『南方熊楠全集 第七巻 書簡 I』

「小児のときにおぼえたる言語は一生忘れず。そのごとく小児のときの信は必ずのこるものなり。」
(南方熊楠 「土宜法竜宛書簡」 より)


『南方熊楠全集 第七巻 
書簡 I』

監修: 岩村忍/入矢義高/岡本清造
校訂: 飯倉照平

平凡社 1971年8月9日初版第1刷発行/1991年3月20日初版第11刷発行
602p vii 口絵(モノクロ)4p
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価6,000円(本体5,825円)
装幀: 原弘



本書「凡例」より:

「本全集は、南方熊楠が公表した論考、随筆、英文著述、ならびに未公表の論考、手稿類などを集大成することを期した。」
「国内で、著書として、あるいは雑誌に発表された文章は、内容がはなはだしく重複する一、二の例外を除き、すべて収録する。また新聞に掲載された文章も、主要なものは収録する。」
「外国の刊行物に発表された英文著述および未公表の英文論考は原文で収録する。」
「書簡は、学術的および伝記的に重要な内容をもつものを、入手しうる限り、完全な形で収録する。」
「その他、未公表の論考、手稿類、日記の一部、年譜、著述目録索引を付載する。」
「表記は原則として「現代かなづかい」に改め、送りがなも(中略)読解の便をはかって付加し、大部分の接続詞、副詞、助詞なども、漢字をかな書きに改めた。」
「漢字は、当用漢字、同補正案、人名用別表にある字体は、これを使用し、また一部の俗字、同字などで現在常用されないものは、通用のものに改めた。」
「引用文は、(中略)可能な限り原典と照合、校訂した。また漢文の引用文は「読み下し文」に改め(中略)た。読み下しには飯倉照平が当たり、(中略)入矢義高が校閲した。」

「本書(第七巻)は、「書簡 I」とし、著者が赤裸々に自己の半生涯を書き綴った履歴書(矢吹義夫宛書簡)のほか、比較的初期――主として明治時代――の書簡を選び、(中略)収録した。」
「原手簡は大体においてカタカナ・漢字混交文であるが、これは、ひらがな・漢字混交文に改め、表記も現代かなづかいに改めた。」



目次:

凡例

履歴書
 矢吹義夫宛

在米書簡
 杉村広太郎宛
 喜多幅武三郎宛
 羽山蕃次郎宛
 三好太郎宛
 中松盛雄宛
 
土宜法竜宛書簡
 土宜法竜宛

神社合祀問題関係書簡
 松村任三宛
 川村竹治宛
 白井光太郎宛
 神社合祀に関する意見(原稿)
 神社合併反対意見(付録)

南方熊楠と仏教 (入矢義高)

書簡解題
南紀略図




◆本書より◆


「履歴書」より:

「明治十二年に和歌山中学校できてそれに入りしが、学校にての成蹟はよろしからず。これは生来事物を実地に観察することを好み、師匠のいうことなどは毎々間違い多きものと知りたるゆえ、一向傾聴せざりしゆえなり。明治十六年に中学を卒業せしが学校卒業の最後にて、それより東京に出で、明治十七年に大学予備紋(第一高中)に入りしも授業などを心にとめず、ひたすら上野図書館に通い、思うままに和漢洋の書を読みたり。したがって欠席多くて学校の成蹟よろしからず。十九年に病気になり、和歌山へ帰り、予備門を退校して、十九年の十二月にサンフランシスコへ渡りし。商業学校に入りしが、一向商業を好まず。二十年にミシガン州の州立農学に入りしが、耶蘇(やそ)教をきらいて耶蘇教義の雑(まじ)りたる倫理学等の諸学課の教場へ出でず、欠席すること多く、ただただ林野を歩んで、実物を採りまた観察し、学校の図書館にのみつめきって図書を写し抄す。」

「蟹は甲に応じて穴をほるとか、小生は生れも卑しく、独学で、何一つ正当の順序を踏んだことなく、聖賢はおろか常人の軌轍(きてつ)をさえはずれたものなれば、その履歴とてもろくなことはなし。全く間違いだらけのことのみ、よろしく十分に御笑い下されたく候。」

