『南方熊楠全集 第八巻 書簡 II』

「小生はずいぶん酒を飲みたる男なり、これを飲みしには飲むべき理由がありたるなり、このことはゆくゆく世間に分かり申すべし」
(南方熊楠 「柳田国男宛書簡」 より)


『南方熊楠全集 第八巻 
書簡 II』

監修: 岩村忍/入矢義高/岡本清造
校訂: 飯倉照平

平凡社 1972年4月20日初版第1刷発行/1991年3月20日初版第11刷発行
643p vii 口絵(モノクロ)4p
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価6,000円(本体5,825円)
装幀: 原弘



本書「凡例」より:

「本全集は、南方熊楠が公表した論考、随筆、英文著述、ならびに未公表の論考、手稿類などを集大成することを期した。」
「国内で、著書として、あるいは雑誌に発表された文章は、内容がはなはだしく重複する一、二の例外を除き、すべて収録する。また新聞に掲載された文章も、主要なものは収録する。」
「外国の刊行物に発表された英文著述および未公表の英文論考は原文で収録する。」
「書簡は、学術的および伝記的に重要な内容をもつものを、入手しうる限り、完全な形で収録する。」
「その他、未公表の論考、手稿類、日記の一部、年譜、著述目録索引を付載する。」
「表記は原則として「現代かなづかい」に改め、送りがなも(中略)読解の便をはかって付加し、大部分の接続詞、副詞、助詞なども、漢字をかな書きに改めた。」
「漢字は、当用漢字、同補正案、人名用別表にある字体は、これを使用し、また一部の俗字、同字などで現在常用されないものは、通用のものに改めた。」
「引用文は、(中略)可能な限り原典と照合、校訂した。また漢文の引用文は「読み下し文」に改め(中略)た。読み下しには飯倉照平が当たり、(中略)入矢義高が校閲した。」

「本書(第八巻)は、「書簡 II」とし、柳田国男、高木敏雄、その他民俗学関係の人々に宛てた書簡を収録した。」
「原則として著者肉筆の原手簡を解読し、乾元社版『南方熊楠全集』に収録されているものについては、これを参照した。」



目次:

凡例

柳田国男宛
 明治四十四年
 明治四十五年(大正元年)
 大正二年
 大正三年
 大正五年
 大正十五年

高木敏雄宛
 明治四十五年(大正元年)
 大正二年

佐々木繁宛
胡桃沢勘内宛
中道等宛
沼田頼輔宛
出口米吉宛
矢吹義夫宛
西村真次宛
後藤捷一宛

「縛られた巨人」のまなざし (谷川健一)

書簡解題




◆本書より◆


「柳田国男宛書簡」より:

「また貴下願わくは山男を原始の人間とのみ見ることなかれ。古え経済上の準備不整なる世には、通常の人間なりとも飢荒等にて山居野処し、社会と距りすまば、堕落して二、三代の後には純然たる山男となりし例は多からん。」

「神罰などいうこと、あるかなきか知れず。しかし、あるとしても差し閊(つか)えなき限りは、あまりに迷信迷信迷信と神木を伐ることをまで恐れぬように世間を開け切らしむるも如何あるべきやと疑われ申し候。(中略)合祀励行以来、小生ごとき神仏を拝せず科学のみ修め来たりしものが、反って古いことをさえずり一種の御幣をかつぎまわり、神で糊口する神官、祠職、宮世話人、氏子総代等が一切神を怖るるを迷信と卑瞥する、さかさまの世と相成りたるに候。」

「一八七二年インドの諸新聞にあらわれしセカンドラ孤児院の報告によるに、十歳ばかりの小児、狼群の窠中よりくすべ出されたり。永きあいだ狼群中に育ちし証には、この児四つ這いを常とし、また生肉を好む。
 小生七年前十月五日、那智より小口という所(西行の歌ある処)へ行くとて大雲取山を踰(こ)ゆるに、地蔵という所あり。地蔵堂とも覚しきものあり。はなはださびしき所にて、ジャコウソウおびただしく生え、生きながら冥途にあるかと思うほどなり。その辺を歩む人に聞きしは、前年ある人ここを歩みしに、篠生えたる中より嬰児這い出で獣のごとく歩む。気味悪くて何とも致し方なく一散に走り過ぎぬ。後日そこを人伴い歩みしに、件(くだん)の嬰児の首斬られて胴のみありしとか、首のみ存せしとか、たしかに記せぬがいずれかのこりありしという。」

「一国の文化風俗の変遷を見るに、由来正しき実話のみならず、虚構依様(いよう)の書もその前後のことを見るに便りあるもの多し。
 今の『旧事記』は偽作なり。しかし、古い偽作ゆえ自然古い伝話も多く入れあり。『先代旧事本記』などは丸うそで、その本人の名も分かりあり。それすらうそ話はどれほどまで作り得るという研究になるなり。(中略)台湾が世界中に名高くなりしは、ザルモナッサルという蘭人(?)、百虚無一実の書を作り、台湾の実在譚を述べ、言語文法ことごとく虚構して世を紿(あざむ)き、死するに臨み慚罪せしより名高くなりしなり。水戸の鵜飼信興の『古今珍書考』、小生も写しを持つが、うその書目のみ引けり。(中略)しかるに、小生詳しくしらべしに、その内に実事一つあり、まるでうそばかりはいえぬものなり。またうそをいうにいかに骨折れるかが知れる。」

「貴下や佐々木が、山男山男ともてはやすを読むに、(中略)真の山男でも何でもなく、ただ特種の事情より止むを得ず山に住み、至って時勢おくれのくらしをなし、世間に遠ざかりおる男(または女)というほどのことなり。それならば、小生なども毎度山男なりしことあり。」
「そんなものが山男山女ならば、当国の日高郡山路村から熊野十津川には、山男が数百人もあるなり。(中略)今は知らず、十年ばかり前まで、北山から本宮まで川舟で下るに、川端に裸居または襦袢裸で危坐して、水の踊るを見て笑いおるもの、睨みおるものなど、必ず二、三人はありたり。これに話しかけても、言語も通ぜず、何やら分からず、真に地仙かと思うばかりなり。さてよくよく聞くと、山居久しくして気が狂いしもの、毎度かかる行いありという。」



「西村真次宛書簡」より:

「いずれの邦民も、今の世にありて、自国にそんな野蛮なことがありそうなはずなしと思うようなことが、実は以前世間に普通なりしこと多し。以前どこやらでなく、今も路次、小路にすむ辟民中には、われわれが考えも及ばぬようなことのみ信ぜられ、行なわれおるなり。例せば、この田辺町は小さな町なるが、その大部分を占むる(中略)陋巷に、密棲する人々の言い行なうところを見聞するに、なにか少しく奇異なことあればこれを神怪に帰し、その手当てとして巫祝、狐狸、生霊(いきりょう)にたよるが普通に御座候。」




























































































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ひとでなしの猫

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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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