種村季弘 編 『泉鏡花集成 8』 (ちくま文庫)

「お客さん――これは人間ではありません。――紅茸(べにたけ)です。」
(泉鏡花 「木の子説法」 より)


種村季弘 編 
『泉鏡花集成 8』
 
絵本の春 卵塔場の天女 夫人利生記 ほか
ちくま文庫 い-34-8

筑摩書房 
1996年5月23日 第1刷発行
507p 編集付記1p
文庫判 並装 カバー
定価1,050円(本体1,019円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 間村俊一
カバー装画: 小村雪岱



第七回配本。新字・新かな。語注付き。


泉鏡花集成 08


目次:

絵本の春
木の子説法
半島一奇抄
卵塔場の天女
ピストルの使い方
河伯令嬢
古貉
貝の穴に河童の居る事
白花の朝顔
夫人利生記
一景話題 (随筆)
おばけずきのいわれ少々と処女作 (随筆)
遠野の奇聞 (随筆)

解説 女と人形 (種村季弘)




◆本書より◆


「絵本の春」より:

「私は今でも現(うつつ)ながら不思議に思う。昼は見えない。逢魔(おうま)が時からは朧(おぼろ)にもあらずして解(わか)る。」

「水の出盛った二時半頃、裏向(むき)の二階の肱掛窓(ひじかけまど)を開けて、立ちもやらず、坐りもあえず、あの峰へ、と山に向って、膝(ひざ)を宙に水を見ると、肱の下なる、廂屋根(ひさしやね)の屋根板は、鱗(うろこ)のように戦(おのの)いて、――北国の習慣(ならわし)に、圧(おし)にのせた石の数々はわずかに水を出た磧(かわら)であった。
 つい目の前を、ああ、島田髷(しまだまげ)が流れる……緋鹿子(ひがのこ)の切(きれ)が解けて浮いて、トちらりと見たのは、一条(ひとすじ)の真赤(まっか)な蛇。手箱ほど部の重(かさな)った、表紙に彩色絵(さいしきえ)の草紙を巻いて――鼓の転がるように流れたのが、たちまち、紅(べに)の雫(しずく)を挙げて、その並木の松の、就中(なかんずく)、山より高い、二三尺水を出た幹を、ひらひらと昇って、声するばかり、水に咽(むせ)んだ葉に隠れた。――瞬く間である。――
 そこら、屋敷小路の、荒廃離落した低い崩土塀(くずれどべい)には、おおよそ何百年来、いかばかりの蛇が巣くっていたろう。」



「木の子説法」より:

「(――かなしいなあ――)
 お雪さんは、その、きっぱりした響く声で。……どうかすると、雨が降過ぎても、
 (――かなしいなあ――)
 と云う一つ癖があったんです。」



「卵塔場の天女」より:

「「いいえ、私が何かしようとすると、時々目の前へ出て来るんです。……裃(かみしも)を着た、頭の大きな、おかしな侏儒(いっすんぼうし)ですがね。」
 私は思わず後(あと)へ退(さが)った。葉は落ちつつも、柳の茂りで、滝に巻込まれる心持(ここち)がした。気の迷(まよい)と思ったが、実はお悦が八郎を引(ひっ)ぱたいた瞬間にも、舞台の端をちょこちょこと古い福助が駈(か)けて通った。」

「「世間なんかどうでも可(い)い。人間同志だからね。しかし舞台じゃ天人になってるから。」
 「天人なら、餓鬼……亡者を見ても、畜生……犬を見ても、皆(みん)な簪(かんざし)の花の一つだと思わなければならないかも知れませんね。」」

「「お産の世話なんかするのも、死人焼をするのも、そんなに違いやしませんでしょう。」」



「ピストルの使い方」より:

「「私も貴方に逢いに来たの。」
 「嘘を吐(つ)け。」
 「あら、ほんとだわ。」」
「「連(つれ)の人は?」
 「松露を捜して、谷の中へ分れて下りたの。……私はお精進の女で、殺生には向かないんですって。……魚でも、茸(きのこ)でも、いきもの……」
 と言いかけて、ちょっと背きながら、お転婆に笑った。
 「あら、可厭(いや)だ。――知らないわ。」
 「何をさ。」
 「いいえ、いきものをね、分って?……取るのは、うまれつき拙(へた)なんですって。ですから松露を捜す気もなかった処へ、火事だって騒ぎでしょう。煙が見えたわ。あの丘へ駆上ると、もう、その煙は私の立った背より低くなって、火も見えないで消えたんですもの。小火(ぼや)なんですね。」
 「いや、悪戯(いたずら)だよ。」
 「まあ、放火(つけび)。」
 「違うよ。……魔の火と云ってね、この山の天狗が、人を驚かす悪戯だそうだ。」
 「そう、面白いわね。」
 諸国を渡る門(かど)づけの振袖は、あえて天狗に怯(おび)えない。
 「じゃあ、今しがた、ここに居た、あの、天狗様の悪戯かも知れないわね。」
 「ここに居た、天狗、どこに、いつ。」
 かえって多津吉が驚いた。
 「そこにさ。貴方の。」
 「ええ。」
 「腰を掛けていらっしゃる、松の根を枕にして。」
 多津吉は思わず居退(いの)いた。うっかりそこへ触った手を、膝へ正したほどである。
 「仰向(あおむ)けに寝転んで、蒼空(あおぞら)を見ていたんですよ。」」



「河伯令嬢」より:

