『中世思想原典集成 11 イスラーム哲学』

「あらゆる種の動物のうちで自分だけが天体に類似している訳を知ると、天体を模範とし、その行為を模倣し、それに類似したものとなるよう全力を尽くすことが自分の義務であると考えた。」
「彼はさまざまな回転運動を熱心に行うようになった。あるときは海岸に沿って島の周りを回ったり、島のあちらこちらを歩き回ったりした。あるときは家の周りや大きな岩の周りを、ときにはゆっくりと、ときには急ぎ足で何度も歩き回った。あるときは自分自身を中心に回転し続けて、ついに意識を失ってしまった。」

(イブン・トゥファイル 「ヤクザーンの子ハイイの物語」 より)


『中世思想原典集成 11 
イスラーム哲学』

Corpus fontium mentis medii aevi
編訳/監修: 上智大学中世思想研究所/竹下政孝

平凡社 2000年12月6日初版第1刷発行
1,161p 
A5判 丸背クロス装上製本 カバー
定価10,000円+税
造本/装幀: 中垣信夫+舩木有紀



本書「凡例」より:

「本巻には各巻監修者による総序に加えて一四著作を収録し、訳者による解説、翻訳、訳註(底本註を含む)の順に配列した。」


中世思想原典集成 11 イスラーム哲学


帯文:

「ギリシア神殿上のモスク
西欧に先立って古代ギリシアの知的遺産を受け継いだのは
イスラーム世界である。その哲学は、神学やスーフィズムと
対抗しまたこれらを補完しつつ、長く豊かな伝統を作り上げた。
知られるところ少なかった思潮を俯瞰する空前の大冊。
全14篇本邦初訳。」



帯背:

「第一六回配本
ヘレニズムの
継承と発展」



目次:

凡例

総序 (竹下政孝)

キンディー
 知性に関する書簡 (竹下政孝 訳)
ファーラービー
 有徳都市の住民がもつ見解の諸原理 (竹下政孝 訳)
 知性に関する書簡 (竹下政孝 訳)
イフワーン・アッサファー
 イフワーン・アッサファー書簡集 (菊地達也 訳)
キルマーニー
 知性の安息 (菊地達也 訳)
イブン・シーナー
 救済の書 (小林春夫 訳)
ガザーリー
 イスラーム神学綱要 (中村廣治郎 訳)
 光の壁龕(へきがん) (中村廣治郎 訳)
イブン・バーッジャ
 孤独者の経綸 (竹下政孝 訳)
 知性と人間の結合 (竹下政孝 訳)
イブン・トゥファイル
 ヤクザーンの子ハイイの物語 (垂井弘志 訳)
イブン・ルシュド
 矛盾の矛盾 (竹下政孝 訳)
アヴェロエス(イブン・ルシュド)
 霊魂論註解 (花井一典+中澤務 訳)
スフラワルディー
 光の拝殿 (小林春夫 訳)

索引
 聖句引照索引
 人名・固有名詞索引
監修者・訳者紹介




◆本書より◆


「ヤクザーンの子ハイイの物語」「解説」より:

「アンダルス(イスラーム時代のスペイン)生まれの哲学者イブン・トゥファイル(中略)の代表作『ヤクザーンの子ハイイの物語』(中略)は、孤島に生きる独学の哲学者を主人公とする独創的な〈哲学小説〉として世に名高い。」
「この物語は、孤独な生活の中で自らの経験と哲学的思索によって、ついに至高の真理に到達した一人の人間の精神の遍歴を描いたものである。赤道直下の無人島で、ハイイという名の孤児(みなしご)が母親代わりの羚羊(かもしか)に育てられてたくましく成長する。生まれつき卓越した知性を授かったこの少年は、羚羊の死をきっかけにさまざまな動物を解剖して体の仕組みについての知識を深め、やがて肉体を動かす霊魂の認識へと導かれていく。さらに宇宙の永遠性について思索することによって、あらゆる存在の根源である必然的存在者を認識するに至る。」
「この著作は中世ヨーロッパのスコラ学者たちには知られていなかったが、すでに一三四九年にはヘブライ語訳が現れていた。一六七一年、オックスフォードのポウコック(Edward Pococke)が『独学の哲学者』(Philosophus autodidactus)という題名でラテン語訳付のアラビア語テクストを刊行して以来、初めはラテン語訳を通して、後にはアラビア語から直接、多くのヨーロッパの言語に翻訳が行われてきた。『ロビンソン・クルーソー』(中略)の作者デフォー(中略)が、孤島における自給自足の生活というモティーフをこれらの翻訳から得た可能性も指摘されている。」



「ヤクザーンの子ハイイの物語」より:

「というのは、ヤクザーンの子ハイイはこの場所で母親も父親もなしに生まれた者の一人であると断言する者がいるからです。一方、これを否定して、彼の〔誕生〕について〔これとは違った〕話を伝えている者もいます。それを語ってお聞かせしましょう。――
 その島の向かいに、大きく、広々として、豊かで、多くの人々が住む島があった。この島の王は、非常に気位が高く嫉妬深い男であった。彼には妹がいたが、ふさわしい相手が見つからなかったので、彼女が結婚することを許さず、求婚者たちを遠ざけていた。彼女の親類にヤクザーンという名の男がいた。彼は密かに、自分たちの宗教の儀礼に従って彼女と結婚した。やがて彼女は身籠り、男の子を産み落とした。しかし、彼女は自分の秘密が明るみに出るのを恐れて、その子に乳を飲ませると、箱舟に入れてしっかりと蓋を閉じた。そして夜になると、その子を連れて、召使や信頼の置ける人たちといっしょに海辺へ出かけた。」
「彼女は箱舟を海に放った。箱舟は強い流れに乗って、その夜のうちに向かいの島の浜辺に流れ着いた。」
「茂みに打ち上げられたとき、箱舟の釘が緩んで板がぐらつき始めていた。その子はひどい空腹のあまり泣き出し、助けを求めてもがいた。その声が子供をなくした牝羚羊の耳に届いた。自分の子供かと思ってその声を追いかけるうちに、彼女は箱舟に辿り着いた。彼女は蹄で中を探ろうとし、その子は中から必死で持ち上げようとするうちに、ついに箱舟の蓋が外れた。」
「そして、その子の面倒を見、その子を育て、危害を加えるものから守り続けた。――これが〔自然〕発生を否定する者たちが語る彼の誕生の物語です。」
「一方、その子は〔自然に〕発生したと主張する者たちはこう語っています。――この島の地面の窪みで、長年にわたって一つの土塊が発酵し続けた結果、その中で熱と冷、湿と乾とが力において均衡し、調和した状態で混合していた。この発酵した土塊は非常に大きく、ある部分の混合状態はほかの部分よりも調和がとれており、〔人間の〕生殖細胞の生成により適していた。なかでもその中心部は最も調和がとれており、人間の体質に最もよく類似していた。この土塊が激しく揺さぶられると、強い粘り気のために、沸騰したときにできる泡のようなものが生じ、その中心に、薄い膜で二分され、最適の状態で調和した稀薄な気体で満たされた非常に小さな泡が生じた。このとき、「神から発した霊」(中略)がそれと結びつき、感覚によっても理性によっても分離することが考えられないほど固く結合した。」
「〔胎児が〕完成すると、まるでお産のときのようにその膜が裂け、(中略)胎児が現れた。(中略)空腹が激しくなると、その子は助けを求めて泣き始めた。すると子供をなくした牝羚羊がその声に応えた。」

「その子は羚羊たちと暮らしながら、彼らの声を真似て、ほとんど区別がつかないまでになった。同じように、聞こえてくる鳥の声やさまざまな動物の鳴き声を、皆とても上手に真似た。(中略)その子と獣たちは顔見知りになり、相手のことを不思議に思わなくなった。」
「こうして動物たちを見ているうちに、その子は彼らが皆毛皮や羽毛を身に着けていることに気づいた。(中略)それからわが身を振り返ってみると、自分は裸で何の武器ももたず、足も遅く、力も弱いことに気づいた。(中略)さらに、自分と同い年の羚羊の子供たちに、以前にはなかった角が生え、以前は遅かった足が速くなったことに気づいたが、そのような変化は自分にはまったく見られなかった。(中略)彼は不具や奇形の〔動物たち〕を調べてみたが、彼らのなかに自分に似た者はいなかった。(中略)こうしたことすべてが彼を悩ませ、悲しませた。
 長いあいだ思い悩んでいるうちに、彼は七歳になろうとしていた。自分の身体には欠けているところがあるために彼は悩んでいたが、それらが完成することはついに諦めた。」

