泉鏡花 『鏡花全集 巻十一』

「(栗の林へ鵲(かさゝぎ)の橋が懸りました。お月樣はあれを渡つて出なさいます。いまに峰を離れますとね、谷の雲が晃々(きらきら)と、銀のやうな波に成つて、兎の飛ぶのが見えますよ。)
 (殆ど仙境。)
 と私は手を支(つ)いて摺(ず)つて出ました。
 (まるで、人間界を離れて居ますね。)」

(泉鏡花 「星女郎」 より)


泉鏡花 『鏡花全集 巻十一』

岩波書店 昭和16年8月15日第1刷発行
/昭和49年9月2日第2刷発行
702p 目次1p 
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価2,200円
正字・正かな/本文総ルビ

月報11(16p):
鏡花ものという演目(上)(戸板康二)/鏡花文学の幻想性(笠原伸夫)/鏡花小説校異考(十一)(村松定孝)/同時代の批評・紹介/図版2点(「草迷宮」表紙と口絵、岡田三郎助画/「草迷宮」口絵、岡田三郎助画)



目次:

靈象 (明治40年1月)
縁結び (明治40年1月)
雌蝶 (明治41年1月)
草迷宮 (明治41年1月)
頬白鳥 (明治41年3月)
沼夫人 (明治41年6月)
星女郎 (明治41年12月)
七草 (明治42年1月)




◆本書より◆


「靈象」より:

「「見物?何を見物するんです。」
 「何をツて、あれよ。向うの監獄の門が開(あ)くと、亭主殺しの別嬪が、御年貢が濟(す)んで、久しぶりで今朝娑婆の風に當(あた)るのが、追付(おツつ)け出て來る。それを觀(み)るのよ。」
 「變(へん)な見世物だね、牢を出る罪人を見物も可笑(をかし)なものだ。」」
「「身内も少くはないんだけれど、確か、誰一人として迎ひになんぞ來るものはない筈になつて居るのさ。」
 「ぢやあ、此(こ)の人だかりは、こりや皆(みんな)見物なのか。おやおや、」
 と今更呆れたらしい口吻(くちぶり)で、
 「兩側は雜(ざつ)と人垣を拵へたぜ。すると隣の店を借りて居る、女まじりの、(連中(れんぢう))と云つたやうな一組なんぞも、矢張(やつぱり)御見物で在(い)らつしやるかい。
 私は又大(たい)した財産家の御新姐(ごしんぞ)だと聞いたから、こりや素(す)ばらしい出迎(でむかへ)だ。此の人數(にんず)で引包(ひツつゝ)めば、白晝(まつぴるま)も暗夜(やみ)にして、當人(たうにん)の淺ましい姿も、人目に觸(ふ)れねえで濟むだらう。大樹(おほき)の蔭だ、何の道もと思つてたんだが、皆(みんな)見物ぢや、さて、娑婆へ出た處が思ひ遣られる。」」
「「坂の上の廣場(ひろツぱ)にや、象(ざう)の見世物があつて、其處(そこ)も大概な人出(ひとで)だからな。」
 「いくら地方(ゐなか)だつて、今時象の見世物ぐらゐに、そんなに人が出るもんかね、皆(みん)な監獄の門が當(あて)なんだね。」
 「些(ちつ)と仰山過ぎやしないか、此處(こゝ)だけでは。
 お前さん、象の方も大評判(おほひやうばん)だぜ。象より黑人(くろんぼ)を見に行くんだ。印度(インド)人とか亞剌比亞(アラビア)人とか云ふ黑人を。」」

「誰(た)そ、今や監獄を出(い)づべき女囚は、あはれ、身を照らす日の光とともに、かゝる人々の目に、其(そ)の下がひの褄(つま)をさへ、見通されようとするのである。」

「「夫人(おくさん)は夫を毒殺なすつたと言ふ嫌疑ださうです。(中略)私(わたくし)は美波(みは)さんは、然(さ)やうな罪惡を犯す人でないと信じて居ります――けれども夫人が、もし實際(じつさい)其(そ)の夫を毒殺する意志があつて、私に手を貸せと云ふ相談がありましたとすれば、斷じてそれを肯(うべな)はなかつたか何(ど)うか、斷言は出來ません。……
 と興津志乃吉(おきつしのきち)は述べたのであつた。」

