トーベ・ヤンソン 『ムーミン谷の冬』 (山室静 訳/講談社文庫)

「この世界には、夏や秋や春にはくらす場所をもたないものが、いろいろといるのよ。みんな、とっても内気で、すこしかわりものなの。ある種の夜のけものとか、ほかの人たちとはうまくつきあっていけない人とか、だれもそんなものがいるなんて、思いもしない生きものとかね。その人たちは、一年じゅう、どこかにこっそりとかくれているの。そうして、あたりがひっそりとして、なにもかもが雪にうずまり、夜が長くなって、たいていのものが冬のねむりにおちたときになると、やっとでてくるのよ」
(ヤンソン 『ムーミン谷の冬』 より)


トーベ・ヤンソン 
『ムーミン谷の冬』 山室静 訳

講談社文庫 や-16-5

講談社 1979年11月15日第1刷発行/2007年1月10日第43刷発行
184p 文庫判 並装 カバー
定価371円+税
デザイン: 菊地信義
カバー装丁: 辻村益朗
カバー絵・さし絵: ヤンソン
Tove Jansson : Trollvinter, 1957



「おしゃまさん」や「氷姫」、「はい虫のサロメちゃん」などたいへん魅力的なキャラクターも登場するので、わたしはムーミンシリーズでは本書がいちばんすきです。


ヤンソン ムーミン谷の冬1


カバー裏文:

「まっ白な雪にとざされたムーミン谷。パパとママといっしょに冬眠にはいったのに、どうしたわけか春がこないうちにたった一人眠りからさめてしまったムーミントロール。はじめて知る冬の世界で彼のすばらしい冒険がはじまった……。冬のムーミン谷を舞台にヤンソンがつづるファンタジー童話の傑作。」


目次:

地図 冬のムーミン谷

第一章 雪にうずまった家
第二章 水あび小屋のふしぎ
第三章 大きな白うま
第四章 おかしな人たち
第五章 あたらしいお客たち
第六章 春がきた

解説 (山室静)



ヤンソン ムーミン谷の冬2



◆本書より◆

「(さあ、どうしたらいいかな)
 ムーミントロールは、しばらくそこにたちどまって、考えこみました。だれもかれもがねむっていて、目をさましているのは自分ひとりだけだとしたら、まったくきみがわるいことです。」

「(世界じゅうがねむっているんだ。おきて、ねむれないでいるのは、ぼくひとりらしいぞ。きっとぼくは、くる日もくる日も、今週もつぎの週も、さまよいにさまよって、自分でもこんな雪のかたまりになってしまうんだ――だれにも知られないで)」

「「わたし、北風の国のオーロラ(北極光)のことを考えてたのよ。あれがほんとにあるのか、あるように見えるだけなのか、あんた知ってる?
 ものごとってものは、みんな、とてもあいまいなものよ。まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」
 おしゃまさんはそういうと、また雪の中にひっくりかえって、空を見あげました。」

「テーブルの下では、だれかがしずかにふえをふきはじめました。
 「あの子は、はずかしがりやなんです。だから、テーブルの下でふいているんだわ」
 こう、おしゃまさんはいいました。
 「だけど、顔くらい見せたっていいのにねえ。なぜ見せないの」
 と、ムーミントロールはききました。
 「みんな、とてもはずかしがりやなもので、とうとう自分を見えなくしちゃったのよ。とても小さいとんがりねずみが、八ぴきも、わたしといっしょに、この家でくらしてるんだけどさ」
 と、おしゃまさんは答えました。
 「ここは、うちの水あび小屋だぜ」
 と、ムーミントロールはいいました。
 おしゃまさんは、まじめくさった顔をしていいました。
 「あんたのいうとおりかもしれないけれど、それがまちがいかもしれなくてよ。そりゃ、夏には、なるほどこの小屋は、あんたのパパのものでしょうさ。でも、冬にはこのおしゃまのものですからね」」

「「雪って、つめたいと思うでしょ。だけど、雪小屋をこしらえて住むと、ずいぶんあったかいのよ。雪って、白いと思うでしょ。ところが、ときにはピンク色に見えるし、また青い色になるときもあるわ。どんなものよりやわらかいかと思うと、石よりもかたくなるしさ。なにもかも、たしかじゃないのね」
 さかなスープのさらが、用心ぶかく空中をすべってきて、ムーミントロールのまえで、テーブルにのっかりました。
 「あんたのなかよしのとんがりねずみたちは、どこで空をとぶことをならったの」
 と、彼はききました。
 「いや、なにもかもききただそうとするもんじゃなくてよ。あの子たちのほうでは、ひみつをまもりたいのかもしれないものね。とんがりねずみのことなんか、気にかけないこと。雪のこともね」
 おしゃまさんは、こう答えました。」

