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『新潮日本文学アルバム 22 泉鏡花』 編集・評伝: 野口武彦

「現代、という人間の力を過信している時代のなかで、泉鏡花もまだまだ、少数派の変人なのだ。」
(津島佑子 「魔性の世界」 より)


『新潮
日本文学アルバム
22 
泉鏡花』


編集・評伝: 野口武彦
エッセイ: 津島佑子

新潮社 
1985年10月20日 印刷
1985年10月25日 発行
111p 目次1p 折込口絵1葉
四六判 角背紙装上製本 カバー 
定価980円



本文アート紙。図版(カラー/モノクロ)多数。


鏡花 新潮日本文学アルバム 01


帯文:

「写真で実証する作家の劇的な生涯と作品創造の秘密!
新潮日本文学アルバム
母を亡くした10歳の鏡花の眼前に、「来よ」と胸くつろげた摩耶夫人(ぶにん)――釈迦如来生母の像。生涯を貫く夫人(ぶにん)憧憬のエロスがつむいだ美と幻想の恍惚、流麗な詩情の秘密。今日なお新鮮な永遠の浪漫派、鏡花66年の生涯」



目次:

評伝 (野口武彦)
 「水」のイソメリズム(明治6年・出生~明治23年)
 硯友社徒弟時代(明治24年~明治31年)
 「俺を棄てるか、婦を棄てるか」(明治32年~明治42年)
 麹町下六番町(明治43年~大正15年)
 エロスの原形質(昭和元年~昭和14年・死)

カラー・ページ
 金沢・生地浅野川界隈(父・清次彫金下絵、摩耶夫人像、他)
 原稿(初期小説・戯曲)、ノート
 『高野聖』・『春昼』・『眉かくしの霊』
 初版本・口絵
 金沢・作品世界(白山、夜叉ヶ池、能登海岸、他)
 書(色紙・短冊)、他
 生活・遺品Ⅰ、Ⅱ

エッセイ
 一枚の写真――魔性の世界 (津島佑子)

略年譜 (高桑法子)
主要参考文献 (高桑法子)
主要著作目録 (高桑法子)



鏡花 新潮日本文学アルバム 02



◆本書より◆


「評伝」より:

「もちろん、いくら自然主義文学全盛期だからといって、鏡花のそうした才質に注目する具眼の士がいないわけではなかった。たとえば『白鷺』(明治四十二年)のために(中略)朝日新聞の紙面を提供した夏目漱石。『三味線堀』(同四十三年)に「三田文学」のページを割いた永井荷風。鏡花はこの間ずっと、文壇の主流から外れて傍系に押しやられていた。しかしみごとに持ちこたえたのである。それが可能だったのは何よりもまず、鏡花が自分自身の才能以外の何ものも信じなかったからである。ほんものの才能は、それ自体のうちに一種特別な羅針盤を装置している。たとえ諸般の事情で周囲の視界が混濁するころがあるにもせよ、その装置は本能的に、指示すべき磁極の方角をあやまたないであろう。」

「吉村博任氏の論文『菖蒲(あやめ)幻想』(昭和五十五年)によれば、「鏡花は食物恐怖のために腐敗ほど恐いものはなかった。そのために『豆腐』はその肉(にくづき)をとって、『豆府』で通したことはすでに有名である」といわれる。これを神経症的といわないで、他にどんな呼び名があるだろうか。しかし不思議なことには、というよりむしろ健全なことには、そのためにかえって、鏡花は大正期の時代的シンドロームとしての「神経病」をいっさい共有しなかった。(中略)たとえば芥川龍之介をじりじり自殺にまで追いつめていったあの「漠然たる不安」という時代病とはついに無縁だったのである。」

「鏡花にとってオバケは、民俗伝承などというものではなかった。それはいつでも眼の前に出現し、あの世にわれをさしまねき、想像力を刺激してやまぬ現実の存在だったのである。」



津島佑子「魔性の世界」より:

「鏡花は妖怪、幽霊の類いを本当に信じていた、と聞いたことがある。それはそうだろう、と私も思う。ただ、妙な気がするのは、わざわざそのように言いたてるのは、よほどそれは特殊なこと、異常なこと、とみなしているからか、ということだ。(中略)しかし、どんな人でも(中略)なにかわけの分からぬものを、なんらかの形で信じているのではないか。」
「学校の生徒として私は、明治以降の小説とは秀れた知力の産物であり、秀れた知力とは、幻・迷信の類いを寄せつけず、冷静沈着に、科学の精神で、現実を見きわめるものである、と教わっていた。(中略)結果として、泉鏡花も、自分の感性で見事な小説を書き上げた岡本かの子にしても、日の当たらぬところに押しやられていた。泉鏡花や岡本かの子と出会うには、自分で探し当てなければならなかったのだ。」
「ところで大分、世は変わったが、(中略)小説家はインテリ、インテリは現実客観主義、という構図は今でも根強く残っているのではないだろうか。妖怪変化を本気で信じる「作家」なるものは、どこか矛盾していると、今でも受け取られている。現代、という人間の力を過信している時代のなかで、泉鏡花もまだまだ、少数派の変人なのだ。泉鏡花がもっと多くの人に、身近に読まれるような時代に変わっていけばいいのに、と思うが、これからどんな時代に変わっていくのやら、私には、さっぱり分からない。」



鏡花 新潮日本文学アルバム 03


鏡花 新潮日本文学アルバム 04


鏡花 新潮日本文学アルバム 05


「兎の収集品で「御自慢拝見」(昭和7年5月29日「東京日日」)欄に出た鏡花。」




こちらもご参照ください:

『鏡花論集成』 谷沢永一/渡辺一考 編
村松定孝 『あぢさゐ供養頌 ― わが泉鏡花』
















































































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