白川静 『漢字百話』 (中公新書)

「文字は呪能をもつ。声によることばの祈りは情念を高めるが、文字形象に封じこめられた呪能はいっそう持続的であり、固定的である。」
(白川静 『漢字百話』 より)


白川静 
『漢字百話』
 
中公新書 500

中央公論社 1978年4月25日初版/1998年4月25日19版
258p 目次ほか6p
新書判 並装 カバー
定価720円+税



本文中図版(モノクロ)多数。


本書「あとがき」より:

「国語政策についての内閣告示が出されてから、すでに三十年になる。(中略)情報の機械化のために、文字も、したがってことばも改められる。選択の自由があって、そのなかですべての領域の活動がなされるのではない。選択の余地のない、最低限度のものが強制されているのである。おそらくことばの生活、文字の使用が行なわれて以来、はじめての変則的な事態であろう。しかもそれを変則と意識しないところに、現代の問題がある。」
「私の漢字研究は、古代文化探求の一方法として試みてきたものであり、無文字時代の文化の集積体として、漢字の意味体系を考えるということであった。『漢字』や『漢字の世界』は、すべてその立場から一般書としてまとめたものである。」
「私はこの書の大部分を、漢字の構造原理の解説にあてた。(中略)文字の使用に、つねに語源的・字源的知識を必要とするわけではないが、ことばやその表記が何の意味体系をももたぬということはなく、それがなくては、文字は全くの符号となる。改革を加えるとしても、その体系のなかにおいてなすべきである。」



白川静 漢字百話


カバーそで文:

「三千年を超えるその歴史において、漢字が現代ほど痛ましい運命に直面している時代はないであろう。中国が字形を正す正字の学を捨て、わが国で訓よみを多く制限するのは、彼我の伝統に反する。また、両国の文字改革にみる漢字の意味体系の否定は、その字形学的知識の欠如に基づく。甲骨・金文に精通する著者が、このような現状認識から、漢字本来の造字法やその構造原理に即しつつ、漢字の基本的諸問題を考察し、今日的課題を問う。」


目次:

I 記号の体系
 1 漢字と映像
 2 文字と書契
 3 神話書記法
 4 山頂の大鐃
 5 図象の体系
 6 我と汝
 7 文とは何か
 8 名と実体
 9 隠された祈り
 10 聖化文字

II 象徴の方法
 11 象徴について
 12 呪的方法
 13 攻撃と防禦
 14 聖記号
 15 うけひ
 16 神のおとずれ
 17 左と右
 18 余の効用
 19 神梯の儀礼
 20 行為と象徴

III 古代の宗教
 21 風と雲
 22 鳥形霊
 23 蛇形の神
 24 弾劾について
 25 殴つこと
 26 族盟の方法
 27 道路の呪術
 28 軍社の礼
 29 講和について
 30 農耕の儀礼

IV 霊の行方
 31 生と命
 32 玉衣
 33 み霊のふゆ
 34 神招ぎ
 35 若と如
 36 死喪の礼
 37 老残の人
 38 親と子
 39 非命の死
 40 久遠の世界

V 字形学の問題
 41 限定符
 42 会意字の構造
 43 手の用法
 44 足三態
 45 人の会意字
 46 かぶくもの
 47 文字系列
 48 形体素
 49 同形異字
 50 省略と重複
 
VI 字音と字義
 51 音素について
 52 音の系列
 53 亦声について
 54 転注説
 55 形声字と音
 56 音義説
 57 語群の構成
 58 単語家族
 59 嗚呼について
 60 オノマトペ
 
VII 漢字の歩み
 61 甲骨文と金文
 62 ヒエラチック
 63 徒隷の字
 64 『説文解字』
 65 字書『玉篇』
 66 正字の学
 67 美の様式
 68 文字学の頽廃
 69 漢字の数
 70 漢字の行方

VIII 文字と思惟
 71 孤立語と文字
 72 文脈と品詞
 73 御と尤
 74 訓詁と弁証法
 75 反訓について
 76 道と徳
 77 永遠の生
 78 文字と世界観
 79 複合語
 80 中国語と漢字

