『澁澤龍彦全集 11』

「ちなみに言う。私は、インテリという言葉を良い意味で使ったことは一度もない。無責任という言葉を悪い意味で使ったことも、一度もない。」
(澁澤龍彦 「悦ばしき知恵 あるいは南方熊楠について」 より)


『澁澤龍彦全集 11』
女のエピソード/偏愛的作家論/変身のロマン/悪魔のいる文学史/幻妖/補遺 1972年

編集委員: 巖谷國士/種村季弘/出口裕弘/松山俊太郎

河出書房新社 1994年4月1日初版第1刷印刷/同12日発行
596p 口絵
20.6×15.6cm 丸背布装上製本 貼函
定価5,800円(本体5,631円)
装幀: 菊地信義

月報11(16p):
インタヴュー「『サド裁判』前後 1」石井恭二(現代思潮社社主) 聞き手: 松山俊太郎/図版(モノクロ)6点



人物エッセイ集『女のエピソード』は1972年5月、桃源社刊。
文芸評論集『偏愛的作家論』は1972年6月、青土社刊、全37篇。さらに10篇を追加した増補版が同社より刊行されている(1976年8月)。本巻にはそのうち、『澁澤龍彦集成VII』に既出のもの及び単行本『人形愛序説』『貝殻と頭蓋骨』より再録されたものを除く14篇を収録。
『変身のロマン』は澁澤龍彦編によるアンソロジー。1972年9月、立風書房刊。本巻には「編集後記」のみを収録。
『悪魔のいる文学史』は1972年10月、中央公論社刊。
『幻妖』は現代思潮社「日本文学における美と情念の流れ」シリーズの一冊として1972年12月に刊行された、澁澤龍彦編によるアンソロジー。本巻には解説「幻妖のコスモロジー」のみを収録。


目次:

口絵 1973年 45歳 (撮影: 細川隆平)

女のエピソード
 マリー・アントワネット
 ベアトリーチェ・チェンチ
 ジョルジュ・サンド
 アグリッピーナ
 ローラ・モンテス
 和泉式部
 サッフォー
 ジャンヌ・ダルク
 エリザベス女王
 シャルロット・コルデー
 サロメ
 エロイーズ
 細川ガラシア夫人
 ルネ・ペラジー
 ワンダ・リューメリン
 聖母マリア
 金髪のイゾルデ
 マリリン・モンロー
 建礼門院平徳子
 ド・ブランヴィリエ侯爵夫人
 ポンパドゥール夫人
 王昭君
 マグダラのマリア
 ヴィーナス
 あとがき(初版)
 あとがき(文庫版)

偏愛的作家論
 石川淳
  評伝的解説
  石川淳と坂口安吾 あるいは道化の宿命について
 三島由紀夫
  三島由紀夫氏を悼む
  絶対を垣間見んとして……
  『天人五衰』
  サロメの時代
  三島由紀夫とデカダンス――個人的な思い出を中心に
 林達夫
  エピキュリアン・リヴレスク
 埴谷雄高
  あの頃の埴谷さん
 吉行淳之介
  終戦後三年目……
 鷲巣繁男
  形而上学のカテドラルのために……
 泉鏡花
  吉村博任『泉鏡花――芸術と病理』
 谷崎潤一郎
  谷崎潤一郎とマゾヒズム
 堀辰雄
  堀辰雄とコクトー
  海彼の本をめでにけるかも
 日夏耿之介
  錬金の幻夢にこがれ……
 南方熊楠
  悦ばしき知恵 あるいは南方熊楠について
 あとがき(初版)
 あとがき(増補版)

変身のロマン
 編集後記

悪魔のいる文学史――神秘家と狂詩人
 エリファス・レヴィ――神秘思想と社会改革
 グザヴィエ・フォルヌレ――黒いユーモア
 ペトリュス・ボレル――叛逆の狂詩人
 ピエール・フランソワ・ラスネール――殺人と文学
 小ロマン派群像――挫折した詩人たち
 エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵――夢の実験家
 シャルル・クロス――詩と発明
 ジョゼファン・ペラダンとスタニスラス・ド・ガイタ侯爵――世紀末の薔薇十字団運動
 モンフォコン・ド・ヴィラール――精霊と人間の交渉について
 シニストラリ・ダメノ――男性および女性の夢魔について
 サド侯爵――その生涯の最後の恋
 ザッヘル・マゾッホ――あるエピソード
 アンドレ・ブルトン――シュルレアリスムと錬金術の伝統
 あとがき(初版)
 あとがき(文庫版)

