『マルセル・シュオッブ全集』

「彼らは世間や社会道徳と格闘し、非業の死をとげると知りながら全人類を相手に個我を肯定した(中略)巨人であります。」
(マルセル・シュオッブ 「『アナベラとジョヴァンニ』講演」 より)


『マルセル・シュオッブ全集』 
大濱甫/多田智満子/宮下志朗/千葉文夫/大野多加志/尾方邦雄 訳

国書刊行会 
2015年6月25日 初版第1刷発行
2015年8月23日 初版第2刷発行
933p 訳者略歴1p
A5判 角背布装上製本(背バクラム) 
貼函
定価15,000円+税
装丁: 柳川貴代

栞(24p):
シュオッブ、コレット、その他(山尾悠子)/地上遊覧(西崎憲)/モナドの鏡(千葉文夫)/シュオッブとヴィヨン(宮下志朗)/図版(モノクロ)40点(『二重の心』挿絵 フェルナン・シメオン画/『架空の伝記』挿絵 フェリックス・ラベース画/『擬曲』原本挿絵/その他)



シュオッブ全集 01


画期的な久生十蘭全集を出した国書刊行会が今度は画期的なマルセル・シュオッブ(Marcel Schwob)全集を出したので遅ればせながら購入してみました。全一巻です。小説作品のほかに評論も収録されています。多田智満子氏および大濱甫氏による既訳があるものはそれを収録し、両者で重複している作品については多田訳を優先して収めています。多田氏による訳書はマルセル・シュウォッブ『少年十字軍』(森開社、1978年)および同書に短篇を増補した王国社版(1990年)、大濱氏による訳書は未完の「マルセル・シュオブ小説全集」(既刊三冊、南柯書局、1977年~)および『黄金仮面の王――シュオブ短篇選集』(国書刊行会、1984年)です。


シュオッブ全集 02


目次:

二重の心 (大濱・多田・大野訳)
 Ⅰ 二重の心
  吸血鬼 (大濱)
  木靴 (大濱)
  三人の税関吏 (大野)
  〇八一号列車 (多田)
  要塞 (大濱)
  顔無し (大濱)
  アラクネ (大濱)
  二重の男 (大濱)
  顔を覆った男 (大濱)
  ベアトリス (大濱)
  リリス (多田)
  阿片の扉 (多田)
  交霊術 (大濱)
  骸骨 (大濱)
  歯について (大濱)
  太った男 (大野)
  卵物語 (多田)
  師(ドン) (大濱)
 Ⅱ 貧者伝説
  磨製石器時代 琥珀売りの女 (大野)
  ローマ時代 サビナの収穫(とりいれ) (大濱)
  十四世紀 メリゴ・マルシェス (大濱)
  十五世紀 「赤文書(パピエ・ルージュ)」 (大野)
  十六世紀 放火魔 (大野)
  十八世紀 最後の夜 (大濱)
  革命時代 人形娘(プーペ)ファンション (大濱)
  ポデール (大濱)
  アルス島の婚礼 (大野)
  ミロのために (大野)
  病院 (大濱)
  心臓破り (大野)
  面 (大野)
  サン・ピエールの華 (大濱)
  スナップ写真 (大濱)
  未来のテロ (大濱)

黄金仮面の王 (大濱・多田・宮下・千葉訳)
 黄金仮面の王 (多田)
 オジグの死 (宮下)
 大地炎上 (多田)
 ミイラ造りの女 (大濱)
 ペスト (多田)
 贋顔団 (宮下)
 宦官 (宮下)
 ミレトスの女たち (大濱)
 オルフィラ五十二番と五十三番 (千葉)
 モフレーヌの魔宴(サバト) (大濱)
 話す機械 (千葉)
 血まみれのブランシュ (大濱)
 ラ・グランド・ブリエール (千葉)
 塩密売人たち (千葉)
 フルート (大濱)
 荷馬車 (千葉)
 眠れる都市(まち) (多田)
 青い国 (大濱)
 故郷への帰還 (千葉)
 クリュシェット (大濱)

擬曲(ミーム) (大濱訳)

