泉鏡花 『鏡花全集 巻一』

「鶴は身を群鷄の中より抽(ぬ)きて唯一人亂菊は、遙か彼方に亭として彳(たゝず)めり。渠(かれ)は常に朋輩夥間(ほうばいなかま)の除物(のけもの)にされながら、心細く思へる状(さま)無く、はた淋し氣なる風情もあらず、大方の者は人中(ひとなか)にて己(おの)が容(い)れられざるを見る時は自然(おのづから)心怯(ひ)けて太(いた)く沮喪するが習なるに、亂菊は朋輩の己(おのれ)を容れざるが、却つて其(その)身の超越せる所以なるを知れるが如し。」
(泉鏡花 「亂菊」 より)


泉鏡花 『鏡花全集 巻一』

岩波書店 昭和48年11月2日発行
715p 年譜14p 作品年表71p 目次2p 口絵i
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価2,200円
正字・正かな/本文総ルビ



鏡花全集1


目次:

口絵 (昭和十二年九月十六日 自宅書齋に於て/撮影: 木村伊兵衞)

冠彌左衞門 (明治26年5月)
活人形 (明治26年5月)
金時計 (明治26年6月)
大和心 (明治27年8月)
豫備兵 (明治27年10月)
海戰の餘波 (明治27年11月)
譬喩談 (明治27年11月)
義血侠血 (明治27年11月)
亂菊 (明治27年11月)
鬼の角 (明治27年12月)
取舵 (明治28年1月)
聾の一心 (明治28年1月)
秘妾傳 (明治28年3月)
夜行巡査 (明治28年4月)

泉鏡花年譜 (泉鏡花/小村雪岱追記)
泉鏡花作品年表



鏡花全集6



◆本書より◆


「大和心」より:

「「犬が何です、獸(けもの)ぢやアありませんか。私の方のは人間です。もし何だと病院の信用に關(かゝは)りますぞ。」
 「お默んなさい。醫師(いし)が責任を負つて手術をする上は、犬だつて猫だつて豫後(よご)の注意に異(かはり)はないです。」」



「海戰の餘波」より:

「庭園の盡(つ)くる處(ところ)に到れば、一帶の清流素練を敷けるに、瑪瑙の橋を懸渡せり。
 渡終りて堂に昇る。時に鯛、鯖、鰈、鰒なんど孰(いづれ)も魚類にして束帶(そくたい)せるもの、恭(うやうや)しく出迎(いでむか)へつ、黑男(くろをとこ)とともに千代太(ちよた)の前後に從ひてするすると廊下を渡れり。
 一の唐戸(からど)、二の唐戸、三の唐戸、四(し)の唐戸、唐戸の數も八個(やつ)を越えて、九ツの唐戸に入(い)れば、目も遙なる前面(むかひ)の盡(はて)に、一輪月の如き光を認む。
 間近くなるに從ひて、月かと見しはそれならで、床(ゆか)も、天井も、襖も、壁も、唯一面に透明なる水晶を以て張詰めたる、楕圓形(だゑんけい)の廣間(ひろま)なりき。
 其(その)室(しつ)の中央に一脚紫檀(したん)の卓子(つくゑ)を据ゑたり。これに對(たい)して、最(いと)も氣高き一個(ひとり)の姫、玉冠(ぎよくくわん)を戴き、黄金靴(きんくわ)を穿ち、身に瓔珞を絡(まと)へるが、端然として居給へり。」



「譬喩談」より:

「世にものの不如意なるほど不愉快なることはあらざるべし。本篇の主人公は、愉快に生活せむことを唯一の目的とせる人物なり。然(さ)れば意の如くならざるよりして、官職を辭(じ)し、朋友と絶せしこともあり。いままた下男を解傭(かいよう)し、はた一人(いちにん)の息子を棄てぬ。(中略)但(たゞ)渠(かれ)は巨多の富を有せり。諺に人間萬事金子(かね)なりといふ、其(その)金子はあれども、なほ何事も心に任せず、要するに渠は人をして己の如くならしめむと欲して、然(しか)もこれを得ざるなり。得ざれども求めて休(や)まず、そも如何にしてかこれを得む。」

「「風邪をひくより起される方が我(おら)あ嫌(いや)だ。汝(きさま)が何を知つてるもんで、それとも我(おれ)の心を見抜くことが出來るか。出來たら言はぬことでもするが可(い)い、それが出來ない分際で、何故獨斷(どくだん)でものをする。向後要らぬ世話ア燒くと許さぬぞ。」」

