トーベ・ヤンソン 『ムーミン谷の十一月』 (鈴木徹郎 訳/講談社文庫)

「ふたりは、雪がちらちらまう中に、すがたをけしていきました。そのうしろすがたには、別れには、いつもつきものの、さびしいかげと、ほっとしたようなようすとがただよっていました。」
(トーベ・ヤンソン 『ムーミン谷の十一月』 より)


トーベ・ヤンソン 
『ムーミン谷の十一月』 
鈴木徹郎 訳

講談社文庫 や-16-8

講談社 1980年10月15日第1刷発行/1999年3月11日第27刷発行
265p 文庫判 並装 カバー
定価447円+税
デザイン: 菊地信義
カバー装丁: 辻村益朗
カバー絵・さし絵: ヤンソン
Tove Jansson : Sent i November, 1971



本書は、著者のお母さんが亡くなった直後に書かれたムーミンシリーズ最終巻です。
不在のムーミンママを待ち続ける孤児のホムサは、「心の闇」を抱えているようです。
ウィキペディアには、本書は「textbook on letting go, being a mature orphan, existing spiritually alone」(手放すこと、十全たる孤児であること、精神的に孤独な存在であることの教科書)であると引用されています。


ヤンソン ムーミン谷の十一月1


カバー裏文:

「まっ白な雪にとざされて、長い冬眠に入る前のムーミン谷の十一月……人恋しくてムーミン家に集まってきたフィリフヨンカ、ホムサ、ヘムレン、スナフキンたち。ところが、心をなごませてくれるはずのムーミン一家は旅に出ていて……。ヤンソンが読者に贈るファンタジックで魅力的なムーミン童話の最終巻。」


目次:

第一章 スナフキン、旅に出る
第二章 ホムサは、お話を作るのが大すき
第三章 フィリフヨンカの大冒険(だいぼうけん)
第四章 スナフキンと五つの音色(ねいろ)
第五章 ヘムレンさんは自分がきらい
第六章 魔法(まほう)の水晶玉(すいしょうだま)
第七章 なんでも、わすれるのだ
第八章 電気を食べる、ちびちび虫(むし)
第九章 たまねぎまげのミムラねえさん
第十章 ご先祖さまは冬眠中(とうみんちゅう)
第十一章 さびしい心は、おしゃべりになる
第十二章 ちびちび虫は、むくむくむく
第十三章 フィリフヨンカのさかな料理
第十四章 ムーミンパパに、木の上の家を
第十五章 ちびちび虫、うなる
第十六章 ムーミンからの手紙はどこだ
第十七章 大パーティーの準備
第十八章 シーツの上を「冒険号(ぼうけんごう)」は走る
第十九章 スクルッタおじさんはねむるのだ
第二十章 ヘムレンさん、海へのりだす
第二十一章 ムーミン一家のヨットが見えた

解説 (鈴木徹郎)



ヤンソン ムーミン谷の十一月2


◆本書より◆


「雨がふりだしました。スナフキンのみどり色のぼうしにも、ぼうしとおそろいの、みどり色のレインコートにも、雨がおちてきました。さらさら、しとしとと、雨の音が、あたりいちめんにひろがっていきました。
 森にかくれて、すっかりひとりぼっちになってしまったスナフキンは、なんともいえない、なごやかな気持ちになりました。」

「冬もまぢかな、ひっそりした秋のひとときは、寒々として、いやなときだと思ったら大まちがいです。せっせと、せいいっぱい冬じたくのたくわえをして、安心なところにしまいこむときなのですからね。自分の持ちものを、できるだけ身ぢかに、ぴったりひきよせるのは、なんとたのしいことでしょう。自分のぬくもりや、自分の考えをまとめて、心のおく深くほりさげたあなに、たくわえるのです。その安心なあなに、たいせつなものや、とうといものや、自分自身までを、そっとしまっておくのです。
 やがて、きびしい寒さや、たけりくるうあらしや、長い暗やみが、思いっきりおそってくるでしょう。あらしは、あちこちのかべを手さぐりして、はいりこむ入り口を見つけようと、必死になるでしょう。
 でも、どこもみんなふさがっていて、中では、とっくに、こんなときを見こしていた人が、ぽかぽかあたたかにして、ひとり、ゆったりと、くすくすわらっているのです。
 秋になると、旅に出るものと、のこるものとにわかれます。いつだって、そうでした。めいめいの、すきずきでいいのです。」

「あたし、もう、フィリフヨンカになっているのなんて、いやになっちゃったわ。なにかほかのものになろうっと……と、彼女は思いました。
 いのるような気持ちでしたし、それに、なきたいようなみじめな気もしていました。だって、フィリフヨンカに生まれたいじょう、いつまでたってもフィリフヨンカにきまっているし、ほかのものになろうたって、それはむりというものですもの。」

「ヘムレンさんは、ねむい目をこすりこすり、やっと目がさめました。目がさめきってみると、自分は、やっぱり、いつもの自分です。ちっともかわっていません。
 ああ、いやだなあ。もう、ぼくは自分がいやになった。なにか、ぼくの知らない、ちがったものになりたいなあ。
 ヘムレンさんは、ゆうべ、ベッドにはいったときよりも、もっとうんざりしていました。」

