若桑みどり 『聖母像の到来』

「歴史を見れば、地理上の発見は、ただちに発見者である帝国による被発見地の侵略と植民地化に結びついたことは明白な事実である。」
(若桑みどり 『聖母像の到来』 より)


若桑みどり 
『聖母像の到来』


青土社 
2008年9月23日 第1刷印刷
2008年10月3日 第1刷発行
428p xix 図版8p 著者紹介1p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価3,400円+税
装丁: 戸田ツトム



本書「付記」より:

「著者は二〇〇七年十月三日に急逝した。本書は、二〇〇七年六月十九日付で青土社編集部が受け取った原稿と、同じテーマで千葉大学への博士学位請求論文として執筆し、同年九月二十二日付で千葉大学に郵送され、爾後審査に付される予定であった原稿とを吟味した上で、最終的には著者のコンピューターに残されていた原稿を決定稿にした。」
「巻末の「主旨説明」「論文要旨」は著者の手に拠るものである。前者は二〇〇七年六月に青土社編集部に渡されたもの、後者は学位請求論文とともに提出するために、二〇〇七年九月に千葉大学に渡されたものである。」



本文中図版(モノクロ)226点、別丁図版(カラー)11点。


若桑みどり 聖母像の到来 01


カバー文:

「聖母像の中には、原初の大地母神を
信仰する民衆の根強い信仰心が脈々と流れている。
世界史を通底する民衆の願いは
支配と刑罰を示す剣を持つ男性神ではなく、
生命と愛による救済を約束する
子どもを抱いた女神であった。」

「本書は、東西の文明、
中心と周縁を横断する世界美術史と
呼べる範疇に属するものである。
同時に、まさにそのことによって、迫害期の
日本の民衆が創造したキリスト教美術の
稀有な独自性がきわめて鮮明に
浮かび上がったと考えている。」



カバーそで文:

「マリア観音と言われている像は「東アジア型聖母像」である…それは代替でもなく、化身でもなく、習合仏でもない。日本および中国のキリスト教徒が創造した、独自の「マリア」像である。」

「男性の唯一神の支配をなだめるもの、それはすべてにおいて、その「土地」に根拠をもつ、生命を授ける母なる女神でなければならなかったのである。」



帯文:

「聖母マリアの
イコノロジー

16世紀、キリスト教宣教師とともに到来した聖母マリア像を、
日本の民衆はいかに受容し創作し変容させたのか。「世界美術史」の立場から
聖母像への認識の変更を迫る、美術史の第一人者が書き遺した、
図像研究の輝かしい達成。」



帯背:

「若桑図像学(イコノロジー)
の到達点」



帯裏:

「民衆は正義のキリストの像に祈
願することのできないものを祈願
することができたからこそ、マリア
に救いを求めた。十字架上に刑
死する、暴力と血を刻印する男性
キリスト教ではなく、生命を産み
出す女性の慈愛の姿のみが救い
を与えてくれる像だったのである。」



目次:

序論
 1 本書の主題
 2 本書の構成

第一章 十六世紀における近代世界システムの形成と「世界文化市場」の成立
 1 「世界市場」の形成
 2 世界布教と世界文化
 3 土着文化とキリスト教文化の関連
 4 カトリック教会の布教美術政策とグアダルーペの聖母
 5 カトリック教会の「融合」政策
 6 「融合」論を超えて――信仰における普遍的なもの

第二章 十六世紀におけるキリスト教美術の再編
 1 トレント公会議の聖画像崇拝再確認
 2 トレント公会議が美術に与えた影響――検閲と改革
  Ⅰ 前提 対抗宗教改革期美術の形成に関する学説
  Ⅱ トレント布告直後の宗教芸術論

第三章 イエズス会のアジア布教とその美術政策
 1 イエズス会とアジア布教
 2 イエズス会の美術政策
 3 イエズス会と「聖ルカの聖母」のイコン

第四章 聖母像の日本への到来
 1 日本人と聖母画像
 2 日本布教の四段階
 3 初期布教期の聖母群と「聖ルカの聖母」の到来

第五章 布教第二期――日本人による聖母像の制作
 1 日本における聖母の教義
 2 ヴァリニャーノ来日以後の美術政策
 3 ニコラオの画業について
 4 画学校の活動
 5 「慈しみの聖母」のその他の遺品