「かくて小生那智山にあり、さびしき限りの生活をなし、昼は動植物を観察し図記して、夜は心理学を研究す。さびしき限りの処ゆえいろいろの精神変態を自分に生ずるゆえ、自然、変態心理の研究に立ち入れり。幽霊と幻(まぼろし)(うつつ)の区別を識(し)りしごとき、このときのことなり。
 幽霊が現わるるときは、見るものの身体の位置の如何(いかん)に関せず、地平に垂直にあらわれ申し候。しかるに、うつつは見るものの顔面に並行してあらわれ候。」



「在米書簡――羽山蕃次郎宛」より:

「右菌類に似たもので Mycetozoa と申す一群、およそ三百種ばかりあり。これははなはだけしからぬものにて、(中略)幼時は水中を動きまわり、トンボがえりなどし、追い追いは相集まりて(中略)痰(たん)のようなものとなり、アミーバのごとくうごきありき、物にあえばただちにこれを食らう。然るのち、それぞれ好き好きにかたまり、(中略)いろいろの菌状のものとなり、いずれもたたくときは煙を生ず。(中略)Fries 以下この類を菌なりと思い、植物中に入れしが、近来は全く動物なることという説、たしかなるがごとし。(レイ・ランケストルの説には、最古の世の生物はこのようのものなるべしという。)」


「土宜法竜宛書簡」より:

「小生は一向外出せず、植物のみしらべおるゆえ、何ごとも見聞せぬなり。」

「維摩居士(ゆいまこじ)すなわち余の前身のごときは、実にえらい大乗家なり。(中略)維摩別に釈迦にいろはから教えられて、かほどえらくなったとは聞かず。はじめから(中略)見識がありしなり。(中略)別に釈迦の教を聞いて始めて見識を得しにあらず。似寄りたる見識を自分で開きおりたるが、釈迦説法に及び、たちまち大賛成せるものなるべし。故に維摩のごときは、釈迦前に存せる大乗法を得たるが、釈迦説法に及び(決して子分となるにあらずして)、これに協力せしなり。」

「釈迦が仏教を始めたなど心得るは大違いにして、釈迦よりずっと前よりありしなり。(中略)維摩は釈迦に次ぐ迦葉(かしょう)ごときものよりはよほど卓見ありし人と見ゆ。しかして、別に釈迦に教えられてかかる不可思議の広才を得たりということを聞かず。またそのいうところは多少釈迦と(言句の)ちがうた骨法もあるなり。故にこの人は釈迦と同時に、前代の仏教を釈迦とは別の師より得たるか、または自習自発見したるものにて、たまたま釈迦の出でて法を説くに及び、大いに協賛同助せることなり。
 故に仏教は決して釈迦が作り出だせるものにあらず。」

「某(それがし)ははなはだ、他人に異なる性質気象のものにて、一向世に容れられず。それも馬鹿にもあらざれば、なにか(中略)得意の芸をもなし、少しく気象を曲ぐればはなはだ世間にもてるべきが、一向左様のことを望まず。」

「まことにアラビアの大哲学者アヴェロースが言えるごとく、人は生まるるときすでに下画(したえ)をえがけり、人の行いはただうまく下画に沿うて彩色するかせぬかにあるのみ、といえるごとく、王充が人間万事は前より期するところあるといえるごとく、私はここに至り、ただただ仏氏の因縁ということの争われぬを悟り申し候。」
「人間生に生まれながら、私のごとき変なものもその正を得たるにあらず、しかしながらこれまた因果なれば詮方なく候。」
「私は幼時より女と談話せず、母も姉も憚りて親しく談(はな)さず、今においてははなはだ悔いおり候。また侠行ありて多く財をまきなど致し候。綺語悪口夥(おお)けれど、近来人に交わらねばそんな気づかいも少なし。虚言せしことはあまりなきように存じ候。」

