『内田百閒全集 第九卷』 (全十冊 講談社版)

「無聲映畫の前の幻燈は一層遠い話になる。今でも思ひ出すのは郡司大尉の千島探險、占守島(しむしゆたう)の景色である。洋燈(ランプ)の明かりで映し出すのだから、旅順入城式の寫眞よりはもつと暗く、ぼんやりしてゐて曖昧で、何が何だかわからなかつた。その文目(あやめ)もわかぬ朦朧とした畫面が、その故に却つてありありと瞼の裏に殘り、何十年經つても、ぼんやりした儘で消え去らない。」
(内田百間 「たましひ抜けて」 より)


『内田百閒全集 第九卷』
けぶりか浪か・クルやお前か・波のうねうね・馬は丸顔

講談社 昭和48年2月20日第1刷発行/昭和48年9月10日第2刷発行
531p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価3,300円
編纂委員: 川端康成/高橋義孝/福永武彦
編輯校訂: 平山三郎
装釘意匠: 講談社ブックデザイン部
本文二段組/「解題」三段組
正字・正かな

月報 9 (8p):
百鬼園先生と二山博士(出隆)/『百鬼園随筆』外伝(竹内道之助)/百閒先生の川柳(村山古郷)/百閒先生に叱られた話(栗村盛孝)/余滴(平山三郎)/全巻書目/図版(モノクロ)4点



本文中図版(モノクロ)2点。


内田百間全集 第九巻


帯文:

「晩年の百鬼園文章は文字通り煙霞の如く飄飄、流水に似て淡淡、如意自在の裡に人生行路の悲喜哀歓を尽して間然する処がない。日本語の達人と云われる所以である。明治の郷愁〔けぶりか浪か〕ネコロマンチシズム〔クルやお前か〕おからでシャムパン〔波のうねうね〕仰げば尊し〔馬は丸顔〕を収録。」


帯背:

「名琴を奏でて神韻
高雅な格調と郷愁
随筆文学の最高峰」



帯裏:

「不思議な魔力 村野四郎
 内田百閒先生の、言葉における腕力は無双である。大体言霊(ことだま)の強大な人を文章家とよぶが、その意味で先生は、われわれが過去にもった最大の文章家の一人である。
 現実に対する認識の透徹さは、俗世におけるユーモアや諧謔や郷愁となる。それらが反映する世界の不思議な魔力はどうだろう。
 人々は、これによって思う存分、百閒先生の絢爛たる言語力(思想)に眩惑されるがよい。」



目次:

けぶりか浪か (昭和37年7月 新潮社刊)
 夜の杉
 一粒一滴
 壁隣り
 かしは鍋
 空中分解
 御慶十年
 裏川
 卒業前後
 いたちと喇叭
 未だか十二年
 散らかす
 沙美の苔岩
 山むらさきに
 峻峯四十八座
 御慶十一年
 何のその
 「けらまなこ」再考
 「猫の墓」序
 夢獅山散章
  *
 新田丸問答

クルやお前か (昭和38年7月 東都書房刊)
 クルやお前か
 カーテル・クルツ補遺
 ネコロマンチシズム
  *
 肩ぐるま
 坐り込む
 暹羅(シヤム)の鬪魚
 虎を描いて
 狗に類する
 しつぽり濡るる
 皮膚虎列剌(コレラ)
 摩阿陀十三年
 ひよどり會
 八十八夜は曇り
 年の始めの
 ヤマハ
 キンタイチ
 片山敏彦君

波のうねうね (昭和39年8月 新潮社刊)
 實益アリ
 おからでシヤムパン
 聯想繊維
 夏どろ新景
 六區を散らかす
 夕闇の人影
 まなじりを決す
 クルの通ひ路
 花野暮れる――無免許掏摸大仕事綺譚
 渭城の朝雨――摩阿陀會十四年
 その玉の緒を――御慶十三年
 俄かに天狗風
 お濠の赤い水波――滄桑の變
 跡かたもなし
 鶴の舞
 うぐひす
 瓢箪八つ
 垣隣り
 第一囘海の記念日
 狐が戸を敲く
 文選女工
 泣き蟲
 煙歴七十年
 忘却論
 アヂンコート
 たましひ抜けて
 ヒマラヤ水系
 靑葉しげれる
 事の新古とハレー彗星
 にがいか甘いか
 電氣屋の葛原さん