第六章 日本における聖母のタベルナクル――《聖母十五玄義図》
 1 《聖母十五玄義図》の発見
  Ⅰ 制作年代について
  Ⅱ 聖母像について
 2 民衆の信心形式としての「ロザリオの祈祷」
 3 十五場面の図像の源泉
  Ⅰ 「受胎告知」
  Ⅱ 聖母の「ご訪問」
  Ⅲ 「キリストの降誕」
  Ⅳ イエスの受難五枚の検討
  Ⅴ 栄光のロザリオ
  Ⅵ 小括
 4 《聖母十五玄義図》のザビエル像について
  Ⅰ ザビエル像の特質
  Ⅱ 原型となる肖像画
  Ⅲ ザビエル肖像の図像類型
  Ⅳ 神戸《ザヴィエル像》の図像の系譜
  Ⅴ 京都大学《聖母十五玄義図》中のザビエルの肖像の図像について
  Ⅵ 「燃える心臓を見せる図像」について――「主よ、充分です」
  Ⅶ 「聖母子を崇めるイグナティウスとザビエル二聖人」の図像構成について
  Ⅷ 「聖母と二聖人」の図像の起源と意味

第七章 キリスト教銅版画の発生――天草一五九二年のデューラー
 1 キリスト教布教書(きりしたん版)の出版
 2 布教書挿絵・扉絵版画研究
  Ⅰ 『フィデスの導師』と天草セミナリオの作画状況
  Ⅱ 天草版『フィデスの導師』扉絵「トマスの不信」の図像源泉
 3 デューラーと対抗宗教改革期の美術
 4 ヴァッリチェッリアーナ図書館蔵「トマスの不信」の下絵作家と版刻者の特定
  Ⅰ ナダール作《エウァンゲリア》版刻者ウィリクスとの比較
 5 対抗宗教改革期の教義における「トマスの不信」の解釈とその意義
  Ⅰ 「トマスの不信」の図像系譜、その二大類型とデューラー
  Ⅱ 対抗宗教改革期の教義と「トマスの不信」主題の解釈

第八章 聖母像の変装
 1 隠れキリシタンと潜伏キリシタン
 2 隠れキリシタン存続の様態
 3 生月隠れキリシタンの信仰の世界
 4 生月の「納戸神」にみる聖母像

第九章 聖母像の変容――マリア観音
 1 問題の所在――見立てか、化身か
 2 暦、聖書、「マリア観音」をもつ潜伏キリシタン
 3 子安観音と聖母マリア
 4 観音の成立――インド・イラン起源
 5 中国における観音の女性化と子抱き観音像の成立
 6 中国におけるマリア像の東洋化
 7 「マリア観音」導入の経路
 8 東アジアの女神

結語 「子を抱く女神」の世界史的展望


謝辞
主旨説明・論文要旨

図版一覧
人名索引



若桑みどり 聖母像の到来 02



◆本書より◆


「序論」より:

「本書は、十六、十七世紀における近代世界システムの構築期において、東アジアに進出したポルトガル/スペイン国家の世界征服/世界市場形成に随伴してカトリック教会が行なった布教活動によって、日本にもたらされた十六、十七世紀のキリスト教美術を問題とする。
 この過程で、日本がどのようにして西欧のルネサンス期キリスト教の文化を受容したか、また、禁教によって西欧との連携が完全に断たれたとき、日本人信者はいかにして自己独自の宗教文化を形成したかを問題とする。
 十六世紀カトリック教会は、聖画像の崇拝を推進し、言語および文化の異なった異民族、異人種の教化にあたっては、言語以上に、視覚表象としての聖画像の効用を重視した。このなかでも南アメリカ、アジアにおける布教で最大の効果を発揮した聖画像は聖母像であった。これには二つの理由があり、第一に、この時期、宗教改革派が聖母崇拝を廃止したことに対抗して、カトリックがこれを特に賞揚する政策を打ち出したこと、第二に、異民族、異宗教の民衆を教化する手段として、聖母像の有効性が経験によって認識されたためである。異文化へのキリスト教の布教において聖母が最大の効果をあげた根本的な要因は何であったか。これを究明することも本書の重要な課題となる。
 このような理由で、本書は、第一に、十六世紀半ば以降に日本にもたらされた聖母像、第二に、十六世紀末から十七世紀初頭にかけて日本人が制作した聖母像、最後に、一六一四年の禁教令以後、いわゆる潜伏(隠れ)キリシタンが創造し、崇敬した聖母像の歴史をたどり、日本における聖母像の受容、生産、変容の三段階を論じる。」