「その人は、(中略)とてもわすれんぼうでした。ある秋の、朝まだ暗いころのことです。目がさめてみると、その人は、自分の名まえをわすれていました。
 人の名まえをわすれると、ちょっと、ゆううつになりますが、自分の名まえをわすれることができるのは、とてもすばらしいことです。
 この人は、朝がきたから、ねどこからおきださなければならないなんて思いません。一日じゅう、じっとねどこにねていると、とりとめもなく、いろいろな絵やら、考えやらが、頭の中にうかんでは、きえていくのです。なにがうかぼうと、きえようと、わしゃかまわないよ、と思っているのです。
 ときどき、うとうととねむったかと思うと、また目がさめます。それでも、さっぱり、自分がだれなのかわかりません。なんの苦労もない、かって気ままな、痛快(つうかい)な一日です。」

「ホムサは、本を読むのはふなれでした。」
「本に書いてあるのは、海のずっと底のほうの、深いところでくらしている、電波虫(でんぱむし)だの、生きのこりの、ちびちび虫(むし)のことです。」
「ちびちび虫のなかには、仲間の虫に似ていない、とてもかわった種類の虫がいました。その虫は、はじめは夜光虫みたいなすがたをしていましたが、そのうちに、だんだん、どんな虫にも似ていない虫になっていきました。とても小さな虫だったことにはまちがいなくて、おびえると、ますます小さくなるのです。」

「ミムラねえさんが、森の中から、ひょっこりあらわれました。森をまっしぐらに、つきぬけてきたのです。とてもじょうきげんです。(わたし、ミムラに生まれて、ほんとうによかったわ。頭のてっぺんから足のつま先まで、とてもいい気持ちだもの)」

「「みんな、おるすよ。ひとことも、人にことわりなしに、るすにしているのよ。でも、玄関(げんかん)にかぎがかかっていなかったのだけは、まあ、よろこばなくちゃ」
 「あの人たち、かぎなんて、かけたことないわよ」
 と、ミムラねえさんはいいました。」

「なにがすてきだといったって、たのしくすごすことぐらいすてきなことは、ほかにないし、また、わけないこともないんです。ミムラねえさんは、だれかと出会って、すぐあとで、その人のことをわすれたからといって、ちっとも気にしませんでした。その人たちといっしょになって、なにかをしようともしませんでした。みんなのことも、みんなのいざこざも、人ごとと思って、ただ、びっくりして見ているだけでした。」

「きょうも、また、十一月の一日がしずかにくれていきました。ミムラねえさんは、羽ぶとんの中にもぐりこみました。足をのばすと、こつんとつま先がぶつかったので、つま先をまげて、あんかをはさみました。
 おもては雨でした。一、二時間たてば、ちょうどいいかげんにおなかがすいて、フィリフヨンカのお料理が、おいしく食べられるでしょう。おしゃべりしたい気も出てくるでしょう。いまは、ぬくぬくと、なにもかもわすれて、あったかにしていればいいんです。ミムラねえさんには、いま、すっぽりとからだをくるんでいる、大きなやわらかいふとんだけが、この世の中のすべてでした。ほかのことは、みんな関係のない、よその世界のことでした。ミムラねえさんは、ゆめなんて見ません。ねむたくなればねむり、おきたほうがいいときにはおきる、それがミムラねえさんなのです。」

「ホムサ・トフトは、屋根うらべやにねそべって、本を読んでいました。」
「その虫は、ひとりぼっちだったんだろうな、と、トフトは思いました。みんなと、顔もすがたも似ていなかったので、家族の人がかまってくれなかったんだ。だから、うちを出ていってしまったんだ。いま、いったいどこにいるのだろう。」

「たき火は、もうとっくにきえていました。でも、スナフキンは、寒さなんて感じませんでした。ちょっとかわったことのできる方法を知っているからです。しごくかんたんなやりかたですが、自分の体温がひえないようにできるのです。横になって、ちぢこまって、できるだけ体温がにげないようにして、じっとしたまま、ゆめを見よう、見ようと思えばいいのです。
 霧につつまれると、谷はすみずみまで、しんとしずかになりました。」

「「かぎなんて、かけっこないよ。ムーミンたちは、そんなことをするもんか」
 と、スナフキンはいいました。」

「ホムサは、髪(かみ)の毛をたらして、顔をかくしました。はずかしかったんです。そして、だまっていました。」
「なにか、いいことばはないかしら、やさしいことばをかけてやりたいけれど、と、フィリフヨンカは、ことばにつまってしまって、いろいろと考えました。ああ、もっと、小さい子のことをよく知っていて、子どもずきだったらよかったんだけど、と思いました。」

