泉鏡花 『鏡花全集 巻廿一』

「……蛇が守護する……」
(泉鏡花 「龍膽と撫子」 より)


泉鏡花 『鏡花全集 巻廿一』

岩波書店 昭和16年9月30日第1刷発行
/昭和50年7月2日第2刷発行
766p 目次1p 
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価2,400円
正字・正かな/本文総ルビ

月報21(16p):
鏡花追憶一、二(本間久雄)/鏡花好きと流行嫌いと(菅野昭正)/鏡花小説校異考(二十一)(村松定孝)/同時代の批評・紹介(新居格)/編集室より/図版2点(単行本「りんだうとなでしこ」扉カット/大正13年大阪にて)



目次

彩色人情本 (大正10年1月)
雪靈記事 (大正10年4月)
雪靈續記 (大正10年7月)
銀鼎 (大正10年7月)
續銀鼎 (大正10年8月)
身延の鶯 (大正11年1月)
龍膽と撫子 (大正11年1月)




◆本書より◆


「彩色人情本」より:

「「私は、幽靈でも構はない、お祖母さんが達(たつ)しやで居て下(くだ)すつたらと、沁々(しみじみ)……然(さ)う思ふんですよ。」」


「龍膽と撫子」より:

「「こんな話がある。――話だが……同じ此(こ)の奥羽地方の深山(しんざん)の大沼の汀に、朝霞の晴間に、うつむけに成つて髪を梳(す)いて居た、膚の眞白な婦(をんな)がある。此(これ)を獵師(れうし)が見たのだね。此方(こつち)の岸から遠く見てさへ、其(そ)の髪は六尺に餘(あま)つて、端(さき)が水面に沈んで居たと言ふのだ。確(たしか)に化ものに相違ないと(中略)狙つた。――二ツ彈丸(たま)は見事に其(そ)の女の乳の眞中(まんなか)を射抜いて、眞赤な血が絲(いと)のやうに走ると、婦(をんな)は倒(さかさ)に沼に沈んだ。瞬く間に山も谷も暗夜(やみよ)に成つて、沼の水は湯のやうに湧いたと言ふのだが、(中略)何(ど)う思ふかね……人間何(なん)に迷つても其(そ)の獵師の心には成りたくない。妖(ばけ)ものが何(ど)うしたんだ、惡鬼魔神にもしろ、色の白い女が髪を梳(とか)して居たら、山の端(は)に殘る有明の月が其(そ)の姿見に成れよと思ふのが人情ではあるまいかね。」」

「「私の友人に美しい奧さんがある。東京で育つたが、生(うまれ)は磐城平(いはきだひら)の人だ。奧さんが五つ六つぐらゐの時、同じくらゐの遊びなかまの男の兒(こ)で、天狗に親類があると言ふのが居た――戸外(おもて)で遊んで居る、晩方、蛙が鳴くから歸(かへ)ろと云ふ黄昏に成ると今まで其處(そこ)に居た顔が一つフイと見えなく成る。……月でもいゝと、其の夜(よ)の中(うち)か、翌朝に成つて、町はづれの、小川の岸へ其の顔が、向うの山道からふらふらと歸つて來る。こんな事が時々で、はじめは麓の町中(まちぢう)が親たちと一所に騒いだ。中頃は馴れて、それでも親たちは、夜中なり、朝なり、川岸まで迎(むかへ)に出て居たものだけれど、それも馴れると、打棄(うつちや)つて置く。ひとりでに歸つて來る。木の實(み)、茸(きのこ)、其の時々で、いろいろな土産を貰つて來るが、大抵は一把(ひとたば)づゝ綺麗な花を摘んで來た。半道や一里近い山ではつひに見掛けた事のない花が多かつたと言ふ。が、其の奧さんが小兒(こども)心に覺(おぼ)へてゐるのでは、枝も撓(たわゝ)な南天の實(み)を抱いて來たので――不思議な事には、其の兒(こ)の袖にあるうちは、山から鵯(ひよどり)がついて來て、其(そ)の眞紅な實を啄(ついば)んださうだ。――又かと思つても、風に吸はれるやうに其の兒の顔の消える時は、キヤツと云つて皆家へ散つたさうで。……若衆(わかいしゆ)の中には、確(たしか)に、ちよんぼりと背向(うしろむ)きに成つて山の方へ、町筋を恁(か)う上へ上(あが)るやうに行(ゆ)くのを、霧にも霞にも見透かして、行先を見屆(みとゞ)けようと、跟(つ)けたものもあつたけれど、水の流(ながれ)の音が聞えて、土橋(どばし)を半ば渡つたと思ふと、掻消すやうに見えなかつた。どんな人が居るかと聞くと(澤山(たくさん)、神主さんだの、お坊ちやんだの、小母(をば)ちやんだの、綺麗な姊(ねえ)ちやんも居る……皆(みな)、お社(やしろ)のない神樣なんだよ。)と言つたさうだ。」」

