『定本 久生十蘭全集 6』

「おや、福助さんが出て来た」
(久生十蘭 「予言」 より)


『定本 久生十蘭全集 6』
編集: 江口雄輔・川崎賢子・沢田安史・浜田雄介

国書刊行会 2010年3月23日初版第1刷印刷/同25日発行
638p A5判 丸背布装上製本 貼函
定価9,500円+税
装幀: 柳川貴代
本文二段組
月報(8p)



目次:

半未亡人
ハムレット
蛙料理
黄泉から
水草
だいこん
おふくろ
プゥレ=シャノアヌ事件
風流
西林図
すたいる
予言
フランス伯N・B
皇帝修次郎
おふくろ
骨仏
野萩
田舎だより
ココニ泉アリ
貴族

解題 (川崎賢子・江口雄輔・沢田安史)




◆本書より◆


「ハムレット」より:

「外廊や炉辺でそういう噂が焦げつくようになったある日の午後、老人がめずらしく一人でホテルのグリルへやってきて、給仕に、Spiter というむずかしい英語で昼食を命じた。なるほど昼食という意味ではあるが、それは五百年ぐらい前に使われ、いまは全く死語になっている言葉であった。
 もちろん給仕は死語など了解しようわけはなく、だいたい察してランチを持って行くと、その老人は十六世紀の欧羅巴(ヨーロッパ)人がそうしたように鹹豚肉(ベーコン)を右手の人差指に巻きつけて食うというふしぎな局面を演じたが、奇をてらっているのでも錯乱しているのでもない証拠に、その作法がいかにも家常的でぴったりと身につき、フォークやナイフを使っていることが気はずかしくなったほど魅力のあるものだったので、見ていたゞけの人間にメランコリックな戸迷いを感じさせた。」

「「君の不幸は宿命というもので、君が生れたとき、すでに身につけて来たものなんだよ。おれという人間がどんな力を持っていたって、こうまで完全に君を不幸にすることが出来るもんじゃない。」

「「こうなると、なんだか死ぬことも楽しくなってきた。では死のう」
 「ようやく決心してくれたか。急がせるようで悪いが、もう間もなく二時だ。そろそろとりかかってくれないか」」



「黄泉から」より:

「神田で降りると、ここの市場もたいへんな雑踏で、炎天に砂埃とさかんな食物(くひもの)の匂ひをたちあげ、修羅のやうなさわぎをしていた。
 売るはうも買ふはうも、動物的な生命力をむきだしにしてすさまじいコントラストを見せ、三百万人も人が死んだ国のお盆にふさはしい哀愁の色などはどこにもなかつた。
 光太郎はふと十月二日の巴里のレ・モール(死者の日)のしめやかなやうすを思ひだした。巴里中の店は鎧扉をしめ、芝居も映画も休業し、大道は清々しい菊の香(か)を流しながら墓地へいそぐ喪服のひとの姿しか見られなくなる。
 巴里の山手、ペール・ラシェーズの墓地の上に Belle-vue de Tombeau といふ珈琲店がある。「墓地展望亭」とでもいふのであらうか。そこのテラスに掛けると、眼の下に墓地の全景を見わたすことが出来る。
 光太郎は「死者の日(レ・モール)」によくそこへ出かけて行つた。手をひきあふ老人夫婦、黒い面紗(ヴォアール)をつけた若い未亡人、松葉杖をついた傷痍軍人、しよんぼりした子供たち……喪服を着たものしづかな人達が、いま花束を置いてきたばかりの墓にもういちど名残りををしむためにこのテラスへやつてくる。みなテーブルに頬杖をつき、悲しげな眼ざしを糸杉の小径のはうへそよがせる。どの顔も死といふものの意味を知り、それを悼むことの出来る深い顔つきばかりで、かういふ国ならば死ぬこともたのしいかなと、感慨にしづんだことがあつた。」
「光太郎の一族はふしぎなほどつぎつぎと死につぎ、肉親といふのはおけいひとりだけになつてしまつたが、それが婦人軍属になつてニューギニアへ行き、カイマナといふところで死んだときいたときもかくべつなんの衝動もうけず、けふルダンさんに逢ふまではほとんど思ひだしたことさへなかつたのである。」

