谷川健一 『青銅の神の足跡』 (集英社文庫)

「雷が蛇であり、また剣であるということは数多くの神話や説話から検出することができる。つまり、雷=蛇=剣の等式が成り立つことは今や文化人類学の常識である。」
(谷川健一 『青銅の神の足跡』 より)


谷川健一 
『青銅の神の足跡』
 
集英社文庫 た-22-4

集英社 1989年9月25日第1刷
438p 地図1p
文庫判 並装 カバー
定価630円(本体612円)
カバー: 後藤市三

「初出について
 この作品は、単行本として一九七九年六月に集英社から刊行されました。」



本書「あとがき」より:

「本書は雑誌『すばる』に連載した文章を中心にしてまとめたものである。但し「序説」は雑誌『展望』(昭和五十三年八月号)に掲載した文章を修正したものである。また「最後のヤマトタケル」は雑誌『歴史と人物』(昭和五十三年七月号)に掲載したものを収録した。」


本文中図版(モノクロ)多数。


谷川健一 青銅の神の足跡1


カバー裏文:

「徹底した実証的精神と鋭い詩的感性のもとに、紀記成立以前の社会を復原し、日本文化の基底をなす金属神から農耕神への転換を明らかにする。知的作業がおびただしい具体例の考証との緊張関係の上に成立したまれに見る古代史。貴重な写真と豊富な図版に加え寺社名索引、神名・人名索引を収録。」


目次:

序説 耳と目の結婚
 戦後『記紀』批判論の有効性と新たな方法論の確立
 古代への架橋としての古地名・伝承・氏族・神社の組合せ
 稲作文化偏重が生む日本民俗学の致命的暗部
 金属神から農耕神へ――二つの文化の逆接構造
 耳族の出自と鍛冶技術との関わり
 北方系征服族に先行する稲と金属の民

第一部 青銅の神々
 第一章 銅を吹く人
  発端――風は金を生ずる
  「夜の虹」から展開する銅鐸をめぐるドラマ
  因幡の銅鐸と銅山――伊福部とはどのような氏族か
  『和名抄』が記す六カ所の伊福郷と銅鐸出土の成否
  イフク、イフキ、イオキの地名も銅と関わる
  銅を鋳造する人びと――歴史を貫く伊福部の職務
  天日槍の本拠地・但馬の伊福部神社
  伊福部氏は雷神としてまつられる
  蛇神=雷神の暗示――多氏と伊福部氏の密接な関係
  多氏の同族・小子部の鍛冶族としての役割
  鍛冶に携る小人集団の典型「赤銅のヤソタケル」
 第二章 目ひとつの神の衰落
  柳田国男『一目小僧その他』の大胆な仮説
  柳田以後の諸説の検討
  たたら師の職業病の投影――天目一箇神の奇怪な姿
  柳田の片目伝説蒐集が見落す金属遺跡との関連
  天目一箇神が統合する片目と金属のイメージ
  天目一箇神の足跡――伊勢・近江・播磨
  加古川上流に明白な痕跡を残す鍛冶一族
  西播地方――天目一箇神の末裔のもう一つの根拠地
  九州、四国にも鎮座する金属の神
  文明の先行者・金属技術集団の大和への進出
 第三章 最後のヤマトタケル
  ヤマトタケルを襲う伊吹山の神の祟り
  不破から三重へ――つきまとう金属精錬の影
  「穴師=痛足」の用字は何を語るか
  アシミタ社・アジスキタカヒコ・ホムツワケを繋ぐ唖伝承の暗号
  水銀を採取する人びと
  古代金属精錬者の悲劇の反映
 第四章 天日槍の渡来
  古代日本を横切る異国人の大きな影
  渡来人の異様な相貌が伝える鉄人のイメージ
  北九州に上陸して東進する一団
  但馬から播磨へ――麻打ちのタブーに隠された軌跡
  砂鉄をめぐる先住神との苛烈な争い
  伊和大神ゆかりの地名、スカ・イワナシは金属と結びつく
  耳族との出会い――天日槍婚姻の重大な意味
  系図に頻出するスカ・カマ・ヌカの由来
  拡散する足跡――渡来伝承に混入する諸系譜
  伝承と事実のはざまに

第二部 古代社会の原像をもとめて
 第一章 垂仁帝の皇子たち
  垂仁帝の別名から推論可能な一眼の帝王像
  鉱山と関わる朝日長者伝説の明白な実例
  小野氏と一体の猿丸もまた金属にゆかりをもつ
  鍛冶族・小野氏を指し示す朝日伝説のもう一つの暗示
  垂仁帝の皇子・息速別の故地と銅鐸
  備前・播磨・大和――鐸石別の末裔の足跡
  イニシキ、ホムツワケの二皇子とたたらとの因縁
  出産・養育と金属精錬のダブルイメージ
  垂仁帝の苗裔・遊部とは何か
  柿本氏にみる遊部と鍛冶族との交錯
 第二章 青の一族
  青の名を携えて渡来した人びと
  阿智王の伝承にこめられた金属技術流入の歴史
  あやびとと多氏を結ぶ皇女・青
  多氏の出自を告げる銅鐸・地名・同氏族
  三つの南宮にからまる青の地名も多氏と繫る
 第三章 海人族の系譜
  鉄器による開墾を投影する伝説
  海人系安曇と多の一族・阿蘇氏が出会う所
  難波から播磨へ――安曇族の足跡を照らす連想
  農業が金属利器を必要とする時
  銅山を控えた古代集落のにぎわい
  蛇から生まれた人びと――海人族の特異な伝承
  蛇の紋章は金属との関わりを示す
 第四章 江南とのつながりと銅鐸
  南中国、九州の太い絆を物語る耳の名の起源
  耳族の二つの系列――九州系海人族と鍛冶族
  金属器伝来の三ルートにさす江南の影響
  銅鐸研究の有力な鍵・銅鼓と使用者への視点
  土地と人間に刻まれる銅鐸の秘密
  銅鐸は何のために使われたか
  土地の霊の共同体祭祀は祖霊神信仰に先行する
 終章 遥かな過去への遡行

