『内田百閒全集 第六卷』 (全十冊 講談社版)

「「でも、あまり古い事が、中途までさう思つた儘で、その儘になつてゐると、いろいろいけませんですわねえ」
 「それはどう云ふ事です」」

(内田百間 「由比驛」 より)


『内田百閒全集 第六卷』
隨筆億劫帳・實説艸平記・鬼園の琴・無伴奏

講談社 昭和47年8月20日第1刷発行/昭和48年9月10日第2刷発行
505p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価3,300円
編纂委員: 川端康成/高橋義孝/福永武彦
編輯校訂: 平山三郎
装釘意匠: 講談社ブックデザイン部
本文二段組/「解題」三段組
正字・正かな

月報 6 (8p):
シャンパン(車谷弘)/百鬼園随筆三絶(後藤亮)/では、貴君(澤野久雄)/合羽坂時代(高原四郎)/余滴(平山三郎)/全巻書目/図版(モノクロ)6点



内田百間全集 第六巻


帯文:

「その文学と人間の師漱石を追慕し、深く心を許した友芥川龍之介を愛惜するとき、百閒文学の琴線は、懐しい明治大正の青春に冴え返る。又、人間森田草平を描き尽して彷彿たる〔実説艸平記〕と、如意自在の随筆世界は愈々独自玄妙の趣を加える〔随筆億劫帳〕〔鬼園の琴〕〔無伴奏〕を収録。」


帯背:

「詩酒琴を愛した
随筆文学の巨峰
百鬼園の全貌!」



帯裏:

「濁らざる河 澤野久雄
 汚れた世情の中をゆく、永遠に濁らざる河。百鬼園先生の筆に接すると、私はいつもそう思うのだった。とかく、人を食った言行、俗を白眼視するかの姿勢、それは先生が自らの純粋さを意識するところに生れるもので、その飄々たるおかしさは、人間に対する憐みの情の変形であったと思われる。とはいえ、文は欺かず、その真摯な魂は、あらゆる行間を埋めつくしている。」



目次:

隨筆億劫帳 (昭和25年4月 河出書房刊)
 億劫帳(おくくふちやう)
 沙書帳(すながきちやう)
 西廂雜記
  憲兵と金貸し
  新聞休日
  制服制帽
  先生
  金づまり
  燒豆腐とマアガリン
  ひがみ
  未練
  氣象管制
  玄關先
 鬼苑雜記
  雷名
  車中
  金融の大道
  地唄舞
  二歩
  竹筆
  殿下とアンコオル
  醉餘
  惠存
 五年前の春
 四年前の春
 三年前の春
 一服
 寢坊の辯
 漱石山房の夜の文鳥
 夜道
 北雷の記
 十六夜
 町の野火
 先年の急行列車
 藝
 工面
 夢路
 べんがら
 雀
 目白落鳥
 殘月と燒夷彈
 こち飯
 お祭鮨 魚島鮨
 酒徒太宰治に手向く
 蕃さんと私
 今井慶松先生を追慕す
 谷崎潤一郎氏の「雪」に因みて
 冷汗かわく
 歳晩の一昔
 一年早死する
 私の還暦
 漱石雜話
  *
 古里を思ふ
  京橋の霜
  浩養軒
  後樂園
  麥
  奈良茶
  源吉樣
  荒手

實説艸平記 (昭和26年6月 新潮社刊)
 サラサーテの盤
 とほぼえ
 枇杷の葉
 雲の脚
 ゆふべの雲
  *
 龜鳴くや
 秩父宮殿下に上るの書
 いすかの合歡
 華甲の宴
 摩阿陀會
 實説艸平記

鬼園の琴 (昭和27年2月 三笠書房刊)
 華甲二年
 關門
 雅會
 正月の稻妻
 やり直し
 夕刊
 夜風と泥坊
 前掛けと漱石先生
 猪の足頸
 食用蛙
 新本
 酌
 小難
 がんもどき
 君ケ代
 巡査と喘息
 滄桑
 學校裏
 拂ひ殘り
 片寢
 鼻赤
 贋泥
 列車食堂
 有樂座
 栗鼠
 酒吃り 俳句
 義理の讀書
 「舌の蟲干し」
 ねぢり棒
 八月十五日の涙
 代作
 漱石俳句の鑑賞
  *
 贋作吾輩は猫である 續篇

無伴奏 (昭和28年5月 三笠書房刊)
 無伴奏
 時は變改す
 病閑録
 御慶
 年酒
 燕燕訓
 五十五軒
 俳聖炳たり
 定期劵乘客
 夢裏
 めそ
 お前ではなし
 お立ち寄り
 「埋草隨筆」の序
 Bengala 帝國出納省告示第三八號ノ八
 豚小屋の法政大學 座談會筆記
  *
 由比驛

解題 (平山三郎)



内田百間全集



◆本書より◆


「古里を思ふ」より:

「招魂祭は毎年四月二十六日であつて、靑草の美しく伸びた東山公園の芝生の上や、東山公園から橋を渡つて行く招魂社の廣場に見世物や露店が一ぱい出た。招魂社の一ノ鳥居を這入つた左側にのぞきが掛かつて、色眼鏡をかけたおやぢと手拭を襟に卷いたおかみさんが掛け合ひで桶屋町の四人殺しをやつてゐた。
 「天の罰かよ綱太郎は、二人の車夫にと召し捕られ、引かれて行くのは裁判所」
 私も一錢拂つてからくりを覗いて見た。畫面の記憶は何も殘つてゐないのに、節をつけた口上の一節だけは今でも眞似る事が出來る。綱太郎と云ふのはその當時未だ裁判中だつたので假りの名前を使つたのであつて、本名はのぶ太郎だと云ふ事まで覺えてゐる。子供の時にだれからそんな事を教はつたか、或は大人同志の話を横聞きしたのか、下らない事は何十年たつても忘れない。のぶ太郎は兇行後蓮昌寺の縁の下に隱れてゐたのを俥屋が見つけてつかまへたのである。
 こはかつた話は桶屋町の四人殺しの外に、備前紡績の女工が機械に卷き込まれて死んだのでそのお通夜をしたら洋燈のほやに死んだ女の顔がうつつて拭いても取れなかつたと云ふので夜になると自分の家の洋燈のほやを見るのも無氣味であつた。」
「もう一つこはかつたのは鴨方の夜汽車の大尉殺しで、この話は芝居になり西中島の旭座で壮士役者が上演したのを父母に連れられて見に行つた。」



「ねぢり棒」より:

「本郷の赤門と正門の間の丁度眞中邊りの向う側に、喜多床と云ふ大きな床屋があつた。」
「店に這入つて行くと、喜多床の鏡は右左の壁を一ぱいに潰して嵌め込んであるので、その前に起つた自分の身體が、右にうつつてゐるのが左にうつり、それがその儘右のもつと奧にうつり、それが又左のもつと奧にうつり、何處まで行つてもきりがなかつた。
 子供の時分に、郷里の旭座と云ふ芝居小屋に鏡抜けの興行が掛かつた事がある。土間の枡をその儘一つ宛の區切りにして、前後左右に襖ぐらゐの大きな鏡が立ててある。だからその中に起つと、自分の身體が四方にうつり、うつつたのが又その先にうつつてゐて際限がないから、どうしていいか解らなくなる。四つの鏡の内、どれか一つが、押せば開く樣になつてゐるのだが、うまくそこを押し當てて隣りの枡に出て行くと、矢張り四面の鏡に圍まれてゐるので、(中略)どこ迄行つてもさう云ふ枡が續いて、狹い枡の中が無限に廣く鏡にうつり合つてゐるから、二つ三つの枡を通ると、もう前後左右の判別がつかなくなる。動く鏡を押して次の枡に出たつもりで、實は今抜け出した計りのもとの枡に逆戻りしたりして、うろうろする。
 枡の四方は鏡で圍はれてゐるけれども、上はあいてゐるので二階から見れば鏡の圍ひの中でまごまごしてゐるのが、その儘眺められる。先にうまく鏡の中を抜け出した連中が二階に陣取つてわいわい囃し立てる。そつちぢやないとか、こつちを押すのだとか、そら逆戻りだとか、面白がつて指圖するので、鏡の中にゐる方は、なほうろたへて仕舞ふ。
 喜多床の鏡は左右だけだから、鏡抜けの枡とは趣きが違ふけれど、どこ迄行つてもきりがない點は同じであつた。散髪されながら考へ込んだ。絶對的の竝行線に置くと云ふ事は出來ないから、お互に寫り合つて行くにも極限があるに違ひない。そこを考へ詰めて見たいと思つたが、頭がさう云ふ風に出來てゐないので、じれつたい計りでよく解らない。さう云ふ事になると、いつでもそんな氣がするのだが、倉ほどもある大きな消し護謨に噛みついた樣な氣持になつた。」



「お前ではなし」より:

「玄關から人が來て困る。來なくてもいい人も來るし、來る筈になつてゐる人も來る。どちらも來られては困る。來る筈の人が來なければ、或はこちらから出掛けなければならぬ場合もあるだらう。出掛ける事は御免だとすれば、來た方がいいと云ふ理窟は解つてゐる。しかし乍らそれは理窟であつて、現實に人が來ると云ふ事は困る。
 なぜ困るかと云ふに、私は家にゐて自分の心づもりがある。人が來ると、それがさう行かなくなる。だれも來なくても、中中事は捗らない。何とか埒をあけなければならないと、いらいらして、むしやくしやしてゐる所へ、人が來る。それでもう駄目である。ぢきに歸つて行つても、いけない。ゐた時間は十分か五分だつたとしても、被害はその時間で計るわけには行かない。
 人が來たから駄目だつたと思ふ。しかし來なくても同じ事だつた事は承知してゐる。事が捗らない、埒があかない所へ人が來たのは、丁度いい工合の口實になる。しかしその口實をかざして言ひ譯をする相手は私自身なのだから、矢張り後味は憂鬱である。」




こちらもご参照ください:
内田百閒 『実説艸平記』 (旺文社文庫)




























































































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ひとでなしの猫

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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