石田英一郎 『桃太郎の母』 (講談社文庫)

「大地はその豊饒力を水に負う。太古の大地母神はまた、多かれ少なかれ水の神であった。」
(石田英一郎 「桃太郎の母」 より)


石田英一郎 
『桃太郎の母
― ある文化史的研究』
 
講談社文庫 C 15

講談社 昭和47年6月15日第1刷発行
298p 索引13p 口絵(モノクロ)2p
文庫判 並装 カバー
定価240円
装幀: 亀倉雄策



『桃太郎の母』初版は1956年1月、法政大学出版局刊。1966年10月、講談社名著シリーズの一冊として校訂・増補のうえ再刊。本書はその文庫版。


石田英一郎 桃太郎の母1


カバー裏文:

「日本民俗学の成果を比較民族学的研究と結合することにより、歴史家の捨ててかえりみなかった昔話の中から、人類太古の大地母神の信仰を掘り出し、人類文化史の重要な一側面に解明の光を投じている。「月と不死」「隠された太陽」「桑原考」「天馬の道」「穀母と穀神」を併録。」


目次:

新版序 (1966年7月)

序文
月と不死――沖縄研究の世界的連関性に寄せて
隠された太陽――太平洋をめぐる天岩戸神話
桑原考――養蚕をめぐる文化伝播史の一節
 呪語桑原
 雷と桑と鉄器
 桑樹神聖
 桑林と空桑
 桑中の喜
 桑と太陽とファリシズム
 女性と蚕神
 蚕桑根源
天馬の道――中国古代文化の系統論に寄せて
桃太郎の母――母子神信仰の比較民族学的研究序説
 はしがき
 水神童子
 母子の神
 処女懐胎
 常世のくに妣のくに
 神のよります女
 わたつみの女人国
 龍蛇の裔
 母子相姦
 性力崇拝
 大地母神と小男神
 むすび
穀母と穀神――トウモロコシ儀礼をめぐるメキシコの母子神
あとがき――ニコライ・ネフスキー先生のことなど


解説 (増田義郎)
年譜 (杉山晃一 編)
索引



石田英一郎 桃太郎の母2



◆本書より◆


「月と不死」より:

「欠けては満ち、死してはまたよみがえる月の姿こそ、原初の人類の不死へのあこがれと固く結びついたのであった。月中の斑点に対する世界の諸民族の俗信を比較していくと、この文化史的な過程がはっきりしてくる。この際、琉球列島にのこる、月中に水桶をになって立つ男の説話や、わが万葉にみる「月よみの持たる変若(をち)水」の句は、問題の解明にいかに大きな意義をもつかを示す。」


「スウェーデン――
 今日スウェーデンの農民は、月世界の黒影を水桶を棒で担った男女の子供だと説明しているというが、そのほかにも次のような伝承が採録されている。
 二人の老人が月の光を消そうとして、一杯の水桶をかついで出かけたが、あべこべに月に据えつけられた。彼等は罰として永遠にそこに留まらねばならぬ。
 
 二人の老人が夜に盗みがよくできるよう、月の面にタールを塗ろうとして、一杯のタール桶をかついで出かけたが、月の中で身動きできなくなった。最後の審判の日まで、そのままじっとしていなければならない。」

「ドイツ――
 一個の水桶をもった一人の子供が月の中にいる。

 一人の泥棒が、ある夜二杯の水桶を盗んで逃げ出すと誰かが跡を追ってくる。いくら早く走っても追手は去らない。ふと振りかえってみるとそれは自分の影法師だった。彼はこの影をこさえた月を罵って、一杯の水を月にぶっかける。月は怒ってこの泥棒を二つの水桶と一緒に天に引き上げた。
 一人の男が甘藍(キャベツ)を肩に背負い、手に一個の水桶を持って月の中にいる。月の光が気に入らぬとて水を注いで消そうとした罰である。」