「ホムサが帰るとき、スナフキンは、うしろからさけびました。
 「あんまり、おおげさに考えすぎないようにしろよ。なんでも、大きくしすぎちゃ、だめだぜ」」

「「あした、お台所で、みんなでパーティーをするの。あなた、知らないの?」
 「まあ、そうなの。それはニュースだわ」
 と、フィリフヨンカは、大声をあげました。
 「とてもいいニュースだわ。知らないものどうしが、漂流(ひょうりゅう)して陸にうちあげられたり、大雨や大風で、とじこめられたりしたときには、みんな、そういうパーティーをするのよ――そして、パーティーのさいちゅうに、ふっと、ろうそくをけすのよ。すると、もういちど火をつけたときには、みんなの心がしっくりとけあって、ひとりの人みたいになっているの」
 ミムラねえさんは感心したように、まじまじと、フィリフヨンカの顔をながめました。
 「あなた、ときどき、びっくりしてしまうような、いいことをいうわね」
 と、ミムラねえさんがいいました。
 「それは、わるくないわね。そして、それから、ひとりずつきえていって、おしまいには、ぽっかり、あなのあいたようなへやに、ねこだけのこって、からだをぺろぺろなめるのね」
 フィリフヨンカは、ぶるっと身ぶるいしました。」
 「もう、お湯がわいているんじゃないの?」
 と、フィリフヨンカはいいました。
 「ねこなんて、ここにはいないわよ」
 「あんなのわけなく作っちゃうわよ」
 と、ミムラねえさんは、にやりとわらいました。
 「空想して、ねこがいるわ、と思えばいいのよ。そしたら、もう、あんたにも、ほんとにねこがいるのよ」
 ミムラねえさんは、お湯のなべを火からおろして、ひじでドアをあけました。
 「おやすみなさい」
 と、ミムラねえさんはいいました。」

「みんなのしているパーティーの話はホムサ・トフトの耳にもはいっていました。(中略)ホムサは、ちっともはしゃぐ気持ちにはなれませんでした。
 それよりも、なぜ、日曜日のお昼ごはんのとき、あんなにひどくはらがたったのか、ひとりきりで、とっくり考えてみたい気がしていました。まるっきり、いつもの自分とちがう自分が、自分の中からとびだしてきたなんて、ほんとに、そらおそろしいことでした。それは、自分の知らない人みたいな自分でした。」

「ホムサは、本のおしまいのほうを手あたりばったりにひらいて、ぼそぼそと、低い声で読みはじめました。」
「「いまここで、復元してみようとしている、その動物の体形が、生理学的な観点からの、元来の草食動物の特徴(とくちょう)をのこしつつ、同時に、周囲の環境(かんきょう)にたいして、いわば攻撃的(こうげきてき)な体形に、たえず変化していったということは、まったく異例な事態であった。
 肉食動物が進化するときに、一般に生(しょう)ずる変化、たとえば注意力が鋭敏(えいびん)になるとか、すばしっこくなるとか、力が強くなるとか、そのほか狩猟本能(しゅりょうほんのう)に関係あるような、いろいろな変化は、すこしもおきなかった。歯もするどくないし、つめも、はえたときのままだし、視力もぼんやりしていた。
 それにひきかえ、からだのほうは、おどろくほどかさばり、大きくなっていった。ずばりいうなら、一千年ものあいだ、岩のさけめやら、ほらあなの中で、ぼんやりくらしてきた、その連中としては、すっかりとまどったにちがいないほど、大きくなったのだ。」

「ホムサは、暗いおもてへ出てくると、お勝手口の階段にじっと立って、待っていました。(中略)あの動物は、なりをしずめていました。でも、ホムサは、動物が、じっと、自分のほうを見ている気がしました。
 ホムサ・トフトは、そっとよんでみました。
 「ちびちび虫……電気虫、原生動物……」」
「トフトは、こわいよりも心配になりました。ちびちび虫が、自分かってに、どんなことをやらかすやら不安でした。いま、そいつはとても大きくなったし、おこっているし、おまけに、大きくなったり、おこったりすることに、すこしもなれていないのです。おっかなびっくり、ホムサは、一歩前に出ました。そのとたんに、動物がさっと一歩うしろにさがったのが、感じでわかりました。
 「おまえね、どっかへいっちまわなくても、いいんだよ」
 と、トフトは、わけを話してやりました。
 「ちょっとだけ、ここからはなれてくれれば、いいんだ」
 トフトは、しばふの上をすすんでいきました。すると、動物は、わきへよけました。なんだかわけのわからない、ぶかっこうなかげがうごいていきます。」
「(大きくなりすぎちまったんだ)
 と、トフトは思いました。
 (あんまり大きくなりすぎて、ひとりでうまくやっていくことができないんだ)」

「やっと、おじさんは、どうしたらいいのかわかったのです。一足とびに冬をとびこして、うんと大またで、四月の中にふみこめばいいんです。
 ちっとも、こまることなんてないのだ。まるっきりないのだ。気持ちよくねむれるあなぐらを見つけて、ねむってしまうことだ。そのあいだに、世の中は世の中で、かってにどんどん日がたっていけばいいのだ。そうして目がさめたときには、もうなにもかも、ちゃんと、そうでなければいけないようになっているはずだ。」































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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