「手も足も出なくなつてぽつねんと椅子にかけて蟋蟀(こほろぎ)の鳴く声をきいてゐると、これでもうこの世にひとりの肉親もないのだといふ孤独なおもひが胸にせまり、じぶんにとつておけいは、かけがへのない大切な人間だつたことがつくづくとわかつてきた。
 いまさらかへらぬことだが、じぶんにもうすこしやさしさがあつたら、おけいを巴里へ呼びよせてゐたらうし、さうすればニューギニアなどで死なせることもなかつたわけで、いはばじぶんの冷淡さがおけいを殺したやうなものだつた。
 おけいが肉体のすがたをあらはすとは思はないけれども、来たなら来たでなにかしらおとづれがあるはずで、光太郎の感覚にそれがふれずにすむわけはないのだが、露台からそよそよと風が吹きこむばかりでなにひとつそれらしいけはひは感じられなかつた。」

「「あたしたちの仕事は、それは辛いんです。半年の間、毎日滝のやうに降りつづけてゐた雨がやんで雨季があけますと、急に温度があがるので、活字が膨脹してレバーであがつてこないのに印字ガイドまで狂つて、どうしたつてミスばかり打つんですの……ちやうどバボ作戦の最中で、作戦関係の文書はみな暗号ばかりですから、五日がかりでしあげた大部なものでも、一字でもミスがあれば打ちなほしを命じられます。それはまるで命をけづられるやうなひどい明暮れで、あたくしどもは宿舎へ帰ると、もうなにをする元気もなくてすぐ横になつてしまふんですけれど、おけいさんは池凍帖(ちとうでふ)を置いてお習字をしたり、お琴をひいたり、ひとりでたのしさうに遊んでいらつしやいましたわ」
 「琴つて、十三絃のあの琴のことですか」」
「「あたくしたち、夜直でおそくなつて、月の光をたよりに帰つてきますと、ジャングルの奥から『由縁(ゆかり)』なんかきこえてきますと、なんともいへない気持がいたしましたわ」
 光太郎は下目に眼を伏せてきいてゐたが、玲瓏と月のわたる千古の密林を洩れる琴の音は、どんなに凄艶なものだらうと思つてゐるうちに、あの琴爪で琴をひいてゐるおけいのやうすが眼に見えるやうでふと肌寒くなつた。
 「おけいさんはあんな方ですから、なにもおつしやらなかつたのですが、そのころはもうだいぶお悪かつたのです。終戦のすこし前でしたが、雨に濡れてお帰りになつてたいへん喀血なさると、ずんずんいけなくおなりになつて、病室へ移すとまもなく危篤といふことになりました……それで、あたくしみなさんを代表してお別れにまゐりますと、枕元に『謡曲全集』なんて本が置いてありますので、こんなものお読みになるのとたづねますと、ええ、ほんたうにいいコントばかりよ、すばらしいと思ふわといつて、『松虫』のはなしをはじめて、枯野を友とあるいてゐるうちに、その友がいつの間にか死んでゐたといふところまできますと、だしぬけにふつとだまりこんで、大きな眼でぢつと天井を見つめていらつしやいますのよ。どうしたのだらうと思つて顔をみてゐますと、ちつとも眼ばたきしないやうなので、おけいさん、おけいさん、どうなすつたのと大きな声をだしますと、おけいさんは夢からさめた人のやうな眼つきであたしの顔をごらんになりながら、面白かつたわ、あたしいま巴里へ行つて来たのよとおつしやるの……さう、どんな景色だつて、とたづねますと、あれはマドレーヌといふのでせう、太い円柱が並んでゐるお寺の前の道を、光太郎さんが煙草を吸ひながら歩いてゐたわ、とそんなことをおつしやいました」」
「「日が暮れて、いよいよご臨終が近くなると、なんともいへない美しい顔つきにおなりになつて、あたし『松虫』は文章がきれいだからすきなのよ、とおつしやつて、いい声で上げ歌のところを朗読なさいました。
 そこへ部隊長がいらして、ご苦労だつた。こんなところで死なせるのはほんたうに気の毒だ。お前、なにかしてもらひたいことはないか。遠慮しないでいひなさい。どんなことでもいい、といはれますと、おけいさんは、では、雪を見せていただきますとおつしやいました。
 雪……雪つて、あの降る雪のことか。ええ、さうですわ。これは困つた、神さまでないかぎり、ニューギニアに雪など降らせられるわけはなからうぢやないかといひますと、おけいさんは笑つて、冗談ですわ。内地を発つ晩、きれいな雪が降りましたので、もういちど見たいと思つたのです。とおつしやいました。
 そのとき、軍医長が部隊長になにか耳打ちしますと、部隊長は眉をひらいたやうな顔つきになつて、ぢや、さうしようといつておけいさんを担架に移して下の谷間のはうへ運びだしました。
 あたくしたち、なにがはじまるのだらうと思つて担架について谷間の川のあるところまでまゐりますと、空の高みからしぶきとも、粉とも、灰ともつかぬ、軽々とした雪がやみまもなく、チラチラと降りしきつて、見る見るうちに林も流れも真白になつて行きます。
 部隊長はおけいさんに、さあ、見てごらん。雪を降らしてやつたぞと高い声でいはれますと、おけいさんはぼんやり眼をあいて、雪だわ、まあ美しいこととうつとりとながめていらつしやいましたが、間もなく、それこそ眠るやうに眼をとぢておしまひになりました」
 「その雪といふのは、なんだつたのですか」
 「ニューギニアの雨期明けによくある現象なんださうですけど、河へ集つてきた幾億幾千万とも知れない かげろふ の大群だつたのです」」