「人間の復活、若返り、永遠の生命などにたいする欲求が、欠けては満ち、死してはまたよみがえる永劫不死の月の姿に何らかの形で結びつけられているのである。もとより、
  月よみの持たる変若(をち)水いとり来て、君にまつりて変若(をち)えしむもの
 と詠じた万葉人のはかない願いは、南アフリカの兎や宮古島の水運び男の失策によって、今は永久にかなわぬ望みとなってしまった。そして人間に代って、月と同様のよみがえり若がえる力――すなわち琉球語のスデル力、日本語のヲツ力――を獲得したものは、多くの民族の信仰によれば、蛇、蜥蜴(とかげ)、蟹(かに)などのように、脱皮によって絶えず死と復活との過程を反復していると見られた種類の動物であった。ことに太平洋をめぐる諸民族にはこの種類の伝承が多い。二、三の例を拾うならばメラネシアのニュー・ブリテン島ガゼル半島海岸住民には、善神ト・カンビナナが人間に不死を、蛇に死を与えようとて、その弟ト・コルヴヴを下界に遣わし、「人間には毎年脱皮して死より免れる秘法を授け、蛇には死を与えよ」と命じたのに、使者は人間に死を伝え、蛇には不死の秘法を授けたので、その時から人は死し、蛇は毎年脱皮して不死になった、という口碑がある。」



「隠された太陽」より:

「隠れた太陽をおびき出す天岩戸神話の基本的モティーフは、北太平洋に沿うアジア―アメリカ両大陸に分布し、南は東南アジアの諸民族にまで及んでいる。これらの神話の比較研究を通じて、記紀に見る日本神話の内容が、いかに多種多様の系統の諸要素から成り立っているかを知りうるであろう。」


「桑原考」より:

「桑原々々という雷よけの呪語は、養蚕とともに発達した桑樹神聖観に由来するもの、その淵源は遠く養蚕絹織の起源地たる中国にあることが証明できる。一見とるに足らぬような民間の俗信の断片にも、蚕桑の普及を背景とした人類文化史の主要な一節をたどるいとぐちの秘められていることを忘れてはならない。」


「天馬の道」より:

「中国の家馬は、中原の地ではじめて家畜化されたものではない。中国の全古代史を通じて、馬匹の補給をはじめ、およそ馬に関する新知識・新技術の導入は、つねに西北辺境をへて、内陸アジアの方面からおこなわれた。中国古代の文化を構成する基本的な一要素は、おそらく馬とともにはいってきた遊牧的=父権的な性格のもので、儒教にみる《天》の思想もまた、この系統に属するものであろう。」


「桃太郎の母」より:

「桃太郎や一寸法師など、これまで歴史家の捨ててかえりみなかった昔ばなしの中にも、人類太古の大地母神の信仰と相つらなるものがある。本稿は、日本民俗学の成果を比較民族学的研究と結合することにより、これら《水辺の小サ子》の背後にひそむ母性の姿を消え行く過去の記憶から引き出して、人類文化史の重要な一側面に解明の光を投じたもの。わが八幡の信仰も、南欧の処女マリアの崇拝も、その源流は、遠く古代ユーラシア大陸の原始大母神とその子神とにさかのぼることを示す。」

「かくのごとく日本皇室の系譜をつらぬいて、水の神としての龍蛇の裔という観念と水辺の母子神出現の思想とが、きわめて多様の分化を示しながらも、相錯綜して跡づけられることは、沿太平洋的な古代神話圏から考えて決して偶然ではない。今日民間の昔ばなしに残る前記の蛇息子なども、こうした古代思想の残片としてのみ、はじめてよくその意味を理解しうべきものであろう。その一類型として甲州上九一色村に伝わる龍吉の話の前半は、
  昔老夫婦が神に子宝を祈ると、たちまち婆が身ごもって男の児を生む。これを龍吉と名づけて愛育していると、龍吉は追々からだが長くなって家には置かれぬので、鳥籠のような物を作りその中に入れて置いた。それでもいよいよ長くなり、後には手足もなくなり蛇のような形になって、もうどうにも置かれぬので、老夫婦はその箱を山の頂上に背負いあげ、よくわけを話して龍吉を放ち去らしめた――
 というのであるが、揚子江沿岸の水神神話でも、
  長河江辺ノ一女子、渚上ニ紗ヲ浣ウニ、身忽チ懐娠、三物ヲ生ム。皆鮧魚ノ如シ。之ヲ異トシ、乃チ澡盤ノ中ニ著シテ之ヲ養ウ。三日ヲ経テ、此ノ物遂ニ大ナリ。乃チ是レ蛟子。暴雨アリ、三蛟皆出デ、遂ニ所在ヲ失ウ――
 という伝承が、晋の陶潜の『捜神後記』に残されている。この型のいわゆる龍母説話は、今日も広く華南に見受けられ、(中略)おそらく西南の異民族から漢民族に伝えられた説話であろうかと思う。」

