『定本 久生十蘭全集 3』

「ねえ、十蘭さん、あなた、あたしのところへ来てから まとも なことを言つたのはこれが初めてだ、ベルナアル先生もさぞお喜びになるでせう」
(久生十蘭 「月光と硫酸」 より)


『定本 久生十蘭全集 3』
編集: 江口雄輔・川崎賢子・沢田安史・浜田雄介

国書刊行会 2009年4月20日初版第1刷印刷/同23日発行
537p A5判 丸背布装上製本 貼函
定価9,500円+税
装幀: 柳川貴代
本文二段組
月報(8p)



目次:

海豹島
教訓
妖翳記
だいこん
墓地展望亭
昆虫図
計画(プラン)・Я(ヤ)――又は、地底の攻略路 (「地底獣国」)
贖罪
「女傑」号(ラ・マゾーヌ)
犂(カラスキー)氏の友情
カイゼルの白書
赤ちやん
娘ばかりの村の娘達
白鯱模様印度更紗(しろしやちもやういんどさらさ)
心理の谷
月光と硫酸
暢気オペラ
平賀源内捕物帳
 萩寺の女
 牡丹亭還魂記
 稲妻草紙
 山王祭の大象
 長崎ものがたり
 尼寺の風見鶏
 蔵宿の姉妹(きやうだい)
 爆弾侍
お嬢さんの頭
酒祝(さかほが)ひ
葡萄蔓の束
ところてん
レカミエー夫人――或は、女の職業
浜木綿
大龍巻
白豹

解題 (浜田雄介・沢田安史)




◆本書より◆


「海豹島」より:

「幾万という膃肭獣が、毎年、夏になるとなぜこの島にばかり集ってくるのか、その謎を私は解いた。この島の渚で悲し気に咆哮する海獣どもは、実はこの島の呪いによって生きながら膃肭獣に変えられた不幸な人間どもなので、一日も早く人間に転生しようと、撲殺されるためにはるばる南の島から不幸な故郷にやってくるというわけなのである。
 最初の朝、この島を一瞥するなり、救いがたい憂愁の念に襲われたわけも、これで納得できる。なぜとも知らず、なにに由来する憂愁なのか理解することができなかったが、いまにして思えば、呪咀にみちたこの島の形象(フィジイク)が官能に作用し、意識の深いところで、逃れられぬ運命を感じていたのだった。」



「妖翳記」より:

「向ふむきになつて、しやがんでなにかいぢくり廻してゐる。
 何をしてゐるのかと思つて、近よつてのぞき込んで見ると、三尺ばかりのやまかゞしを木の枝でなぶつて遊んでゐるのだ。
 私が、四角ばつて初対面の挨拶をすると、いちどふりかへつてから、逃げ出さないやうに、蛇の頭を草履でふんづけながら立上つて、
 「ごきげんよう」
 と、ぶつきら棒にいふと、あとはジロジロと、いつまでも私の顔を眺めてゐる。
 こはいほど美しい顔だ。
 臨画の手本にある女の顔のやうに、どこもこゝもきちんと整つて、それが、磨きあげた象牙のやうに冷々(れいれい)と冴えかへつてゐる。」
「無生物的で、見てゐると何だか膚寒くなつてくるやうな気がする。
 そろそろ閉口しかけてゐると、こんどは藪から棒に、
 「あたしの来るまで、この蛇を蹈んづけてゐてちやうだい。逃がしては、いやよ」
 と、言ひすてゝ、スラスラと母屋のはうへ歩いて行つてしまつた。
 私は、言はれた通り、神妙に蛇の頭を蹈んづけて待つてゐた。」
「私は、さういふ情況によつて、頭からカンカン陽に照らされながら、広い芝生の庭の真ん中に突つ立つてゐたが、いつ迄たつても女性は戻つて来ない。
 来ない筈だ。ピアノを奏きはじめたらしい。洋館の二階の窓から、何かとぼけたやうな旋律が流れ出して来た。」



「だいこん」より:

「アメリカから帰つた叔父さんの琢磨さんが、みなにお土産をわけてくれる。(中略)だいこんには、護謨(ゴム)でつくつた巻脚絆(ゲートル)のやうなものをくれた。「三十日で脚をスラリと痩せさせる法」といふ小冊子がついてゐる。」
「だいこんは書斎の隅のはうへ行つて、なにか、ひとりでブツブツ言ひながら、引つぱつて見たり、ごしやごしやにしたり、しきりにいぢくり廻してゐたが、そのうちに、気が無ささうにそれを本棚の上へ放りあげると、プイとどこかへ出て行つてしまつた。」



「墓地展望亭」より:

