中井英夫 『黄泉戸喫』

「これは危険な徴候で、もともとが久生十蘭ふうな完璧なフィクションだけを志してきた筈なのに、いまさら私小説めいた志向になるとは自分ながら解(げ)せない。」
(中井英夫 「酒場にて」 より)


中井英夫 
『黄泉戸喫 』

中井英夫未刊短編集成

東京創元社 
1994年4月27日初版
1994年5月25日再版
236p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,000円(本体1,942円)
装幀・装画: 建石修志



没後刊行の単行本未収録作品集『黄泉戸喫(よもつへぐい)』。
同年には単行本未収録エッセイ集『磨かれた時間』(河出書房新社、1994年6月)も刊行されています。


中井英夫 黄泉戸喫01


帯文:

「昨年末、「虚無への供物」の物語が始まる12月10日に
急逝した中井英夫の未刊行作品集成。
病床での絶筆「眠り」、遺作「緑青期」、
自らの分身を語る「黄泉戸喫」等を収録。
予言に満ちた三十年目の「虚無への供物」を、
今また――その人々に」



帯背:

「稀有な作家の
魂の遍歴」



帯裏文:

「刊行にあたって
本書「黄泉戸喫」は、文庫版「中井英夫全集」の編集作業中、未刊行短編が意外に多いことから著者の生存中より企画していたものである。表題としたのは「これだけは絶対に出すな!」と血相を変えていた一編であるが、“作家”として生きたそのひとに、これ以上ふさわしい「譚」はないだろう。病床での「全部お前にまかせる」という言により、本書の刊行を決意した。「虚無への供物」刊行から三十年、同年の地上に残された“息子”が、万感の思いを籠めて捧げる一冊の供物である。
本多正一」



目次:

詩歌
 影ふたつ (朝日新聞 1981年12月1日)
 犀よ眼覚めよ (雁 1980年1月)
 Chanson comblee (八雲第四号 1942年8月)
 灯のなかの行列 (小説新潮 1976年10月号)
 父なる夜 (防人 1977年7月)
 千枝姉に (未発表)
 眠り (幻想文学第四十号 1994年1月)
病気ですか? (未発表)
囁きの夜 (太陽 1987年2月号)
緑青期 (未発表)
愚かな血 (カイエ 1979年4月号)
見えない手 (山本美智代版画集「銀鏡」 1976年12月)
地底から (クリエート 1985年7月号)
魚のように (早稲田文学 1986年8月号)
闇の使者 (潮 1974年10月号)
光あれ (ブルータス 1981年7月1日号)
小さな・暗い・旅 (伽 1983年Vol. 2)
おとしあな (ショートショートランド 1984年7・8月号)
悪夢の彼方 (an・an 1985年3月29日号)
猫と少女 (文藝 1984年9月号)
酒場にて (サントリー・クォータリー 1985年10月号)
隣室 (ミステリ・マガジン 1987年8月号)
黒い風洞 (話の特集 1983年6月号)
若い豹への手紙 (別冊幻想文学「中井英夫スペシャルII」 1993年2月)
黄泉戸喫 (カイエ 1979年8月号)

宛名のない手紙 (未発表 ファクシミリ版)

初出一覧



中井英夫 黄泉戸喫02



◆本書より◆


「緑青期」より:

「銅で出来た器具は、そのころよく家庭でも使われていた。貨幣でも一銭・二銭は銅貨だったし、金盥(かなだらい)も銅が普通だった。薬鑵(やかん)から便所の手洗い、これは吊しておいて下から押し上げると水が出る仕掛で、石蹲(つくばい)よりはだいぶ便利だったに違いない。
 こうして身近かなものでありながら、青井京吉はそれらの製品に、ひそかな怖れを抱いた。というのは使っているうち、その表面にうっすらと緑いろの錆が生じるからで、それは緑青(ろくしょう)と呼ばれ、猛毒を含むとされていた。その緑が美しかっただけに、それはあくまで内部から噴き出す不思議な生き物で、稚いながらも京吉は、自分の身内にもそれとよく似た何ものかが育っていることを、いやでも自覚しないではいられなかった。」