「十六、十七世紀において、世界システムの「周縁」各地における宣教に、キリスト像以上に聖母像が効力を発揮したのはなぜか。聖母像は、さまざまな土着の文化と習合してそれぞれの人種的、民俗的変形を遂げ、民心に浸透した。その理由は、聖母がアジア、アメリカ、アフリカ等の「周縁」地域において、その基層に潜在する大地女神信仰を呼び起こし、これと呼応したためである。カトリック教会は半ば戦略的にこれを有効利用したといえるであろう。しかし、そもそもカトリック教会が聖書に存在しない聖母崇敬を決定した時点から、すでに、民衆慰撫教化の手段として、ヨーロッパ古代の母神信仰の戦略的価値を知り、これを利用していたのである。五世紀に、聖母崇敬を民心慰撫の方法として選択したカトリック教会は、十六、十七世紀に、周縁地域に根強く存在する女性母神の普遍性を借りて、世界布教を実現したといえる。」



「十六世紀における近代世界システムの形成と「世界文化市場」の成立」より:

「カトリック教会は、公式には五世紀(公認されたのは五世紀だが、その信仰は当初から存在した)から現在に至るまで、聖書原典には存在しないマリアの崇敬を必要とした。それはなぜか。その答えは人類史の原初の歴史のなかに隠されている。考古学者マリヤ・ギンブタス、J・P・マロリーらは紀元前七千年紀から三千年紀(新石器時代から金石併用期まで)にかけて地中海一帯から南東ヨーロッパ全域にかけて「古ヨーロッパ文明」と呼ぶべき高度の文明があったことを物証によって証明した。これはギリシャ文明に先立つミノア、ミュケナイ文明の前の文明である。彼女によれば、これはヨーロッパ文明の始源とよぶべき文明であり、母系制によって特色づけられる。この文明の証人は、地中海沿岸、中央バルカン、ドナウ川流域、モルダヴィア地方で出土する石に刻まれた母神である。ギンブタスは生命を絶やさぬように保持するという目的が古ヨーロッパの神話のライトモチーフであり、それゆえにこそ生を司る女神があらゆる信仰の中心にあったのだと語っている。(中略)ギンブタスは、紀元前三四〇〇年から二八〇〇年にわたって、三回におよぶ異民族、すなわちインド・ヨーロッパ語族による侵入がこの古ヨーロッパ文明を破壊し、民族を奴隷としたのだとするが、この侵略部族は父権社会の構造と文明をもっていたとみる。この部族は武装した支配と破壊を行なう男性神を崇敬しており、この侵略と文明の交代によって、女神から男神への交代が起こったのだとする。
 このような経過はバッハオーフェンがギリシャ神話のなかに読み取ったものによって基礎づけられる。ギリシャ神話が母系制から父系制への交代を表象しているのは明らかである。最古の神は大地母神ガイアだった。彼女が天空の神ウラノスをも生んだ。そして彼と結婚し、クロノスを生むが、この後、クロノスはウラノスを去勢し、クロノスの息子ゼウスはクロノスを滅ぼす。息子の父殺しに加担するのは常にその母である。最高権力を掌握したゼウスもまたその妻と子どもに権力を奪われないために、妻メティスを飲み込んでしまう。そこで、アテナはゼウス(父)から生まれることになる。アイスキュロスの『オレステイア』は、父を殺した母に復讐したオレステスを弁護するのがこのアテナで、彼女は、「血のつながる母」を殺すほうが重罪であると迫る「暗黒の古代の女神たち(エリニュス)」に対し、「父こそ真の親。あらゆることに男性は優越する」としてオレステスを救う。ケイト・ミレットは『性の政治学』において、この悲劇は、家父長制に対する母神の最後の闘争とその敗北を意味していると分析した。