「「あんたたちはいったい、あんまりいろんなものをもちすぎてるのよ。思い出の中のものや、ゆめで見るものまでさ」」

「「この世界には、夏や秋や春にはくらす場所をもたないものが、いろいろといるのよ。みんな、とっても内気で、すこしかわりものなの。ある種の夜のけものとか、ほかの人たちとはうまくつきあっていけない人とか、だれもそんなものがいるなんて、思いもしない生きものとかね。その人たちは、一年じゅう、どこかにこっそりとかくれているの。そうして、あたりがひっそりとして、なにもかもが雪にうずまり、夜が長くなって、たいていのものが冬のねむりにおちたときになると、やっとでてくるのよ」
 「あんたは、そういう人たちのことを、よく知ってるの」
 と、ムーミントロールはききました。
 「すこしはね。たとえば、流しの下の住人なんか、とてもよく知ってるわ。だけど、あの人は、だれにも知られないでくらしたいと、こうねがっているんだもの、あんたを紹介(しょうかい)するわけにはいかないのよ」
 こう、おしゃまさんは答えました。」

「氷姫は、かれたあしのそばにたっていました。せなかをまるめて、雪の上にかがみこんでいます。
 「あれ、りすくんだわ。あの人、家にはいるのをわすれてしまったのね」
 と、おしゃまさんがいいました。
 氷姫は、そのうつくしい顔をりすにむけて、彼の耳のうしろを、やたらにくすぐりました。りすは、まるでまほうにかけられたみたいに、姫のつめたい青い色にすんだ目の中を、じいっと見かえしました。氷姫はにっこりわらって、さらにさきへすすみました。
 しかし、ばかな子りすは、すっかりからだがしびれてしまって、四本の手足を空にあげたまま、そこにころがりました。
 「これじゃ、あんまりだわ」
 おしゃまさんは、おこったようにいって、ぼうしを耳の上までひきさげると、ドアをあけました。たちまちまっ白い雪けむりが、うずをまいて、へやの中にとびこんできました。おしゃまさんはぱっと外へとびだしていったかと思うと、たちまちはしりもどってきて、りすをテーブルの上におきました。
 目に見えないとんがりねずみたちは、お湯をもってとびだしてきて、あたためたタオルでりすをくるみました。しかし、りすはその小さい手足を、かなしくこわばらせたまま、空につっぱっているだけです。ひげ一本うごかしません。
 「りすはもうすっかり死んでるわよ」
 と、ちびのミイは平気でいいました。
 「すくなくとも彼は、死ぬまえにうつくしいものを見たのだ」
 ムーミントロールは、声をふるわせて、こういいました。」

「ムーミントロールは、それでもあきらめずに、質問をくりかえしました。
 とうとうママは返事をしました――なんでもおぼえている、母親としてのふかい記憶のそこから。」

「おしゃまさんが、そのしずかな青い目で、ムーミントロールを見つめました。けれども、ほんとうにムーミントロールを見たのかどうか、よくわかりません。おしゃまさんは、ムーミンたちがうちの中で、ぬくぬくとねむっているあいだに、毎年、ちゃんとうごいていく冬の世界を、のぞきこんでいるのでした。」

「モランはまっすぐに、かがり火のところへいきました。そして、ひとこともいわずに、そのまん中へ、のっそりとすわりこんだのです。
 ジューッと、すさまじい音がして、火の山全体が、湯げにつつまれてしまいました。それが晴れたかと思うと、もうのこり火は、なくなっていました。大きな、灰色のモランが、湯げをもうもうとたてているばかりでした。
 ムーミントロールは、海岸へおりていくと、おしゃまさんをつかまえてさけびました。
 「どうなるだろう。モランが、お日さまをけしてしまったよ」
 「しっかりしなさい」
 と、おしゃまさんはいいました。
 「あの人は、火をけしにきたんじゃないの。かわいそうに、あたたまりにきたのよ。でも、あたたかいものは、なんでも、あの女の人がその上にすわると、きえてしまうの。いまは、またきっと、しょげかえっているわ」」
「山にはもうだれもいません。みんな、かえっていってしまったのです。モランは、また、こおった海の上へすべりおりて、くらやみの中へきえていきました。きたときとおなじように、ひとりさびしく、さっていったのです。」

「ムーミントロールは、目がくらむ思いでした。彼は、心の中で思いました。
 (生きものってものは、なんてさまざまなんだろう)と。」

「サロメちゃんは、もっとらっぱの音楽がききたいと、たえず、ねがっていたのです。ざんねんなことに、ヘムレンさんはとても大きいし、いつでもいそがしいので、そのことには気がつきません。サロメちゃんが、どんなにはしっていっても、スキーをはいたヘムレンさんは、きまって、ぐんぐんさきにすべっていってしまいます。」
「二度か三度、小さいサロメちゃんは、自分が、どれほどヘムレンさんを尊敬しているか、いいあらわそうとしました。けれども、サロメちゃんがあんまり気がよわくて、おどおどしていたものですから、ろくすっぽヘムレンさんは、耳もかさなかったのです。」
「ある晩、はい虫のサロメちゃんは、海泡石(かいほうせき)のトロッコの中で、目をさましました。サロメちゃんは、このトロッコのうしろの出入口で、くらしていたのです。そこは、あまりねごこちのいい場所ではありません。なにしろ、(中略)ムーミン家の人たちが長いあいだにひろいあつめた、びょうだの、安全ピンだのが、いれてあったからです。はにかみやの小さいサロメちゃんには、それをどけてしまう元気はありません。」