「文学への愛着も、複雑で訳の判らぬ外界を要領よくまとめて掌の中へ収めてくれる不思議な記号としてだったので、それに対してはどんなにでも神経を使って当然と思われた。いまは到底そんなことをする気はないが、幼稚園の頃から寝る前に日記をつけ、枕許の机の引き出しに蔵い込む。それから眠ろうとして、いま書いた文章のあれこれを思い浮かべ、あっそうだ、あそこは一字こう直さなくちゃと気づくと、とたんに跳ね起きてその一字を訂正してからでなくては眠られなかった。
 現在ただいまでは、そんな神経とはまったく無縁で、かなづかいにしても前の何ページではこうだったから、ここも同じにしなくちゃなどと校正者から指摘されると、だって書いたその時どきの気分というものがあって、前は前、いまはいまでどっちだっていいじゃあないかと大様に決め込み、ぜひとも訂正しなくちゃなどとはまったく思わなくなっている。それに、昔から気づいていたのは文字の毒、文章の毒ということで、それも京吉には、うっすらと身にまとう緑いろの錆のように思えた。
 文字のほうはまだいい。(中略)しかし文章のほうは書けば書くほどのっぴきならぬ毒を醸し、やり直しは絶対にきかないものだと、おぼろげながら悟らざるを得なかった。
 それというのも文章はいやでも自分の内部を抉り出し、腐乱したところ、醜いところ、およそ人様に見せたくない嫌なものを全部さらけ出してしまうからで、(中略)内部の真実だの、のっぴきならぬ告白などではない、みごとな嘘を完璧に作り上げた時にだけ輝き出すものを信じたいというのが、いつからか念じるように京吉を占めて動かない信念と変わった。
 きらびやかな魔法や手品、色彩豊かな見せ物だけが本物で、衷心からの吐露のたぐいを受け入れることなど考えもしなかった。」

「人を好きになりたい、熱烈に愛したいとはいつも考えていたが、さて、その見返りになるものが京吉にはひとつもない。どうしたら愛されるに足るものをお返しできるか、京吉の内部にそれこそ何もないとすれば。」
「そう考えてゆくと京吉には、もともとからして愛するだの愛されるだのをいう資格はどこにもなく、またも無明の闇に沈むほかに、どんな生き方も残されているわけない。こうした堂々めぐりは、のちに大人となってからようやく絶ち切られたが、幼年期には自分からそこを脱け出す力がないままに、呪詛、怨恨、あげくは復讐といった文字ばかりが周りに飛び交うのが常であった。そしてそれこそが幼年期を彩ることになる、あの緑いろのこよなく美しい錆、緑青に他ならなかったのである。」

「そして窮極のところ、これではっきりしたのは、この世の男性のほぼ九十パーセントが(と思いたくないが)そうであるように、とにかく女性を何らかの形でとりこめ、手に入れ、己れの種子を少しでも多く蒔き散らしたいと願っているのならば、京吉だけは違うということだった。自分の種子などどこにもばらまきたくない、自分に似た子供など一人で御免だというのが正直なところで、いきおい女性からは出来るだけ身を遠ざけ、地上の秩序には目立たぬよう背いて、家庭らしきものなどいっさい持つまいというのが、その当時から心に兆した誓いだった。」

「こうして京吉は、いわゆる悪徳の陥し穴のすぐ傍におり、そこへ落ち込むことも容易だった。家に「講談倶楽部」や「富士」、おまけに「朝日」までがあっていずれも総ルビ付きだったので、何より乱歩の長編の数々に魅了されたこと(中でも『孤島の鬼』のすばらしさときたら! いまでも京吉はこれを日本最高の探偵小説だと信じて疑わない)。中学に入るとまた早熟な級友たちに教えられて夢野久作の『ドグラ・マグラ』、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』を読み得たこと。そして時代はいよいよ軍国主義が栄え、現実は最低なくだらなさに充ち充ちたことなどが、京吉を物語の別世界に誘(いざな)った。そう、そこから二度と身を離すことはないと確信するまでに。」

「記憶とは必ず甘美なものでなければならない。あるいは甘美なものに仕立て変え、染め変えされなければいけない。そうでなければ人間の小さな頭脳は、到底その重圧に堪えられないだろうから。」

