『定本 久生十蘭全集 4』

「高山の奥の、こんな月魄(つきしろ)の光の中では、平凡なことも詩のやうに美しく心を搏(う)つのかも知れない。
 そんな縹々(べうべう)たる話を聞いてゐると、自分の心が太古の巫術(ふじゆつ)の世界へ引込まれて行くやうで、とりとめがない程ぼんやりと頭が霞んで来た。」

(久生十蘭 「生霊」 より)


『定本 久生十蘭全集 4』
編集: 江口雄輔・川崎賢子・沢田安史・浜田雄介

国書刊行会 2009年7月21日初版第1刷印刷/同23日発行
630p A5判 丸背布装上製本 貼函
定価9,500円+税
装幀: 柳川貴代
本文二段組
月報(8p)



目次:

女性の力
魚雷に跨りて
蜘蛛
フランス感れたり
北海の水夫(マドロス)
生霊
手紙
ヒコスケと艦長――露艦デアーナ号ゴローウニン一件
地の霊
支那饅頭
雲井の春
花賊魚(ホアツオイユイ)
三笠の月
海軍要記
 水雷行
 軍艦
英雄
紀ノ上一族
 第一部 加州(カリフオルニヤ)
 第二部 巴奈馬(パナマ)
 第三部 カリブ海
消えた五十万人――イジユムの大殲滅戦
国風
遣米日記
豊年
亜墨利加討(アメリカうち)
村の飛行兵
公用方秘録二件
 犬
 鷲
隣聟――新狂言

解題 (川崎賢子)




◆本書より◆


「生霊」より:

「川股の中洲から岸へ戻つて段々畑をながめあげると、五段目あたりの辣薤畑のなかですらりとしたやうすのいゝ浴衣(ゆかた)がけがひとり、真白なかぶり手拭のはしを秋風にヒラヒラさせながら踊つてゐる。
 「やあ、狐がをどつてゐる」
 どうでも傍へ行つて見たいやうな気持になつて、下駄をぬいで岩づたひに流れを渡り、熊笹の刈株をガサモサを踏みわけながら段々畑の畔道(あぜみち)をのぼつて行つたら、なにほどのぼつたと思はないうちにいきなり畑の横手へ出たのにはびつくりした。」
「月夜の踊の手ぶりといふのはどうしてかうも臈たげなのであらう。狐だといふせゐばかりではあるまい。飛騨の奥の山奥の、こんなしんとした月の光のなかでは、辣薤畑の辣薤も、屋の棟の糸薄も畑の畔(くろ)の枝豆も、風に吹かれて揺れるものといへば、なにもかも、みな思ひありげに見えるのではないかなどと考へてゐたさうな。
 狐のはうでは、さうして突つ立つてゐる三十郎を人間臭(ひとくさ)いとも思つてゐないらしく、なんとも落着き払つたやうすで、かつたるいやうなひとつ歌ばかり巻きかへしてうたつてゐる。
 三十郎はすこし面白くなつてきて、臍のうへを掌で叩きながら、こらさのよいやさ、と調子をとりかけて、あ、これは化かされかけてゐると思つた。
 さう思ひつゝ、いつの間にか下駄を脱いで、玉蜀黍に囲はれた辣薤畑のなかへはいつていつて狐の影を踏みながら、盆、盆、ぼんのをどりも、と、をどり出すと、だしぬけに狐が三十郎の方へ振りかへつて、
 「踊るのはいゝけど、辣薤を踏んづけちやだめなのよ」
 と、いつた。」




こちらも御参照ください:
久生十蘭 『紀ノ上一族』 (沖積舎)






















































































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ひとでなしの猫

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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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