マルセル・シュオブ 『黄金仮面の王』 大濱甫 訳 (フランス世紀末文学叢書)

「さようなら、お部屋さん。マイとミシェルは青い国に旅立ちました。」
(マルセル・シュオブ 「青い国」 より)


マルセル・シュオブ 
『黄金仮面の王
― シュオブ短篇選集』 
大濱甫 訳

フランス世紀末文学叢書 2

国書刊行会 
1984年8月20日 初版第1刷印刷
1984年8月25日 初版第1刷発行
308p 口絵1葉
四六判 フランス装 貼函
定価2,800円
装幀: 山下昌也
口絵選定: 澁澤龍彦

月報 6 (8p):
シュオブに関する断片(山尾悠子)/《世紀末の庭から》 三島由紀夫と世紀末(野島秀勝)/世紀末画廊VI シュオブとD・G・ロセッティ(澁澤龍彦)/図版(モノクロ)2点(シュオブ『夢の扉』挿絵 ジョルジュ・ド・フール画/ル・ガリエンヌ)



本書「訳者後記」より:

「本書はマルセル・シュオブ(一八六七―一九〇五)の短篇小説集『黄金仮面の王』(一八九二)中の十二篇、『二重の心』(一八九一)中の二十三篇と、『小児十字軍』(一八九六)全八篇の翻訳である。」


マルセル シュオブ 黄金仮面の王 1


帯文:

「象徴派短篇の白眉
古代エジプト、ローマ、中世そしていつとも知れぬ未来まで、時空を超えて展開する奇譚輯。グールモンに「小さな奇跡の書」と賛えられた傑作「小児十字軍」を併録。
口絵=D・G・ロセッティ
フランス世紀末文学叢書 2 (第6回配本)」



目次:

口絵: ダンテ・ガブリエル・ロセッティ 《花飾りの女》

黄金仮面の王
 黄金仮面の王
 地上の大火
 ミイラ造りの女
 ペスト
 ミレトスの女たち
 モフレーヌの魔宴
 血まみれのブランシュ
 フルート
 眠った都
 青い国
 クリュシェット
 バルジェット

二重の心
 吸血鬼
 木靴
 〇八一号列車
 要塞
 顔無し
 アラクネ
 顔を覆った男
 ベアトリス
 リリス
 阿片の扉
 交霊術
 骸骨
 歯について
 師
 サビナの収穫
 メリゴ・マルシェス
 最後の夜
 人形娘ファンション
 ポデール
 病院
 サン・ピエールの華
 スナップ写真
 未来のテロ

小児十字軍
 遍歴僧の話
 癩者の話
 法王インノケンティウス三世の話
 三人の少年の話
 書記フランソワ・ロングジューの話
 回教托鉢僧の話
 少女アリスの話
 法王グレゴリウス九世の話

訳者後記



マルセル シュオブ 黄金仮面の王 2



◆本書より◆


「黄金仮面の王」より:

「――こうしてお前はどこに行く? と盲の王は言った。
 ――帰るところよ、と彼女は答えた。「不幸者」の町へ。そこで王は、王国の人里離れたところに病気や犯罪のために生活から締め出された人たちが逃げこむ隠れ場があることを思い出した。彼らは自分たちで建てた小屋に暮らすか、地面に掘った洞穴にとじこもっていた。そしてひどく孤独だった。
 王はその町に行こうと決心した。」

「――おそらく、眼から迸り出た心臓の血があの人の病気をいやしたのであろう。そしてあの人は自分が惨めな風貌(マスク)を持つものと思いながら死んでしまった。だが、いまや、すべての仮面(マスク)を、黄金の、癩の、肉の仮面(マスク)を脱ぎ捨てたのだ。」



「ミレトスの女たち」より:

「突然、だれにも理由がわからないままに、ミレトスの乙女たちが首を吊りはじめた。まるで精神の疫病だった。女部屋の扉を押しあけると、梁からぶら下った白い躯のまだ顫えている足にぶつかった。嗄れた溜息、指輪や腕輪や足輪が床にころがる音におどろかされた。首を吊った女たちの胸は締め殺される鳥の翼のように盛り上った。その眼は恐怖というより諦めの念をたたえているように見えた。」


「青い国」より:

「もう二度と行き着けそうもないある田舎の町でのことだが、その坂になった町並は古く、家々はスレート葺き。雨は彫刻された柱をつたって流れ、その滴はいつも同じ場所に同じ音を立てて落ちる。」
「そこにはまた、(中略)赤っぽい角燈や、錫の燭台に立てられた細い蝋燭や、硫黄マッチの箱や、そのうしろでかつては緑色や青い色の液を容れた奇妙な形の小壜が眠っている、影に覆われほこりにまみれたガラス戸がある。皺だらけの寝間帽がガラス窓のところで揺れ、ときに子どもの蒼白い顔とか、色褪せた操人形や木の鵞鳥やまだらな色のはげかけた毬をいじるひ弱そうな指が見える。
 そこである冬の晩、暗い玄関で、小さな冷たい手がぼくの手のなかにすべりこむと、子どもっぽい声がぼくの耳に「いらっしゃい!」と囁いた。」
「ぼくたちは部屋に入ったが、扉はいまにもはがれそうな四枚の板で、掛金代りの紐がついており、燃えるとき音のする蝋燭が点されて壜に差しこまれた。横にはまだぼくの手を握ったままの十三歳の小娘がいたが、その細い金髪は肩まで垂れ、黒い眼は満足そうに輝いていた。だが、その娘(こ)は痩せて小さく、肌は飢えからくる色をしていた。
 ――あたしマイという名なの、と彼女は言い、それから指を突き出した。「恐ろしい怪物さん、あたしが手を取ったとき恐わくはなかったでしょう?」
 それからぼくを引っぱって部屋のなかを廻った。「今日は、きれいな鏡さん」と彼女は言った。「あんたは少しこわれているけど、かまわないわ。ほら、とてもやさしいお友だちが来たから紹介するわ。――こんにちは、脚が三本しかないきたない机さん、あんたはきたない机だけど、それでもあたしはあんたが好きよ。(中略)――こんにちは、お部屋さん、あんたにお仲間の挨拶をおくるわ、今日はお連れがいるのですもの。」
 ぼくはひどい机の上に金をいくらか置いた、らしい。マイはぼくの頸にとびついた。「いいわね」と彼女は言った。「大きなパンを買いに行ってくるわ、(中略)――じゃあね、お部屋さん、あたしの留守の間おとなしくしているのよ。(中略)」」
「喰べ終ると溜息をついた。「あたしお腹がすいてたの」と彼女は言った。「そしてミシェルも多分そうよ。いま頃までどこに行ってるんだろう、あの腕白坊や?――ねえ、ミシェルはとても不仕合せな男の子で、お母さんもお父さんもなくて、醜くて、せむしなんだけど、あたしが火を起こすのを手伝ってくれるし、水を汲んできてくれるので、あたしと一緒に喰べさせて、お金があれば銅貨も上げてるの。」」
「彼女は子どもっぽいことばで自分の生活を語って聞かせた。彼女は善も悪も知らなかった。醜い男の子たちと田舎をさまよい歩き、芝居をした。九つのとき、納屋の奥で王女様になり、素足に麦を巻きつけ、頭に金色の紙の冠をかぶった。役のせりふをいまでも憶えていて、暗誦してくれた。「あら! 美しいお芝居があったのよ。」と彼女は言った。「『青い国』という題だったと思うわ。(中略)山も青く、木も青く、草も青く、動物も青かったの。(中略)青い国があるって本当かしら? あたしはきっとそこへ行くわ。でも、あたしと一緒にお芝居をした男の子はみんな監獄へ入れられてしまったの。(中略)でもその後あの子たちに会っていないの。それで、それからは町に住むようになったのだけれど、悲しいことよ。いつも雨が降ってるの。スレートか暗い小さな店しか見えないもの。」
 彼女はこんなふうに喋ったが、やがて怒りだした。「ミシェル、部屋を皮でよごしてはいけません。拾いなさい。このろくでなし、ええ!」彼女は靴を片方脱いでミシェルの顔めがけて投げつけた。」
「そのうちにぼくは小さなマイのもとを辞さなければならなくなったが、また来ると約束した。ぼくは彼女と毎日会い、彼女はストーブの前で手を休めずに縫物をした。いまでは色物のぼろ布を縫い合わせて、奇妙な衣裳をいく組も作った。(中略)だが貧しさが遠のくにつれて、彼女は悲しそうになった。雨の降るのを眺めていた。「怪物さん、いやな怪物さん」と彼女は、うつろな眼をし、唇をたるませて言った。一度、扉を細目にあけたとき、彼女がこわれた鏡の前で、(中略)鋏で切り抜いた紙の冠を頭にかぶっているのを見た。物音を聞きつけると彼女は冠を隠した。「ミシェルは悪い子よ」と彼女は言った。「龍になってしまうかもしれないわ。」
 冬が終りかけていた。空はまだ暗かったけれども、いくらかの光がスレートの縁を輝かせた。雨は前ほどしげく降らなかった。
 ある晩、行ってみると部屋はからだった。机も椅子もストーブも水差しもなかった。窓から眺めると、曲った肩が中庭の奥に消えてゆくのが見えるような気がした。そして、階段を上るときに使う糸蝋燭の薄明りで、ぼくは太い字で次のように書かれた板が壁にピンでとめてあるのを見た。
 さようなら、お部屋さん。マイとミシェルは青い国に旅立ちました。」



「バルジェット」より:

「あんたたちにわからないでしょう? あたし庭を、きれいなお庭を家のなかに造ろうとしたことがあるわ。外は風が強すぎるもの。真中の床板を剥がして、いい土を入れて、それから草とばらと夜とじる赤い花を植えて、お喋りするためにきれいな小鳥や鶯や頬白や紅ひわも放つつもりだったの。でも父さんがだめだって。そんなことをすると家がいたむし、湿気が多くなるって言ったの。」

「――嘘つき! あんたたちみんな嘘つきよ。」



「顔無し」より:

「二人とも焦げた草の上に並んで横たわっているところを拾い上げられた。衣服は切れ切れに飛び散ってしまっていた。火薬の火が番号札の色を消し、洋銀板は粉々に砕けてしまっていた。二つの人間のパイとでも言いたいところだった。というのは、二人は風を切ってはすに飛んできた一枚の銅鉄の破片に顔を削がれ、先端の赤い二本の円筒となって芝草の上で倒れていたのだ。彼らを車に収容した軍医は、とくに好奇心から拾い上げたのだが、事実、特異な負傷例であった。鼻も、頬骨も、唇も残っていなかったし、眼は砕かれた眼窩から跳び出し、口は漏斗状に裂け、切り残されてぴくぴく顫える舌の一部を具えた血みどろな孔となっていた。これほど奇妙な眺めは想像もできなかった。同じ体格の、顔のない二つの生きものだった。」
「二人は野戦病院で「顔無し一号」と「顔無し二号」という名をつけられた。」































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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