若桑みどり 『絵画を読む ― イコノロジー入門』 (NHKブックス)

「西欧の絵画というものは、西欧という文化の土壌から生まれてくるものであるから、やはり、われわれ自身の芸術とはちがうのである。」
(若桑みどり 『絵画を読む』 より)


若桑みどり 
『絵画を読む
― イコノロジー入門』
 
NHKブックス 668

日本放送出版協会 
1993年3月1日 第1刷発行 
1996年12月5日 第10刷発行 
189p 口絵(カラー)16p
B6判 並装 カバー
定価1,100円(本体1,068円)



本書「まえがき」より:

「本書は、一九九二年の秋から冬にかけてNHK人間大学で放映された『絵画を読む』のテクストを、より充実したかたちに改訂したものである。」
「私は一九九一年の秋に大学の教養課程でおこなった集中講義録をもとにして、『イメージを読む』(筑摩書房)という類書を刊行している。これは副題に「美術史入門」と付してあり、その性格上、きわめて一般的なものである。出版がおくれて偶然に本書と同年になり、また扱った主題もいくつか同じものがある。だが、本の成り立ちから言っても、双方の意図はかなりことなっている。前書が初級用の、本書は中級用の啓蒙書となったと思っている。」
「最後に一つ、ぜひ言っておきたいことがある。たとえいかなる権威ある欧米の学者の説であろうと、ここに示された解釈は読者が自分で作品と取り組むための参考にすぎないということである。」



本文中図版(モノクロ)76点。


若桑みどり 絵画を読む


帯文:

「絵画のメッセージを「読む」
ボッティチェッリの『春』、レンブラントの『ペテロの否認』など、ヨーロッパの名画を12枚取り上げ、そこに描かれたさまざまな図像から作品のメッセージを読み取る、ユニークな人間美術史。」



帯裏:

「絵というものは、その絵の作者が創造したひとつの世界である。一枚の絵の中には、作者の世界像がこめられている。本書では、ルネサンス期を中心に、名画を12枚取り上げ、それぞれの絵がどういう意味を伝えようとしたかということと、その意味がどんな方法で表現されたかというふたつの点を中心に解説する。絵画ファンや美術史専攻の学生のためのイコノロジー(図像解釈学)の格好の入門書である。」


カバーそで文:

「[絵画のメッセージを読む]
ボッティチェッリの『春』、
レンブラントの『ペテロの否認』、
ブリューゲルの『バベルの塔』などの名画に
描かれたさまざまな図像から、
絵画にこめられた、思想や意味を
あざやかに読み解く」



目次:

まえがき イコノロジー(図像解釈学)とはなにか

I カラヴァッジョ『果物籠』~快楽のはかなさ~
 美術の二つの流れ――自然模倣と観念表現
 カラヴァッジョの『果物籠』の意味
 近代の静物画の発展

II ティツィアーノ『聖なる愛と俗なる愛』~愛の二面性~
 花の絵
 二人のヴィーナス
 聖と俗の調和

III ボッティチェッリ『春』~愛の弁証法~
 二人のヴィーナスの主題
 愛の弁証法
 盲目のクピド

IV ニコラ・プサン『われアルカディアにもあり』~死を記憶せよ~
 墓石の銘文「ET IN ARCADIA EGO」
 メメント・モリ(死を記憶せよ)
 ニコラ・プサンによる二つの『アルカディア』

V ミケランジェロ『ドーニ家の聖家族』~父と母と子~
 一定の主題形式のなかに示される差異
 聖家族の主題
 ドーニ家のための聖家族
 聖母の純潔をめぐる二つの説
 背景の裸体像について

VI フラ・アンジェリコ『受胎告知』~神と人の出会い~
 天使とマリアの出会い
 図像学的な問題
 宗教画の役割
 その後の「受胎告知」
 「受胎告知」から「無原罪のお宿り」へ

VII レンブラント『ペテロの否認』~人間の弱さ~
 ペテロという人
 「ペテロの否認」図像の変遷
 レンブラントの二つの作品
 
VIII ブロンズィーノ『愛のアレゴリー』~愛の虚妄~
 一六世紀における趣味の変化――マニエリスムという時代
 寓意を解く
 愛の虚妄

IX ジョルジョーネ『テンペスタ(嵐)』~男性原理と女性原理~
 謎につつまれた主題
 『テンペスタ』のディスクリプション
 「バッコスの誕生」説
 消えた女
 アダムとエヴァ
 寓意的解釈
 秘教的解釈
 さまざまな解釈

X デューラー『メレンコリアI』~自然哲学と芸術の結合~
 複雑な画面
 宇宙論と憂鬱質
 憂鬱の逆転
 オカルト哲学とデューラー
 細部の解釈

XI バルドゥング・グリーン『女の三世代』~老いについて~
 鏡を見る女
 女と死
 時間の経過――老い

XII ピーテル・ブリューゲル『バベルの塔』~文明への警告~
 旧約聖書に記されたバベルの塔
 ブリューゲルの同時代的意味
 細部の世界
 永遠の空

あとがき

美術史略年表
図版リスト一覧
参考文献




◆本書より◆


「カラヴァッジョ『果物籠』」より:

「キリスト教は、自然界の背後に、あるいはその根本に、実際に目に見える世界とは別の、観念的な世界があって、自然の事物はそのより真実で普遍的な観念の目に見える形(表象)に過ぎないという思想を根本としている。したがって、キリスト教美術のなかでは、感覚で捉えられる事物というものは、信頼するに足りない、過つことの多い、はかなくて不確実なものであり、そのような感覚によって把握された世界の奥に、もっと神聖で真実で恒久的な世界が存在するのだから、芸術というものは、そのような真実の観念を表していなければならないという考えが一般的であった。しかし、このような考えはキリスト教にかぎったことではなく、すべての宗教的な、また観念論的な思想、とくに西欧の思想の父であるギリシア思想にも共通している根本的なものの見方である。たぶん、これはわれわれ日本人にとってもっともわかりにくいことであろう。」