「龍太郎は、無味索漠たる空々しい人生の中で、誰れからも愛されるあてもなく、誰れを愛する自信もなく、長い間ひとりぼつちで生きて来た。
 だいたいに於て、こういふのを不幸な魂と言つて差支へないのであらう。知らぬ間に、嵌め絵のやうに嵌め込まれたのに過ぎないのだとすれば、たぶん、神様も憐れと思はれるにちがひない。
 龍太郎は人生に対して何の興味もなければ、何の期待もない。今となつては、生きてゐる一日一日が、それ自体耐へられない重荷になつて来た。もう、これ以上辛抱してやる必要はないと覚悟をきめたのである。……」



「計画・Я」より:

「いまだ、いかなる生物も足を踏み入れたことのない地球の胎内。死界。永遠の闇と夜。恐るべき寂寞。無窮の倦怠(アンニュイ)。……それは、生成第四期に於ける地球の状態を物語りながら、しづかに死滅した輪廓を燦かせてゐた。有史以前の壮大な抒情感(リリスム)。」

「異様な風景があつた。
 それはひろびろとした沼だつた。
 原始混沌のやうな褐色の泥に取り巻かれた沈鬱な沼。見渡すかぎり草らしいものもなく、ただ一本貝殻で出来上つたやうな奇妙な幹をもつた蘇鉄に似た樹が、二十呎ほどの高さで沼の岸に直立してゐる。
 捕捉し難い乳白色が、漠々と沼の上を蔽つてゐた。地上の空ではない。地底の国の模糊たる天蓋。想像を超えた高い高い地殻の裏側が、こゝで曇日のやうな曖昧な空をつくつてゐるのだつた。
 うち沈む灰色の死の沼。悼(いたま)しい混沌の泥洲。その岸の孤独な蘇鉄。
 洞窟や、古沼や、孤島や、断崖などの奇異悲壮な風景を好んで描くサルヴァトル・ローザも、これほど悲哀に満ちた風景は描き得なかつたであらう。一瞥するだけで、限りない憂愁の情にとらへられるやうな傷ましい風景だつた。」

「いま自分らのゐる西比利亜(シベリア)のツルノニア圏と呼ばれる陸成層の一部は、その際、爬虫獣と爬虫鳥と古代鱗木をのせたまゝ地底深く陥没し、その上を厚い片麻岩の地殻で蔽はれてしまつた。かういふ事情によつて、これらの爬虫類は絶滅をまぬがれ、依然として千万年前(ぜん)のまゝの生活を続けてゐたのだつた。」



「犂氏の友情」より:

「先生の放心(うつかり)は夙(つと)に有名なもので、のみならず、たいへん不器用である。持つて出た雨傘を持つて帰つたことはなく、この年齢(とし)になつて、じぶんで鶏卵(たまご)を割ることが出来ない。」


「娘ばかりの村の娘達」より:

「田舎の人間が自分の村の山林(やま)や土地に対する執着の強いことといつたら、まつたく以て、お話にならない。」
「立木一本にしてからが、やすやすと伐り出すといふことがない。
 まづ、半年ばかりジツクリと考へる。だいたい伐ることに心が決まると、村の主だつた老人の一人一人にとつくりと相談をぶつて歩く。
 「(中略)おらはア、崖ツ縁の山毛欅コ伐るつもりだどもなア」
 すると、相手の方は、判で捺(お)したやうな定り文句をいふ。
 「おゝ、さうけ。まア、ワタワタしねで、とつくり考へべえや」
 「さうだてば。とつくり考へてけれや」
 これでまた、半年。
 やうやく、返事が届く。
 「こなひだの話だけどもな、したら、伐つたらよかべさ」
 「おう、したば、伐るかなう」
 これで、だいたい伐ることが決まる。
 が、翌朝すぐ斧を持つて崖ツ縁へ上つて行くといふことにはならない。尤(もつと)も行くには行くが、それは立木を眺めるだけのためである。
 後手を組んでぼんやりと半日も立木を眺めてゐる。それから、幾度も立木の周囲(まはり)を廻つて歩く。馬の鞋(わらぢ)のやうな大きな掌で、そここゝと幹に触る。幹についてゐる しで虫を払つてやる。そして、こんな風にも呟くのである。
 「長げえ馴染だつたどもな」
 さういつて頭を振りながら山から降りて来る。
 こんな日が、一週間ほど続く。
 いよいよ斧を研ぎ始める。日向へ坐つて、鋸の目を立てる。出来るだけ手間をかけてゆつくりゆつくりやる。
 こんな手続きをふんで、崖ツ縁の一本の山毛欅の木が倒される。」



「心理の谷」より:

「山座が、有楽町の省線ホームに突つ立つてゐると、草の茎のやうに細い脛(すね)をもつた、眼玉のキヨロリとした娘が近寄つて来て、いきなりドスンと体当りを喰はせてから、
 「オイ、遊んでやらうか」
 と、いつた。
 山座は、何の気もなく、
 「ウン」
 と、答へた。」