「ともあれ京吉は、自分を取り巻く大人たちの誰が何なのかをよく判らないままだった。たとえば彼は典型的なお祖母(ばあ)さん子で、毎晩祖母の寝床で抱かれながら眠っていたが、その祖母なるひとが父の母だということは、だいぶ後まで知らなかった。」

「きまりきったことをするのが嬉しいというのは、たぶん父の遺伝なのだろう。母の本心はもう少し奔放で、夕食のおかずでも子供心に奇天烈なものと思わざるを得ないものが多かった。」

「京吉の胸にいつの間にか巣喰った暗黒への回帰、異常なこと、常ならぬことへの志向は、やはり江戸川乱歩から教えられたのかというといささか違う。むしろそれは乱歩と、のちの三島由紀夫によって、正しいと立証されたのだと思うべきかも知れない。ほかにも泉鏡花や谷崎潤一郎、川端康成、芥川龍之介らがこの日本にもいてくれ、小栗虫太郎や夢野久作などの系譜があるからには。」

「祖母の寝床から離れて父や母、兄や姉などという別な人種に加えて、少しずつ彼にも外界が見えて来、他人というさらに奇妙な生き物に気づくようになったが、中で比較的気に入っていたのは、小指の爪を長く伸ばした若い男だった。なんでそんなことがおしゃれになるのか一向に判らないが、それだけは懸命に磨き、整え、人前に差し出してみせる。近くのアパートにいたそんな一人は、髪は長く、色白で、いかにも大正時代の遊冶郎(ゆうやろう)という感じだった。いまでは遊冶郎という言葉は、たぶんどうしようない道楽者としか聞えないのだろうが、昭和の初めごろには、まだしも粋な、身を持ち崩した若旦那といった風情があり、その在り方自体が時代への抵抗を示すほどの気概に充ちていた。
 遊び人。
 彼らがもしその気概を保ち続けていてくれたら、日本は決して単純な軍国主義に席巻されることはなかったろう。たとえば雑誌「新青年」を支えた人びと。しゃれっ気と粋とを何より愛した、真の自由主義者。市井無頼の遊冶郎が、そのままレジスタンスの戦士となり得ることも充分に可能だった、その日々。」

「やはり自分は人に愛される筈はない、世にも醜い生き物に違いないのだ。」



「地底から」より:

「大体オレは地表のものにほとんど関心がないのかも知れない。」
「好きなもの、確かなものといえば地下や地底のほかにはない。しらしらと螢光燈のまたたく地下道に、影のように行き交う人びと。がらんと客の少ない地下鉄に、精巧な人形として坐り込んでいる無表情な人たち。しかしそこには何ともいえぬ故郷の安らぎがある。」



「闇の使者」より:

「闇自体が一つの巨大な生き物でありながら、その闇はまた無数の生物を宿している。男はことにその深い闇から生まれ、音もなく灯に向って飛来する夜ごとの蛾を愛した。」


「隣室」より:

「いままでは夢は例外なく眠りの中にあり、現実はその外にあると考えていた。だがいま思うと刈部は、自分が一度も本物の現実の中に生きたことはないといってもいい気がする。」



◆感想◆


「若い豹への手紙」は、1992年執筆とあるので、晩年の作です。失敗作ですが、アムール豹に変身した友人への手紙に仮託して人類への愛想尽かしを披瀝し、どうか豹としての単独行動の性質を残したまま智的に進化して人類を追放してくれたまえと訴えるあたり、すばらしいです。

『黄泉戸喫(よもつへぐい)』というのは、〈地球への流刑囚〉である著者の胸中を窺わせる、よいタイトルだと思います。よその国にいってそこの食べものを食べたらよその国の住民になってしまうので、もう故郷へは戻れなくなるということですが、中井英夫にとっては、この世こそがよその国です。

本書を通読することによって、ゴンブローヴィッチや牧野信一、島尾敏雄などの系列に連らなる、偉大なるマイナー(マイノリティ)作家としての中井英夫の姿が浮かび上がってくるように思います。
 
創元ライブラリ版『中井英夫全集』は、基本的に生前刊行単行本のみ収録なので、本書と、本書の姉妹編のエッセイ集『磨かれた時間』は収録されていません。


中井英夫 黄泉戸喫03

















































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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