『定本 久生十蘭全集 別巻』

「ボアゴベェの「鉄仮面」はウソだと思うんですよ。(中略)だいいち、鉄の仮面なんか、存在しなかった。ほんとは黒いビロードのマスク……(中略)なんのためのマスクかというと、暗殺を恐れて、じぶんで、つけたんです。」
(久生十蘭 「対談・話の泉」 より)


『定本 久生十蘭全集 別巻』
編集: 江口雄輔・川崎賢子・沢田安史・浜田雄介

国書刊行会 2013年2月4日初版第1刷印刷/同7日発行
660p 索引viii 口絵(カラー4p)
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価10,000円+税
装幀: 柳川貴代
本文二段組

月報 (16p): 久生十蘭参考文献 (沢田安史 編)
正誤表



本書「解題」より:

「「定本久生十蘭全集」別巻には、第一巻~第九巻に収録された小説・戯曲作品のヴァリアントのなかから、二十三作(中略)を「異稿」として採録した。あわせて「座談・対談」と「補遺」を収め、巻末には「著作年譜」「年譜」「索引」を付した。」

カラー口絵は単行本表紙(書影)です。


目次:

異稿
 湖畔 [『文藝』版]
 海豹島 [『大陸』版]
 虹色の旗
 赤い孔雀
 幸福な朝
 傍若夫人とボクさん
 猫屋敷
 新説娘道成寺
 弘化花暦
 三人目
 金座の凧
 村の飛行兵 [人形劇版]
 月 [手稿版]
 花 [手稿版]
 だいこん [『モダン日本』版]
 だいこん 第6回 [『モダン日本』校正刷版]
 最後のワルツ
 ユモレスク 
 ココニ泉アリ 第54回 [異版]
 うすゆき抄 [『オール讀物』版]
 つきかげ抄
 このはな抄
 再会 [梗概版]

座談・対談
 迷路案内 [『新青年』昭和十四年三月号]
 迷路案内 [『新青年』昭和十四年六月号]
 探偵作家四方山座談会
 中支従軍対談会
 前線銃後はかく敵機を撃攘する
 艦隊・航空決戦を語る
 第一回オール新人杯決定発表
 第二回オール新人杯決定発表
 第三回オール新人杯決定発表
 対談・話の泉
 
補遺
 クノツクの演出
 作者の言葉 [「激流」]
 酒の害悪を繞つて
 給養――最前線の人々
 文芸週欄寄稿家招待茶話会記
 をがむ
 冬山

解題 (江口雄輔・川崎賢子・沢田安史・浜田雄介)

久生十蘭著作年譜 (沢田安史 編)
久生十蘭年譜 (江口雄輔 編)

定本久生十蘭全集索引




◆本書より◆


「対談・話の泉 (渡辺紳一郎・久生十蘭)」より:

久生 ぼくのおふくろは、六十近くになってから、ひとりで、ヒョッコリと、パリへやってきた。それもノエル(クリスマスの前日)に……ぼくのほうには、当然、女の子と約束があったもんだから、なんて、まァ、バカな日にやって来やがったもんだろうと腹をたてた。(笑)
 お花見にでも行くように、手提げの小さな信玄袋を持って、ギャール・ド・リヨンへ着いた。汽車からおりて、なにをいうかと思ったら、パリって、「ずいぶんオシッコ臭いところだね……」(笑)
渡辺 おふくろさんはなんでパリへいったの?
久生 ぼくは日本へ帰らないつもりで、むやみに金ばかり送らせたもんだから、それやこれやで勘づいたものらしい。おふくろとしては、迎えに来たつもりだったらしいが、そういう運びにはならなかった。
渡辺 よっぽど心配したんだよ。
久生 いや、あきらめていたようだった……」

渡辺 (中略)あんたの名前、どういう意味があるの?
久生 意味ないところが、いいところなんだ。あれは他人がつけてくれた名前だよ。当時、明治大学にいたから、雑文を書くのに、本名じゃ困るんだ。そうしたら、姓名判断の大家がいて、どっちへころがっても、上々吉という名を選んでやろうといって……。
渡辺 ぼくは「伊礼次五郎」という名前で、若い頃は「新青年」なんかにずいぶん書いたよ。イレ・ジゴロというフランス語をもじったものだ。」

久生 ぼくは体系ある勉強をしていないでしょう。だから、時代小説を書くには骨を折る。」

久生 そこにいて、毎日、バスでモンテ・カルロへ通っていた。満州事変のころで、ほとんど日本人がいない。ぼく一人だった……。「モンテ・カルロ・レヴュウ」という緑色の新聞があって、毎日のルーレットの出目を速報してくれる。こいつは面白いというんで、それと取っ組んだ。そのころ、いささか数学に自信があったもんだから、ロガリズム(対数表)かなんか、ひっぱりだして、徹夜で研究です。絶対というシステムを発見して、モンテ・カルロにモラトリアムをかけてやろうというわけでさ……。
 実は、パリで物理学校みたいなところにいたんですが、あんまり勉強したもんで、神経衰弱になっちゃった。医者や友達が、パリにいちゃいけないといって、キャーニュの家を周旋してくれたんだが、なんのことやら、わけのわからないことになった。ニースで赤バスに乗換えて、カジノへ乗りつけて朝の八時から夜の十二時半まで、半年ほど、毎日やった……。いろいろなことがあった。NO・2 というテーブルで、いつもぼくの向いにすわる若いスマートなマダムがいた。(中略)千フランのジュットン(模擬貨)をポンポン投げ出してえらく派手にやっている。玉まわしに、「あのマダム、勝ってるのか」って聞いたら、「どうも、勝ってるようには思えません」という……。そのうちに、おかしなことをやり出した……。バクチの講釈などして申訳ありませんけれども。(笑)たとえば、ニュメロ(数字)に賭けて、十フラン取られる。その十フランを取返すために、つぎに、十二フラン、つぎに十四フラン……十八、二十というようにパロリ(倍賭)でやるが、それをやっちゃ、ダメなんだ……。モンテ・カルロのルーレットは、朝の八時から十二時までに、だいたい二百回まわす。「数字」は一から三十六まであるから、三十六で二百を割って平均率をだす……こんなものは、平均率でもなんでもないんだが、今日はまだ「一」が一度も出ないから、もう出るはずだ、もう出るはずだ、でやっている。ところが、それが出ないんです。たとえば、「一」が二百回のうちに、ただの一度も出ない日があるという習性を知らずに、倍賭でやっていく。けっきょくマキシマムになっても取返せない。賭けただけのものをみなすっちゃう。(中略)クロウトはそんなことはしない。グレーのタキシードの襟に、赤イカーネーションの花かなんかつけて、ブラリと入って来て、「いま何が出る?」かなんかって、玉まわしに聞く。「十五と三十が出る」というと、すぐそれに乗る。シャルゥル(暑気というくらいの意)といっていますが、これは出ます。待つのは絶対ダメ……。そのマダム、それをやっている。「あれゃ、ダメだね。今晩あたりが危いな」って玉まわしと話してたら、翌朝、突堤の先へポッカリと浮きあがった。二時間ほどのちに、亭主が汽車でモンテ・カルロに着いた。ポーランドの大蔵次官か何かだったそうだけど、細君は公金を持ちだしてやっていたんだね。次官の先生、突堤へあげた細君の死体につかまって、ワァワァ泣いていた。まわりは原色まがいで、明るすぎる環境でしょう。見物しているには、つらすぎるような風景だったな。」




















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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