幻妖――日本文学における美と情念の流れ
 幻妖のコスモロジー

補遺 一九七二年
 変身する四谷シモン
 『大坪砂男全集』第一巻 解説
 アンドレ・ブルトン「ルイス・キャロル」 あとがき
 マルキ・ド・サド『悲惨物語』 あとがき
 『女のエピソード』 (「わが著書を語る」)
 ローラン・トポール『マゾヒストたち』 あとがき
 高橋英夫『詩人の館』 (推薦文)
 証人席の中村さん
 贅沢について
 モンロー神話の分析
 音楽家と狂王

解題 (松山俊太郎・出口裕弘・種村季弘・巖谷國士)




◆本書より◆


「三島由紀夫氏を悼む」より:

「言うまでもないことであるが、狂気とは理性を逸脱したもの、有効性を超越したものである。「何の役に立つか」とか、「何のために」とかいった発想とは、最初から無縁のものである。それは人を茫然自失させ、時に顰蹙させるものである。
 この「何の役に立つか」という発想によって、今度の三島氏の事件をとらえようとしている人々のあまりに多いのに、私は驚き呆れた。「政治」は三島氏のアリバイにすぎないではないか。氏の秘密は、もっと奥深いところにあるのだ。」
「三島氏は、自分の惹き起した事件が社会に是認されることも、また自分の行為が人々に理解されることも、二つながら求めてはいなかったにちがいない。あえて言えば、氏の行為は氏一個の個人的な絶望の表現であり、個人的な快楽だったのだ。」



「絶対を垣間見んとして……」より:

「私のなかの「文学者」は、私のなかの「市民」とつねに敵対している。あなたのなかの「文学者」は、あなたのなかの「市民」とつねに敵対しているべきだろう。そうではないか。」
「この「文学者」という言葉は、おしなべて「超越を志向するもの」という言葉に置き代えてもよいし、またお望みならば、「革命家」という言葉に置き代えたって一向に差支えないのである。市民主義とべったり癒着し、良識家気どりでテレビの画面からお説教を垂れている文化人の方が、どれだけ思いあがっていることか。これを頽廃と言わずして何と言おうか。」

「「真の哲学的行為は自殺である」と十八世紀にノヴァーリスが言い、それから約百五十年後に、アルベール・カミュが『シジフォスの神話』のなかで、「真に重大な哲学的問題は一つしかない。それは自殺だ」と明快に述べているのである。当然のことながら、ニヒリズムは私たちすべての拠って立つ地盤であるべきはずだった。文学的営為をもふくめて、すべての行動がここから始まるはずだった。ところで、どう考えても私にとって不思議で仕方がなく、理解を絶するとしか言いようがないことは、戦後二十五年の平和体制が、たとえばロマンティシズムといったような文芸上の観念にまで、有無を言わさず貶下的な内容を附加してしまうような雰囲気をつくりあげているということだろう。これは、経済的繁栄のみを目途としてきた支配体制のつくり出すムードに、文学者までが巻きこまれているのか、(中略)「いつわりの人間主義をたつきの糧とし、偽善の団欒は世をおおい……」と作品中で歌った三島氏の声が、まさに呪いの言葉のように響いてくるのは、かかる時であろう。
 要するに、事柄はきわめて明瞭なのだ。すなわち、三島由紀夫氏は一個の過激派だったということだ。右とか左とかいった限定なしの、絶対追求者としての過激派である。そして三島氏の壮絶な死に対して、おっかなびっくり批判なり攻撃なりを加えているジャーナリズムないし評論家諸氏は、左右を問わず、すべてことごとく過激派を怖れている連中にすぎない、ということだ。こんなに簡単明瞭な事柄はないはずなのに、すでにこれが論壇で半ばタブーとなりかけているということは、どこまで日本人が「いつわりの人間主義」の癌に侵され、無気味なものから顔をそむけたいという、無意識の偽善的な欲求に左右されているかということを示すものだろう。」
「三島氏の死は、安易な理解よりも、むしろ中田耕治氏が適切にも述べたように、「私たちにかけられた呪詛」として受け取った方がはるかにふさわしいように思われるのだ。」