「「はい、私(わたくし)は至極正直者で、何だつても旦那主人のいひつけないことはいたしません、しかし其(それ)が向うの氣に入りませんよ。」
 「はてな、そりや何(ど)ういふ理由(わけ)だらう。」と主人は訝る。
 「主人の何時もいひますには、一々指圖(さしづ)をしないでも、自分の才で遣れば可(い)いに、埒の明かぬ、氣の利かない一體(いつたい)馬鹿正直だから不可(いけな)いつてね、私の正直なのを馬鹿にします。」と小僧は不平なり。」

「「小僧我(おれ)が雇つて遣らう。」
 小僧は大きに喜び勇み、
 「や、旦那がお使ひ下さいますか。」 主人、「むゝ、使つて遣る。」
 「また氣が利かないなんて追出されやしないだらうか。」
 と呟くが如くにいふ。主人、「何の、氣が利かれて堪るものか。」」



「亂菊」より:

「手取川(てどりがは)の上流、人家に遠きあたりには、他國に餘り類(たぐひ)無き一種恐るべき毒蟲あり。其(その)形蜂とも附かず虻とも附かず、謂はば蜂と虻との間(あひ)の子にて、兩者よりも小さきものなるが、極めて鋭利なる針を有せり。土俗に呼びて、「おろゝ」と謂ふ、「おろゝ」は常に群(ぐん)をなして深林の内を逍遥し、偶會(たまたま)人あるを見る時は、大擧(たいきよ)して襲ひ來(きた)る、其(その)勢(いきほひ)猛烈にて、如何なるものも當(あた)り難く、手を束ねて血を吸はるれば遂に死に至る事あり。はじめ唯一疋來り襲ふは「おろゝ」の派する斥候なり。」

「鶴は身を群鷄の中より抽(ぬ)きて唯一人亂菊は、遙か彼方に亭として彳(たゝず)めり。渠(かれ)は常に朋輩夥間(ほうばいなかま)の除物(のけもの)にされながら、心細く思へる状(さま)無く、はた淋し氣なる風情もあらず、大方の者は人中(ひとなか)にて己(おの)が容(い)れられざるを見る時は自然(おのづから)心怯(ひ)けて太(いた)く沮喪するが習なるに、亂菊は朋輩の己(おのれ)を容れざるが、却つて其(その)身の超越せる所以なるを知れるが如し。」



「鬼の角」より:

「「嫁御は活(い)きて居りますわね。」
 老人は冷笑(あざわら)ひ、
 「死んではまるつきり味が變る。何がなし、活(い)きてる奴を引裂(ひつさ)いて、手足をばらばらにする。可(い)いか、臂(しり)の肉は刺身にして、心臟の血を打懸(ぶつか)ける。あとは吸物よ。骨は叩(たゝき)にしてもりもりとお茶請(ちやうけ)。處で生肝が甘煮(うまに)になる。臟腑はぶつぶつ切にして腦味噌で和(あへ)る奴さ。こゝに尤(もつと)も己(おれ)が目を懸けるのは彼(あれ)のはらんで居る嬰兒(あかんぼ)で、こいつ附燒にして天窓(あたま)から噛む。まあ何(ど)んなにか旨いだらう。」と言懸けて涎を流しぬ。」




「泉鏡花年譜」より:

「明治三十九年(中略)七月、ますます健康を害ひ、靜養のため、逗子、田越に借家。一夏の假すまひ、やがて四年越の長きに亙れり。殆ど、粥と、じやが薯を食するのみ。十一月、「春晝」新小説に出づ。うたゝねに戀しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき。雨は屋を漏り、梟軒に鳴き、風は欅の枝を折りて、棟の柿葺を貫き、破衾の天井を刺さむとす。蘆の穗は霜寒き枕に散り、さゝ蟹は、むれつゝ疊を走りぬ。「春晝後刻」を草せり。蝶か、夢か、殆ど恍惚の間にあり。李長吉は、其の頃嗜みよみたるもの。」

「大正五年(中略)、初夏のはじめより、あしき病流行したるに恐をなし、門を出でざること、殆ど三月。」



鏡花全集3

本体(表)。


鏡花全集4

本体(裏)。


鏡花全集5

見返し。


鏡花全集2

































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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