「けれども私は、むしろこうした近親相姦をタブーとする社会の規範が濃厚にまとわりついている説話よりも前に、それらの根底となったもっと古いナイーヴな始祖の観念が存在したものではないかと思う。そしてこの種の原初的な観念こそ、今日の太平洋諸民族の間ではとうてい正常には考えられない母子相姦の形をとったものであり、それがたまたまわが八丈島やミンダナオやセレベスにおけるような素朴な形態で、点々と残存しているのではないだろうか。この推定はさらにつぎのごとき多くの沿太平洋的な説話の比較研究によって一層確かめられてくるであろう。
 まず、台湾の高砂族についていえば、数多い兄妹相姦の始祖伝説に交って、セデク族の間に珍しい母子相姦の形を見る。
  男がなくて女だけであった。女は犬と交合した。子供ができた。彼女の子供は男であった。間もなく成長して彼の母と結婚した。その子供は家に沢山になった。われわれタロコ蕃は彼らからどしどし増加した――」
「これらと同じ系統の始祖伝説は、また海南島の黎族の間に、うつぼ舟の説話と結合して各地に語り伝えられている。
  昔、海南島の北の大陸に住む勢力ある君侯が脚の傷に悩み、これを癒すものに、一人娘を与えることを約した。犬が来て傷を癒す。公は屋根のある小舟に食物を満載し、犬と娘とを乗せて沖に流してしまう。舟は海南島の南に漂着したが、当時島には一人の住民もない。公女は地を耕し、犬は狩をして日を暮していたが、ほどへて公女は一人の男子を生む。子供は成長し、犬とともに狩に行くようになった。ある日犬が病んで狩を好まぬ。若者は怒って犬を棒で打ち殺し、家に帰ってその話をすると、母は大いに驚き、お前は父殺しをした不孝者である。私は自分の国に帰るからお前一人この国にとどまり、後に婦人に遇ったならこれと結婚せよと命じ、北に帰って行く。しかし島の中央まで来ると顔に文身して息子にわからぬようにし、また南に引き返して息子に会い、これと夫婦になる。その子孫が Hiai Ao 族で、そのため彼らは今でも顔に文身し、舟型の家を建てている――」