「法廷は、興津志乃吉に無罪を宣告した。」

「刑の名は確か然(さ)うではなかつたが、公衆は夫人を夫殺しと號(がう)した。雨も風もない年も、痛罵の怒號(どがう)は轟々(がうがう)と、白日に且つ暴(あ)れに暴れて、土砂を捲き、樹を搖(ゆすぶ)つて居たのである。
 時維(こ)れ……午前七時、刑期滿ちて獄を出されようとする時刻些(ち)と前に、犇々(ひしひし)と詰懸(つめか)けた公衆の中を通つて、緋の法衣(ころも)に紫の輪袈裟(わげさ)掛けたる、本願寺派の僧侶を眞中に、前後に連(つらな)つて、同勢三十名ばかりの一行が靜々と練つて來て、女囚が其處から放たれる、監獄の裏門の高き土塀に添うて留(と)まつた。
 是(これ)は、報恩奉佛と、頭(かしら)へ韻を踏んだ割書(わりがき)で、大きく佛教團(ぶつけうだん)と書く、團體(だんたい)から派出された、お美波(みは)を迎ひの行列であつた。」
「是より先、苦役中に花もしぼまず、美波が舊(もと)の姿で世に出ると云ふ事になると、式(かた)の如き毒婦の形骸は燒いて粉にしても空氣を汚(けが)すと(中略)忌はしがつて、正義團(せいぎだん)の人々などは、假令(たとひ)法律は淫婦を死刑に處(しよ)さなくつても、社會(しやくわい)の制裁は生(い)けて置かぬ、と喚いたのであつた。」
「此の勢(いきほひ)に恐(おそれ)をなして、お美波の實家(じつか)も娘を引取るに躊躇した。否、社會の制裁の下(もと)に餘儀(よぎ)なくされたのである。
 時に佛教團の貴婦人が計らひで、正義矯風の二派の前に、其(そ)の生命(いのち)ごひを種々(しゆじゆ)交渉の末、お美波を監獄の門に迎へて、立處(たちどころ)に其の黑髪を斷つて、其場(そのば)から然(しか)るべき監督の下(もと)に、一生尼寺に推籠(おしこ)めようといふことに妥協されたのであつた。新聞紙は貴婦人がたの博愛を、口を極めて讚歎した。恁(か)う云ふことは、人に賴(たの)まれてするわけではない、其處(そこ)で、博愛になる。誰も賴まないことをする、其處で、慈善ともいふのであらう、けれども沙汰の限りである。」

