粕谷栄市 『遠い川』

「はるかな永遠のうす暗がりに、青いおおきなへちまが、一本、ぶら下がっていて、その下に、自分そっくりの男が、しょんぼり、坐っている。」
(粕谷栄市 「へちま」 より)


粕谷栄市 『遠い川』

思潮社 2010年10月31日発行
89p 初出記録2p
B5判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円+税
装幀: 奥定泰之



大判の散文詩集。
2011年、第6回三好達治賞。


粕谷栄市 遠い川1


帯文:

「独り笑いながら、私は、
ゆらゆら、梅ぼしの甕
のなかの遙かな補陀落
の里に行くのだ。

途方もない、生の淵にのぞむ、反世界の詩学。
緊密にして馥郁たる、魂の40篇。」



帯背:

「独り、木の舟に乗って」


目次:

九月
白瓜
秋の花
盥の舟
遠い川
砂丘
極楽寺坂
舟守
桔梗
丙午
米寿
隠者
遁世
歳月
幸福
孫三
青芒抄
幽霊
死んだ女房
二輪草
もぐら座
へちま

花影
夢の墓
寒川
鉦の音
残月記
満月
豊年
昇天
無題
奔馬
のっぺらぼう
鼻のはなし
啼泣
無名
幻狐
呪詛について


初出記録



粕谷栄市 遠い川2



◆本書より◆


「遁世」より:

「いつの時代にも、さまざまな人間が、さまざまな血と銭の日々を生きている。その運命は、さまざまだ。
 一人の男が、樽のなかに入って、出てくることがないこと。何があってもおかしくない、この世のことだから、そんなこともあり得るのだ。」
「樽は、大きな蔵の一隅に置かれていて、あたりは、静かだった。樽のなかから、しばらくは、啜り泣きのようなものが聞こえたらしいが、それっきり、何ごとも起こる気配はなかったのだ。
 そのまま、年月は流れて、何年も何十年も過ぎた。人間の世のなかは、それだけでは済まないはずだ。歴史とかいう永い歳月には、その町ぐるみ、その蔵もその樽も、滅びて消えてしまっても、仕方がなかったろう。
 だが、それは、ずっとそのままだった。大げさに言っていいなら、永遠に、そのままだった。それは、あるやくざな男が見た夢のなかのことだったからである。」



「孫三」より:

「孫三には、病気があって、自分の煎餅の店が、本当に存在するかどうか、いつも疑わしくてならなかった。自分の焼く煎餅の一枚一枚が、本当に、煎餅なのかどうか、いつも不安だった。そういう病気だったのだ。」


「青芒抄」より:

「おれは、よろよろと立ち上がって、外へでて、この淋しい家の井戸に入って、死んでもよかったかもしれない。
 だが、その日、おれにできたのは、にぎりめしを食って、ぼんやりしていることだけだった。蜩の声も、いつか、聞こえなくなって、青芒に細かい雨が降り始めた。
 真に、淋しいことには、終わりがないはずだが、その夕べ、井戸のあたりで、思いがけない水の音がしたようだったが、本当は、何だったのだろう。」



「幽霊」より:

「いまさら、何をいうこともないが、幽霊になることは、淋しいものだ。幽霊になってみると分かるが、淋しくて、淋しくて、いたたまれないものだ。
 まして、貧しく心ぼそい一生を送った男が、幽霊になると、淋しくて、淋しくて、もう、どうしてよいか、分からない。」
「そんなものになるような、情けない一生を過ごしたからだと言われれば、それまでのことだが、何だか分からなくて、本当に、怨めしく、淋しい。
 わずかに、願うことといえば、やはり、どこかの貧しく心細い一生を送っている男に、そんな自分の古い提灯の夢を見てもらうことだ。」



「へちま」より:

「しずかな夏の日のことだ。そこが、どこか分からないうす暗がりに、青いおおきなへちまが、一本、ぶら下がっていて、その下に、ひとりの男が坐っていた。
 それだけのことだ。うす暗がりに、青いおおきなへちまが、一本、ぶら下がっていて、その下に、ひとりの男が、しょんぼり、坐っていたのだ。
 いつまでも、それは変わらなかった。その日、その男は、何もかも行き詰まっていた。何もかも行き詰まって、自ら、首を吊って、死んでしまうことを考えていた。
 そうしていて、唐突に、それが見えることに、気がついたのだ。うす暗がりに、青いへちまが、一本、ぶら下がっていて、ひとりの男が、しょんぼり、坐っている。」
「たぶん、何もかも厭になって、一日中、ふとんをかぶって、死ぬことを考えている男に、よくあることだ。」
「あれは、自分が生まれる前からあって、死んでからも、ずっと、そのまま、あるのだろうか。」



「奔馬」より:

「それは、しかし、どこかで激しい心身の消耗を伴う。彼らの多くは、健やかに生涯を全うできない。些細なことで、世間から逸脱し、結局は、破滅へ赴くのだ。
 憐れみを乞うわけではない。この世には、彼らのような人間がいることを理解できる人には、理解していて欲しい。彼らは、決して、自ら、望んで、そうなっているわけでないのである。」




思潮社ホームページ:
http://www.shichosha.co.jp/newrelease/item_283.html
http://www.shichosha.co.jp/editor/item_353.html




















































































































































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ひとでなしの猫

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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

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