「小生一向先まっくらで、日本へ帰りたりとて、糊口の道なし。ギリシアのジオゲネスは、奴として勾引され売らるるとき、何ごとを能(よ)くはたらくかと問われて、「われは人を教うることを能くす」、また「われは師を要する人に仕えん」、よってそんな人出て来て、八十余の高齢まで厚く事(つか)えしとか。日本にも牡丹花肖柏(ぼたんかしょうはく)、牛にのり零落して境浦に至り、師をほしきものはわれをよべと呼びしに、豪商紅屋某喜んで迎え、和歌のことを問いしとか。小生は一層ひどく、人間はみな師弟などして学ぶべからずという流なれば、もし「学識のあるものを供養したい」というような人あらば、御世話を乞う。」

「小生はなかなか小むつかしき男にて何ごともちょっとちょっと私見が這入(はい)り候。この私見たる、実に小生一己(いっこ)の僻論かは存ぜず候えども、そのちょっとちょっとと、たとえば当座なりとも感発するところに、なかなか妙味のあるものに御座候。」

「宇宙万有は無尽なり。ただし人すでに心あり。心ある以上は心の能うだけの楽しみを宇宙より取る。宇宙の幾分を化しておのれの心の楽しみとす。これを智と称することかと思う。」
「されば、いかに商工業とか学校教育とかが盛んなるも、この宇宙の幾分を自分の力に応じて楽しむという智なき以上は(と書きしところ、今夜大雨にて、小生の室内小さき蛙一面にとびありき、この紙の上、それから今回送り下されし短冊、蛙だらけになる。よって一々かきあつめ庭へ放つ)、人間の人間たるところも真言宗も何の教えもむちゃと存じ申し候。されば、いかがしてこの楽しみを衆人に普(あまね)からしむるべきかといわんに、経文はもちろん、時に応じ国に応じて本人むきの文字なり技芸なり要処から授け、その心を興奮せしめ面白くて面白くて端緒さえ得たらんには、みずからどこまでもやり通すというようにするの外なし。」

「英国の紳士というものは、衣弊垢(へいこく)たるも、なおシャツのよごれたるを恥とす。人といやしくも交わらず。予かつて五百人ばかりの中で人を斬りたることあり。さて徐(しず)かに見やりしに、その中なにかの機会でこれを見おるものは、三、四人に過ぎざりし。この風は実に仏の大威儀といえどもこれに如(し)かじと感歎せり。(中略)されば、いやしくも人と言をかわさず。ただし、一旦交りを結ぶ以上は、見捨てることあることなし。」

「さて小生は平生人とむやみに交わることを好まず。これは小生一人に限ることかもしれぬが、まずは人の天性の美しく発達せるものと小生はひそかに思うなり。一旦人と交わる以上は、その人いかに落ちぶれ急難あるも、見捨てるは交遊の意を度外せるものと小生は思う。」

「現に今の人にも tact というがあり。何と訳してよいか知れぬが、予は久しく顕微鏡標品を作りおるに、同じ薬品、知れきったものを、一人がいろいろとこまかく斗(はか)りて調合して、よき薬品のみ用うるもたちまち敗れる。予は乱妨にて大酒などして、むちゃに調合し、その薬品の中に何が入ったか知れず、また垢だらけの手でいろうなど、まるでむちゃなり。しかれども、久しくやっておるゆえにや、予の作りし標品は敗れず。この「久しくやっておるゆえ」という語は、まことに無意味の語にて、久しくなにか気をつけて改良に改良を加え、前度は失敗せし廉(かど)を心得おき、用心して避けて後に事業がすすむなら、「久しくやったゆえ」という意はあり。ここに余のいうは然らず。何の気もなく、久しくやっておると、むちゃはむちゃながら事がすすむなり。これすなわち本論の主意なる、宇宙のことは、よき理にさえつかまえ中(あた)れば、知らぬながら、うまく行くようになっておるというところなり。
 故にこの tact (中略)実は「やりあて」(やりあてるの名詞とでも言ってよい)ということは、口筆にて伝えようにも、自分もそのことを知らぬゆえ(気がつかぬ)、何とも伝うることならぬなり。されども、伝うることならぬから、そのことなしとも、そのことの用なしともいいがたし。」
「発見ということは、予期よりもやりあての方が多いなり(やりあて多くを一切概括して運という)。」

