『内田百閒全集 第一卷』 (全十冊 講談社版)

「日のあたつてゐる茶の間の縁側で、小學校から歸つた女の子が、大きな鋏を持つて、毛絲の切れ端の樣なものを頻りに摘み剪つてゐた。さうして、ふはふはした、毛むくぢやらの球の樣なものを、幾つも拵へてゐた。
 「何だい」と私がきいて見た。
 「これは殺された人の魂よ」と彼女が云つた。」

(内田百間 「梟林記」 より)


『内田百閒全集 第一卷』
冥途・旅順入城式・百鬼園隨筆・續百鬼園隨筆・無絃琴

講談社 昭和46年10月20日第1刷発行/昭和48年9月10日第3刷発行
567p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価3,300円
編纂委員: 川端康成/高橋義孝/福永武彦
編輯校訂: 平山三郎
装釘意匠: 講談社ブックデザイン部
本文二段組/「解題」三段組
正字・正かな

月報 1 (8p):
「旅順入城式」の頃(佐藤佐太郎)/仲之町時代(内藤吐天)/一円八十六銭(戸板康二)/百鬼園先生の黒前掛(中村武志)/余滴(平山三郎)/全巻書目/図版(モノクロ)7点



内田百間全集 第一巻


帯文:

「〔冥途〕に続く〔旅順入城式〕は芥川龍之介・萩原朔太郎をして嘆賞せしめた創作集。正続〔百鬼園随筆〕は昭和初頭の随筆ブームを呼び、正に洛陽の紙価を高からしめた古典的名随筆集。これに珠玉の佳什を蒐めた〔無絃琴〕を加え、五冊の単行著作集を一巻の裡に収める読書家垂涎の集成。」


帯背:

「古雅にして鮮新!
文章道の達人たる
百鬼園の完全全集」



帯裏:

「当代随一の文章家 福永武彦
 内田百閒を何と定義すればよいのか。これが難問である。文士には違ひないが、とても随筆家などの枠にをさまる人物ではない。
 幻妙の小説家、散文の魔術師、趣味の権化、記憶術の達人、とにかく当代随一の文章家であることに間違ひない。まさかお芝居ではあるまいが、行住坐臥、どこを採つても百鬼園先生で、行屎走尿の間も芸術家である。
 生活によつて文章が生ずるのでなく、文章によつて生活が生ずるとは、正にこのことであらう。」



内田百間全集 第一巻1


目次:

冥途 (大正11年2月 稻門堂書店刊)
 花火
 山東京傳
 盡頭子
 烏
 件
 木靈
 流木
 蜥蜴
 道連
 柳藻
 支那人
 短夜
 石疊
 疱瘡神
 白子
 波止場
 豹
 冥途

旅順入城式 (昭和9年2月 岩波書店刊)
 「旅順入城式」序
 昇天
 山高帽子
 遊就館
 影
 映像
 猫
 狹筵
  *
 旅順入城式
 大宴會
 大尉殺し
 遣唐使
 菊
 鯉
 五位鷺
 銀杏
 女出入
 矮人
 流渦
 坂
 水鳥
 雪
 波頭
 殘照
 先行者
 春心
 秋陽炎
 蘭陵王入陣曲
 木蓮
 藤の花

百鬼園隨筆 (昭和8年10月 三笠書房刊)
 短章二十二篇
  琥珀
  見送り
  虎列剌
  一等車
  晩餐會
  風の神
  髭
  進水式
  羽化登仙
  遠洋漁業
  居睡
  風呂敷包
  淸潭先生の飛行
  老狐會
  飛行場漫筆
  飛行場漫録
  嚔
  手套
  百鬼園先生幻想録
  梟林漫筆
  阿呆の鳥飼
  明石の漱石先生
 貧乏五色揚
  大人片傳
  無恒債者無恒心
  百鬼園新裝
  地獄の門
  債鬼
 七草雜炊
  フロツクコート
  素琴線製
  蜻蛉玉
  間抜けの實在に關する文獻
  百鬼園先生言行録
  百鬼園先生言行餘録
  梟林記

續百鬼園隨筆 (昭和9年5月 三笠書房刊)
 近什前篇
  鷄鳴
  春秋
  立腹帖
  續立腹帖
  傳書鳩
  百鬼園師弟録
  或高等學校由來記
  食而
  大晦日
  目白
  學校騒動記
  大鐘
 文章世界入選文
  乞食
  按摩
  靴直し
  大晦日の床屋
  西大寺驛
  初雷
  參詣道
  私塾
 筐底稺稿
  鷄蘇佛
  破軍星
  雀の塒
 近什後篇
  風燭記
  俸給
  唖鈴體操
  黄牛
  藥喰
  忠奸
  掏兒
  炎煙鈔
  南蠻鴃舌
  琴書雅游録

無絃琴 (昭和9年10月 中央公論社刊)
 彈琴圖
 校長就任式
 檢閲使
 絹帽
 虎の尾
 漱石遺毛
 薄目くら
 盲人運動會
 砂利場大將
 風船畫伯
 旅愁
 訓狐
 解夏宵行
 殺生
 菊世界
 鶯の夜渡
 竹醉日
 老提督
 豫行
 學校騒動餘殃
 曾遊
 掻痒記
 駒込曙町
 竹杖記
 河童忌
 今朝冬
 炎煙鈔〔續〕
 一夜會
 海鼠
 風稿録
 夕立鰻
 梅雨韻
 白猫

百鬼園文學への招待 (高橋義孝)
解題 (平山三郎)



