泉鏡花 『鏡花全集 巻二』

「何でもあやふやだと安心がならぬ、人を恃むより神佛を信ずるより、自分を信仰なさるが一番ぢや。」
(泉鏡花 「旅僧」 より)


泉鏡花 『鏡花全集 巻二』

岩波書店 昭和17年9月30日第1刷発行
/昭和48年12月3日第2刷発行
652p 目次3p 
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価2,000円
正字・正かな/本文総ルビ

月報2(16p):
鏡花回想(山本健吉)/覺書(水上瀧太郎、昭和15年「圖書」3月号より転載)/鏡花小説校異考(二)(村松定孝)/同時代の批評・紹介/編集室より/図版2点(「明治三十年頃」「『柳筥』所収の「妙の宮」口絵」)



目次:

旅僧 (明治28年4月)
外科室 (明治28年6月)
妙の宮 (明治28年7月)
鐘聲夜半録 (明治28年7月)
貧民倶樂部 (明治28年7月)
黑猫 (明治28年7月)
ねむり看守 (明治28年8月)
八萬六千四百囘 (明治28年8月)
化銀杏 (明治29年2月)
一之巻 (明治29年5月)
二之巻 (明治29年6月)
三之巻 (明治29年8月)
四之巻 (明治29年9月)
五之巻 (明治29年10月)
六之巻 (明治29年12月)
誓之巻 (明治30年1月)
蓑谷 (明治29年7月)
五の君 (明治29年7月)
紫陽花 (明治29年9月)
毬栗 (明治29年9月)
照葉狂言 (明治29年11月)




◆本書より◆


「旅僧」より:

「「其時(そのとき)船の中で、些(ちつ)とも騒がぬ、いやも頓と平氣な人が二人あつた。美しい娘と可愛らしい男の兒ぢや。姉弟と見えてな、似て居ました。
 最初から二人對坐(さしむかひ)で、人交(ひとまぜ)もせぬで何か睦まじさうに話をして居たが、皆がわいわい言つて立騒ぐのを見ようともせず、まるで別世界に居るといふ顔色(かほつき)での。」」

「「乘合(のりあひ)の衆も何がなしに、自分で自分を信仰なさい。船が大丈夫と信じたら乘つて出る、出た上では甚麼(どんな)颶風(はやて)が來ようが、船が沈まうが、體が溺れようが、なに、大丈夫だと思つてござれば、些(ちつ)とも驚くことはない。こりやよし死んでも生返る。もし又船が危いと信じたらば、乘らぬことでござるぞ。何でもあやふやだと安心がならぬ、人を恃むより神佛を信ずるより、自分を信仰なさるが一番ぢや。」」



「化銀杏」より:

「「しかし斯(か)うはいふものの、芳(よツ)さん世の中といふものがね、それぢやあ合點(がつてん)しないとさ。たとひ芳さんと私とが、何樣(どんな)に潔白であツたからつても、世間ぢやさうとは思つてくれず、(中略)唯惡いのは世間だよ。」」


「五の君」より:

「其(その)寺に養はれたまひしかば、尼君、尼君と皆陰にては囁きたれど、まことは舊藩主菅(すげ)氏の第五の姫にて、香折(かをり)と呼ばれ給へる君なり。」
「ある時、前の卓子(テエブル)に居たる貧家の兒(こ)、習字の時間に、墨のあまり堅ければとて、水に灰を交ぜて摺りたるを、監生(かんせい)といふものに發見され太(いた)く罵られて泣きたりしに、姫の哀れとや見たまひけむ、御持料(おんもちれう)なる貴き墨を渠(かれ)に與へむとのたまひぬ。
 「いゝえ、いゝえ。」
 とばかり臆して手をだに出(いだ)さむとせざりし。姫は傍なる附添(つきそひ)の腰元を顧み給へり。
 「それをお遣はしになりますると、今日姫(ひい)樣のおつかひ遊ばすのがございません。明日に遊ばしまし、他のをもつて來てやりますから。」
 と腰元は低聲(こごゑ)にすかしぬ。姫はかぶりを振り給ひて、
 「二ツに、わけて。」と強ひ給ふ。」
「腰元はなほ肯ぜざりき。姫はものをものたまはで、御顔颯(さ)とあかうなりぬ。
 「可(い)い!」と少しく聲鋭く、直ちに墨の兩端を取りて、ひしと壓(お)させたまひしが、力足らで折れざりき。」
「姫は傍(かたはら)なる少女に向ひて、
 「折つて、折つて。」
 と言ひかけつゝ件(くだん)の墨を推着(おしつ)け給ふに、少女は諾(うべな)ひて取らむとせしが、腰元のソト目づかひしたれば、心後(おく)れて手を控へぬ。
 いひがひなしとや、姫は苛立ち給へる状(さま)にて、卓子(テエブル)の上にありあはす一個水晶の卦算(けいさん)の扇の形に造りたるを取りあげて、頷きつゝ、墨を硯にもたせかけ、斜(なゝめ)にしたる只中を力を籠めて丁(ちやう)と打てば、墨の三段(みきだ)に折るゝとともに、水晶の卦算なかばより碎(くだ)けて散りぬ。」
「姫は嬉しげに微笑みて、一片を渠(かれ)に、他(た)の一片を禮心(れいごころ)にや少女にたまひぬ。(中略)姫は不思議のものずきにて、其(その)ことのありてより、取(とり)かへ引かへ持ち來給ふ墨といふ墨は殘らず隙だにあれば打折りて、二ツにし、三ツにし、四ツにし、果(はて)は二三分(ぶ)ばかりになしては、人に分たるゝこともあり、はた濃き墨の膠の氣を以(も)て一ツ一ツ繼ぎあはせては丁寧に日に乾かし、かたまるを待ちてまたつかふことあるなど、癖のやうになりたまひき。」

