泉鏡花 『鏡花全集 巻廿二』

「旦那、向うから、私(てまい)が來ます、私とおなじ男が參(まゐ)ります。」
(泉鏡花 「眉かくしの靈」 より)


泉鏡花 『鏡花全集 巻廿二』

岩波書店 昭和15年11月20日第1刷発行
/昭和50年8月6日第2刷発行
751p 目次3p 
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価2,400円
正字・正かな/本文総ルビ

月報22(16p):
『歌行燈』と玉の段(山本健吉)/運命の女(ファム・ファタル)との訣別(脇明子)/鏡花の思い出(水野亮、昭和17年10月『鏡花全集巻二十七』月報に発表。昭和50年6月加筆)/きん稻(久保田万太郎、昭和17年11月『鏡花全集巻二十八』月報より転載)/鏡花小説校異考(二十二)(村松定孝)/同時代の批評・紹介(生田長江)/編集室より/図版4点(大正14年3月1日芝紅葉館鏡花会にて/松任成の摩耶夫人像/鏡花の印章/『苦樂』第一巻第五号「眉かくしの靈」挿絵)



目次

妖魔の辻占 (大正11年1月)
楓と白鳩 (大正11年7月)
十三娘 (大正11年10月)
みさごの鮨 (大正12年1月)
鷭狩 (大正12年1月)
磯あそび (大正12年3月)
朝湯 (大正12年5月)
女波 (大正12年7月)
雨ばけ (大正12年11月)
傘 (大正13年1月)
駒の話 (大正13年1月)
小春の狐 (大正13年1月)
胡桃 (大正13年2月)
火のいたづら (大正13年4月)
假宅話 (大正13年4月)
きん稻 (大正13年4月)
眉かくしの靈 (大正13年5月)
夫人利生記 (大正13年7月)
光籃 (大正13年9月)
露萩 (大正13年10月)
甲乙 きのえきのと (大正14年1月)
道陸神の戲 (大正14年1月)
鎧 (大正14年2月)
怨靈借用 (大正14年3月)
本妻和讃 (大正14年2月)




◆本書より◆


「楓と白鳩」より:

「小溝(こみぞ)のふちを修復して貰つた時、うらの生垣の杉の葉屑が溝石(みぞいし)の下に壓(お)されようとするのに、氣を揉んで、私は、言ひにくかつたが、植木屋に石を一度除(ど)けさせて、靑い葉屑を流させて、其(そ)の植木屋に、苦いよりは、變(へん)な顔をされた覺(おぼ)えがある。
 流れるのは可(い)いが、折れたにしろ、散つたのにしろ、もののかたちをしたものが、溝ばたの石の下敷に封ぜられては、むかしの人柱も同じではないか。永劫浮む瀨はありとは思へぬ。
 鉢前(はちまへ)の吸込(すひこみ)へ陥るは、小さな石でも心持が惡いのである。
 夜ふけに――柄杓の柄に居た豆粒ほどの手觸りの蝸牛(かたつむり)を、驚いた發奮(はずみ)にコトンと流(ながし)へ落して、手を洗ひながら、少時(しばらく)考へて、臆病窓に彳(たゝず)んだ事がある。
 ……私は安心した。此(これ)は吸口(すひくち)へ流込んだにしても、這上るに疑ひない。」



「駒の話」より:

「次手(ついで)だから言はう。……芭蕉園(せうゑん)さんの話だが、そのお祖母さんは、たしか京都の人で、猫ずきであつた、春雨のころ、もう塞がうといふ炬燵に、長閑(のどか)にあたつて居ると、ふつくりと櫓に寢た、京から連れて來た、年久しき飼猫が、ふと欠伸(あくび)をして、退屈さうに(おゝ、しんど。)と人語をなしたと言ふのである。」

