泉鏡花 『鏡花全集 別巻』

「――では、お物語をいたします。
 ――中にお化(ばけ)も一寸(ちよつと)出ます、又かとおつしやつては不可(いけ)ません――」

(泉鏡花 「妖劍紀聞」 より)


泉鏡花 『鏡花全集 別巻』

岩波書店 昭和51年3月26日第1刷発行
904p+22p 目次4p 
四六判 丸背紙装上製本 貼函
定価3,200円
本文正字・正かな/「作品解題」「後記」正字・新かな

月報29(20p):
新泉奇談雜考(吉田精一)/ある插話(竹下英一)/鏡花自筆原稿解析4(松村友視)/泉家藏草稿の語りかけるもの(村松定孝)/泉鏡花藏書目録/「逸文」三種/正誤表/編集室より/図版3点(「紅葉書翰抄」挿絵、明治39年1月博文館刊/梅村蓉子と鏡花、昭和4年/「紫陽花」草稿)



本書「後記」より:

「本全集の巻二十九を「別巻」として編纂したのは、次の理由に基づく。
 本全集の巻一より巻二十八までは、昭和十五年より同十七年にかけて岩波書店から刊行された『鏡花全集』の再刊であり、今回の刊行に際し、相當の訂補がほどこされたとはいえ、作品の配列等は初版の全集と、ほぼ同一のものである。前囘の全集に於いても、鏡花がその生涯にわたって著述した小説・戯曲・隨筆・紀行等五百餘篇がほとんど網羅され、もとより、その完璧が期されたものであった。しかしながら、當時は太平洋戰爭下であったため、收録を憚らざるをえなかった小説も無かったわけではない。今囘は、それらの小説を本巻に收録した上、その後の研究の進展によって發見された小品・隨筆・草稿類をも加え、さらに巻二十八所收の尺牘以外の書簡及び書簡下書を收録した。」


「書簡」中に図版(モノクロ)3点。


目次

 補遺

琵琶傳 (明治29年1月)
海城發電 (明治29年1月)
妖劍紀聞 (大正9年1月)
定九郎 (大正10年1月)

會津より (明治32年8月)
本郷座の高野聖に就て (明治37年10月)
描寫の上より見たる犯罪 (明治42年11月)
抜萃帖から (明治45年4月)
幼い頃の記憶 (明治45年5月)
なつかしい「蛙」のはなし (大正14年4月)
三十錢で買へた太平記 (大正15年11月)
熱い茶 (昭和2年6月)

新潮合評會 (大正14年4月)
泉鏡花座談會 (昭和2年8月)
泉鏡花と梅村蓉子 (昭和3年1月)
原作者の見た「日本橋」 (昭和4年4月)

書簡
 書簡下書


 參考篇

飛縁魔物語
白鬼女物語
X+Y
墓參の記
黑壁 (明治27年10月)
ほたる (明治28年10月)
第八大吉 (明治32年12月)
蔦太郎 (明治33年2月)
鮒の牲 (明治33年2月)
他流仕合 (明治34年1月)
玉章びき (明治34年10月)
競爭小話 (明治35年1月)
昔馴染 (明治36年1月)
紅の記 (明治40年4月)
新泉奇談


泉鏡花自筆原稿目録 慶應義塾圖書館藏
〔參考資料〕春陽堂版鏡花全集巻一所收 泉鏡花年譜
泉鏡花作品年表補訂

作品解題 (村松定孝)

後記 (村松定孝)

總目索引
 作品索引
 小見出し索引




◆本書より◆


「妖劍紀聞」より:

「花は、何(な)んだと言つて、花に嫌(きらい)な花と言ふのはありませんが、私は幼い時から、杜若(かきつばた)の花が大好きです。(中略)田の野川(のがは)、麓の小流(こながれ)、丸木橋の袖などに、ひとり紫の色も香も包(つゝ)ましやかに、はらはら開いたのは、一寸(ちよつと)した旅や、野掛(のがけ)の道などで、ふと逢ひますと、水は淺くても淀むで居ても、深く忘られぬ馴染のやうな氣がして、其のまゝには通り切れず、何(な)んとなく視(なが)めて居るうちに、可懷(なつかし)いやうな、床(ゆかし)いやうな、そして小兒(こども)に返つた氣がして、嬉しい中にも、もの寂(さびし)いやうで、涙ぐましいまで、暖かな日も身に沁みます。」
「――では、お物語をいたします。
 ――中にお化(ばけ)も一寸(ちよつと)出ます、又かとおつしやつては不可(いけ)ません――」



「幼い頃の記憶」より:

「今、思ひ出して見ても、確かに美人であつたと信ずる。
 着物は派手な友禅縮緬を着て居た。」
「兎に角、その縮緬の派手な友禅(いうぜん)が、その時の私の目に何とも言へぬ美しい印象を與へた。秋の日の弱い光りが、その模樣の上を陽炎のやうにゆらゆら動いて居たと思ふ。
 美人ではあつたが、その女は淋しい顔立ちであつた。何所か沈んで居るやうに見えた。人々が賑やかに笑つたり、話したりして居るのに、その女のみ一人除け者のやうになつて、隅の方に坐つて、外の人の話に耳を傾けるでもなく、何を思つて居るのか、水の上を見たり、空を見たりして居た。
 私は、その樣を見ると、何とも言へず氣の毒なやうな氣がした。どうして外の人々はあの女ばかりを除け者にして居るのか、それが分らなかつた。誰かその女の話相手になつて遣れば好いと思つて居た。
 私は、母の膝を下りると、その女の前に行つて立つた。そして、女が何とか云つてくれるだらうと待つて居た。
 けれども、女は何とも言はなかつた。却つてその傍に居た婆さんが、私の頭を撫でたり、抱いたりしてくれた。私は、ひどくむづがつて泣き出した。そして、直ぐに母の膝に歸つた。
 母の膝に歸つても、その女の方を氣にしては、能く見返り見返りした。女は、相變らず、沈み切つた顔をして、あてもなく目を動かして居た。しみじみ淋しい顔であつた。」
「私は、その記憶を長い間思ひ出すことが出來なかつた。十二三の時分、同じやうな秋の夕暮、外口の所で、外の子供と一緒に遊んで居ると、偶と遠い昔に見た夢のやうな、その時の記憶を喚び起した。
 私は、その時、その光景や、女の姿など、ハツキリとした記憶をまざまざと目に浮べて見ながら、それが本當にあつたことか、又、生れぬ先にでも見たことか、或は幼い時分に見た夢を、何かの拍子に偶と思ひ出したのか、どうにも判斷が付かなかつた。」
「夢に見たのか、生れぬ前に見たのか、或は本當に見たのか、若し、人間に前世の約束と云ふやうなことがあり、佛説などに云ふ深い因縁があるものなれば、私は、その女と切るに切り難い何等かの因縁の下に生れて來たやうな氣がする。」
「若し、その女を本當に私が見たものとすれば、私は十年後か、二十年後か、それは分らないけれども、兎に角その女に最う一度、何所かで會ふやうな氣がして居る。確かに會へると信じて居る。」





































































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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