『内田百閒全集 第四卷』 (全十冊 講談社版)

「言葉のない音樂を聽いて出る涙は一番本物の涙だと云ふ氣がする。意味と云ふもののない涙ですね。悲しいのか、嬉しいのか知らないが、それが音樂の絶對境で、喜怒哀樂とは關係がない。」
(内田百間 『百閒座談』 より)


『内田百閒全集 第四卷』
鬼苑横段・菊の雨・船の夢・沖の稻妻・百閒座談・王樣の背中

講談社 昭和47年4月20日第1刷発行/昭和48年9月10日第2刷発行
523p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価3,300円
編纂委員: 川端康成/高橋義孝/福永武彦
編輯校訂: 平山三郎
装釘意匠: 講談社ブックデザイン部
本文二段組/「解題」三段組
正字・正かな

月報 4 (8p):
家の中の百閒(庄野潤三)/百閒さんと私(木畑貞清)/百閒先生の借金証文(村山古郷)/百閒先生と東京新聞(平岩八郎)/余滴 叱られた数々(清水清兵衛)/余滴(平山三郎)/全巻書目/図版(モノクロ)7点



内田百間全集 第四巻


帯文:

「「柳撿校の小閑」は男性的傑作として谷崎の「春琴抄」に相頡頏すると三島由紀夫を嘆賞させた神品。〔鬼苑横談〕〔菊の雨〕〔船の夢〕〔沖の稲妻〕四冊の名什に加えて、戦前のよき時代よき世相人情を縦横に語り尽くした〔百閒座談〕と、オリジナル童話世界〔王様の背中〕を挿絵入完全収録。」


帯背:

「詩酒琴を愛した
随筆文学の巨峰
百鬼園の全貌!」



帯裏:

「百鬼園の全貌 夏目純一
 私は大正十四五年頃、百閒さんにドイツ語を教はつた。ふだんは剽軽で、とぼけた話ばかりしてゐたが、いつたん語学教師となると意外なほど厳格で、手心なく詰め込まれた。後年、生活的に随分苦労があつたらしいが、それが人柄をかへないで、最後まで文章道の鍛磨に骨身を削つてゐたのだから、立派だと思ふ。人間百鬼園を全望できる意味で、改めて読み返したい。」



目次:

鬼苑横談 (昭和14年2月 新潮社刊)
 桃葉
 漱石先生の來訪
 漱石蓄音器
 宮城名曲盤
 廊下
 鬼園横談
 續鬼園横談
 夏の鼻風邪
 老先生
 長磯
 訊問
 素人掏摸
 大風の女
 醫院の窓
 浪
 横町の葬式
 蒲鉾
 おから
 鯉の顔
 自分の顔
 金の縁
 米論
 書物の差押
 乘物雜記
 六高以前
 土手三番町
 鬼苑日記
 素人寫眞
 牛
 シユークリーム
 映畫と想像力
 百鬼園浮世談義
 百鬼園俳談義
 運座
 なんざんす
 鼻
 梅葅瑣談
 凱旋の歌
 櫖染子
 五段活用
 宮城撿校の文章
 撿校の宴
 落葉の踊
 ホテルの冬の曲
 六段調
 「丘の橋」に就いて
 漱石山房の元旦

菊の雨 (昭和14年11月 新潮社刊)
 菊の雨
 紹介状
 素絹
 五百羅漢
 舞臺稽古
 百圓札
 布哇の弗
 希夷公
 馬食會
 師走の琴
 斷章
 夢獅山房
 澁抜き
 腰辨の辯
 飛行場の寫眞屋
 四軒長屋
 教員室
 片腕
 居留守
 惡巫山戲
 河原鶸
 宿酲
 鎌倉丸周遊
  波光漫筆
  入船の記
  三ノ宮の乞食
  風穴
 窮屈
 牛乳
 チース
 漱石斷片
 下宿屋の正月
 己卯三ケ日
 鶴龜
 新禮法
 散財將棋
 映畫放談
 野球放談
 俳句放談
 空點房
 靑木先生
 フローレンツ博士
 夜船
 七體百鬼園
 南山壽