「むかしゼノはストイク哲学の祖たり。その所説、人間はこの世を苦と知りてその苦を辞せざるにあれ、となり。しかれども、この人修養到りたればにや、常に悠々として楽処あり、無間の地獄に陥ちて、なお瑠璃の大河に浴するごとくなりし。その徒みな然り。これに対してエピキュルスは、エピキュレアン派の鼻祖たり。その所説、人間はこの世にありて楽しみを期すべし、楽しみさえすれば十分なり、というなり。しかして、この人大患に罹り、他人ならば七転八倒大叫喚すべきを、これもまた一楽事なり、この境に臨(のぞ)まずんばこの楽あらんやとて、悠々として逝きぬ。これらはその教えとするところ異なりとはいえ、実に言、行、志の三の者融和円通の美事といわざるを得ず。」

「小生四歳のとき、和歌祭(和歌浦東照宮の祭礼、大にぎわいなり)へ舟にて行く。しかるに、小さきときよりさわがしきことを好まず。他の人々はみな祭見に行き、小生は船頭一人と渚汀およそ六、七町も行列よりはなれたる所にて、何をせしか今は記臆せず。他人の帰るをまつ。当時のこと一も記臆せぬが、ただ沙上を蟹蛻(かにのぬけがら)一つあるを見て面白きことに思えり。さて明治十九年久々にてその渚を通るに、十六年前に見し通りの白き蟹蛻あるを見て、初めてそのときのことを思い出だす。昨春またその地に遊び、十七年と三十三年前その地にありしことを思い出だす(今度は蟹蛻ありしや否は記(おぼ)えず。しかし、小さきとき蟹蛻を見しことを思い出だす)。(中略)今われ一人存命せずば、誰かこの所に昔日和歌祭の日蟹蛻ありしを知らんや。」

「信は信ずる通りになり往かんことを信ずると同時に、信通りにまるで違った未来にあうとも今日の信を悔いぬという信がすなわち信なり。朋友に信切にすれば必ず相応の所報を得ると信ずると同時に、たとい信切に報ゆるに不信をもってせらるるの日に及ぶとも、信切をよきことと信じて尽しただけがすでに十分に満足なりと信ずるが、信の奥義なり。故に善事を修して極楽へ往くと信じて善事を修し、さて思いのほかに地獄へ往くとも、それは地獄が間違えるにて、こちらはともかく善事を修しただけが得なりと信ずるなり。この辺の信なきものに信心堅固というべからず。」

「天才(genius(ジェニアス))のこと。坐禅などはこの天才を涵養する法なり。(中略)不意に妙想出で、また夢に霊魂等のことあり。これ今日活動する上層の心機の下に、潜思陰慮する自心不覚識(アラヤ)の妙見をいう。
 予前年米国にて一族の希有の藻発見し、一昨々年その藻あるべからざる東半球に、また夢にてこれを発見す。これらのことは昨夏申し上げたり。」
「木内重曉は山田浦(江州)の豪士にて、石を多く集め石の話せぬ者は入れぬこととせりという。この人の著『雲根志』に、奇石を得るごとにその前に夢見ることをいえり。小生これを疑いしが、今に至りて信ずるなり。この天才ということ自慢のように聞こゆるが、実はアラヤ識が高昂せるにて、近来天才を狂人の一種と論ずる学者多し、故に小生決して自慢にあらず、実事を申し上ぐるなり。今述ぶる真言の妙法は道徳等をこのアラヤ識に訴え直すの法なり。」

「小生海外より帰国に及び候にはよくよくわけのあることにて、小生は一生海外に留まり得ざりしを今に大遺憾に存じ候。(中略)小生自由独行の念深く、またことに本邦の官吏とか博士とか学士とかいう名号つけたるものをはなはだ好まず。日本にありては埋もれおわるか自暴自棄のほかに途なく候。」






































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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