ガストン・バシュラール 『大地と意志の夢想』 (及川馥 訳)

「いかにして自己を石化すべきか――宝石のように緩慢に、徐々に硬くなることだ――そして最後にはそこで静かに永遠の歓喜を授かるまでとどまっていることだ。」
(ニーチェ 『偶像の薄明』 より)


ガストン・バシュラール 
『大地と意志の夢想』 
及川馥 訳


思潮社 1972年10月10日初版第1刷発行/1983年10月1日4刷発行
320p
A5判 並装 本体カバー 函
定価3,400円
Gaston Bachelard : La Terre et les rêveries de la volonté, 1948



バシュラール


目次:

序 物質の想像力と言語に表現された想像力
第一章 想像的エネルギー論の弁証法 抵抗する世界
第二章 尖鋭な意志と硬性の物質 道具の攻撃的性格
第三章 硬質の隠喩
第四章 捏粉
第五章 柔軟な物質 泥土の価値付加作用
第六章 鍛冶屋の力動的抒情
第七章 岩石
第八章 石化の夢想
第九章 金属化と鉱物化
第十章 結晶体 透明な夢想
第十一章 露と真珠
第十二章 重力の心理学

註(原註・訳註)
あとがき (訳者)




◆本書より◆


「第四章」より:

「仕事の夢幻性(オニリスム)の力を無視すれば、労働者を過小評価し、ゼロにしてしまうことになる。労働にはそれぞれの夢幻性があり、労働の対象となった物質は、内密な夢想を伝える。深い心理的な力に対する敬意は、労働の夢幻的状態をいかなる侵害からも守るようにわれわれを導くはずである。たましいに反して、すなわち夢に反して、良いものはなにひとつ作れない。作業中の夢幻的状態は労働者の精神的統一の条件ですらあるのだ。
 ああ、それぞれの労働がそのひいきの夢想家をむかえ、その夢に案内者をもつ日が早くこないものか。
 工場ごとに詩のための机がおかれる日よ早くこい。夢みることを知らない意志は、盲目で、偏狭だ。意志の夢想をもたなければ、意志は人間の真の力ではなく、それは獣的本能にすぎないのだ。」



「第九章」より:

「自然科学以前の世紀においては、一般に腐敗や腐蝕は、正常な発芽に不可欠な肯定的機能とみなされていた。これは植物界と同様、鉱物界においても真実なのである。」

「存在をその中心に張りつめさせるものが塩である。塩は濃縮作用をおこなう成分である。」
「もし不順な気候がこの内密な塩を分解するなら、岩石はゆるみ、ぼろぼろになるだろう。それはやがて粉々になる、たとえば、南風はある種の岩石の塩を溶解するとベルナール・パリシィはいう。」
「アンリ・ド・ロッシャはこう書いた。もし大地が「あらゆる塩をうばわれたなら、それはほんのちょっとした風にさえ粉々となり、アトムのように吹きとばされてしまうほど軽くなるだろう。」」

「ラマルクの化学の調整的原理は、生きている物質から発して自己破壊にいたるという、自然のあらゆる構成物がもつ傾向である。(中略)ラマルクはこの生きている物質から、鉱物的物質への逆の進化をすべてひとつの表に要約し、それに大変固執していた。(中略)その生のままの物体の表の出発点は「生体の死骸」である。」
「つぎに、例として、生物の石化した鉱物のいくつかを、次第に強化される破壊の順序にしたがってあげよう。ラマルクは、動物に由来するものとして、実体のなかでも、白堊、大理石、石膏、燧石、瑪瑙、オパール、ダイヤモンドをあげている。植物に由来するものは、粘土、板岩、凍石、石鹸石、雲母、碧玉、ガーネット、電気石、ルビー、アメチスト。また内密な破壊の起こったある段階からは、表には、植物と動物と双方に由来するものがあらわれる。まず、黄鉄鉱、つぎに金属の鉱石、最後は本来の、生まれたときからの金属。(中略)鉱物的生命の完全な死がくると、逆行的進化が終局的物質、最後的な屍骸を与える。それが岩石の結晶である。この岩石の結晶において大地は「匂い、味、半透性、色彩を完全に失うし、硬さ、固定性、不溶解性というその特性を完全に享受している。」」

