パウル・シェーアバルト 『永久機関 附・ガラス建築』 (種村季弘 訳)

「シェーアバルトがセクシュアリティーに反応しない、いわゆるアンチエロティカーだったのは確からしい。(中略)女嫌い、というよりは人間嫌い。より正確には、人間的なものに無関心。」
(種村季弘 「訳者あとがき」 より)


パウル・シェーアバルト 
『永久機関 附・ガラス建築
― シェーアバルトの世界』 
種村季弘 訳

Paul Scheerbart: Das Perpetuum Mobile

作品社 
1994年11月25日 初版第1刷印刷
1994年11月30日 初版第1刷発行
261p 口絵(折込)1葉
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,500円(本体2,427円)
装丁: 水木奏
カバー装画: フリードリヒ・メクセパー



シェーアバルト 永久機関 01


帯文:

「奇才
シェーアバルト
ダダ、シュルレアリスムの先駆者にして
ブルーノ・タウトに「ガラス建築」の
構想を示唆した男。
人類永遠の夢を追及しつづけた
幻視者(ヴィジョネール)の世界が
ここに蘇る!」



帯裏:

「一口にいえば、シェーアバルトの「建築」は一種の「永久機関」なのだ。それが実現すれば、従来のあらゆる建築テクノロジーが死滅せざるをえないであろうところの、建築の死そのものを夢見る建築なのだ。ガラスはこの明るい死の譬喩である。……「永久機関」は、あらゆる有限の機械・機関とは異なり、それ自身の死をめがける発明にほかならなかった。
――訳者あとがきより」



目次:

序言
永久機関
フローラ・モール
シェーアバルティアーナ
ガラス建築

訳者あとがき



シェーアバルト 永久機関 02



◆本書より◆


「永久機関」より:

「物理学者ならだれしも異論を唱えるであろう。それは百も承知である。ところが私にはその点にこそ最大のうまみがあった。私はかねてから物理学者たちがいとわしかった。ローベルト・マイヤーも――エネルギー保存の法則も、私の知ったことだろうか?」

「私は考えた。いずれにせよこの問題は一筋縄でゆくはずはない。それでも結局、なんとかなるだろう。
 朝はいつも絶望だったが、夕方がくると私は、またまたできないはずはないと確信しているのだった。
 これに続く数日間というもの、私は何百個もの車輪をスケッチした――ありようはくり返し同じものを。」

「まるでお話にならない結末に終っても、私は笑うだろう。」

「明日もうまくいかないだろう――賭をしてもいい。
 それがちょっぴり気休めになる。」

「私はまた、問題の技術的な側面にもまるで興味がなかった。私はこれまでの生涯に技術的問題に頭をしぼったことはなく、機械構造にはまるで関心がなかった。」

「私はしかしそんなことはしない。他人様(ひとさま)が寄ってたかってもうやっていることを、やったためしはないのだから……」

「地球が何百万年来間断なくこなしてきた途方もない引力活動のことが、いよいよ激烈に感じられてならない。地球そのものが永久機関なのだ。」



「フローラ・モール」より:

「『きみには分からんだろうが』、とウィリアムはいったものでした、『このガラスの花にいわゆるたましいを吹きこむのに、私はどれだけ苦労したことか。自然の花だけを描くマカルトのような花の画家はかならず成功を博して、他の人にもきっと花にたましいを吹き込む人と思われるだろうさ。しかし前代未聞の新しい花に新しい形と色彩を与えようとしている私は、あらゆるたましいの生命をそれで破壊する人間のようなあつかいを受けている。いや、なにもいわんでくれ! 実際、そうなんだ! 習慣というものはそういうものなんだ!』」


「シェーアバルティアーナ」より:

「「外で何かあったのか?」、教授は語気を強めて、「どうして私の妻はやってこんのだ?」すると門番がきて、吼える。「奥さまはガラス化してしまいました、教授殿!」」


「訳者あとがき」より:

「シェーアバルトがセクシュアリティーに反応しない、いわゆるアンチエロティカーだったのは確からしい。童貞的な女嫌い、というよりは人間嫌い。より正確には、人間的なものに無関心。」
「抜け上がった青空のような快活さ。もしくは童貞の快活さ。それがこの二〇世紀初頭に生きた十八世紀人を特徴づける。童貞の快活さといえば、同時代のバスク人音楽家のモーリス・ラヴェルの名が思い起こされる。ラヴェルもまた人間的なものに無関心の数学の専門家で、またシェーアバルトと同様俗悪にエロティックなものに見向きもしないアンチエロティカーだった。何よりも東方崇拝者として東洋音楽から決定的な刺激を受けた。批評家たちがシェーアバルトとラヴェルの親近性を云々するゆえんだろう。」

「シェーアバルトの建築、とりわけ「ガラス建築」は、これらの建築的綺想とは一線を画している。なぜか、一口にいえば、シェーアバルトの「建築」は一種の「永久機関」なのだ。それが実現すれば従来のあらゆる建築テクノロジーが死滅せざるをえないであろうところの、建築の死そのものを夢見る建築なのだ。ガラスはこの明るい死の譬喩である。スーフィズムの教えるところでは、死者が天国に旅するときには「ガラスの舟」が迎えにくる。死はここではファイニンガーのいわゆる「超自然への橋」を渡り、ガラスのように透明な舟に乗って船出する光の海なのだ。「死を怖れることなかれ、苦痛を怖れることなかれ」――『小遊星物語』のパラス人の死の場面で登場人物の一人はそうささやく。」





































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

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将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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