泉鏡花 『鏡花全集 巻十五』

「「實(じつ)に、寸毫(すんがう)と雖(いへど)も意趣遺恨はありません。けれども、未練と、執着(しふぢやく)と、愚癡(ぐち)と、卑劣と、惡趣と、怨念と、もつと直截(ちよくせつ)に申せば、狂亂(きやうらん)があつたのです。
 狂氣(きちがひ)が。」」

(泉鏡花 「革鞄の怪」 より)


泉鏡花 『鏡花全集 巻十五』

岩波書店 昭和15年9月20日第1刷発行
/昭和50年1月6日第2刷発行
774p 目次1p 
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価2,400円
正字・正かな/本文総ルビ

月報15(16p):
泉鏡花と折口信夫(池田彌三郎)/鏡花と住まい(泉名月)/日本橋に就て(佐藤春夫、昭和15年9月『鏡花全集巻十五』月報より再録/『參宮日記』と『日本橋』のこと(小村雪岱、昭和15年9月『鏡花全集巻十五』月報より再録)/泉名月 蔵 新資料(3) 尾崎紅葉の鏡花宛書簡/鏡花小説校異考(十五)(村松定孝)/同時代の批評・紹介/編集室より/図版5点(鏡花が住んだ家の間取りの図/「日本橋」表紙、小村雪岱画/「日本橋」見返し、小村雪岱画/同/「參宮日記」口絵、鰭崎英朋画)



目次:

遊行車 (大正2年1月)
艷書 (大正2年4月)
陽炎座 (大正2年5月)
菎蒻本 (大正2年6月)
參宮日記 (大正2年8月)
二た面 (大正2年9月)
魔法罎 (大正3年1月)
第二菎蒻本 (大正3年1月)
革鞄の怪 (大正3年2月)
日本橋 (大正3年9月)




◆本書より◆


「陽炎座」より:

「「何時(いつ)の事、何處(どこ)から、其(そ)のお姿が見えなく成りました。」」
「「何時、何處でと云つてね、お前(めえ)、縁日の宵の口や、顔見世の夜明から、見えなく成つたと云ふのぢやない。其の娘はね、長い間煩(わづ)らつて、寢て居たんだ。それから行方が知れなく成つたよ。」
 子供芝居の取留(とりと)めのない臺辭(せりふ)でも、些(ちつ)と變(へん)な事を言ふ。」
「「それでは御病氣を苦になさつて、死ぬ氣で駈出したのでござりますかね。」
 「壽命(じゆみやう)だよ。ふん、」」
「「御壽命、へい、何にいたせ、それは御心配な事で。お怪我がなければ可(よ)うござります。」
 「賽(さい)の河原は礫原(こいしはら)、石があるから躓(つまづ)いて怪我をする事もあらうかね。」」
「「何を言はつしやります。」
 「否(いえ)さ、饂飩(うどん)屋さん、合點(がてん)の惡い。其の娘は最(も)う亡(な)く成つたんでございますよ。」と靑月代(あをさかやき)が傍(そば)から言つた。
 「お前樣も。死んだ迷兒(まひご)と云ふ事が、世の中にござりますかい。」
 「六道の闇に迷へば、はて、迷兒ではあるまいか。」」

「何等(なんら)の魔性ぞ。這奴等(しやつら)が群り居た、土間の雨に、引挘(ひきむし)られた衣(きぬ)の綾を、驚破(すは)や、蹂躙(ふみにじ)られた美しい女かと見ると、帶ばかり、扱帶(しごき)ばかり、花片(はなびら)ばかり、葉ばかりぞ亂(みだ)れたる。
 途端(とたん)に海のやうな、眞晝(まひる)を見た。」



「菎蒻本」より:

「煙……と申して不思議にな、一つ色ではございません。稻荷(いなり)樣のは狐色と申すではないけれども、大黑天のは黑く立ちます……氣がいたすのでございます。少し茶色のだの、薄黄色だの、曇つた淺黄(あさぎ)がございましたり。」


「參宮日記」より:

「雜木林を奧へ入つた處(ところ)、伊勢の此(こ)の度會郡(わたらひごほり)鼓ケ嶽の裾に成る、一箇處四五十坪を新しく伐拓(きりひら)いて、山田の物持(ものもち)大福屋宅兵衞――此處(こゝ)が自分の所有地で、志す事があり、一堂を建立する。」
「組んだまゝの四方の足代(あししろ)が、やゝ色を染めた木の葉の、黄色薄紅(うすくれなゐ)に彩られて、やがて成就すべき堂の結構を思はせる。
 其(そ)の時は本堂に成る、眞中の床板の上に薄縁(うすべり)を二三枚、……芬(ぷん)と木の香(か)の高い中に、目鼻立ちのきりゝとした、色の淺黑い、三十ぐらゐな男が一人、背廣(せびろ)の上衣(うはぎ)を脱いでぽかぽか逆上(のぼ)せるほどな午(ひる)過ぎの日當(ひあた)りに、些(ち)と暑いかして、襯衣(しやつ)をぐいと腕捲り、短衣(チヨツキ)筒服(ずぼん)もかなぐり取つた、土方に一皮饂飩(うどん)の粉(こ)をまぶしたやうな妙な裝(なり)で、(中略)二見ケ浦の雲を見るやうな恍惚(うつとり)した顔色(かほつき)して、繪(ゑ)に描(か)いた漣(さゞなみ)と云ふ形の、くるくると捲いた鉋屑に胸を洗はせて長々とした腹這(はらんばひ)。
 片手を頬杖に支(つ)いた枕頭(まくらもと)に、三尺まはり高さ五尺ばかり、(中略)桐のずんど切(ぎり)が、のこんとして据(すわ)つたのは、是(これ)なむ此(こ)の男の手練の小刀に刻まれて、御堂の本尊に成らうと云ふ木材である。」