「群集ばらばらと左右に散つて、瞳を放てば坂かけて、賽河原を空に見るまで、灰色に赤味のさした、大幅の道一條(ひとすぢ)廣々(ひろびろ)と開けたたゞ中、雪を積んで重ねた上に、護謨(ゴム)を塗つて築けるごとき、山に似たる大肉團(だいにくだん)。
 之(こ)は、そも何等(なんら)のものぞ。
 鼻を以(も)て堤防(どて)を繞(めぐ)らし、耳を以て旗となし、頭(かしら)を以て櫓となし、六尺二叉の戟(ほこ)を植ゑたる、唯見る城の如き大白象(だいびやくざう)。高く土塀に聳(そび)えた背に、茶の外套の襟を立てて、おなじ色の帽を目深(まぶか)に、爪尖(つまさき)鎌の刃の如き鋭(するど)なるなめし皮の長靴を穿いて、横さまに腰かけたる一員の將軍を安置して、坂の上から唯霰雲(さんうん)の徐々として空に漲る状(さま)に、次第に此處に來たのである。」
「やあやあ、坂の上の見世物だ、口上いひが乘つて來た、と雪頽(なだれ)を打つて口々に絶叫する、見物の中を、象の横合ひから衝(つ)と出て、颯(さつ)と驅抜(かけぬ)けた魔物がある。
 褐色の布をくるくると頭(かしら)に巻いて、喧嘩かぶりの如くにした、膝までの蒼い洋袴(ずぼん)で、露出(むきだし)の脛は牛の如く、雨に露に塵埃(ちりあくた)に汚れには汚れたが、緋羅紗の外套、暖簾のやうに飜(ひるがへ)して、腰に銀色(ぎんしよく)の燦爛たる長劍(ちやうけん)を横(よこた)へた、眼(まなこ)の色金色(こんじき)にして髯赤く、鼻は狐の如く高く尖つて、顔の黑さ煤に擬ひ、身の丈六尺に垂(なんなん)たる奇怪なる外來の客。
 亞剌比亞人よ、印度人だ、ソレ黑奴(くろんぼ)が、といふ内に、通魔(とほりま)の閃(ひらめ)いて過ぎたと見ると、夫人を引立(ひつた)てた緋の法衣(ころも)の僧正の、背へ乘越(のりこ)すやうに上から覗いて、天窓(あたま)から鬼一口(おにひとくち)、豹の唸るが如き聲(こゑ)して、喝(かつ)と叫んだ。
 ワツと言つて僧正は、頭(かしら)を壓(おさ)へて眞俯向(まうつむ)けになる。
 婆々(ばゞあ)は尻餅を搗(つ)いた。
 夫人の身は倒れぬ前に、横さまに緋羅紗をかけて抱(いだ)かれた時、象の脚は圓(ゑん)を描いて其處で止まつた。
 爾時(そのとき)輕々(かるがる)と、腰をさゝげられた夫人の肩へ、上から徐(やを)ら手が懸(かゝ)ると、象の背(せな)へ掻乘(かいの)せた。裳(もすそ)が向うへすらりと靡(なび)いて、姿はしなやかに仰向けになつたが、腰のあたりで背筋が捩(よ)れて、半ば起上らうとした、顔は、片膝を胡坐(あぐら)した男の膝に突伏(つゝぷ)した。其(そ)の黑髪と、焦茶の筒袴(ずぼん)との間に、五指(ごし)の白きが戰(をのゝ)くのである。
 亞剌比亞の象つかひは、立直つて手綱を控へた。白象の鼻は、龍の昇るが如く、折から次第に雲かさなる仄暗き空ざまに、蜿蜒として監獄の門を擢(ぬ)いて、次回興行の開かるべき前途(ゆくて)の山を指すのであつた。
 譬(たと)へば洋海(わだつみ)の荒浪を乘切り通る、白き色の艦(ふね)の如く、市民が怒號(どがう)のあれ荒(すさ)ぶ、あらしの中を悠々として、のつしと過(すぎ)るを、怒髪冠を衝(つ)く壯士輩(さうしはい)も、一指を加ふることを得なんだ。惡く礫(つぶて)でも打つて見ろ、四五十人は立處(たちどころ)に踏殺されよう。
 二の橋を一杯に、渡果(わたりは)てると、俯向(うつむ)けの帽子を少しずらして、象の背なる丈夫(ますらを)は、夫人を片手に抱(いだ)いたまゝ、手巾(ハンケチ)で其の額(ひたひ)を拭つた。群集は散つた。雨が烈しく降出したので、夫人の上へも男の肩へも、護謨引(ゴムびき)の黑い布の雨具がかゝる。
 準備は此(こ)のくらゐの事ではない。象に振分けにした大貨物(だいくわもつ)の中には、鍋釜はじめ、皿小鉢、米、鹽(しほ)、鑵詰(くわんづめ)の飲食物、寢道具(ねだうぐ)はいふに及ばず、長棹にからんで、大旗(おほはた)の如く捲き込んで、騎(のりもの)の腹に着けたのは、見世物小屋にも住家(すまひ)にもなる天幕(テント)であつた。
 男兒(だんじ)三年間獻身(けんしん)的の經營(けいえい)に、此(こ)のくらゐなことは怪(あやし)むに足りまい。夫人が同じ年(とし)苦役の間に、海外で獲得して齎(もたら)し歸(かへ)つた興津志乃吉の土産である。
 晩景、町端(まちはづれ)で雨が上つて、地平線上に一顆(いつくわ)夕日(せきじつ)の紅玉落ち、濕(うるほ)ひたる雲の桃色美しき並木の中、靑田(あをた)の末(すゑ)に海を劃(くぎ)つて、東海道の空に入(い)る、浪なす一帶の山脈に、白象(びやくざう)は其の白き滑(なめら)かなる背(せな)を並べて、松と松との奧深く、一團(いちだん)の霞となり行(ゆ)くほどに、
     何處もかはらぬ戀路(こひぢ)のならひ、
     雨が降らうが日が暮りよが。
     何とそんなもんぢやないかないか象よ。
     ホンニ一寸さきや暗夜(やみ)の世だけれど、
     思(おも)や人目(ひとめ)のないが増(まし)。
     何とそんなもんぢやないかないか象よ。
     たとひ人目があらうとまゝよ、
     二人顔さへ見ればよい。
     脚が四(よツ)つと誹(そし)らば誹れ、
     姿二つに氣はひとつ。
     何とそんなもんぢやないかないか象よ。
     死んで蓮(はちす)の花借(か)ろよりも、
     象の背中の四疊半(よでふはん)。
     友よ安かれ、家主は俺だ。
     たとひ形は鬼でも魔でも、
     おなじ思ひのわしぢやもの。
     何とそんなもんぢやないかないか象よ。
     寢籠(ねかご)搖(ゆす)ぶる子守唄やめば、
     寢物語がしたくなる。
     よしや他人の睦言なりと、
     木の根枕に聞いて寢よう。
     何とそんなもんぢやないかないか象よ。
     こゝは日本といふ處、
 鞭をば高らかに上げつつ唄ふ、亞剌比亞人の蠻歌(ばんか)は、奇鳥(きてう)の聲の幽林(いうりん)を鳴らすが如く、谺を返して響き渡つた。」




◆感想文◆

「霊象」は、夫婦で心中しようとして一人だけ生き残ってしまった女の人が、世間の人々から夫殺し呼ばわりされて口汚く罵られ石を投げられそうになっているところに、昔からその女の人のことを好きだった男の人が象に乗ってやって来て女の人と一緒に放浪の旅に出る話です。前半は実録犯罪ものみたいですが、後半がたいへんすばらしいです。
「草迷宮」「沼夫人」「星女郎」もたいへんすばらしい作品ですが、前にも出てきたので割愛します。














































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本