人の足を圧(おさ)えようとするから、ええ、不躾(ぶしつけ)な、姉(あね)を悩(なやま)す、病(やまい)の鬼と、床の間に、重代の黄金(こがね)づくりの長船(おさふね)が、邪気を払うといって飾ってあったのを、抜く手も見せず、颯(さっ)と真額(まびたい)へ斬付(きりつ)ける。天窓(あたま)がはっと二つに分れた、西瓜をさっくり切(き)ったよう。
 処へ、背後(うしろ)の窓下の屋根を踏んで、窓から顔を出した奴がある、一目見るや、膝を返しざまに見当もつけず片手なぐりに斬払って、其奴(そいつ)の片腕をばさりと落した。時に、巴旦杏の樹へ樹上(きのぼ)りをして、足を踏張(ふんば)って透見(すきみ)をしていたのは、青い洋服の少年です。
 お綾が、つかつかと屋根へ出て、狼狽(うろた)えてその少年の下りる処を、ぐいと突貫いたが、下腹で、ずるりと腸(はらわた)が枝にかかって、主は血みどれ、どしんと落ちた。
 この光景(ありさま)に、驚いたか、湯殿口に立った髯面(ひげづら)の紳士が、絽羽織(ろばおり)の裾(すそ)を煽(あお)って、庭を切って遁(に)げるのに心着いて、屋根から飜然(ひらり)……と飛んだと言います。垣を越える、町を突切(つッき)る、川を走る、やがて、山の腹へ抱(だき)ついて、のそのそと這上(はいあが)るのを、追縋(おいすが)りさまに、尻を下から白刃(しらは)で縫上げる。
 ト頂に一人立って、こっちへ指さしをして笑ったものがある。エエ、と剣(つるぎ)を取って飛ばすと、胸元へ刺さって、ばったり、と朽木倒(くちきだおれ)。
 するすると攀上(よじのぼ)って、長船のキラリとするのを死骸から抜取ると、垂々(たらたら)と湧(わ)く血雫(ちしずく)を逆手に除(と)り、山の端(は)に腰を掛けたが、はじめて吻(ほっ)と一息つく。――瞰下(みおろ)す麓(ふもと)の路へ集(たか)って、頭ばかり、うようよして八九人、得物を持って押寄せた。
 猶予(ためら)わず、すらりと立つ、裳(もすそ)が宙に蹴出(けだし)を搦(から)んで、踵(かかと)が腰に上(あが)ると同時に、ふっと他愛なく軽々と、風を泳いで下りるが早いか、裾がまだ地に着かぬ前(さき)に、提(ひっさ)げた刃(やいば)の下に、一人が帽子から左右へ裂けた。
 一同が、わっと遁(に)げる。……
 今はもう追うにも及ばず、するすると後(あと)を歩行(ある)きながら、刃(やいば)を振って、
 (は、)
 と声懸けると、声に応じて、一人ずつ、どたり、ばたりで、算を乱した、……生木の枝の死骸(しがい)ばかり。
 いつの間にか、二階へ戻った。
 時に、大形の浴衣の諸膚脱(もろはだぬ)ぎで、投出(なげだ)した、白い手の貴婦人の二の腕へ、しっくり喰(くい)ついた若いもの、かねて聞いた、――これはその人の下宿へ出入りの八百屋だそうで、やっぱり情人の一人なんです。
 (推参。)
 か何かの片手なぐりが、見事に首をころりと落す。拳(こぶし)の冴(さえ)に、白刃(しらは)の尖(さき)が姉の腕を掠(かす)って、カチリと鳴った。
 あっと云うと、二人とも目を覚した。」」



「解説 迷宮の怪」(種村季弘)より:

「生活は「雨は屋に漏」るあばら屋の借家住まい。療養のためとはいえ「粥と、じやが薯を食するのみ」。現実はこれ以下はないというほどに乏しく貧しい。だからこそかえってその乏しく貧しい現実に、「夢てふものはたのみそめてき」と夜な夜な夢に見る恋しい人が通ってくる。」
「鏡花の男女のランデヴーの場は(中略)象徴的に設定された、風吹きすさぶ野外なのである。(中略)金殿も玉楼も正体は借景にほかならなくて、かりにイリュージョンとして出現してもあえなく一夜にして消滅してしまう。一夜を越えて永続するのは、むしろ乏しく貧しい、もはや時代にそぐわなくなって久しい、どうかすると汚(けが)れた場所である。
 ことほどさように鏡花の世界は没落の上に成り立っている。かつての栄華がとうに終わってしまった化け物屋敷(『草迷宮』)、商売を畳んだ茶屋の跡(『星女郎』)、時流に遅れた破れ寺(『春昼』)といった(中略)廃屋、陋屋が鏡花世界の場所(トポス)なのだ。でなければ家屋ですらない、あらかじめ汚された場所。たとえば『沼夫人』なら、出水で動物か何かの死骸を捨てたごみためが水で見えなくなった場所が俄かランデヴーの場になる。『草迷宮』でなら、猫の死骸が浮いている川をさかのぼって行くと、幼なじみの女がいる。汚穢の上に夢の花が咲く、というよりも汚穢の上にしか夢の花は咲かないのである。」

「逗子転居に先立って、(中略)鏡花は祖母のきてをうしなった。母と父に次ぐ、保護者としての最後の肉親の他界である。(中略)自分を包み込み庇護してくれる人間はもうこの世に最終的にいない。
 『春昼後刻』では、二人いる角兵衛獅子の一人が玉脇夫人に抱かれて溺死する結末とすれ違いに、もう一人の年上の角兵衛獅子はどこかへ流浪の旅に出る。祖母は死に、とともに祖母と起居をともにした自分の幼い時代もその入れ子のように葬られた。中年以後を肉親の死や自分の病身の現在とともに生きる、鏡花のそうした諦念に裏打ちされた生の決意のようなものが、二人の角兵衛獅子の運命の分岐点に陽炎のように揺らいでいると見えないでもない。」
「人は病気にならなければ見えてこないものがあるらしい。逗子療養時代の鏡花がそれを見た。それはたとえば、いかにもパセティックな激情場面から遠く、野畑でのどかに鍬(くわ)を遣う爺さんの「ほかほかと春の日がさして、とろりと酔ったような顔色」に行きあうところからはじまる『春昼』の散策の、しかしうらうらと歩を進めるにつれて見えてくる、生の深淵のような場面である。」





こちらもご参照下さい:

泉鏡花 『草迷宮』 (岩波文庫)
泉鏡花 『春昼・春昼後刻』 (岩波文庫)
































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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