 古代ローマ帝国もまた、独自のラテン的神話をもっていたが、多くは地中海世界に潜在していた母女神たちをその神話体系に組み入れ、原初においては万能の力を発揮していたフォルトゥーナ(運命女神)や、アルテミスなどを、男性神ユピテルの支配下に秩序付けた。したがって、これらの異教の神々を廃して、キリスト唯一神を国教として流布させるにあたって、古代ローマ帝国は、古代文明の残る各地、とりわけ農耕社会において根深く残存する、穀物女神デメテル、安産の女神アルテミスなどの民衆の女神崇拝を排除するよりは、これに勝る聖母崇拝を代替する戦略が有効だと判断していた。
 パメラ・バージャーは、四世紀から五世紀にわたって、フランスやドイツのいたるところにあった母神たちの神殿や礼拝像が破壊され、その上にキリスト教教会が建立されていったとする。彼女は穀物神デメテルが聖女デメトラとして生き残った状況を示した。また、古代女神の聖地に聖母の教会を建てることも聖母教義確認以後教会によって奨励された。六〇一年に大グレゴリウス教皇が布教者への書簡で、「異教の神殿を破壊してはならない。そこをキリスト教の教会として利用せよ」と書き、アルルにあった大地母神キュベレの神殿、マルセイユ、オータン、ニームの神殿の上に聖母教会が建立された。
 このような、古代異教からキリスト教への移行のなかで、四三一年に聖母の崇敬がドグマとして定着したことには大きな意義があった。聖母は、太古の母神から、生命の授け手、万物の豊穣という本質を譲り受け、キリストの助け手として教会によって召還された女性であった。民衆の信仰心の基層に残る大地母神への信仰をすくいあげ、キリスト教の中心に、生命の授け手であり、母性の象徴であるマリアを置くことによって、本来は家父長的であり、男性中心であり、女性嫌悪であるユダヤ―キリスト教を、より調和的な、より慈悲に満ちたものにすることに成功したのである。」



「聖母像の変容――マリア観音」より:

「先行研究は、マリア観音は迫害時代におけるカムフラージュとして単なる「代替物」であったと、文化史的に過小評価してきた。しかし、筆者はこれを日本の民衆の心性において、普遍的な東アジアの母性信仰のなかに、キリスト教信仰を包含した、もっとも独自な「東アジア型聖母像」とみるのである。これによって、西洋から来た聖母像は、迫害をしのぐための変容を行なったとはいえ、その本質、慈愛と生命の母への信仰は変質することはなかった。これが潜伏期の日本のキリスト教徒が選びとった彼ら自身の東アジア型聖母像であり、これがかれらにとってのキリスト教であった。世界に普及したキリスト教文化はその土地の文化と社会的状況に応じて変容する。それは変容を遂げることによってのみ、真にその土地に生きる民衆のものとなるのである。」


「「子を抱く女神」の世界史的展望」より:

「概観すれば、世界各地の聖母像の中には、原初の大地母神を信仰する民衆の根強い信仰心が脈脈と流れていることがわかる。宗教の名は違い、その教義は異なっても、世界史を通底する民衆の願いは支配と刑罰を示す剣を持つ男性神ではなく、生命と愛による救済を約束する子どもを抱いた女神であった。」
「アジア側からみるならば、西洋の母神は、文化の基層に存在した東アジアの女神と合体して、はじめて自己自身の像となったのである。この意味で、「マリア観音」は、西欧と東洋の二つの普遍宗教の融合、さらにそのはるか深層の、世界史的なロング・デュレとしての、女神への民衆信仰を凝縮させているのである。」




















































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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