「ともかくこの娘は、日本にはあまり型のない別人種なのである。」
「こんな頓狂な気質が出来上つたのには、そこに歴(れ)ツきとした素因があつたのである。
 礼奴の父は、外蒙古で、タルバガンや、栗鼠(りす)や、灰鼠などの毛皮を買付けるのが商売だつたので、従つて、礼奴は烏布薩(ウスバ)の大草原の包(パオ)の中で暮らしてゐた。
 冬の間は、独逸(ドイツ)の宣教師の家(うち)から日露協会学校へ通ひ、夏の休暇になるとまた草原へ帰つてゆく。
 一九二一年に、外蒙古が共産主義蒙古人民共和国になつたころの夏、父はどこへどうなつたものやら、消息不明になつてしまつたので、やむなく哈爾賓(ハルビン)を引上げて母と姉と三人で日本へ帰つて来て、銀座裏に小さな酒場(バア)をひらいた。
 これらを思ひ合せると、とりとめないほど雄大な彼女の気質も、いかにも尤もと頷かれるのである。
 礼奴の性格の風景の中には、一眸、涯しもない草原の起伏や、茫漠たる瀚海(さばく)の向ふに沈む大きな夕陽や、胡藤の白い花房の抒情や、松花江の向ふ見ずなアイス・ヨツトや、そんなものが、ゆつたりと展開してゐるのである。
 細い露地や、ひねこびた庭松や、ちんまりしたお屋敷や、万事綺麗ごとで行く文化の行き届いたチマチマした風景ではないのである。」

「頓狂は頓狂なりに、何かズボツと一本大きく突き抜けてゐるやうなところがあり、島国の、東京育ちのチマチマしたお嬢さんなどがとても持合せてゐない、素性の美しさといつたやうなものがある。
 「不惑不惧(ニル・アドミラリ)」のサンプルのやうなもので、どんなところへ出しても、どんなことをやらしても、とことん迄必ずやつてのける頼母しさもあり、(中略)しつかりと底の据つた土性ツ骨を持つてゐる。」



「月光と硫酸」より:

「診察が終ると、ベルナアル先生はニコニコ笑ひながら、
 「自分の頭が無くなつたなんて口走るのは、チトいけないね。……地中海の海岸へでも出かけて見るか」
 「何をしにそんなところへ行くんです」
 「君の頭を探しに行くのさ」
 「そこへ行けば、頭が見つかりますか」
 「大丈夫、見つかる」」

「「しかし、行くとなつたら、わたしの言ふことを守つてくれなくては困るよ。……大して、むづかしいことぢやない……一口に言へばね、何もしてはならんといふことだ」
 「何も、つて?」
 「まア、庭へ出て蟻でも見て暮らすんだな」
 「蟻?」
 「蟻の働くところでも見て遊んでゐたまへ。そのほかのことは何もしちやいかん」
 「わかりました」
 「蟻にしたつて、たゞ眺めるだけだぜ。決して数へてはいかんよ、わかつたね……たゞ、眺めるだけ」

「蟻でも眺めて暮らせといふのは、何もせずにぼんやりしてゐろといふ比喩(たとへ)なのだが、こちらはまだ脳力がしつかりしてゐないものだから、どうしてもその観念から逃れることは出来ない。
 蟻から眼を離すとえらいことになりさうな気がして、陽のさす庭へ出て夢中になつて蟻ばかり眺めてゐる。」



「レカミエー夫人」より:

「精神の錯乱といふものは、こんなにも人間を単純にし、熱烈にし、純潔にし、無邪気にし、真面目にし、そして超俗にするものであらうか。
 うたふやうな調子で、呟きつゞける魚返氏の話を聴いてゐると、日常の繰返しの中で触れ合う現実の男性どもは、何とまあ、嫌らしくて、功利的で、軽薄で、卑劣で、嘘つきで、不真面目であるかと、つくづく思はれてくるのである。
 もよ子も美恵子も親子も龍子姐さんも、ながい間じぶんたちが探し求めてゐた理想の男性をこの狂つた「美貌の人」のなかに発見して、何とも遣瀬ない気持になるのだつた。」



「白豹」より:

「「……死ぬまで忘れない。……僕と云ふ人間はどうしてかう友情に敏感なんだらう。ちよつとした親切に手もなく溺れ込んでしまふんだ。惨めな気さへする。幸福に育つた人間ならてんで気もつきもしないやうな小さな親切にも胸が痛くなるほど感動するんだから」」

「「あなたはどうしてそんな不当に対して抗弁しようとしないんです。黙つてゐることはいらないでせう」
 「その方があたしの気に入つたからよ。殺人鬼と言はれるのも本望でしたの。何もかも引つかぶつて見事に逃げ終ほせてやるつもりだつたから。……それが世の中といふものにたいするせめてものあたしの反抗の姿勢だつたんです」」




こちらも御参照ください:
久生十蘭 『平賀源内捕物帳』 (朝日文芸文庫)




























































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Author:ひとでなしの猫
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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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