「E・W・エッシュマンは(中略)こう書いている「岩石もまた生命を持ちたいのではないだろうか。もしわたしたちが岩石の本能を知り、それを刺戟し、繁殖させる固有の手段を知っていたら、ダリヤを栽培したりシャム猫を飼育するように、おそらくさまざまの種類の大理石を育てることができるだろう。」」

「たとえばミシェル・レリスがどんなに真剣に細かく気をくばって鉛筆を削るかよく注意してみるなら、もっとも平凡な経験について、物質主義の別の深い印象をもつことができるだろう。」
「実体の内密性への参加はきわめて深いのでミシェル・レリスは本能的に鉱物的生命をもったイマージュを見つけうるほどだ。「木自体も強い匂いを発散するもので包まれているが、包んでいる木の中心には鉱山の石炭の鉱脈が埋められている。それをしめつけている丸い部分、あるいは多角形の部分の硬直した細い茎は、保護葉鞘とも栄養的部分とも見られる。たとえば、大地の奥底で探険された本物の炭鉱内でも、植物の腐植土や地質学的沈殿物が目的の物質の上に積みかさなっている。ちょうどそれがこっそりと栄養を与え、いつでも再生できるように助ける、食糧の山のように見えるのだ。」」
「レリスは(中略)鉛筆の炭鉱をとがらしながら、深い土中にある鉱床をわれわれに考えさせる、いわば宇宙的鉛筆の存在をレリスとともに感じることは、またいかに大きな驚異を惹起することだろう。」



「第十章」より:

「宝石は大地の星である。星は大空のダイヤである。天頂にひとつの大地があり、大地にひとつの空がある。しかし、ここに一般的な抽象的象徴作用しかみとめないのなら、この照応関係は理解できない。(中略)それは物質的な照応関係、実体のコミュニケーションにかかわっているのである。(中略)クロリウスの『王様の化学』は、何世紀もの間、大いに引用されてきた本だが(中略)そのなかに「宝石は星の要素である。宝石はその色、形、染料を天体の形成作用によって金属からひき出す」とある。」

「火の魔術と地下の長い忍耐によって一片の木炭がダイヤモンドに変えられて、泉と星の澄明さに到達する。たましいはそこにたましいがおもむくべき完璧さが輝いているのを見る。」



「第十二章」より:

「大地は無限である。穹窿、丸天井、屋根でしかない空よりも広い。(中略)太陽が朝ごとに大地から出て、夕べには山に戻るのを夢想家が見るときに、一体どうして太陽は地球より大きいことがありえようか。(中略)ほとんど元素的な考察にとって、大地はその無限の大きさという性質に集約される。これは絶対的な大きさ、比類のない、しかし具象的で直接的な大きさの例である。無限はそのとき原初的イマージュなのである。
 この無限のイマージュという概念によって、単一で同一の大地のなかに無数の変化にとむ景物(スペクタクル)をいかにして包含できるかがはじめて理解できる。流浪の民はあちこち移動するが、つねに砂漠の中心に、草原の中心にいるのである。(中略)地平線をぐるりと見渡すことによって、夢想家は全地球を所有する。かれは世界を支配する。この奇妙でしかも平凡な支配を研究しなければ、観照の心理学の重要な要素を見おとしたことになろう。」

「結晶体や岩壁のような大地の存在のなかに入りこむことは、たいていより隠された無意識の地帯へ、より深く下降する予備的段階である。心的現象のなかにかなり深く下降しながら、イマージュによる夢は、いわば自然な展開によって、個人的生活の沈積層の下に、古代的(アルカイック)な領域、祖先の生活の諸原型を発見する。」

「覚醒夢の技法は(中略)鉛直の全イマージュを探索するためのものである。」
「また、カントの考え、「自己の認識においては、絶頂に導きうるものは地獄への下降あるのみである」は、覚醒夢の完成された方法の心理的かつ倫理的価値を、この上なく強力に保証するものである。」












































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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