「五月雨晴れし夕(ゆふべ)なりき。姫はお居室(ゐま)の障子を開きて、欄干に凭(もた)れ俯(ふ)して、庭なる池を見たまひぬ。(中略)一尾の鯉あり、溌(ばつ)と跳ねて、三尺(じやく)ばかり飛上れる、鱗きらりとかゞやきし、勢(いきほひ)あまりて築山の裾なる土に横(よこた)はりぬ。
 「あれ。」と腰元立上る。
 姫は見返りて呼留めたまひ、
 「うつちやつてお置き。」
 「でも姫樣(ひいさま)、はやく水ン中へ入れてつかはしませぬと、姫樣。」
 腰元の急(せ)き立つを、姫は極めて落着きつゝ、
 「自分の勝手ではないか。」
 とて髪一筋も動かし給はず、冷然として居給へり。」
「鯉は動かず、風なく、音なく、雫も小止(をや)み、水の輪も其(その)時消えつゝ、庭一面に立蔽へる、沈々たる黄昏の、ものに觸れて動くと見れば、一頭茶褐色の鼬あり、(中略)矢庭に鯉に齒を懸けけり。一目見て、あと打叫びたまひし姫の、咄嗟に欄干より身を躍らし、腰元の魂消る隙に、ざんぶと、池に飛入り給へり。
 鼬を追はむと思(おぼ)してなるべし。」



「毬栗」より:

「「あの中にお前、深い深い谷があつて、水が少し流れて居るの、其處にねお前、あれ、」
 と井の上を蓋したる磐石を見遣りて言ひぬ。
 「あれよりか少し小さな、赤い色の蛙が居てね、背中の筋が黄金(きん)の色をして光つて居たもの。」」



月報記事「鏡花回想」(山本健吉)より:

「鏡花がどうしてあれほど子供っぽく黴菌を怖れたのか。(中略)彼はアンパンを火にあぶってからでないと食べなかった。それも丸いアンパンの表と裏を焼くだけでなく、今度は横に立てて、ぐるりと一回転させ、おちなく火に当てるのである。そして、その一端を二本の指でつかみ、食べ終ってから、指でつかんだ部分だけは捨ててしまう。」



◆感想文◆

「巻二」では「外科室」「貧民倶樂部」「照葉狂言」などが重要作ですが、特に興味深いのは、変わり者、というか、今でいえば高機能自閉症のお姫様が主人公の「五の君」で、やはり変わり者(嫌われ者)の屑屋の老人を、潔癖症ゆえについ突き飛ばしてしまって、気が咎めて、屑屋の家まで「腰元」を連れてあやまりに行く話ですが、これは要するに相反するものの一致、上のものと下のものが等しいという、ヘルメス学の要諦です。上のものと中のもの、下のものと中のものは決して等しくはならないですが、上と下は異界をワープして通じあうです。「巻十六」所収「白金之絵図」でも、白金(しろかね)のお嬢さんと下谷(したや)の狂言師の老人が通じあうです。
「巻四」所収の「梟物語」はこの「五の君」の後日譚で、屑屋の娘はお姫様に召し使われて、お気に入りになっています。お姫様のような変わり者は、人間界では生き難く、また生きていく気もないので、結局のところ、自殺してしまうのですが、その「梟物語」の後日譚ということでいえば、自殺したお姫様は魔界に転生して、人間どもを手玉に取る「天守物語」や「夜叉ヶ池」のお姫様になったと考えれば首尾一貫するです。
「毬栗」は、中に入ろうとすると何処からともなく毬栗が飛んでくる敷地の話ですが、ユング心理学を応用して読めばよいです。もっとも本作発表当時ユングはまだ二十歳そこそこのひよっこです。

































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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