IX 国字としての漢字
 81 漢字の伝来
 82 万葉仮名
 83 歌と表記
 84 憶良の様式
 85 日本漢文
 86 訓読法
 87 散文の形式
 88 国語の文脈
 89 文語について
 90 現代の文章

X 漢字の問題
 91 緑の札
 92 音と訓
 93 字遊び
 94 あて字
 95 飜訳について
 96 訓読訳
 97 漢字教育法
 98 新字表
 99 文字信号系
 100 漢字の将来

あとがき
参考文献
図版解説




◆本書より◆


「象徴の方法」より:

「アフリカのバルバ族は三つの名前をもつといわれている。第一は「内なる名」、また「生の名」「存在の名」ともよばれるもので、これは秘密にされる。第二には通過儀礼のときつけられるもので、年齢や身分を表示する。第三は任意にえらばれたよび名であるが、これは自我の実体とは何らかかわりのないものである。死後には本名である第一の名が用いられる。三つの名はいわば名・字・通称にあたるものであるが、実体への関与のしかたはそれぞれ異なる。実名のみが実存的な意味をもつものとされ、その名を他に知られることは、人格的支配を受けることであり、自己を喪うことである。」

「呪術とは、超自然的な力にはたらきかけるための、象徴的行為である。模倣による共感、あるいは追従による感染などによって、人はその超自然力を動かし、危機を克服しうると信じた。その呪的儀礼を文字として形象化したものが漢字である。漢字の背景には、そのような呪的な世界があった。」

「神は幽暗を好んだ。祭祀も多くは夜をこめて行なわれたもので、祭祀用語の「夙夜(しゅくや)」とは、夜おそくから朝早くまでの意である。闇こそ神の住む世界である。」

「神にはことばはない。ただそれとなき音ずれによって、その気配が察せられるのみである。神意はその音ずれによって推し測るほかはない。これを推し測ることを意という。」



「古代の宗教」より:

「神話的な世界観のなかでは、鳥獣はみな精霊であり、精霊の化身であった。鳥の飛びかうさまや獣のたたずまいにも、何らかの啓示的な意味が含まれている。」


「文字と思惟」より:

「生は有限であるが、有限であるがゆえに無限への可能性をもつ。永遠とは、死を超えることであるからである。荘子はそのことを、真や僊という語を用いて表現する。
 眞(真)とは顛(たお)れたる人であり、道傍の死者をいう。この枉死者の霊は瞋恚(しんい)にみちており、これを板屋(ばんおく)(殯宮)に寘(お)き、これを道傍に塡(うず)め、その霊を鎮(しず)めなければならない。その怨霊が再びあらわれて禍することなからしめること、それが鎮魂である。
 このいとわしくも思われる真という字を、こともあろうに真実在の世界の表象に用いたのは、荘子である。荘子以前の文献にこの字がみえないのは、その本来の字義が示すように、それは人間の最も異常な状態をいう語であるからであろう。それでもしこの語に、究極的な悟達をいう真人・真知というような高い形而上的意味を与えうるものがあるとすれば、それはそのような死霊の世界に何らかの意味で関与する宗教者でなくてはならない。荘子はおそらく、葬祭のことを主とする儒家とは異なって、天人の際(神と人)のことにかかわる司祭者の階層に属する人であろう。山川の祭祀者は、顛死者をも厚く葬らねばならぬ。(中略)そのような宗教者の観想が、枉死者の死を天地の本然に復(かえ)させ、その絶対否定を通じて、永遠なる生への転換をなさしめたのである。」
「道に合し、天とともにあるもの、それが真人である。顛死者より永遠の生としての真なるものへという、この大転換のうちには、明らかに弁証法的思惟がはたらいている。」



「漢字の問題」より:

「高等な動物ほど、遊戯本能をもつということである。その道理をもっていえば、字遊びのできる文字ほど高等ということになる。遊ぶことを知らぬ字など、字というに価しないものであるかもしれない。」

























































































































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