モネルの書 (大濱訳)
 Ⅰ モネルの言葉
 Ⅱ モネルの姉妹
  利己的(エゴイスト)な娘
  官能的な娘
  倒錯的な娘
  裏切られた娘
  野生の娘
  忠実な娘
  運命を負った娘
  夢想する娘
  願いを叶えられた娘
  非情な娘
  自分を犠牲にした娘
 Ⅲ モネル
  彼女の出現について
  彼女の生活について
  彼女の逃亡について
  彼女の辛抱強さについて
  彼女の王国について
  彼女の復活について

少年十字軍 (多田訳)
 托鉢僧の語り
 癩者の語り
 法王インノケンティウス三世の語り
 三人の児の語り
 書記フランソワ・ロングジューの語り
 回教托鉢僧の語り
 幼ないアリスの語り
 法王グレゴリウス九世の語り

架空の伝記 (大濱訳)
 エンペドクレス
 ヘロストラトス
 クラテース
 セプティマ
 ルクレティウス 
 クロディア
 ペトロニウス
 スーフラー
 修道士(フラーテ)ドルチノ
 チェッコ・アンジョリエーリ
 パオロ・ウッチェルロ
 ニコラ・ロワズルール
 レース作りのカトリーヌ
 アラン・ル・ジャンティ
 ゲイブリエル・スペンサー
 ポカホンタス
 シリル・ターナー
 ウィリアム・フィップス
 キャプテン・キッド
 ウォルター・ケネディ
 ステッド・ボニット少佐
 バーク、ヘアー両氏
架空の伝記 補遺 (千葉訳)
 モルフィエル伝

木の星 (大濱訳)
 
単行本未収録短篇 (大野・尾方訳)
 金の留め針 (尾方)
 ティベリスの婚礼 (大野)
 白い手の男 (尾方)
 悪魔に取り憑かれた女 (大野)
 黒髭 (大野)
 栄光の手 (大野)
 ランプシニト (尾方)
 素性 (尾方)
 閉ざされた家 (尾方)
 ユートピア対話 (尾方)
 マウア (尾方)

拾穂抄 (大濱・宮下・千葉訳)
 フランソワ・ヴィヨン (宮下)
 ロバート・ルイス・スティーヴンソン (千葉)
 ジョージ・メレディス (千葉)
 プランゴンとバッキス (千葉)
 歓待の聖ジュリアン (千葉)
 怖れと憐れみ (千葉)
 倒錯 (千葉)
 相違と相似 (千葉)
 笑い (千葉)
 伝記の技法 (大濱)
 愛 (千葉)
 藝術 (千葉)
 混沌 (千葉)

記憶の書 (大野訳)

単行本未収録評論 (大野訳)
 ラシルドの『不条理の悪魔』
 『アナベラとジョヴァンニ』講演
 スティーヴンソンの『爆弾魔』
 デフォーの『モル・フランダーズ』
 シェイクスピアの『ハムレット』序文

解説――マルセル・シュオッブの生涯と作品 (ピエール・シャンピオン) (大野訳)
解題 (瀬高道助)
年譜 (大野多加志 編)



シュオッブ全集 03



◆本書より◆


「擬曲(ミーム)」より:

「善王プトレマイオスの治下コース島に住んでいた詩人ヘーロンダースが、かつてこの世で恋をしたことのあるほっそりした幽霊を私のもとへ送り届けてきた。私の部屋は没薬(ミルラ)の香りに満たされ、ほのかな息吹が私の胸を冷たくした。そして私の心は死者の心となった。というのは、私は現世を忘れてしまったのだ。
 やさしい幽霊は寛衣の襞の間からシシリアの乾酪(チーズ)、無花果(いちじく)の入った華奢な籠、黒葡萄酒の入った小瓶、それに金でできた蝉を振い出してくれた。たちまち私は何篇かの擬曲(ミーム)を書いてみたくなり、新しい羊毛についている脂肪の匂いと、アクラガースの料理の油っこい湯気と、シラクサの魚屋の強い臭いで鼻孔をくすぐられた。」



「架空の伝記――エンペドクレス」より:

「彼に言わせれば、あらゆる存在が、憎悪が忍びこんだために砕けてしまったこの愛の球体の破片に他ならないのだった。そしてわれわれが愛と呼ぶもの、それは不和によって打ちこわされた球体である神のなかに、かつてそうであったように結合し、融合し、混合しようとする願いなのである。彼は霊たちがあらゆる変容をとげたあと、神聖な球体が円くふくらむ日が来るのを希求していた。なぜなら、現にわれわれの知っている世界は憎悪が造り出したものであり、それを解体することが愛の仕事となるからである。こうして彼は町から町、野から野へと唄って歩き、その足もとではラコーニア産の青銅のサンダルが鳴り、その面前ではシンバルが鳴り響いた。一方、エトナ山の火口からは一柱の黒い煙が立ち昇り、シシリアにその影を投げかけていた。」


「架空の伝記――クラテース」より:

「彼は塵芥のなかに素裸で暮し、パンの皮や腐ったオリーブの実や乾からびた魚の骨を拾い集めて、頭陀袋に詰めこんだ。」
「彼はたとえ嘲るためであっても公事には口を出さず、諸国の王を罵るふりもしなかった。(中略)彼は人間に対してやさしかった。なにごとも気にかけなかった。傷口さえいつくしんだ。(中略)また、固形物を食べ、水を飲まねばならないことを嘆いていた。(中略)神々のことはめったに口にせず、神々を気にかけることもなかった。神々が存在するかしないかは大した問題ではなく、神々が彼に対してなにもなし得ないことをよく承知していたのだ。」
「生活は決して楽ではなかった。アッティカの刺すような埃に目を曝しすぎたので目脂が出た。未知の皮膚病のために躯は腫瘍で蔽われた。彼は、一度も剪ったことのない爪で躯を引っ掻き、こうすると痒みが和らぐと同時に爪が擦りへるので二重の利益があると考えた。長く伸びた髪は厚いフェルト状になり、彼はそれを雨や陽の光を防ぐように頭の上に按配した。」
「彼らは互いに殆ど話し合うことがなかった。何ごとをも恥じなかった。犬どもは同じ汚物の山を漁りながらも彼らを敬っているように見えた。(中略)われわれが知っているのは、クラテースが年取って死んだこと、ついにはいつも同じ場所に暮すようになり、水夫たちが港の荷をしまっておくペイレイウスの倉庫の庇の下に横たわっていたこと、齧(かじ)る肉を求めてさまようこともやめてしまったこと、腕を上げようとさえしなくなったこと、そしてある日飢えのために干からびて死んでいるのを見つけられたことである。」



「架空の伝記――修道士ドルチノ」より:

「数年来、法官たちが民衆に語りかけてきたパルマの高い石壇の上から、ドルチノは新たな信仰を説いた。聖フランチェスコ修道会の食堂のランプに描かれている使徒たちのように、白い亜麻布の短外套をまとわねばならぬ、と人々に言い聞かせた。洗礼を受けるだけでは足りないと主張し、完全に幼児の無垢に還るために、揺籠をしつらえ、襁褓(むつき)をあててもらい、(中略)もう仕事はやめて野の動物のように暮さなければいけないと公言した。」


「架空の伝記――パオロ・ウッチェルロ」より:

「セルヴァッジャは、ウッチェルロが宇宙の形相を描いている壁の前に、終日蹲っていた。彼がなぜ彼をふり仰ぐ自分の可愛い顔を眺めることよりも、直線やアーチ型の曲線を眺めることを好むのか、どうしても理解できなかった。夜、ブルネルレスキかマネッティがウッチェルロと勉強するためにやって来ると、彼女は真夜中を過ぎてから、入り組んだ直線の下で、ランプの下に拡がる影の環のなかで眠った。朝、彼女はウッチェルロより先に目を醒まし、絵に描かれた鳥や彩色された獣たちに取り囲まれているので嬉しくなった。」


「フランソワ・ヴィヨン」より:

「彼が貧しくて、逃亡者、犯罪者で、あわれな恋人であって、恥ずべき死を宣告され、何か月も投獄された男であることに思いをはせるとき、人は、彼の作品の痛ましい調子を見くびることはできない。ヴィヨンの作品をしっかりと理解して、詩人の誠実さについて判断をくだすためには、神秘的なまでにこみいった、彼の生涯を、できるかぎりの真実さによって復元する必要がある。」

「力や、権力や、勇気だけが、なにがしかの価値を持った世紀にあって、彼は小さく、弱く、卑怯で、嘘つきであった。ヴィヨンは背徳・退廃(ペルヴェルシテ)において巧みであったが、まさにこの背徳・退廃から、彼のもっとも美しい詩の数々が生まれたのである。」