「前項で私は、わが八丈島のタナバ伝説よりはじめて、これと同系統の母子相姦による始祖神話がかつて南太平洋一円に分布していたことを推定した。それでは世界史的に見て、この思想の根源はどこに求められるのであろうか。ここにおいて私の研究は当然ふたたび、太平洋文化の故地としてのアジア大陸に向わねばならない。まず第一の有力な手がかりとして、われわれはインド古来のシャークティ崇拝のうちに、まさに以上の諸例と揆を一にする根本観念を見出す。すなわちそれはシヴァ神の崇拝と密接に結合した、大母神による性的二元論の統一ともいうべき信仰であって、永遠に生殖する女性エネルギーたるシャークティ(性力)を擬人化した大母神が、永遠の男性原理たるプルシャと和合して、神々をもふくむ全宇宙を生み出すという思想を基礎に持つ。この母神はその最高の形態において、シヴァ神の妻マハーデーヴィーと同一視されるが、彼女自身はまたシヴァをも生み出した母神であり、彼の上位に位すること、あたかも彼女の分身ともいうべきブラフマ、ヴィシュヌその他の神々のシャークティが、これら男性の配偶神の上位に位するにひとしい。彼女はシヴァと同じく二重の性格を具え、万有を創造するとともに、またこれを破壊する力であり、万有が生れ出ずるとともにまた帰り入る子宮なのである。こうしたシャークティ崇拝の原理や儀礼の多くは、もとより後期のヒンドゥー教の所産であり、アーリアの影響下に形成されたものであろう。けれどもこの思想の根底に横たわるものは、決してアーリア的ではない。それは宗教史的には、先アーリア期のインド基層文化に属する原始母神の信仰が、ヴェーダやウパニシャッドの男神優位の教義に反逆して、かかる《頽廃》した宗派の形で自己を顕現したものであり、その基調をなす原始母神の観念が、《インドそれ自体と同じ古さ》をもつとは、すでに学者の指摘したところであった。この原始母神こそはシャークティにまで発展した永遠の生殖原理たるプラクリティの原型である。(中略)およそインドほどこの種の母神信仰が悠遠の昔から深い根を下している国は珍しい。多産豊饒の神としての彼女の祠は、あらゆる町々や部落に見受けられ、ことに非アーリア諸民族、わけてもヒンドゥー教の影響を蒙ることの少ない原始諸民族の間に人気が高い。彼女の祭祀は(中略)賤民パーリアの手によって司られる。四姓の下に位するこのパーリアは、インドの先住民族の裔で、《女神の耳を獲(う)る》すべを知るという。(中略)かくてシャークティズムの源流をなすものは、先アーリア的な原始母神の信仰であり、ある種の母系的な社会を基盤とすることが推定されるのである。」
「しかもこのような原始母神の信仰は、ひとりインドにとどまらず、同じく先アーリア期の西南アジアから東地中海にわたる古代オリエントの文化圏に広く見受けられるものである。そしてこの原始母神が自らの産み出した男性神を配偶者として従属せしめるというシャークティズムにふくまれた根本思想もまた、むしろその一層明白素朴な形態において、小アジアから東地中海の沿岸一帯をめぐる古代の信仰のうちに見出されるのである。すなわちこれらの地には、大地の生殖力を象徴する大母神が、若い男性の子神を傍らに従えてあらわれるという例が極めて多い。曰く、エジプトのイシスとホールス、フェニキアのアシュトレトとタムムズ、小アジアのキベーレとアッテイス、クレータのレーアと子神ゼウス、カルタゴのターニトとその息子――いたるところこれらの大母神は処女受胎によってまずその伴う男性の子神を生み、ついでその男神によって神々とあらゆる生命とを生む。しかもこれらの母神が、エジプトにおいても、スメール=バビロニアの文化圏においても、はるか先史時代に遡る原始大母神の直系であることは、あらゆる資料から証明できるのである。母神イシスはエジプト最古の神々の一人で、ネイト、ハトル、ヌト、ムトなど、妣(はは)を意味する他の地方神とともに、《未だ生れることなくしてまず生む》原初の存在であり、夫なくして太陽神ホールスを生んだ宇宙神=豊饒神である。ヘリオポリスのパンテオンの上座に、突如オシリスがこの母祖神の配偶者として登場するのは、比較的後の時代であって、彼は以前には微々たる地方神に過ぎなかった。この変化は、何らかの政治的事情に由来するものらしい。これに反して、後にオシリスとイシスとの子とされたホールスは、オシリスよりもはるかに古い神格である。」

「わが不死の大母神は、決して滅び去らなかった。キリスト教が勝利を占めた後にも、処女マリアは父なくして生れた嬰児キリストを抱いたまま、ふたたび宗教的礼拝の対象となった。ひとり嬰児キリストのみにとどまらない。殺されたキリストの屍体を抱いて嘆く聖母の像――《ピエタ》――も、キリスト復活の信仰と祭礼も、そのよって来る根源は、遠くまた深いものがあるのである。」



「穀母と穀神」より:

「穀物の播種と生長と収穫――その年ごとの反復と全生活の基調としリズムとする農耕民のなかに、若返った穀神を産む穀母の信仰は芽生えたのである。新大陸のメキシコにも、ユーラシアの大地母神に似たトウモロコシの女神が、死と復活を象徴する血なまぐさい人身供犠の豊饒儀礼によって祭られていたのであった。」






















































































































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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