「えゝ、夢でございませうか。寢て居ます處へ駒ちやんが來たんでございます。……それが他所(よそ)のおかみさんの姿をして居りましたの。――白地の中形の浴衣を着て、黑い帶を引(ひつ)かけにして、たばね髪で……あの、容子(ようす)のいゝ中年增(ちうどしま)なんでございます。……」
 と言つた。までは、何を寢惚(ねとぼ)けたらうと思つたが、
 「其(それ)が、あの、そして……それが、あの、脊(せい)が七八寸、一尺とはございません、小さな婦(をんな)で、暗い中に、透通つて見えたんでございます。」」
「「あの、其(そ)の婦が、私の枕もとに……」
 と言ひかけて、枕を押へて、きよろきよろと四邊(あたり)を視ながら、
 「いえ、門口(かどぐち)でございました。門(かど)の戸の外に立つたのでございますんですが、小さな婦の脊丈(せたけ)に合はせて、其の戸の高さつたらありません。木目がありありと立ちまして、あの、まるで、杉の樹が突立つたやうなんでございます。其の戸を、コトコト……然(さ)うでございますね、トントンとは告(まを)しませんの。コトコトと敲(たゝ)くんでございます。それが、戸の外に立ちましたのが矢張(やつぱ)り透通つて此方(こちら)から見えますんでございますもの――はいはいと言つて、誰方(どなた)と、格子を開けましたつもりでございましたのが、このお臺所(だいどころ)の障子でございましたやうに思はれます。中年增(ちうどしま)のおかみさんが、其處(そこ)に立つてゐますから、誰方と申しますと、一寸(ちよつと)おあけ下さいましと、小さな聲(こゑ)で言ひますから、はい、と言つて、其の、大(おほき)な、高い戸に手を掛けました。えゝ、それが其處にございます、其の張物板(はりものいた)でございました。――戸ぢやあない、おや、張物板と、氣が着きますと、足許に障子の際(きは)に、駒ちやんが、うしろ脚で立つて居ましたのが、すつと前脚をついて、あの、いつもするやうに、口を大きく開けまして、ニヤー。」」



「眉かくしの靈」より:

「「……あ、あ、あゝ、旦那、向うから、私(てまい)が來ます、私(てまい)とおなじ男が參(まゐ)ります。」」


「甲乙」より:

「「思ひもかけない時、――何處(どこ)と言つて、場所、時を定めず、私の身に取つて、彗星(はうきぼし)のやうに、スツと此(こ)の二人の並んだ姿の、顯(あらは)れるのを見ます時の、其(そ)の心持と云つてはありません。凄いとも、美しいとも、床しいとも、寂しいとも、心細いとも、可恐(おそろし)いとも、また貴いとも、何とも形容が出來ないのです。
 唯今も申した通り、一人づゝ別に――二人を離して見れば何でもありません。並んで、すつと來るのを、ふと居る處を、或(あるひ)は送るのを見ます時にばかり、其の心持がしますのです。」
 著者は此(これ)を聞きながら、思はず相對(さしむか)つて居て、杯を控へた。
 ――恁(か)う聞くと、唯その二人立並んだ折のみでない。二人を別々に離しても、圓髷(まるまげ)の女には圓髷の女、銀杏返(いてふがへし)の女には銀杏返の女が、他に一體(ひとつ)づゝ影のやうに――色あり縞ある――影のやうに、一人づゝ附(つ)いて並んで、……いや、二人、三人、五人、七人、おなじやうなのが、ふらふらと並んで見えるやうに聞き取られて、何となく悚然(ぞつと)した。」

「「行燈(あんどん)を中にして、父と坊さんと何か話して居る。とんびずわりの足を、チクチク蚊がくひます、行儀よくぢつとしては居られないから、そこは小兒(こども)で、はきものとも言はないで縁(えん)からすぐに濱(はま)へ出ました。(中略)池か、湖かと思ふ渚を、小兒(こども)ばかり歩行(ある)いて居ました。が、月は裏山に照りながら海には一面に茫(ぼう)と靄(もや)が掛つて、粗(あら)い貝も見つからないので、所在なくて、背丈に倍ぐらゐな磯馴松(そなれまつ)に凭懸(よりかゝ)つて、入海(いりうみ)の空、遠く遙々(はるばる)と果(はて)しも知れない浪を見て、何だか心細さに涙ぐんだ目に、高く浮いて小船が一艘(そう)――渚から、然(さ)まで遠くない處に、その靄の中に、影のやうな婦(をんな)が二人――船はすらすらと寄りました。
 舷(ふなべり)に手首を少し片肱(かたひぢ)をもたせて、ぢつと私を視たのが圓髷の婦です、横に並んで銀杏返のが、手で浪を掻いて居ました。その時船は銀の色して、濱は颯(さつ)と桃色に見えた。合歡(ねむ)の花の月夜です。――(やあ父(おとつ)さん――彼處(あすこ)に母(おつか)さんと、よその姉さんが。……)――後々私は、何故、あの時、その船へ飛込まなかつたらうと思ふ事が度々(たびたび)あります。世を儚(はかな)む時、病に困(くるし)んだ時、戀(こひ)に離れた時です。……無論、船に入らうとすれば、海に溺れたに相違ない。」」


























































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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