「エピキュリアン・リヴレスク」より:

「おそらく庭園とは、(中略)エピキュリアンの抵抗の拠点なのではあるまいか。」


「あの頃の埴谷さん」より:

「たぶん、このような埴谷さんの、エピキュリアンだかストイシアンだか容易に見分けがたいような生活態度は、吉本隆明氏のいわゆる「日常生活するじぶんを幽霊とみなすこと」から来ているのだろうと私は想像するが、これについては残念ながら詳述する余裕がない。」


「悦ばしき知恵 あるいは南方熊楠について」より:

「しかし私が注目せざるを得ないのは、南方が生涯を通じて、自分の立場を国家や家やアカデミーなどのそれと、一度も結びつけて考えたことがなかったという点なのである。簡単に言えば、彼にはインテリの自覚が欠けていたのである。無責任だったのである。
 ちなみに言う。私は、インテリという言葉を良い意味で使ったことは一度もない。無責任という言葉を悪い意味で使ったことも、一度もない。
 この無責任の立場、自由の立場は、南方の博物学者としての立場と、みごとに釣り合っていると言えよう。その体系を欠いた博覧強記は、権威によって拘束されない無私の情熱、無償の情熱の結果なのである。無責任、無邪気、無私、無償――これらは南方熊楠の頭上に冠すべき輝かしいエピテート(形容語)であろう。」
「私は gai savoir (悦ばしき知恵)という言葉を思い出す。ご存じのように、ニーチェの書物の表題として有名な言葉だが、本来は中世のプロヴァンスの吟遊詩人たちが、堅苦しいラテン語のスコラ学に対立する意味で、自分たちの俗語による詩作の方法を呼んだ言葉だった。学問や知識とは、苦しみながら摂取するものではなく、むしろ楽しく悦ばしき含蓄をもつものであるべきことを、ニーチェはこの言葉によって暗示したのであろう。」



「エリファス・レヴィ」より:

「「小ロマン派」とは何か。それは叛逆と挫折の世代である。(中略)彼らのメランコリーや想像力は、政治的理想の挫折によって惹き起された幻滅やら、宗教的信仰の危機から生じた虚無感やら、ブルジョワの金銭万能主義に対する嫌悪やらのうちに、いよいよ鋭く研ぎすまされたのである。むろん、大部分の作家たち、ユゴー、サント・ブーヴ、ヴィニー、デュマ、バルザックらは、やがて体制に順応し、制作によって絶望感を克服し、時代の悪徳を冷静に見つめながら、芸術家としての自己を完成させる道を選ぶことになるのであるが、ここでとくに注目しなければならないのは、これらの正統ロマン派たち、あるいは大ロマン派たちの周辺に、自由なボヘミアン生活を送りながら、最も極端な「芸術のための芸術」を叫び、政治的にはかなり急進的な立場をとりつつ、しかもブルジョワ進歩主義者の俗物主義を嫌悪排撃し、あらゆる既成の権威に「否(ノン)!」をたたきつけた、いわばロマン派の傍系ともいうべき、スキャンダルを好む少数の過激な青年たちの一群がいたということである。これが「小ロマン派」だ。
 要するに彼らは、世紀末の「呪われた詩人」や二十世紀のシュルレアリストの遠い先輩格に当っていたわけで、価値の転倒した大革命後の社会と人間の矛盾に最も深く魂を傷つけられた、喪失の世代の代表だったわけである。深刻なペシミズムと、ブルジョワの俗物主義に結びついた楽天的な進歩の思想に対する、抜きがたい侮蔑とから、彼らはことさら現実から目をそむけ、陰惨な恐怖にみちた反社会的な幻想や、古代の輝かしいデカダンスの夢や、さては人間の力の及ばぬ神秘や驚異の超絶的な世界に、みずからの想像力を解き放ち、酔い痴れたのであって、その異様な美にみちた毒花のごとき幻想の根柢には、必ずしも現実逃避という単純な言葉だけでは片づけられない、複雑な心理の屈折があったことを忘れてはなるまい。彼ら過激派のほとんど大部分は、この現実嫌悪の必然的な成行きから、第二帝政成立の前後に、狂気したり自殺したり、あるいは文学的落伍者となったりして、失意と不遇のうちに姿を消してしまうのであるが、これも純粋なロマンティシズムにつきまとう必然の悲劇であり、宿命であったと言えるかもしれない。
 ロマン主義の運動とは、もともと論理に対して非合理なものを、知性に対して無意識的なものを、歴史に対して神話もしくは伝説を、日常的現実に対して夢を、昼に対して夜を、それぞれ称揚する精神の運動にほかならなかったが、彼ら少数の過激派によって、この傾向はさらに幻想的、怪奇的、反社会的、無政府主義的、ユートピア的、神秘主義的、秘教的な方向にまで助長されたのである。」



