『内田百閒全集 第十卷』 (全十冊 講談社版)

「川沿ひの片側町を歩いてゐる内に家竝みが盡きて、伸びた草の葉が足もとになびく土手の道に出る。その淋しさ。
 土手は淋しい。」

(内田百間 「土手」 より)


『内田百閒全集 第十卷』
麗らかや・夜明けの稻妻・殘夢三昧・日沒閉門/書簡 年譜 參考文獻

講談社 昭和48年4月20日第1刷発行/昭和48年9月10日第2刷発行
625p 口絵(モノクロ)1葉
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価3,300円
編纂委員: 川端康成/高橋義孝/福永武彦
編輯校訂: 平山三郎
装釘意匠: 講談社ブックデザイン部
本文二段組/「解題」三段組
正字・正かな

月報 10 (8p):
等身大(福永武彦)/「イヤダカラ、イヤダ」(多田基)/三畳御殿の先生(宮城喜代子)/余滴(平山三郎)/全巻書目/図版(モノクロ)5点



内田百間全集 第十巻


帯文:

「稲妻の露に残れる夜明けかな――辞世にも似た百鬼園先生晩年の心懐は、遂に帰ることのなかった故郷を遠い砧の音に偲んで清澄無限。詩酒琴を愛して日没閉門、嶮しい文章道に徹した文集四冊に加え、知られざる真骨頂〈書簡〉890通と年譜・参考文献を収録、以て本全集をここに完結する。」


帯背:

「名琴を奏でて神韻
高雅な格調と郷愁
随筆文学の最高峰」



帯裏:

「痛みに酔う 山口瞳
 私は内田百閒先生の文章を読むと、大変に勇気づけられる。私は、いつでもこう思う。「こんなもの、俺にだって書ける」。ところが、いざ書く段になって、とてもこんなふうには書けないことを思い知らされる。打ちのめされ、叩きつけられる。
 百閒先生の文学は、絶えず、読者に、文章とは何かという問いをつきつけてくる。私は、文章とは、結局は、人間全体を代表する何物かであって、とうてい及ばぬことを悟らされ、そこでも快い痛みに酔うことになるのである。」



目次:

麗らかや (昭和43年1月 三笠書房刊)
 ヌ公
 この子のお子が
 ヌ公續く
 庵を結びて
 土手
 大風一過
 亂れ輪舌FOT
 向ケ丘彌生町一番地
 漱石生誕百年の御慶第十五年
 ノミに小丸
 類猿人
 漱石遺毛その後
 ワレ關知セズ
 薤露蒿里の歌
 大坂越え
 ハーレー彗星あと二十年
 やらやら目出度や
 麗らかや

夜明けの稻妻 (昭和44年3月 三笠書房刊)
 柵の外
 松笠鳥
 花のない祝宴
 カメレオン・ボナパルテ
 「失敬申候へ共」
 逆(さか)らつきよう
 偶像破壞(アイコノクラスム)
 雲のびんづら
 仇敵慶應ボイ
 身邊と秋筍
 暗所恐怖
 黄色い狸――お詫び状一束
 風かをる
 赤曼荼羅
 病牀通信
 未だ沈まずや
 海峽の浪
  *
 夜明けの稲妻
 正月の鹿鍋

殘夢三昧 (昭和44年11月 三笠書房刊)
 日本男兒全學連
 天王寺の妖靈星
 見ゆる限りは
 アビシニア國女王
 殺さば殺せ
 山寺の和尚さん
 晝火事晝花火晝行燈
 鹿ノミナラズ
 その一夜
 車窓の稻光
 うつつにぞ見る
 ピールカマンチヤン
 フロツシユ教官
 ランドセル
 樂天居主人
 牛カツ豚カツ豆腐
 物を貰ふ
 殘夢三昧
 殘夢三昧殘録
 新殘夢三昧
 舞臺の幽靈――新續殘夢三昧
  *
 新涼談義――戸板康二君との對談
 齒は無用の長物――高橋義孝君との對談

日沒閉門 (昭和46年4月 新潮社刊)
 日沒閉門
 目出度目出度の
 枝も榮えて
 葉が落ちる
 雨が降つたり
 二本松――劔かたばみ終話
 また出た月が
 阿房列車の車輪の音
 逆撫での阿房列車
 左り馬
 白日の夜襲
 第二十年御慶ノ會
 みよし野の
 藪を賣る
 「ノラや」
 ノコりノコらず
 四靈會
 陸海軍隊萬萬歳
 猫が口を利いた

書簡 842通

年譜・參考文獻
解題 (平山三郎)



内田百間全集



◆本書より◆


「土手」より:

「川沿ひの片側町を歩いてゐる内に家竝みが盡きて、伸びた草の葉が足もとになびく土手の道に出る。その淋しさ。
 土手は淋しい。」
「若い時の作品を讀んでくれた親しい友人が、君の書いた物には土手ばかりが出て來る、君の文學は土手の憂愁、土手の悲哀だねと云つた。」