船の夢 (昭和16年7月 那珂書店刊)
 流民
 岸壁の浪枕
 新造
 出船の記
 人の顔
 竹橋内
 尾長
 玄冬觀櫻の宴
 葉蘭
 麻姑の手
 一病息災
 荒手の空
 大和丸
 東支那海
 屏東の蕃屋
 小列車
 砂糖黍
 時化
 基隆の結滯
 簾戸
 机
 道樂のすすめ
 新田丸座談會覺書
 船の御馳走
 門司の八幡丸
 婦人接待係
 砂糖袋
 蟻と砂糖
 バナナの菓子
 カステラ
 紅茶
 海苔
 山火事
 不心得
 門松の風
  *
 柳撿校の小閑

沖の稻妻 (昭和17年11月 新潮社刊)
 沖の稻妻
 豫備士官
 邯鄲の歩
 憂鬱
 東京驛前
 川瀬
 迎暑
 土用の琴
 痩せ藥
 年頭の債鬼
 おの字
 神風機餘録
 その前夜
 立春
 戰爭中
 祝捷
 火の用心
 やつちんこ
 雷鳴
 ひかり
 彼岸櫻
 南はジヤバよ
 飛行場の握り飯
 だいこ
 航路案内
 人垣
 茶柱
 罐詰
 喰意地
 爪哇迄も
 雛祭
 可否茶館
 讀本の潛水艦
 氷川丸座談會覺書
 タンタルス
 明暗半日
 波のうねうね
  *
 忘却
 作文管見
 警察官と私

百閒座談 (昭和16年6月 三省堂刊)
 序
 生活樣式一家言
 學生の家
 愚痴の妙義
 涼風世間話
 秋宵世相談義
 四方山話
 蒟蒻説法
 當世漫語
 蓬萊島餘談
  *
 目と耳の境界
  *
 「山萩」放言 〔附録〕

王樣の背中 (插畫: 谷中安規/昭和9年5月 樂浪書院刊)
 序
 王樣の背中
 影法師
 狸の勘違ひ
 お爺さんの玩具
 桃太郎
 かくれんぼ
 三本足の獸
 狼の魂
 お婆さんの引越

解題 (平山三郎)



内田百間全集



◆本書より◆


「百間川」より:

「岡山市の東北郊に山陽本線の旭川の鐵橋があつて、その少し東に百間川の鐵橋と云ふのがある。百間川と云ふのは、川と云つても水は流れてゐないのであつて、昔岡山の城下を大水から救ふ爲に、設計した放水路なのださうであるが、旭川の鐵橋より大分上流の邊りから、旭川を二タ股に割る樣な水路が出來てゐて、その兩側に土手があり、それが蜿蜒と何里も續いて、九蟠と云ふ所から海に注ぐ樣になつてゐる。その堤と堤の間、つまり百間川の幅が百間あるから百間川と云ふのであつて、昔は市中が危くなると旭川に溢れる濁水をそちらへ導いた事もあるのであらう。(中略)百間川と云ふのは、さう云ふ所であつて、土手はあるけれども、田圃の中に、土手が盛り上がってゐると云ふだけで、知らない人にはどこが川だか解らない。又何の爲に何里も續く樣な土手が築かれてゐるのか、不思議に思はれるであらう。」


「惡巫山戲」より:

「私の家でまだ商賣をしてゐた時分、店の若い者は宵の口から店先で居睡りをした。その中に一人、度の強い近眼鏡を掛けたのがゐて、眼鏡を掛けた儘帳場の陰に伸びてゐたが、その時はどう云ふわけか、外にだれも人がゐなかつた。それを見つけたので、私は丹念に朱を磨り、濃くなつた朱の汁をそつと眼鏡の玉に塗りつけた。さうしておいて、急にその若い者の背中を突いた。「あつ、火事だ、火事だ」と云つたら、吃驚して跳ね起きたが、本當に火事だと思つたか、どうだか解らない。私はふざけただけであつて、惡氣があつてした事ではないが、その男は後で、ひどい事をすると云つて恨んだ。
 間一(けんいち)と云ふ麻絲は長さ一間が一文なので、さう云つたのださうであるが、その間一を用ゐて、轉寢をしてゐる男の股間と手の指とをつなぐ樣な惡戲もした。矢つ張り後でひどい事をすると恨まれたけれど、私は惡氣があつてしたわけではない。
 年賀状を書いてゐる内に、同じ事ばかり書くのがいやになつて、色色文句に趣向を考へ出した。一番仲のいい友達に宛てた年賀状には「饉餓死年」と書いてやつた。」
「一年が夢の樣に過ぎて、又年賀状を書く頃になつた或る日の事、その友達からかう云ふ手紙が來た。豫め書面を以て申上げるが、貴君の年賀状はおことわりする。決してよこして下さるな。今年の年頭に戴いた貴君の不吉な御年賀を老母は氣に病んでゐたが、その内に病臥して到頭なくなつた。自分の家庭に於ける今年の不幸はそればかりではないけれど、それは一一申上げない。ただその度に、自分は年頭に貴君から頂戴した不吉な御葉書の事を思ひ出す。來る新年にもまた同じ樣な事をせられては困るから、前以ておことわりする次第である云云。
 私はその時の憂鬱な氣持を、何十年も過ぎた今でも思ひ出す事が出來る。惡氣でないと云ふ事は、自分に對する言譯にもならなかつた。」



「鶴龜」より:

「鶴は人の目玉が好きであつて、うつかりしてゐると眼をねらはれるから氣をつけなければいかんと子供の時に教へられた。それで鶴が向うからやつて來る時は、まともに向き合はぬ樣に、すぐこちらで身をかはした。さう思つて見ると、人の眼を見てゐる樣にも思はれる。しかし人を追つ掛ける時、追ひついたら前へ廻つて、目玉を抜かうとしてゐるのだとは考へられない。又長年の間に鶴に目玉を取られた人の話も聞いた事がない。」


「人の顔」より:

「人の顔は中中覺えられない。覺えたと思つたら間違つてゐたりする。教師をしてゐる時分に、學生の顔はいつ迄たつても見分けがつかない。しかし向うは私の顔をとつくに覺えてゐるから始末の惡い場合もある。」


「カステラ」より:

「婆さんが川で洗濯をしてゐると大きな桃が流れて來ると云ふその桃はどの位大きいかと云ふ事を子供の時に色色想像する。」
「尤もさう云ふ空想を締め括りなしに逞しくするのはいけない樣であつて、私は若い頃色色取り止めもない憂悶になやんでゐた當時、倉庫ぐらゐある大きな消し護謨に噛みついて、一生懸命に齒を立てる事を考へて氣分が惡くなつた事がある。」



『百閒座談』「無意味の涙」より:

「言葉のない音樂を聽いて出る涙は一番本物の涙だと云ふ氣がする。意味と云ふもののない涙ですね。悲しいのか、嬉しいのか知らないが、それが音樂の絶對境で、喜怒哀樂とは關係がない。」


『百閒座談』「迷信の話」より:

「迷信と云ふものは、文明國になるほどあつていい物です。(中略)迷信しなければ祟りがあると云ふのはいい。」
「迷信があるから野蠻だなどと云ふ事はない。幽靈はゐません、それは迷信です、お化けなんかゐる筈がありません、それは迷信ですと云ふ風に教へて子供を育てるより、夕暮れの暗くなりかけた山を見てはあの奥に何だか解らない怖いものがゐると考へ、大きな森の中には大入道が隱れてゐると思ふ子供の方が大きくなる。」




こちらもご参照ください:
内田百間 『王様の背中』  (旺文社文庫)











































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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