「現代に生きているわれわれは、どうしても静物画をただの写生画だと思ってしまいがちである。」
「だが、ともかく意図的に画家が、ただ目に見えたものをありのままに写生することを絵画の目的であると主張したのは一九世紀のことであり、これはやはり歴史的には画期的なことであった。
 この主張を最初におこなった画家は一九世紀のクールベだが、彼は、今日のわれわれから見てごく当たり前のこの主張をつらぬくために、「レアリスム(現実主義)」という主義を標榜して、(中略)アカデミスムと論争しなければならなかった。彼が戦ったのは、ただの写生などは意味がない、絵画はなにか高尚な意味をもっていなければならないと一九世紀にも多くの人々が信じていたためである。事物の背後に不変の真理などはなく、変化や現象を支えている確固不変な原理など存在しないという認識がなければ、「単なる」写生画も生まれなかったのであって、それはそんなに当たり前のことではない。」

「西欧の絵画というものは、西欧という文化の土壌から生まれてくるものであるから、やはり、われわれ自身の芸術とはちがうのである。」



「ティツィアーノ『聖なる愛と俗なる愛』」より:

「われわれの常識とはちがって、西欧の図像伝統では、裸体は純潔、潔白を意味するものであった。」
「したがってルネサンスにおいては、裸体像のほうが精神的な人物を表していた。その場合には、かえって衣服を身にまとうことが物質的なものによって体を覆い隠すことを意味していた。したがって、一五一五年ころに描かれたこの絵のなかでは、衣服を着て地上の財宝にしがみつき、はかない愛を握り締めた女性は世俗的な愛の擬人像であり、裸体で炎を手にした女性は聖なる愛の擬人像であることが理解できよう。」



「ニコラ・プサン『われアルカディアにもあり』」より:

「一七世紀の風景画には、画面の大部分を覆う広大な空がよく描かれる。一七世紀の共通した芸術的特徴をバロック様式と言っているが、バロックは絵画の歴史の上で、「無限」の空間観念をはじめて創造したと言われている。」


「フラ・アンジェリコ『受胎告知』」より:

「予型論(タイポロジー)とは、新約聖書の出来事が、旧約聖書のなかに、さまざまな形で予(あらかじ)め示されているという教義であって、たとえば、エヴァがマリアの予型であり、アダムがキリストの予型であるとする。これによって、本来別個のものであった新約と旧約を意味的に連続させたのであるが、図像学の上で非常に重要な意味をもつことになった。エヴァは最初に労働をした女性であるが、彼女は楽園を追われた後には、糸を紡ぐ姿で表されることが常であった。エヴァは悪魔の誘惑に負けて人類に罪と堕落をもたらしたのだが、マリアはその反対に原罪から人類を救うために選ばれた「第二のエヴァ」なのである。このような思想は『黄金伝説』や、ヴァンサン・ド・ポーヴェの『歴史の鏡』など中世においてさかんに読まれた書物によって広まった。」


「ジョルジョーネ『テンペスタ(嵐)』」より:

「錬金術とは、自然の万物が、四つの元素から成り立っているのならば、人間もこの四つの元素を操作すれば、万物を創造することができる、という考えである。この思想の根底には、人間は神によって「創造された自然」を享受するだけの存在ではなく、みずから「創造する自然」である、という思想がある。ここから錬金術思想によって物質を化学的に変質させ、黄金やその他の貴重な物質、はては不老長寿の霊薬までもつくり出そうとする錬金術師が現れた。これは神学や宗教的教義には反するもので、自然を変革しようとする危険思想であったが、当時の知的な人々を非常に魅惑し、新プラトン主義の重要な要素となっていた。神秘的な自然の力に訴えて自然をつくり替え、新しい自然を創造しようというこのような思想は一般に「秘教哲学(オカルト哲学)」と呼ばれる。一六世紀前半はその最盛期であったが、対抗宗教改革の異端審問がさかんになった時期以降には、この思想はほとんど撲滅され、これを信じる人々は処刑されるか、あるいは秘密の結社をつくって地下に潜ったのである。そのため、ルネサンス思想の要の一つであった秘教哲学は、歴史の表から姿を消してしまった。
 ヴァールブルクやパノフスキー、そしてこの学派のフランセス・イエイツという学者たちが、二〇世紀になってようやくこの思想と文化を掘り起こし、「謎」と言われていたこの作品の多くのものが、このような、いまは地下に埋もれてしまった秘教哲学を表したものではないかという説を出し始めたのである。」



「ピーテル・ブリューゲル『バベルの塔』」より:

「カシュ・ヤーノシュは、『ブリューゲル・さかさまの世界』(大月書店)で、この壮大な構図が、細部に視点を移したときに、まったくことなった様相を見せてくれる、ということを指摘している。いわば労働者の視線、蟻の視線になったときに、人類のこの壮大な工事は、貧しいものたちにとっての言いつくせない労苦、はてのない苦痛にすぎないことが示されているのがわかる。建造物の高さ、巨大さがまさればまさるほど、人間の姿は相対的に卑小にマメ粒のように無力になるのが見える。」
「愚かな権力の誇示のために労働するあわれな人間たち、その無益な事業をブリューゲルはすべて愚行として描いたのではないだろうか。」
「彼自身の宗教的信条がどのようなものであったにせよ、彼はこの主題によって、人間のスケールを無視した巨大建造物に象徴された巨大権力の危険を暗示したのである。この名画の意味するものは、今日いっそう切実なまた普遍的な警告として生きている。」




































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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