「(――病気じゃないんです。僕はもう駄目なんです、死にたいんです。)」
「(まあ。)
 娘は熟(じっ)と顔を見ました。
 (私も死にたいの。)」
「(ほんとうです。死んだ方が可い。)」
「(こんなにして死ぬと……検死の時、まるで裸にされるんですって――)
 (可厭(いや)だなあ。)
 (手だの足だの、引(ひっ)くりかえされるんですって。(中略)――でも、そうやって検死されるのを、死ねば……あの、空から、お振袖を着て見ているから可いわ。)」
「私は一刻(いっとき)も早く、速(すみやか)に死にたくなった。」

「(連れてって下さい、お優さん、冥途(めいど)へでもどこへでも。)
 (お帰りなさい――私が一所に参りますから。)」

「また希有(けぶ)なのは、このあたりでは、蛙が、女神にささげ物の、みの、髢(かもじ)を授けると、小さな河童(かっぱ)の形になる。しかしてあるものは妖艶(ようえん)な少女に化ける。裸体に蓑をかけたのが、玉を編んで纏(まと)ったようで、人の目には羅(うすもの)に似て透いて肉が甘い。脚は脛(はぎ)のあたりまでほとんどあらわである。」



「おばけずきのいわれ少々と処女作」より:

「僕は明(あきら)かに世に二つの大(おおい)なる超自然力のあることを信ずる。これを強いて一纏(まと)めに命名すると、一を観音力(かんのんりき)、他を鬼神力とでも呼ぼうか、共に人間はこれに対して到底不可抗力のものである。」
「一草一木の裡(うち)、あるいは鬼神力宿り、あるいは観音力宿る。必ずしも白蓮(びゃくれん)に観音立ち給い、必ずしも紫陽花(あじさい)に鬼神隠るというではない。我が心の照応する所境によって変幻極りない。僕が御幣を担ぎ、そを信ずるものは実にこの故である。僕は一方鬼神力に対しては大なる畏(おそ)れを有(も)っている。けれどもまた一方観音力の絶大なる加護を信ずる。この故に念々頭々かの観音力を念ずる時んば、例えばいかなる形において鬼神力の現前することがあるとも、それに向ってついに何等の畏れも抱くことがない。されば自分に取っては最も畏るべき鬼神力も、またある時は最も親(したし)むべき友たることが少くない。」

「僕が横寺町の先生の宅にいた頃、「読売」に載すべき先生の原稿を、角の酒屋のポストに投入するのが日課だったことがある。(中略)先ず先生から受取った原稿は、これを大事と肌につけて例のポストにやって行く。我が手は原稿と共にポストの投入口に奥深く挿入せられてしばらくは原稿を離れ得ない。やがてようやく稿を離れて封筒はポストの底に落ちる。けれどそれだけでは安心が出来ない。もしか原稿はポストの周囲にでも落ちていないだろうかという危惧(きぐ)は、直ちに次いで我を襲うのである。そうしてどうしても三回、必ずポストを周って見る。(中略)真昼中狂気染(きちがいじ)みた真似をするのであるから、さすがに世間が憚(はばか)られる、人の見ぬ間を速疾(はや)くと思うのでその気苦労は一方ならなかった。かくてともかくにもポストの三めぐりが済むとなお今一度と慥(たしか)めるために、ポストの方を振り返ってみる。即ちこれ程の手数を経なければ、自分は到底安心することが出来なかったのである。」



種村季弘「解説 女と人形」より:

「鏡花の書く女にはどこか人形ぶりの風情がある。あたり前の人間の自然な身体動作ではなく、反自然的――どうかすると反人間的に様式化されたしぐさが彼女たちの手足にはきざしていて、肉でできた身体がやおら生命のない自動人形のようにカタカタと動きはじめる瞬間が現れるのだ。」
「芸者、芸人、女優のような、いわゆる鏡花好みの女は、そもそもが芸事や踊りで鍛えた立ち居振舞で様式化された動作をするのだからそれにふしぎはないとしよう。(中略)自動人形の機械的に角張った所作、人間よりは人間離れのした女神のような存在のそれを思わせる無表情、対話を拒否した無慈悲な女の暗いまなざし。残酷な女王、懲罰好きの女教師、裏社会の鉄火な姐御、暴走しはじめるとコントロールのきかない思春期の娘。芸者、女優のようにあらかじめ反人間的に様式化された女たちとは一見別に、しかしもしかすると地続きに、これまた反人間的にアナーキーな、物質のように非情な一連の女性像が鏡花世界の一角には棲息している。
 もしかすると芸者芸人と地続きに、といったが、ヒステリー女たちが急性発作的に、もしくは慢性的に、病気に強いられて無意識からのメッセージの媒体となったのにひきかえ、いわゆる玄人女は長年の修練によっていつでも好きなときに無意識のメッセージの媒体、とはつまり巫女的傀儡人形的媒体になりすませるということである。
 一口にいえば人形=としての女。人間の女として生きてはいるけれども、同時に非生命的な物質から構成された、死の世界にもあらかじめ内通している、死の回し者めいた、それだけに恐怖と恐怖特有の美に輝きながら、人間的余りにも人間的な女をはるかに立ち越えて魅惑的な女たち。それが総体としての鏡花の女なのである。」
「木彫りの猿、粗末な人形、目鼻のついた、あるいはないしゃもじ、古ぼけた肖像写真、要するに木と紙だけでできた子供っぽい空間。逆にいえば、鏡花の世界を還元するとバラバラの木片と紙切れになってしまうのである。(中略)鏡花の人物の持物も永遠化に耐えるものは何もなくて、紙や木のような薄っぺらなものをいかにも美衣や宝玉のように見せかける魔術的演技、すなわち「芸」があって、実体は何一つない。手ぶらで生きて、なんなら木と紙の集合に戻り、ついでに煙と消えてしまっても一向に差支えない。これは没落や死に強い人種である。」







































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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