「ロバート・ルイス・スティーヴンソン」より:

「ここでスティーヴンソンにおけるこの能力の特異性について述べてみたい。自分の思い誤りでなければ、この能力はほかのどの作家にもまして格段と衝撃的で魔術的なものとなっている。その理由は、彼の写実性がロマン主義に根ざしている点にあると思われる。あるいはこう書いてもよいだろう。スティーヴンソンの写実性は完璧なまでに非現実的であり、だからこそ彼は向かうところ敵なしなのであると。スティーヴンソンが物を見るときは、必ず想像力の目を用いている。」

「このような絵空事の息吹によってわれわれの感情は美しく花開く。」



「伝記の技法」より:

「芸術は一般的観念とは逆の立場に立ち、個人的なことしか描かず、独自なことしか望まない。(中略)一枚の木の葉を見つめてみたまえ。それは独特の葉脈を持ち、翳っているか陽に曝されているかによって色合も異なり、雨垂れに打たれて脹れ上がっていたり、虫に食われた穴があったり、蝸牛(かたつむり)の這った銀色の跡が残されていたりして、まったく同一の葉は地上のいかなる森を探しても見つからない。一枚の葉の外皮、一個の細胞の繊維、一本の静脈の反り具合、一人の人間の奇癖、一つの性格の変化を研究する学問などは存在しない。(中略)偉人たちの思想は人類の共有財産だが、個人としての彼らは、実のところそれぞれの奇矯さを具えていたというに過ぎない。一人の人間をそのすべての異常さにおいて描き出す書物は芸術作品であり、それはちょうど、とある昼下りに見かけた小さな毛虫の姿を克明に描いている日本の版画のようなものである。
 歴史はこうしたことについては沈黙している。証拠が提供する材料の粗い寄せ集めのなかに、独自無類な断片が大量に含まれているはずもない。」

「個性的なものに対する感覚は、近代になって発達した。ボズウェルの仕事は、もし彼がそこにジョンソンの書簡やその著作についての余談を引用する必要があると考えなかったら、完璧なものとなっていただろう。オーブリーの『小伝記集』はより満足できるものである。(中略)残念なのは、このすぐれた好古家の文体がその構想に比して余りにも貧しいことである! そうでなければ彼の著作は思慮深い人たちを永遠に楽しませたに違いない。オーブリーは、個人的な細事と一般的な観念とを結びつける必要を感じなかった。他の誰かがある人たちの名声について書いているのを読んでも、彼はその人となりのほうに興味を覚えるのだった。彼の扱った人物が、多くの場合、数学者なのか、政治家なのか、詩人なのか、あるいは時計屋なのかすら読者にはわからない。だが、各人がそれぞれ独自の特徴を具え、それによって他の人たちとはっきり区別されている。」

「残念ながら、一般に伝記作家たちは自らを歴史家であると思いこんできた。それ故、彼らはすばらしい肖像を提供しえないできた。彼らは偉人の生涯だけがわれわれの興味を引くと考えていたが、芸術はこういう考え方とは無縁である。画家の目にとっては、クラナッハの描くある見知らぬ男の肖像も、エラスムスの肖像と同じ価値を持つ。(中略)伝記作家の技術は、シェイクスピアの生涯にも、一大根役者の生涯にも、同じ価値を付与することにあるのだろう。(中略)ボズウェルとオーブリーが得意とした技術を試みようとするのなら、同時代最大の偉人を綿密に描写したり、過去において最も有名だった人物を描くのではなく、神に近い人であれ、凡人であれ、犯罪者であれ、その人独自の生活を同じ心遣いをもって語るべきであろう。」



「記憶の書」より:

「大好きな本を最初に読んだ時の記憶は、奇妙にも場所の思い出と時刻と光の思い出と混じり合っている。今日でも当時そのままに、本の頁は、十二月の緑がかった霞の向こうに浮かび、あるいは六月の日光を浴びて光り輝き、そのかたわらに今はもうなくなってしまった家具調度が姿を現す。長いこと窓をみつめた後で、目を閉じると、闇の中を浮動する窓の幻が透けて見えるように、記憶の中で、文字が書かれた紙片が、かつての輝きのままに、輝き出す。匂いもまた過去を呼び起こす。(中略)印刷されて間もないイギリスの本はいつまでもクレオソートと真新しいインクのきつい匂いがした。(中略)私はその本で読書を学んだ。しかし今でもその匂いに、新しい世界を垣間見る時の慄(おのの)きを、そして知性の渇きを、私は覚える。今もイギリスから新しい本が届くと、本を綴じる糸に届かんばかりに頁の間に顔を埋め、かの地の霞と靄を吸い込み、また幼年時代の喜びの残り香をあまさず吸い込むのだ。」