「「買被(かひかぶ)つては不可(いけ)ません。――奧さん、眞實(まつたく)の事を申上げませう。」」
「「僕は、貴女の坊ちやんをお救ひ申したのではないのです。僕は馬から落ちたのでした。」」
「「あの流(ながれ)の筋は、上流には唯今頃、自然に杜若(かきつばた)、菖蒲(あやめ)などが咲いて居る優しい水ですが、雷橋(かみなりばし)の架つた彼處(かしこ)は一寸(ちよつと)寂しくつて凄いやうな處です。」」
「「水車小屋の暗い處に、紫陽花が二三輪咲いて居ました。凄いやうに綺麗です。一體(いつたい)、此の土地は陰氣な上に、水が淸い所爲(せゐ)ですか、何處(どこ)の紫陽花も、一寸(ちよつと)類(るゐ)のない程よく咲いて、香(にほひ)も、あの人の心を淵の底へ誘ひます、濡れた麝香(じやかう)のやうな深い香(か)が芬(ぷん)と高いのです。が、水車小屋のは、色もまた特別でした――濃い藤色……藍とも淺葱(あさぎ)とも、靑いとも何とも言へない、いゝ色で……
 其(それ)がです――
 めつたに外出をしないで、奧深い處に居る、或婦(をんな)の圓髷(まるまげ)の手絡(てがら)にそつくりなんです。」」
「「僕には遠い處に、戀人(こひびと)が……思ふ婦人があるのです。然(しか)も其の女性(ひと)の半襟の色まで、ちらちらと目に映つたのです。
 其(それ)が、不倫の戀なんです、不道德、非人道――不埒(ふらち)極まるものなんです。實(じつ)に……」」
「「お話をするのも憚ります。が、それについて、小兒(こども)の時、祖母から聞かされた、何か御經(おきやう)の中のでせう、説教があるのです。――幼い時に、僕は母をなくしました。(中略)――往昔(むかし)、天竺に、父には先だたれたが、母の寵愛を一身に集めた、幸福な少年があつて、花にも鳥にも何の不足もないのに、フト煩ひついて次第に枕が上(あが)らなくなつたのです。看護に身をつくし心をつくした結果、病氣の原因は、世にも端正な、其(そ)の母を戀(こ)ふるのだと分りました。――聖者、哲人、高僧の、教化(けうげ)も訓戒も更に驗(しるし)がありません。――既に生命(いのち)も風前の燈(ともしび)と見えました時、ともに無限の罪業を覺悟(かくご)して、しかし母は恥かしさに、其の兒を馬にたすけのせて、十里四方人影のない曠野(あらの)の中へ出て行(ゆ)きました。……其の刹那に、足許の大地が裂けて、子の少年は、またゝくまに吸込まれました。……無間地獄へ落ちたのです。母の手が髪にかゝると、一束ぬけて、白い指に殘つたばかりで、少年を呑んだ地獄の口は見る見る大磐石に鎖(とざ)された、と言ふのです。」」
「「紫陽花を見て、油車(あぶらぐるま)、鬼川(おにがは)、雷橋、地獄の光景(さま)を思ひますとともに……手絡、襟の色ばかりではありません。覺悟の身の、靑いほどの顔、白い膚が見えました。
 僕は、嬉しさと痛快さに、足を踏んで堕ちたのです。」」
「「……奧さん、貴女が、(中略)坊ちやんの親として、兒(こ)の母として……然(さ)う言ふ僕にお近づきに成るのは危險(きけん)です。僕も我ながら危險なのです。」」
「「何も貴女は、僕にお擔(にな)ひに成る恩はありません。――僕は地獄の快感を試みたばかりです。其處へ、目の前に、坊ちやんが浮いたのです。――木の實(み)が落ちたのだと思つて拾ひました。」」

「「可厭(いや)なものは消化しないよ。嫌(きらひ)な筍(たけのこ)をうつかり一口食つたために、一月床(とこ)について、惱(なや)み苦しんだ奧さんが居る。最後に胃を洗滌すると噛んでこなしたのが附着(くツつ)いて、立派な一片の筍に成つて、咽喉から出た――おまけに、疣々(いぼいぼ)まであります。」」

「「定朝(ぢやうてう)鑿、運慶鑿、(中略)むかし其の名人たちの使つた鑿(のみ)が、此の天地の間に散らばりながら殘つて居て、後代の人の手に傳(つた)はるつて事なんだ。……山奧、谷底、深い森、めつたに人跡の到らねえ處に落ちてるのを、不思議に拾ふ事が稀にある。」」
「「……柄も何もあるめえけれど、小刀の落ちてる事もあると言ふだよ。處を人が誰か拾はうとすると、此の鑿、其の小刀のある處には、屹(きつ)と傍(かたはら)に附いた可恐(おそろし)いものが居る。(中略)大概は美しい蛇だ、毒蛇だと言ふね、處が大蛇のぬしが、棲む池沼(いけぬま)へは、釘の折(おれ)一つ投込んでも、大暴風雨(おほあらし)が起ると言ふほど蛇體(じやたい)は鐵氣(てつき)を嫌ふものを、此の鑿、其の小刀に限つては、膚で引添(ひきそ)つて守つてござる。釣鐘に龍のついた形だと言ふんだがね……」」

「……蛇が守護する……」



























































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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