『稲垣足穂全集 第五巻  僕の“ユリーカ”』

「天文学的一群は、世俗的事柄とは没交渉で、だからこそ、非人間的な題目の上にも没頭出来るというものです。その点、天文学者はどこか芸術家と共通しています。」
(稲垣足穂 「僕の“ユリーカ”」 より)


『稲垣足穂全集 第五巻 
僕の“ユリーカ”』

Classiques de Inaguaqui Taroupho 5

筑摩書房 2001年2月10日第1刷発行
443p 目次3p 
20.2×14.2cm 
並装(フランス表紙) 本体カバー 函 
定価4,600円+税
編者: 萩原幸子
装幀: 吉田篤弘・吉田浩美(クラフト・エヴィング商會)

月報5 
8p 18.7×11.7cm
タルホの葉巻箱: 声 Voice
タルホ・ヴァリアント・セレクション: 遠方では時計が遅れる(抄)(初出「作家」昭和31年2月号)
星の声(萩原幸子): 丘上の家 その一
 


本全集「凡例」より:

「一、本全集は、稲垣足穂自身が昭和四十三(一九六八)年に作成した目録を基本に編んだものである。
一、改題、増補、改作、合併、編入、改訂をくり返した作品については、その経過を巻末の「解題」で明らかにし、本文には基本的に最終稿とみなされる作品を収録した。」
「一、『稲垣足穂大全』(中略)に稲垣足穂自身が追加訂正を書き込んだものについては、それを最終稿とした。
 また、『大全』以後の『増補改訂 少年愛の美学』にも、刊行後大幅な加筆訂正がなされており、それを最終稿に、「ロバチェフスキー空間を旋りて」は大幅に加筆訂正した生原稿を最終稿とした。
一、表記は、原則として、新字、新かな遣いとした。」



本書「解題」より:

「本巻には「僕の“ユリーカ”」をはじめとして、天体・宇宙論エッセーを収録した。」


目次:

僕の“ユリーカ”
「ロバチェフスキー空間」を旋(めぐ)りて
古典物語
カフェの開く途端に月が昇った
     ☆
私はいつも宇宙の各点へ電話をかけている
天文学者というもの
人工衛星時代
月は球体に非ず!――月世界の近世史
月世界ブームの近世史
ある宇宙模型をめぐって
セファイド変光星 宇宙が二倍になったということ
おそろしき月
非ユークリッドへの憧れ
     ☆
星の学者
     ☆
宇宙論入門

解題 (萩原幸子)




◆本書より◆


「僕の“ユリーカ”」より:

「星を仰ぎながら歩いていて、空井戸に落っこちたミレトス生れのターレスのお話は、みんなが知っています。「肝腎の足許に気がつかない」と云って、彼は笑いものになったというのです。しかし、いやしくもギリシア七賢の一人ともあろう人士が、洗濯婆さんのそしりなどは受けなかった筈です。「偉いもんだ! われわれの配慮は身の周りを出ないのに、先生は、広い、高い、星々の世界を究めようとなさっている」と云って、驚嘆の的になったというのが、真相ではないでしょうか?」

「観測家の仕事は少なくとも五年、長い仕事になると生涯かかっても足りません。続けているうちに、最初のプランはそっちのけ、観測そのものの面白さに夢中になってしまいます。外出すると帽子や傘を置き忘れたり、受持区域にあってすら鏡筒の蓋(ふた)を取らなかったり、ドームの窓をあけるのを失念したりして、そのつどに「星が見えぬ見えぬ」と大騒ぎをする……アメリカのブラウンが二十年間、月の動きと取組んで、運動方程式をサイン、コサインの級数として解いたのも、元々いえばその仕事が面白くて面白くて堪(たま)らなかったからに相違ありません。」

「天文学的一群は、世俗的事柄とは没交渉で、だからこそ、非人間的な題目の上にも没頭出来るというものです。その点、天文学者はどこか芸術家と共通しています。」
「凡(およ)そ現世的な事柄に対して、常に不幸な、かつきわめて贅沢な関係に置かれているのでなければ、何人も、ある対象を一般人とは全く別様に眺めるなどいうことは出来ません。(中略)この作業に携わるための資格としては、世俗的な意味における貧しさと寂寥(せきりょう)、一般現実性への失格、迎合的な自己再編成への断念等々が要請されます。こうして自ら悲惨でないための手段は、さしあたり芸術に没頭することです。しかし、現実としての芸術の営みは、その長所よりもむしろ欠点の方が目立ち易い。これに我慢が出来なくて彼らは、敢(あえ)て自ら選んだ「人なき道」にあっても、詩歌にはたよらないで、数学的記号を採用したのだと考えられます。」

「高名なフランス天文家ラランドは、「わたしは猫が好きだ。何とかして猫を星座の中に加えてやってくれ」と云って、自ら「猫座」を設けました。彼は他にも、「彗星番人メシュ」なんて、お伽劇の登場人物のような星座も作っています。もっとも、この二つの新星座は現今では取り消されています。」
「麻田剛立は(中略)独立独行に天文暦法を究めました。彼はお弟子らの月謝の包み紙に酒肴料とあると、必ずその金で魚を買い、決して他の用向きには費(つか)いませんでした。」

「天文学には、このように何か無政府的性格があります。神経質でもいい、やりッ放しでもいい。只欠くことの出来ないのは根気でしょう。」

「東洋ではすでに二千五百年の昔に、空っぽな容れものとか、車輪のコシキの孔(あな)とか、呼べば谺(こだま)が答える谷間とか、すべてネガティヴなものが有している魅力を説いた哲人がいます。老子です。彼は、「空間とは大いなるフイゴである」と喝破しました。」

「僕は喘息(ぜんそく)持ちではありませんから、それがどんな症状であるかは存じません。只、喘息気質の一般文学者について谷口教授が云っておられたようなことが、我がド・ジッター博士にも当嵌(あてはま)るのではないかと思われたまま、ここに持ち出しているにすぎません。すなわち彼らは、社会の進歩というような題目にはもともと無関心で、総じて己(おの)が道を往く人々であり、孤立的存在であり、何も無い空間中に自らの世界を独力で打ち樹てようとする傾向が顕著である。彼らは「現状維持的秩序には従い得ない存在」として、除かれたる者であるにも拘らず、なお彼らは、自己の位置への反省計算等を他者に倍して行わずにおられない。我がド・ジッター博士にあっても、その宇宙模型がアブストラクトの傑作であり、しかもそれが余りにも未来的だという点においても、喘息気質の芸術家に通じるものがあるのではないでしょうか?」
















































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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