『澁澤龍彦全集 2』

「天使の愛は普遍的である。それは特定の対象のないエロティックの自己運動として、動物にも、樹木にも、岩石にもひとしく及ぼされる底のものである。」
(澁澤龍彦 「仮面について」 より)


『澁澤龍彦全集 2』
黒魔術の手帖/神聖受胎/補遺 1960~61年

編集委員: 巖谷國士/種村季弘/出口裕弘/松山俊太郎

河出書房新社 1993年7月1日初版第1刷印刷/同12日発行
560p 口絵
20.6×15.6cm 丸背布装上製本 貼函
定価5,800円(本体5,631円)
装幀: 菊地信義

月報2(16p):
インタヴュー「妹からみた兄龍彦 1」澁澤幸子(著者の妹) 聞き手: 出口裕弘/図版(モノクロ)9点



手帖シリーズ①『黒魔術の手帖』は1961年10月、桃源社より刊行。
評論集『神聖受胎』は1962年3月、現代思潮社より刊行。


帯裏:

「吉行淳之介 全集刊行に寄せて 推薦の言葉の一つ
 澁澤龍彦の素晴らしさの一つはその文章で、これは翻訳を含めて一貫している。奇人、綺譚をあつかう場合、文体はとくに大切だ。それは難解に過ぎず、全体に柔軟の気配があって、澁澤独自のものである。ところで、私は彼の古い古い友人であるが、私の好みのせいで余りたくさんの量を読んでいない。たとえば、じつは私はサドの作品に熱中できない。しかし、龍彦著『サド侯爵の生涯』をじつに熱心に読了した。こういうことも、推薦の言葉の一つとおもってほしい。」



目次:

口絵 1961年(33歳)鎌倉の喫茶店「イワタ」にて

黒魔術の手帖
 序
 ヤコブスの豚
 カバラ的宇宙
 薔薇十字の象徴
 夜行妖鬼篇
 古代カルタの謎
 サバト幻景
 黒ミサ玄義
 自然魔法もろもろ
 星位と予言
 ホムンクルス誕生
 蝋人形の呪い
 聖女と青髯男爵――ジル・ド・レエ侯の肖像 I
 水銀伝説の城――ジル・ド・レエ侯の肖像 II
 地獄譜――ジル・ド・レエ侯の肖像 III
 幼児殺戮者――ジル・ド・レエ侯の肖像 IV
 あとがき(選書版)
 あとがき(文庫版)

神聖受胎
  I
 ユートピアの恐怖と魅惑
 狂帝ヘリオガバルス あるいはデカダンスの一考察
  II
 テロオルについて
 反社会性とは何か
 危機と死の弁証法
 ワイセツ妄想について
 檻のなかのエロス
 神聖受胎 あるいはペシミストの精神
 スリルの社会的効用について あるいは偽強姦論
 国語改革はエセ進歩主義である
 生産性の倫理をぶちこわせ
  III
 恐怖の詩情
 前衛とスキャンダル
 仮面について――現代ミステリー映画論
 「好色」と「エロティシズム」――西鶴と西欧文学
 査証のない惑星
 知性の血痕――ブルトンとトロツキー
 十八世紀の暗黒小説
 銅版画の天使・加納光於
 燔祭の舞踊家・土方巽
 「鉄の処女」 あるいは春日井建の歌
  IV
 発禁よ、こんにちは――サドと私
 裁判を前にして
 第一回公判における意見陳述
 不快指数八〇
 あとがき

補遺 一九六〇―六一年
 『鏡子の家』 あるいは一つの中世――三島由紀夫についての対話
 神聖受胎 あるいはスキャンダルの精神
 久野昭『神と悪魔――実存倫理の視界』(書評)
 神山圭介『盗賊論』(書評)
 パラケルススの剣
 マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』普及版 訳者のことば
 ラクロ『危険な関係』(「翻訳研究室」)
 瀧口修造編『エルンスト』(書評)
 推理小説月旦――一九六〇年十月―六一年三月
 推理小説とオカルティズム――小栗虫太郎を中心に
 ミステリーにふける――A L'ESSENCE, AH!(本質を求めよ)
 サディズム(「術語の手引き」)
 「フランスにおけるサド裁判記録・資料」はじめに
 『マクベス』と妖術について
 双葉ガ負ケタ!
 『悪徳の栄え』(「発禁翻訳本」)
 日録
 マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』新装版 あとがき
 雪の記憶

解題 (種村季弘・巖谷國士)




◆本書より◆


「自然魔法もろもろ」より:

「ポルタの自然魔法の本には、そのほかにもいろんな奇蹟の例が紹介されている。」
「しかし、そのなかでもいちばん奇妙きてれつなのは、魔法のランプを用いて、薄気味のわるい馬の幻覚を生ぜしめる方法である。(中略)ポルタは次のように書いている。「古代の哲学者アナクシラスは、蝋燭の芯や燃え残りを用いて、人間の顔を化物の顔のように錯覚させて楽しんでいたというが、じつに面白い話である。しかしこんなことは、われわれにだって簡単にできる。たとえば、種馬と交尾をしたばかりの牝馬の、毒素をふくんだ分泌物を取って、これを新しいランプのなかで燃せばよい。たちまち、その場にいる人間の顔が馬の顔のように見えてくるにちがいない。わたしは実験したことがないから、確言はできないけれど、これは本当のことだと思う」」