「「間(あひ)の山の唄つて、何でござります、」」
「「夕(ゆふべ)、朝(あした)の鐘の聲(こゑ)、寂滅爲樂(じやくめつゐらく)と響けども、聞いて驚く人ぞなき。花は散りても春は咲く、(中略)鳥は古巣へ歸(かへ)れども、行(ゆ)きて返らぬ死出(しで)の旅、野邊(のべ)の彼方(あなた)の友とては、金剛界の曼陀羅(まんだら)と、胎臟界の曼陀羅に、血脈(けちみやく)一ツに珠數(じゆず)一連……」」

「「先生、お前樣お構ひなさりませずば、御本尊が何樣で在(い)らつしやりますか、一寸(ちよつと)聞かせて下さりやし。」」
「「さあ、其處(そこ)だがね。」
 と尤(もつとも)らしく打傾いて、腕組みをしたは可(い)いが、
 「私にも一向分らん。」
 と澄まして云つた。
 いや、氣のない事は夥しい。」
「「觀音(くわんのん、勢至(せいし)、普賢像、と彫(きざ)むのに極(きま)りが付けば、まあね、半分は、仕事に懸(かゝ)つたも同樣なんだが、まだ一向に當(あた)りがないんだ。眞個(まつたく)、弱つたよ。」
 と如何にも洒落ではなく、弱つたらしい口振(くちぶり)で、
 「初手に大宅(だいたく)が私に誂(あつら)へる時に、何とか極(きま)りを付けてくれると可(よ)かつたが、思つた通りのものをと言ふ、……分つた話だ。此方(こつち)に一切任(ま)かsるのは愉快だと、乘氣に成つて引受けたが、さあ、恁(か)う、いざと成つて見ると賴(たよ)る處が些(ちつ)ともない。
 凡(およ)そ何でも可(い)いと成つた日には、空は都率天から、水には龍宮まである……事も廣大(くわうだい)です。」」
「「一向、急ぎませぬ、お氣永(きなが)に、と云ふが、果(はて)しがない。氣樂に遊んで居て、催促をされない上に、可(い)い加減お手當(てあて)があるんだが、何(ど)うして、なかなか頃日(このごろ)ぢや、恁(か)う見えて、此(これ)で東京の三十日(みそか)より餘程(よつぽど)苦しい。」」
「「實際(じつさい)の處(ところ)、夜(よ)もおちおち寐(ね)ないんだが、何(ど)うだらう、君たち何か此(これ)は、と云ふ、思ひ付いたものはあるまいか、」」
「「そんじよ、ものさの、辨天樣(べんてんさま)何(ど)うでござりますな。」」

「神か、鬼か、魔か、人形か。(中略)……亡びたる勇士、虐げられたる美女、祟りなす蛇、其(それ)は鬼。忠臣、孝子、烈女、節婦の、其は神。」



「日本橋」より:

「「お爺さん、色でも戀(こひ)でも無い人に、立てる操(みさを)は操でないのよ。」」

「「藝(げい)で行けなきや、容色(きりやう)で、……容色で行けなけりや藝事(げいごと)で、皆(みな)不可(いけ)なけりや、氣で負けないわ。生命(いのち)で勝つ。」」

「「藝者(げいしや)の衣物(きもの)を着せるには作法があるんです。……お素人方(しろうとがた)には分りません、手が違ふと怪我(けが)をします。貴方、お控(ひか)へなさいまし。」」




◆感想文◆

「遊行車」と「二た面」は同じテーマのヴァリエーションです。「陽炎座」は「婦系図」と同じテーマで、シェイクスピアの「ハムレット」を本格的に取り入れています。「菎蒻本」は蝋燭人形奇譚。「参宮日記」は「巻十四」所収「歌仙彫」のヴァリエーションです。本篇でほのめかされている弁天樣の御堂は「巻十八」所収「芍薬の歌」の最後で建立されます。
「革鞄の怪」は天邪鬼で依怙地な人物を好意的に描いた短篇で、これを発展させたのが「巻二十」所収「唄立山心中一曲」です。
「艶書」「陽炎座」は、「巻十」所収「春昼」、「巻十三」所収「酸漿」等とミックスされて鈴木清順監督の映画「陽炎座」の原作になっています。























































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本