中野美代子 『眠る石』

「風がない夜なのに、深更、おそろしい風の音に目がさめた。また、大勢の人がしゃべったり笑ったりしている声が風の音に混じった。倉庫から匐(は)い出し、外をのぞいてみると、風の気配はそよともなく、黒滔々(こくとうとう)たる夜の静寂が支配するばかりである。」
(中野美代子 「楼蘭東北仏塔」 より)


中野美代子 
『眠る石
― 綺譚十五夜』


日本文芸社 
1993年6月29日 第1刷印刷
1993年7月5日 第1刷発行
161p 付記1p 著者紹介1p
20.2×15.8cm 
丸背紙装上製本 カバー
定価1,700円(本体1,650円)
装幀: 鈴木一誌



本書付記より:

「本書は、財団法人国際通信文化協会発行『ON THE LINE』一九九一年四月号から九二年三月号までに掲載された十篇に、「ウェストミンスター・アベイ」「シャトー・ド・ポリシー」「ベゼクリク千仏洞」「晋江摩尼教草庵」「プリヤ・カン寺院」の五篇を書き加えたものです。」


連作短篇小説集。本文中図版(モノクロ)多数。
本書は、だいぶまえに古本で買ったのですが、挟込「付録」は紛失していました。


中野美代子 眠る石 01


帶文:

「一千番目の石像と化した皇女、韃靼人の文字が密かに描き込まれた聖画、
最前景に異形の物体が浮遊する肖像画、“死の塔”の最初の受難者……など、
七世紀のタクラマカン砂漠から二十世紀のカンボジアまでの時空間に、
寺院・礼拝堂・回廊・草庵の建築・絵画縁起を基軸にして、
該博の知識と豊かな想像力が編みあげた、
奇妙で不思議な、十五の夢幻の物語。

[死]の変奏
としての十五の夢幻の物語!」



帯裏:

「地誌学的想像力と石化の夢
谷川渥――国学院大学助教授〈美学〉
◎ボードレールは、それ自体すぐれてパランプセスト(書かれた文字を消してさらにその上に文字を書き重ねた羊皮紙のこと)の実践にほかならぬその『人工の天国』において、トマス・ド・クィンシーのテクストを引いているが、そこではこういわれている。「人間の脳髄は、天然の巨大なパランプセストでないとしたら、いったい何だろうか?」。人間の脳髄が、それゆえまた「主体」が、そもそも巨大なパランプセストでしかないならば、個々の「主体」の生み出すテクストがパランプセストでないはずはあるまい。
◎してみれば、中野美代子氏の小説世界は、そしてとりわけ『眠る石』は、その比類のない学識に裏打ちされた「地図化の衝動」あるいは地誌学的な想像力が、石化の夢と手を結んで、パランプセストとして現象したものととらえることができるだろう。とすれば、地雷の炸裂とともに雲散霧消したかにみえたあの「私」も、いつでも自由に再生しうるはずである。
――本書付録より」



中野美代子 眠る石 02


目次:

第一夜 ロロ・ジョングラン寺院
第二夜 スクロヴェーニ礼拝堂
第三夜 楼蘭東北仏塔
第四夜 ボロブドゥール円壇
第五夜 ビビ・ハヌム廟
第六夜 泉州蕃仏寺
第七夜 ウェストミンスター・アベイ
第八夜 シャトー・ド・ポリシー
第九夜 龍門石窟奉先寺
第十夜 カリヤーンの塔
第十一夜 アンコール・ワット第一回廊
第十二夜 ベゼクリク千仏洞
第十三夜 晋江摩尼教草庵
第十四夜 ザナドゥー夢幻閣
第十五夜 プリヤ・カン寺院




中野美代子 眠る石 03



◆本書より◆


「ビビ・ハヌム廟」より:

「「それからどうした」
 俺は、ながながと寝そべった。
 「ビビ・ハヌムの斬られた首からしたたる血が、いまも、あの円蓋から降ってくるのです」
 さきほど、カラカラと落ちてきたものは、赤いマジョリカ焼の陶板と見えたが、なんと、ビビ・ハヌムの血であったか――。」



「カリヤーンの塔」より:

「カリヤーンの塔が、袋づめにした罪人を投げ落とすことで死の塔として知られるようになったのは、十八、九世紀のことである。しかし、つくられてまもなくの十三世紀にもその刑罰はあったらしい。最初の受難者セイフェディン・ボハルジがなぜ処刑されたのかは不明である。モンゴルへの内通者であったからだとも、あるいはモンゴルへの非協力者であったからだともいわれている。あるいはまた、四六メートルもの高さのこの塔の設計者であったからだともいう。それが正しいのかもしれない。」


「ベゼクリク千仏洞」より:

「ここの住民は、いまやウィグル人であるが、かれらはすでにイスラム化していた。イスラム教徒が、洞窟壁面にびっしり描かれた仏画を許容するはずがない。刃物で乱雑に削り取るのは常のこととして、わけてもその狼藉(ろうぜき)は、画中の菩薩(ぼさつ)や人物の目に及んだ。
 手のとどかぬ天井画の仏たちには、泥をぶつけ、箒(ほうき)ようのものでまんべんなく塗りこめるという迫害を加えたし、さらにその上に、かれらのいまの文字であるアラビア文字で呪詛(じゅそ)のことばを書きつけることも少なくなかった。」

「その数百体ものミイラは、しかし、葬(ほうむ)られたのではなかった。いずれも、頭蓋や胴体に鋭利な刃物で斬られた傷あとがついていた。つまりは惨殺死体を廃棄する場所だったのである。この無残な死体どもの上に、仏教寺院が建てられた。とすれば、その死体の山は、マニ教徒たちであるということだろう。」



「晋江摩尼教草庵」より:

「摩尼光仏が異教の神であることを隠しきれないように、摩尼教は、いついかなるときでも邪教であった。」


「ザナドゥー夢幻閣」より:

「カーンは、このヴェネツィアの青年が報告する数知れぬ都市の多様な姿を思いうかべながら、しかし、退屈していた。この青年がことばだけでつくった都市だということを、クブラ・カーンはとうに見抜いていた。なるほど、この青年は、西から東まで、そしてシナの隅々まで旅をし、だれよりも多くの都市を見ている。しかし、経験が何だろう? 経験が何だろうというクブラ・カーンの心の奥底を見抜いたマルコは、ことばだけであらゆる都市をつくってみせた。」


「プリヤ・カン寺院」より:

「この寺院の荒廃は、しかし、近年のポル・ポト軍による破壊のみによるものではない。数百年ものあいだ密林のなかに放置されていたため、植物がわがものがおに石の建造物を蹂躙(じゅうりん)したのだった。」





































































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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