「はい虫のサロメちゃんは、ねどこで目をさましたまま、くらやみの中をにらんで、つぶやきました。
 「あの人たち、ヘムレンさんとらっぱを、追いだそうとしてるんだわ。あの人を、谷におとしてしまおうと考えてるんだわ」」
「ちょこちょこばしりのサロメちゃんは、ひと晩じゅう目をさましていて、あれこれと考えました。サロメちゃんの小さな頭は、そんなむずかしい考えごとには、なれていません。
 ですから、朝がやってきたときには、もうどうにもたまらなくなって、ねむってしまいました。(中略)ねすごしてしまったのです。それなのに、だれひとりサロメちゃんがいないことには、気がつかなかったのでした。」

「ちょこちょこばしりのサロメちゃんは、なにかにおくれてしまったようなおそろしい感じで、目をさましました。そのとき、ヘムレンさんのことを思いだしました。
 サロメちゃんは、たんすからとびおりました。――まず、いすの上へ、それから、ゆかの上へ。へやはからっぽでした。」
「ちょこちょこばしりのサロメちゃんは、窓へよじのぼると、なみだでのどをつまらせながら、ころげるように、雪のトンネルをはしりぬけました。」

「「ちょこちょこばしりのサロメちゃんが、ふぶきの中へきえてしまったのよ」
 おしゃまさんが、しんけんな顔をしていいました。」
「ムーミントロールは、すがたの見えないとんがりねずみにむかってお礼をいってから、またききました。
 「だけど、サロメちゃんは、外へでたことがないじゃないの」
 「どうしてでたのか、おいらにも、ぜんぜんわからんのだ。おまけに、あらしがやむまでは、どうにもならんときてる。どこかで、雪にうずもれてるんじゃないかな」
 こういったのは、年よりのホムサでした。
 「じゃあ、ヘムレンさんは?」
 と、ムーミントロールは、いそいでききました。
 「あの人は、とにもかくにも、さがしにいったね」
 おしゃまさんは、こういってから、ちょっとばかりにやにやしながら、つけくわえました。」
「「安心しなさいよ。わたしたちだって、ヘムレンさんをすきになりかけているのかもしれないわよ」」

「ヘムレンさんが、こまかいことには気がつかず、自分がまわりの人たちにどう思われているか、とんと感じなかったということは、ほんとかもしれません。」

「彼は、地面に鼻をくっつけるようにして、ゆっくりとふぶきの中をすすみました。それは、小さいサロメちゃんのにおいが、すこしでもどこかにのこっていないかと、さがしだそうとしていたからです。
 とちゅうでヘムレンさんは、じぶんのイグルーの中をのぞいてみました。そこには、あのちょこちょこばしりさんのにおいがただよっていました。きゅっと、彼のむねを、あついものがしめつけました。
 (そうだ、あのちびさんは、ここへぼくをたずねてきたっけ。あれはいったい、なぜだったのかな)
 はっきりとではありませんが、ヘムレンさんは、きゅうに思いだしました。――ちょこちょこばしりのサロメちゃんが、なにか自分に話そうとしたけれど、気おくれして、いわないでしまったことを。
 ふぶきの中を歩きつづけながら、ヘムレンさんは、いろんなことを考えました。スキーの丘でまっているサロメちゃん……自分のあとを追ってくるサロメちゃん……らっぱに鼻をくっつけているサロメちゃん……。
 さいごに、ヘムレンさんは、
 (ぼくはどうも、あの子にやさしくなかったぞ)
 と考えて、どきっとしました。
 でもヘムレンさんは、くよくよなんかしません。ヘルムという動物は、めったなことでは、くよくよなんかしないのです。けれど、それだけ、小さいサロメちゃんを見つけることには、いよいよ熱心になりました。」

「もう春がきたのです。しかし、彼の考えていたのとは、まるっきりちがっていました。
 彼は考えていたのです――春というものは、よそよそしい、いじのわるい世界から、自分をすくいだしてくれるものだと。ところが、いまそこにきているのは、彼が自分で手にいれて、自分のものにしたあたらしい経験の、ごく自然なつづきだったではありませんか。」

「おしゃまさんは、(中略)かたをすくめていいました。
 「どんなことでも、自分で見つけださなきゃいけないものよ。そうして、自分ひとりで、それをのりこえるんだわ」」



ヤンソン ムーミン谷の冬3



こちらもご参照ください:
エドワード・ゴーリー 『まったき動物園』





























































































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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