「だいこん」より:

「それからまたあたしにおつしやつた。
 「日本は陸軍も海軍もなくなり、クラゲのやうになつてしまつて、これでやつていけるのだらうかと心配してゐるひともありますが、あなたはどうかんがへますか」
 そのことなら意見がある。あたしがおこたへした。
 「その国自身は貧乏で弱いんですけど、その国があるために、ほかの国がみなしあはせになるといふやうな……世界中から愛され、感謝され、あの国があるあひだは、世界はけつして壊されないといふ希望をあたへるやうな……さういふ国になるやうな気がいたします」
 みなさんが笑つた。ママは困つたやうな顔をしてゐた。」



「すたいる」より:

「賭博というものは、倦怠と夢想から湧き出る一種のエネルギーのようなもので、運命を見、それを知り、それを試みるために進んで危険をおかすのは、かならずしも射倖などという浅墓なことなのではない。」

「「たびたびお断りしておきましたが、僕はツルゲーネフがいっている(無用の人)で、生涯、もうなにもしないときめているんだから、むずかしい話なら一切ごめんだよ」」



「骨仏」より:

「「日本の磁器は硬度は出るのですが、どこか煤(すす)つぽくて、どうしてもファイアンスのやうな透明な白にならないんですね。ひと口に白といつても、白には二十六も色階(しきがい)があるので、日本磁器だけのことではなく、すぐれた磁器をつくるといふこと、要するにより純粋な白に近づけようといふ競争のやうなものなんですよ。」」
「「いつたい磁器の白さをだすには、人骨(じんこつ)の粉末を微量にまぜるといふマニエールがあつて、それは誰でも知つてゐるんですが、セェブルでもリンブルゴでも、混合の比率は秘密にして絶対に知られないやうにしてゐるんです」
 「さういふものかね。はじめてきいた。でもそれは人間の骨でなくてはいけないのか」
 「さうです」」





















































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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