「ペトリュス・ボレル」より:

「『シャンパヴェール悖徳物語』の序文に、ペトリュスは自分が死んだものと想定して、この小説を書くまでの自分の文学的生涯を、あたかも第三者の筆によるかのごとく回想風に叙しているが、それによると、彼の極端な厭人癖と反抗精神は生得のものであったようだ。幼児のころ、彼は着物を着るのが嫌いで、無理に着せようとする親たちに対して猛烈に反抗したという。」

「ボレルは奇妙な綴字法(オルトグラフ)を用いたり、異様な新造語(ネオロジスム)を考案したりする」

「この奇怪な自己顕示欲」

「ボレル独特の近代商業資本主義への呪詛」

「一八四六年一月二十五日、ボレルは船でアルジェに着いた。しかし植民地の役人の職も、なかなか楽ではなかったらしい。(中略)彼は事務能力がないという理由で、減俸処分を受けたり譴責処分を受けたりした挙句、何度も解雇されては、また復職し、(中略)任地を転々するのである。これも伝説だが、報告書を詩の形で書いたという話が残っている。」

「彼は満五十歳で死んだが、この最後の死に方だけは、往年のリカントロープの叛逆精神の片鱗が窺えて、せめてもの慰めを私たちにあたえてくれる。ボレルは北アフリカの真夏の炎天下に決して帽子をかぶらず、「自然はやるべきことをやるのであって、これに手を出すのは、おれたち人間の役目じゃない。おれの髪の毛が脱け落ちるということは、おれの額が今や、むき出しになってもよいということなのだ」とうそぶいていた。そして数日後、日射病で死んだのである。」



「ピエール・フランソワ・ラスネール」より:

「最近、私は必要あって、フランスの一八三〇年代の、いわゆる「小ロマン派」と呼ばれる群小詩人たちの作品や伝記を読み散らかしながら、文学の領域を逸脱しやすい危険なロマン主義的精神というものの宿命について、考える機会にしばしばぶつかった。彼らのなかには、自殺や狂気や犯罪によって、文学的落伍者になったり破滅したりした者がきわめて多いのである。彼らはいずれも、絶望を克服するに足るスタイルをついに発見し得なかった不運な文学者であった。時代の犠牲者という言葉は私の最も嫌うところのものだが、彼らをそう呼んでも間違いではあるまい。おそらく、制作によって絶望感を克服し、文学者として完成するためには、社会的関心や倫理的関心をすっぱり断ち切った、たとえばフローベールのような、典型的な書斎のニヒリストたる必要があったのであろう。」


「エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵」より:

「エルヴェの確信するところによれば、ひとは誰でも練習を積めば、夢を意志的に見ることができる。つまり、見ようと思えば見られるし、自分の意志によって夢を修正することもできる。いや、そればかりか、夢を見ていることを夢のなかで意識することも可能となるのである。」


「サド侯爵」より:

「こうして、彼は死ぬまで有罪の立場を選ばざるを得ないことになった。「すべてを明からさまに言う」という単純なことが、いかに体制にとって恐怖すべきことであったかは、サドの数々の受難の歴史を振り返ってみれば一目瞭然であろう。」
「自分の身に禍いの降りかかってこないような文章を、じつにサドは一行も書かなかったのである。」
























































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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