「仮面について」より:

「ところで、ごく最近、明らかにドイツ表現派の流れをくむものと思われる、フォトジェニックな鋭角的な描写をふんだんに盛り込んだ、恐怖映画の小傑作があらわれて、かかる傾向を待望していたわたしを狂喜させた。ジョルジュ・フランジュの『顔のない眼』である。」
「按ずるに、シュルレアリスト出身といわれるジョルジュ・フランジュ監督は、仮面の美というものを十分に意識し、家のなかで階段を上ったり下りたり、動物を愛撫したり、短刀を振りかざしたりする仮面の女の、あの天使のような美を巨細に描きたいばっかりに、あんな手のこんだ映画を撮ったのではなかったか。
 仮面とは、すなわち人間性を遮断するものである。(中略)呪うべき機械文明、交通事故で顔面をぐちゃぐちゃにされた少女は、仮面の魔力によって、人間性を脱却し、天使性に接近する。それが証拠に、仮面をかぶった彼女が地下室の金網のなかの、実験用の犬たちと無心にたわむれ、犬たちの鼻づらに接吻する、あの感動的な人獣交歓(ベスチアリテ)の場面、また映画の最後に、彼女が鳥籠から放した鳥を腕にとまらせて、いずこともなく夜の森のなかに消えていく、あの神秘的な場面を思い出してみるがよい。天使の愛は普遍的である。それは特定の対象のないエロティックの自己運動として、動物にも、樹木にも、岩石にもひとしく及ぼされる底のものである。
 彼女が人間性を疎外されているという証拠は、宿命的な顔面の醜い変容もさることながら、恋人を電話口まで呼び出すものの、その声を聴くばかりで、みずからは何の応答をも発することができないという、あの悲痛な物語の設定によって象徴的にあらわされる。コミュニケーションは遮断されているのである。仮面の原理が沈黙であるというのは、この意味からだ。
 仮面が彼女の人間的現実、恋人や、父の博士や、博士の助手やのいる人間的現実を忌避させ、徐々に、天使的現実にいざなって行くのである。仮面の力によって、彼女はしらずしらず、みずから人間的現実を抛棄することを選ぶ。最初いやいやながらかぶっていた仮面は、ついに彼女の皮膚とひとしいものになる。すでにして、彼女は植皮手術を欲しない。博士の犠牲者となりかけた知らない娘を逃がしてやり、博士の忠実な助手を刺すのだが、この殺人こそ、彼女が人間的現実から天使的現実へ飛躍するモメントになるのである。絶望が歓喜に変容する決定的瞬間、それを彼女は仮面において生きるのだ。殺人によって、彼女は完全に天使の属性を獲得する。さればこそ、物語の論理的必然によって、彼女はどうしても鳥籠の鳥を放ち、腕に鳥をとまらせなければならないのである。
 娘の放った実験用の犬たちに食い荒らされ、血だらけになって悶絶する博士の悲劇は、疎外の現実を一歩も離れることができず、既成秩序の枠内で、科学という愚かな武器を盲目的に信頼して、人間性の総体を回復しようとしたヒューマニストの、あわれむべき破綻であり、正当な断罪であるように思われる。(中略)この映画は、科学があらわすブルジョア・ヒューマニズムに対するアンチ・テーゼとしての、仮面を選んだ一少女の物語であるように思われる。
 彼女が博士の実験用の犬を一匹残らず解放するのは、決してある映画評論家のいうように、彼女が狂気になったからではない。あたかも監獄を脱出した暴徒を思わせる犬たちの群が、なぜ少女に危害を加えずに、博士ひとりを追いかけまわして、寄ってたかって噛み殺すまでの残虐をほしいままにしたのか。この答もまた、すこぶる明瞭であり、簡単である。犬たちは、仮面をかぶった人間が人間という階級の離脱者、普遍的な無名の愛の同志であることを本能的に知っていたのだ。
 シュルレアリスム思想の根底にひそむ愛の普遍化、エロティシズムの原始的流通、サディズム、汎性欲主義などは、このように、あらゆる固定した体制的思考に衝撃を与え、思考のドグマを否定しつつ、より高次の段階(天使の世界あるいはユートピア)へ飛躍せんとする傾向を示すもので、それは、『顔のない眼』のような一見ミステリー娯楽映画にしか見えない作品のうちにも、ゴシック趣味やグラン・ギニョル趣味の高度に洗練された詩として、脈々と息づいているのである。」



『神聖受胎』「あとがき」より:

「少年の頃、動物学者になることをひそかに夢みていた。」
「いま考えてみると、しかし、当時のわたしの頭にあった動物学者の漠然たるイメージは、どうやらロオマ白銀時代の文人プリーニウスのそれあたりに近かったようである。
 プリーニウスは専門の学者でなく、あくまで素人であった。自然の熱烈な讃美者であり、世相の狷介な批判者であり、しかも古風な頑固な迷信家であった。――そういうひとでありたいものだ、と現在のわたしも思っている。
 一日、ヴェスヴィオ山が爆発すると、プリーニウスは持ち前の好奇心に駆られて、どうしてもこの火の山に近づきたくてたまらず、ついにナポリ湾から付近に上陸したのであったが、そこで有毒なガスに包まれて窒息死した。――そういうひとでありたいものだ、と現在のわたしも思っている。」

























































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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