「獣たちは皆彼を恐れるようになり、(中略)彼に乳を与えて育ててくれた羚羊のほかには、彼に近づく獣はいなくなった。彼女は彼から離れず、彼も彼女から離れなかった。」
「やがて彼女は年老いて弱っていった。(中略)ついに死が訪れた。彼女の運動は完全に静止し、彼女の〔肉体の〕すべての機能が停止した。彼女がそんな状態になったのを見ると、少年はたいへん心細くなり、悲しみのあまり魂が抜け出しそうになった。そこで、それを耳にするといつも応えてくれた声で彼女に呼びかけ、あらん限りの大声で叫んでみたが、彼女には何の動きも変化も見られなかった。そこで、彼女の耳と目を調べてみたが、一見したところ何の怪我や病気も見られなかった。こうして彼女の全身をくまなく調べてみたが、どこにも怪我や病気は見当たらなかった。怪我や病気の場所を見つけてそれを取り除いてやれば、彼女は元に戻るのではないかと思ったが、それは彼にとってまったく不可能なことだった。彼は無力であった。」
「そこで、彼女を襲った病気は身体の奥に隠れた目に見えない器官にあるに違いないこと、その器官なしでは外部のいかなる器官も機能しないことに彼は気づいた。(中略)そこで彼は、その器官を見つけてそこに宿ったものを取り除けば、それは正常な状態に戻り、その効果が全身にいき渡って〔全身の〕機能が元に戻るのではないかと思った。」
「病気に襲われた器官は彼女の胸の中にあるに違いないと判断すると、彼はそこを詳しく調べてみようと決意した。」
「硬い石のかけらと乾いた葦の薄片を小刀のように使って、肋骨のあいだの肉を切り裂いていくと、肋骨の内側の膜に辿り着いた。その膜の強さを知ると、このような膜をもっているのは〔自分の探している〕ような器官だけだろうという思いが強まった。この膜の奥に自分の探しているものが見つかるのではないかと思って、彼はそれを切り開こうとした。」
「心臓の皮を剥がしてみると、どこから見ても中身が詰まっているように見えた。目に見える怪我や病気があるかどうか、彼は調べてみたが、そこには何も見つからなかった。手で押さえてみると、中に空洞があることがわかった。彼は思った。「ぼくが本当に探しているものは、おそらくこの器官の中にあるに違いない。ぼくはまだそれに辿り着いていないのだ」。
 心臓を切り開いてみると、左右二つの空洞が見つかった。右側は血の塊でいっぱいだったが、左側は空っぽで、中には何もなかった。彼は思った。「ぼくの探しているもののありかは、この二つの部屋のどちらかに違いない。(中略)左側の部屋は見たところ空っぽで中には何もないが、この部屋が何の役にも立っていないとは考えられない。すべての器官はそれに特有の機能を果たすために存在するのだから。このような気高さを備えた部屋が何の役にも立っていないということがあろうか。ただ一つ考えられるのは、ぼくの探しているものはここにあったのだが、ここから旅立ってここを空っぽにしてしまったということだ。そのとき、この肉体は突然停止し、知覚と運動を失ってしまったのだ」。
 この部屋に宿っていたものが、部屋が崩壊する前にそこから旅立ち、そこをそのままにして去ってしまったことがわかると、部屋が切り開かれてすっかり荒れ果ててしまった今となっては、そこに戻ってくることはなさそうに思われた。彼には、肉体というものはすべて、この〈もの〉――それは肉体にしばらく宿ったのち、そこから旅立っていったと彼は信じていた――と比べれば何の価値もない卑しいものと思われるようになった。そこで、彼はその〈もの〉について考えることに専念した。それは何なのか。どのようなものなのか。それをこの肉体に結びつけていたものは何なのか。それはどこへ行ってしまったのか。どこを通って肉体を抜け出したのか。無理やり追い出されたのだとすれば、その原因は何なのか。あるいは自分から出て行ったのだとすれば、それほどまでに肉体を嫌悪させた原因は何なのか。彼の頭はこれらの疑問でいっぱいになり、肉体のことはすっかり忘れてしまった。自分を可愛がって乳を飲ませてくれた母親とは、その旅立ってしまった〈もの〉にほかならないことを彼は知った。これらの行為はすべて、この動かなくなった肉体ではなく、その〈もの〉から生じていたのだった。この肉体のすべては、その道具のようなもの、彼が獣たちと戦うために使った棒のようなものにすぎなかった。こうして、彼の愛情は肉体を離れ、肉体を所有してそれを動かす者へと向けられた。彼はもはやそれ以外のものを望まなくなった。」
「肉体を支配しているその〈もの〉について彼は考え続けたが、それが何であるかはわからなかった。しかし、すべての羚羊たちを一匹ずつ調べてみると、彼らが自分の母親と同じ姿形をしていることに気がついた。彼らの一匹一匹を動かし、支配している〈もの〉は、自分の母親を動かし、支配していたのと同じようなものに違いないと思わずにはいられなかった。」
「こうしてしばらくのあいだ、彼はさまざまな動物や植物を調べながら島の海岸を歩き回って過ごした。どの動物や植物にもたくさんの仲間がいるのと同じように、彼は自分にも仲間が見つかるのではないかと思って探していたが、そのようなものはまったく見つからなかった。」















































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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