馬は丸顔 (昭和40年10月 朝日新聞社刊)
 馬は丸顔
 仰げばたふとし
 狐は臭い
 白映えの烏城
 遍照金剛
 巨松の炎
 輪舞する病魔
 禿げか白髪か
 海老茶式部
  上 龜島町偕樂園
  下 麻布龍土軒
 永當永當――御慶十四年
 その前夜――摩阿陀十五年
 靑空倶樂部
 雷
 近情を報じて舊情に及ぶ
 摺りばん
 鬼園雜纂
  上 濛タリ兮漠タリ兮 吾ガ几邊
  下 第六囘ひよどり會
 十六羅漢――摩阿陀十六年
 心明堂
 雀の子
  *
 前著「波のうねうね」迄の私の本
 宮城道雄著「あすの別れ」序
 宮城會演奏プログラム口上一束

附録
 推薦文 四篇
  〔私の文章道の恩人〕 昭和九年版岩波書店「芥川龍之介全集」
  〔漱石全集は日本人の經典である〕 昭和十年版岩波書店「漱石全集」
  〔人としての難有さ〕 昭和十一年版岩波書店「寺田寅彦全集」
  〔日本人の教科書〕 昭和二十五年創元社版「夏目漱石作品集」
 逸文 四篇
  創作の態度其の他 
  梶井基次郎全集の編纂方法
  萌え出づる若葉
  十三年鷄糞のにほひ

解題 (平山三郎)



内田百間全集



◆本書より◆


「夜の杉」より:

「私の家の隣りは綿屋である。
 綿屋の隣りは空き地で脊の高い雜草が生えてゐる。もとは豆腐屋であつたが、取り毀した跡がいつ迄もその儘になつてゐて、家が建たない。豆腐屋のをばさんの顔をかすかに覺えてゐる。そのをばさんが死んで、後家(ごけ)さんだつたので、跡が絶えたのだらう。
 その内に私共の町の裏に、新らしく第六高等學校が建つ事になつた。その地形(ぢぎやう)を造る爲に、をろちが住んでゐると云はれた奧市(おくいち)の土を掘つて運んだり、塔の山の岩を切り碎いたりした。塔の山は團子の樣な小さな山だが、墓山であつて、石塔が一ぱい立つてゐる。
 その山の端の所の岩を割つたら、その響きでお墓が崩れて、埋まつてゐたお棺が出て來た。
 蓋を開けると、すつかり屍蝋(しらふ)になつた豆腐屋のをばさんが棺の中に坐つてゐたと云ふ。豆腐屋は宗旨が神道だつたので、死んでも頭を剃らないし、火葬にもしない。丸髷に結つた頭で坐棺にちんと坐つてゐたのだらう。屍蝋と云ふものは見た事はないが、見た人が話してゐるのを聞くと、丸で生きてゐた時の儘の姿でゐたさうである。」



「夢獅山散章」より:

「自刻自刷(じこくじずり)の版畫の鬼才と云はれた谷中安規が、駒込の燒け跡のかぼちや畑の中で、自分の組み立てた掘つ立て小屋に横たはつた儘死んでしまつたのは昭和二十一年九月九日である。」
「谷中安規は駒込のかぼちや畑の中で餓死したのである。實に殘念なことをしたと思ひ、今でもしよつちゆう思ひ出す。」
「元來が飄飄(へうへう)とした風來坊で、身なりはお話にならない。頭の髪は伸び放題、どうかすると表をはだしで歩く。しかし禮節は正しく、乞食の樣な恰好をしてゐながら人柄にちやんとした氣品があつた。」



「カーテル・クルツ補遺」より:

「一體私は猫好きと云ふのではないだらう。さう云ふ仲間に入れて貰ふ資格はなささうである。ただ、ゐなくなつたノラ、病死したクル、この二匹が、ゐてもゐなくても、可愛くて堪らないと云ふだけの事である。」
































































































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本