「本物の読者は作者とほぼ同等に創作する。ただし彼は行間で創作するのだ。頁の余白を読む術を知らない読者はけっして本のよき美食家となることはないだろう。」



「『アナベラとジョヴァンニ』講演」より:

「彼ら(引用者注: シェイクスピア、ジョン・フォード、シリル・ターナー)は世間や社会道徳と格闘し、非業の死をとげると知りながら全人類を相手に個我を肯定した三人の巨人であります。」


「解説」(ピエール・シャンピオン)より:

「シュオッブはもはや創造の賜物を信じていなかった、オリジナリティーを信じていなかったと言ってもいい。すべては語られ、忘れ去られたということを彼は知っていた。彼の芸術とは選択とアマルガムの才能だった。彼は本という本の起源を突き止めていた。彼の本もまた他の多くの本から作られたことを知らないわけではなかった。「形式以外この世に新しきものなし」と好んで繰り返した。また「見事に書く」以外我々には何も残されていないと言ったものだった。」



それでは、最後になりましたが、『架空の伝記』の大濱甫訳と渡辺一夫訳(本書未収録)を並べて引用しつつお別れしたく存じます。


大濱甫訳「架空の伝記――パオロ・ウッチェルロ」より:

「鳥絵師は老人になった、が、もう誰もその絵を理解しなかった。人はその絵のなかにごちゃまぜになった曲線しか認めなかった。大地も植物も動物も人間も見分けなかった。長年に亘って彼は最高の製作にとりかかっていたが、それをあらゆる人の目から隠していた。それは彼のすべての探求を綜合するはずのものだった。キリストの傷痕を確かめている疑い深い聖トマスの絵だった。ウッチェルロはその絵を八十歳になって完成した。彼はドナテルロを呼び、その前でうやうやしく覆いを取りのけた。するとドナテルロは叫んだ。「おお、パオロ、君の絵を覆ってくれ!」鳥絵師はこの大彫刻家に問いただした、が、彫刻家はそれ以外のことは言おうとしなかった。それでウッチェルロは自分が奇蹟をなしとげたのだと思いこんだ。だが、ドナテルロには乱雑に重なり合った線しか見えなかった。」


渡辺一夫訳「泰西畸人伝――絵師パオロ・ウッチェロ」より:

「鳥は齢をとり、彼の絵を理解できる者は誰一人としてゐなかつた。彼の絵には、曲線が錯雑したものしか見えなかつた。どれが大地の眺めであり、植物動物の形であり、人間の姿であるか全然見分けがつかなかつた。長年前から、彼は、その最高至上の制作に励んでゐたが、それを誰にも見せなかつた。この作品は、彼の探究の一切を包含すべきものであり、彼の考へでは、この作品によつてそれを表さうとしたのである。それは、疑ひ深い聖トマがキリストの傷痕を検(しら)べてゐる絵だつた。ウッチェロは、八十歳になつて、この絵を描き終へた。彼は、ドナテルロを呼んできて、その前で恭(うやうや)しく覆布を取つて見せた。すると、ドナテルロは、《おゝ、パオロ! その絵を、しまつてくれ》と叫んだ。鳥は、この大彫刻家に、わけを訊ねたが、相手は外(ほか)に何とも言はうとしなかつた。従つて、ウッチェロは、自分が奇蹟をなしとげたといふことを知つた。しかし、ドナテルロには、たゞ線がごちやごちやに引いてあるのが見えただけだつたのである。」




こちらもご参照ください:

マルセル・シュウォッブ 『少年十字軍』 多田智満子 訳
マルセル・シュオブ 『黄金仮面の王』 大濱甫 訳 (フランス世紀末文学叢書)
マルセル・シュオブ 小説全集 V 『モネルの書』 大濱甫 訳





















































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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