「私の舊作「冥途」にはあちらこちらに土手が出て來る。土手は淋しく悲しい。そのつもりで書いたのではないが、後から思へば若い時の感傷を土手に託した事は疑ひない。
 土手のある自然の下に育ち、土手に思ひ出があり馴染みがあるが、生れ故郷を離れて知らない所へ行つても、土手に出會ふと何となく自分の過去につながる樣な感懷に囚はれる。」

「左側の窓から見えるのは、いつ迄行つても同じ草の色で、それがすぐ車窓のそばに迫つてゐる。初めの内はわからなかつたが、恐ろしく長い土手が續いてゐるので、輕便鐵道はその土手の腹に、すれすれに沿つて走つてゐるのであつた。」
「その土手は續いて、續いて、いくら行つても切れ目がない。土手の向う側は北上川の水位の高い洋洋たる水が流れてゐるのだから、切れ目がある筈がなく、どこか切れてゐたら大變だらう。
 もう少し行くと、狹い車窓から見上げる土手の上の向うの空に、大きな帆柱が立つてゐるのが見えた。動いてゐるのか停まつてゐるのかわからなかつたが、大きな船がゐるらしい。
 漸く石ノ卷に著いた。道がかさかさに乾いてゐる。當てどもなく歩いて行く路面に、大きな石がごろごろ轉がつてゐた。」



「亂れ輪舌FOT」より:

「それが私の子供で、長男で、高等部在學中に夭折した。
 少し變な所があつた子供で、それはおやぢの子だから當り前かも知れないが、自分の蟇口(がまぐち)を開けて見て、中が氣に入らない。お金が足りないのではなく、自分が考へてゐるきちんとした數より多過ぎて、半端が餘計で邪魔になる。五錢の白銅を一つ摘み出せば何とか我慢出來る。傍にゐた妹や弟に五錢やらうかと云つたけれど、だれもいらないと云つてことわつたので、その白銅を庭へ投げて捨ててしまつた。」
「病氣になつて、亡くなる一日二日前、私の顔を見ると、お父さん、メロンが食べたいと云つた。
 そんなに容態が惡いとは思はなかつたから、贅澤を云ふな、夏蜜柑でいいよと云つて、メロンの願ひは取り上げなかつた。」
「今から三十年前の事になるが、それ以後私は一切メロンを食べない事にしてゐる。宴會などでデザアトに出ても手をつけない。遣ひ物として人から屆けられても、折角の好意に申し譯ないけれど、そのまま他へ廻したり、遠慮のいらない相手にはその場で返して外の物と取り替へて貰ふ。
 メロンなど食べなくてもいい。それにつれて、あの時買つて食べさせればよかつたなど繰り言みたいな事を思つても考へても意味はない。
 ただこの事だけは歳月の流れにまかせて見ても一向に消えないし、薄らぎもしない。だから矢張りそれもこの儘にしておけばいい。」



「山寺の和尚さん」より:

「怪しからん事に、數年後進駐軍の占領下にあつた當時、名前は忘れたが原子爆彈を投下した米國の操縱士がノメノメ日本へやつて來て、見物して歸つて行つた。
 生かして返す可きではなかつた。日本には神も佛もなくなつたのか。しかし、神樣や佛樣はお留守であらうとも、まだどこかに狐や狸や川うそのたぐひはゐる筈である。明治の文明開化の餘計なおせつかひで迷信打破が唱へられ、そのあふりを喰らつて彼等は身の置き所もなく、影が薄くなつた。
 しかしながら、骨ばかりの骸骨になつた廣島の産業會館が陰をひたす太田川の川隈(かはくま)には、川うそがゐるだらう。何をしてゐるのか。その操縱士に取りつき、産業會館の玄關前の石段に殘つてゐる消えた人の黒い影に彼を抱きつかせてやれ。」



多田基「「イヤダカラ、イヤダ」」(月報記事)より:

「昭和四十二年十二月――奇数の日に会いたいと百閒先生が云われた。」
「先生の話された用事の第一は、芸術院会員の辞退の件であった。
 ――この度芸術院会員候補に推薦されたとのことだが、自分の記憶では、二十八九年頃は任命形式で、その時分から自分が話題に上ったことを聞いている。その後、候補者の決定は、投票によるようになっているらしいが、自分は辞退する考えを持ち続けている。会員になれば、貧乏な自分には六十万円の年金は有難いが、自分の気持を大切にしたいので、どんな組織にでも入るのは嫌だから辞退する。」
「そして、私を紹介する名刺と辞退の口上メモを手渡され、理由を訊ねられたらメモ通りに答えてくれと云われる。(中略)お慶びを申上げて、御祝いをどうしようかと考えていた矢先だから、冷水を浴びたように面喰ってしまった。」
「メモには次のように書かれていた。
 十二月一日 多田様 栄造
 ○格別ノ御計ラヒ誠ニ難有御座イマス
 ○皆サンノ投票ニ依ル御選定ノ由ニテ特ニ忝ク存ジマス
  サレドモ
 ○御辞退申シタイ
  ナゼカ
 ○芸術院ト云フ会ニ這入ルノガ
  イヤナノデス
  ナゼイヤカ
 ○気ガ進マナイカラ
  ナゼ気ガ進マナイカ
 ○イヤダカラ
 右ノ範囲内ノ繰リ返シダケデオスマセ下サイ」

































































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本