内田百間全集 第一巻3



◆本書より◆


「羽化登仙」より:

「搖搖(えうえう)と云ふ玩具を弄んで寢た。横になつて、眠りに入るまでの間に、私は自分の體が輕く上下に搖れてゐるやうな心地がして、その儘夢につながつてしまつた。
 又、或時酒を汲んで微醉した後、暫らく搖搖を弄んでゐたら、手を止めてゐる間に、自分の體の方が、ゆらゆらと浮き上がる樣に思はれ出した。座に歸つてから、目をつぶつてゐると、私は坐つたままに疊を離れて、少しづつ昇つたり降りたりするらしい。その時の氣持は、天氣の好い日に、小さな飛行機に乘つて、飛行場の空に浮いて遊んでゐるのと何處か知ら似てゐるのである。」
「人間には昔から、空を翔りたいと思ふ氣持があつて、それが人人の眠りに潜んでは、鳥の姿を追つたり、又は自分で宙を飛び、或は往來の上を浮いて辷るやうな夢になるのである。言葉に現はれては、天にも昇る心地がするとか、飛び立つ思ひだとか、羽化登仙などと言ひ古されてゐるのである。搖搖の遊びは、他愛もない事に違ひないけれど、同じ樣な趣の玩具が、私共の子供の時からの記憶の中にも、既に二度か三度のはやりすたりがあつたらしく、なほ希臘(ギリシヤ)の昔に、同じ樣な遊びがあつたと云ふ話も聞いたのである。」



「飛行場漫筆」より:

「閑があれば飛行場に行きたい。それから自分も飛行機に乘りたい。行く行くは自分の手で飛行機を操つて、何時までも空で遊んでゐたい。人間が空を翔るのは、善い事であるか、善くない事であるか解らないけれど、惡いことなら猶更おもしろさうである。」


「百鬼園先生幻想録」より:

「商人が船乘りに向かつて、お前のおやぢは何で死んだかと尋ねたら、船乘りが、父も祖父も曾祖父もみんな海で死んだと答へた。商人が驚いて、それでもお前は海に出るのが怖くないかと聞くと、今度は船乘りの方で、お前のおやぢや祖父さんや曾祖父さんは、どこで亡くなつたのかと問ひ返した。そこで商人が、みんなベツトの上で死んださと答へたら船乘りはびつくりして、それでもお前さんは、ベツトに寢るのが怖くないかと云つた。」


「蜻蛉玉」より:

「私と云ふのは、文章上の私です。筆者自身の事ではありません。
 さて、私はいろいろの事が氣にかかつて困る。ふと耳についた豆腐屋の喇叭が癪にさはつたり、も一つ向うの通のどこかで飼つてゐる矮鷄(ちやぼ)の鳴聲が氣に入らなかつたり、夜廻りの拍子木の音が、すつかり聞こえなくなるまで妙にそはそはして落ちつけなかつたりする。
 一番いやなのは、物の曲がつてゐる事です。何でもちやんと眞直ぐになつてゐないと、面白くない。」



「百鬼園先生言行餘録」より:

「百鬼園先生は、自分の吸い棄てた卷莨の吸殻を、一生懸命に燃やしてゐる。狹い部屋の中に、きたない煙がうづ卷いて、そこいら邊り一面、紙の燒けた灰で眞白になつてゐる。
 どうかした機みに、氣にかかり出したものは、何でも燒きすててしまはないと、納まらないらしい。
 昔、中學校の時、人からもらつた手紙の整理をして、氣にいらないのは、片つ端からペリペリと破いては、屑籠の中に押し込んでしまつた。一尺位の屑籠が大方一杯になりかけた時、中學生の百鬼園先生は、急に、破いた丈では、氣にいらない手紙の始末が濟まない樣に思はれ出した。二階の部屋から、わざわざ下に降りてマツチを持つて來て、屑籠の仲の反古に火をつけた。二三度、反古を上下にして籠の中の焰が餘り高くならないやうにしてゐる内に、急に火勢が強くなつて焰の丈が三尺位に伸び上がつた。それと同時に容れ物の屑籠もぱちぱちといふ音をたてて燃え出した。驚いて窓を開けて、やつと外に投げ出したら、大きな炎の玉が、廂の上をころころと轉がつて長い尾を引いて、中庭に落ちて行つた。下の座敷で、うつらうつらしてゐたお祖母さんが、びつくりして、猫のやうな聲をしたのを、百鬼園先生は、今でも覺えてゐる。」



「梟林記」より:

「その翌日はうららかな小春日和であつた。子供は何も知らないで、いつもの通りに學校へ走つて行つた。
 「今朝早く葬儀自動車が來て、書生さんの死骸だけ連れて行つたんださうです」と細君が小さい聲で話した。
 ひる前、私は二階に上がつた。美しい日が庭一面に照り輝いてゐた。隣りの二階には、雨戸と雨戸との間が細く開けてあつた。その隙間から見える内側は暗かつた。
 ひる過ぎに、日のあたつてゐる茶の間の縁側で、小學校から歸つた女の子が、大きな鋏を持つて、毛絲の切れ端の樣なものを頻りに摘み剪つてゐた。さうして、ふはふはした、毛むくぢやらの球の樣なものを、幾つも拵へてゐた。
 「何だい」と私がきいて見た。
 「これは殺された人の魂よ」と彼女が云つた。さうしてその中の一つを手に取つて、ふはりと投げて見せた。」



内田百間全集 第一巻2



こちらも御参照ください:

内田百閒 『冥途・旅順入城式』 (旺文社文庫)





































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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