補註
あとがき

解説 (川村二郎)

神名・人名索引
寺社名索引
図版目録



谷川健一 青銅の神の足跡2



◆本書より◆


「序説 耳と目の結婚」より:

「つまり私は『記紀』の中で古代天皇制につごうのよいように縫いあわされ、ぬりこめられた伝説や物語などのなかには、天皇制の成立以前にさかのぼって検討しなければならないものもあることを、方法論としてまず確立したいと考える。それは古伝承にかぎるものではない。地名もまた古伝承以上に古代天皇制以前の社会をさぐるのに強力な武器である。」

「日本民俗学は稲作文化を中心とした学問である。その民俗学が古代史とむすびつくときに、何もかも稲作文化の側面から眺めようとする偏(かたよ)った視角の弱点が暴露されてくる。ふりかえってみれば、弥生時代とそれに先行する時代とを区別する二つの大きな指標は、稲作の開始と金属器の登場であった。この二つは密接な関係をもっている。鉄製の農具が日本の稲作を飛躍させたというだけではない。銅や鉄の武器が相手を殺傷する鋭利な道具であることから、国家の原始的な萌芽(ほうが)が形成された。原始国家は稲作による富の増大を背景に勢力を伸すという、稲作と金属器の相関関係が看取される。さらには銅鐸にせよ銅鏡にせよ、呪器(じゅき)として珍重せられ、鉄刀もまた邪気払いとして日本人の信仰の儀礼に欠かせないものであった。このことを考えるとき、弥生時代以降の日本文化の二大支柱である稲作文化と金属器文化が、支配者層はいうまでもなく、民間社会の中にも深く根を下ろしていったという事実は否定しがたい。
 それにもかかわらず、日本民俗学は「藁(わら)の文化」すなわち稲作文化のみに固執し、金属器文化に注意を払わなかった。それは柳田国男(やなぎたくにお)のひきいる民俗学が、日本の常民の信仰を信仰一般としてとりあつかったという点にも問題がある。柳田は職業が異なるにつれてそれぞれ信奉する神もちがうということを深く配慮せず、信仰一般をあまりに強調しすぎた。」
「猛風や強風は、野だたらと呼ばれる原始的な製鉄方法をおこなうときになくてはならないものであり、鍛冶(かじ)屋や鋳物(いもの)師に大変よろこばれた。それがいつの間にか、風の神といえばめぐみの風でなく、農作物に被害を与える風をしずめる神とみなされるように変った。(中略)日本民俗学もまた、農民の心情を忠実に代弁し、風が鍛冶やたたらの仕事をするものにとってどのような意味をもっていたかを知ろうとはしない。」



「第一部 青銅の神々」より:

「この片目のたたら師こそが天目一箇神であったにちがいないと私は思う。たたら炉の炎の色をみつめるものがかならず眼を悪くするということは、私たちが鉄工場で飛び散る火花をみただけでも眼を痛くすることからたやすく想像がつく。そこで六十をすぎる頃になると、たいてい片方の目はだめになってしまうという事実は、洋の東西を問わず、銅や鉄の精錬に従事する人たちの宿命であったろう。片目の神というのはたたら師たちの職業病とでも称せられるものの異なる表現であったのだ。」
「私はこうしたたたら師たちを神としてみる時代があったのではないかと考える。その理由は金属精錬の仕事というのは狩猟や農業や漁業とちがって、容易に真似のできない特別な技術を要するからである。そしてその製品も今日では想像がつかないほどに貴重なものとされていた。これらのことから金属製品を作り出すための苛酷(かこく)な労働に従事して眼を傷つけた人びとにたいする畏敬の念が生まれ、彼らを神として遇するまでにいたったにちがいない。ここで注意すべきは古代人は超越神を考えず、畏敬すべき対象ならば人間でも動物でも神と呼んだのである。」

「鍛冶技術をもった人が朝鮮半島からやってきたということは誰も否定できない事実であるが、その事実を人格化したものが天日槍であろう。」



「第二部 古代社会の原像をもとめて」より:

「かくして金属技術者たちが神と呼ばれて尊ばれていた時代の古い神々は追放され、山野を彷徨(ほうこう)し漂泊することになった。天目一箇神もそうした神々の一つであった。そのなれの果てが柳田国男の言うように一つ目小僧のお化けである。
 だが注意深くみるとき、まったく消え去ったかに見えた「青銅の神」の足跡は、かすかな輪廓(りんかく)をのこしていた。それをたどるとき、まだ古代天皇制がにぎにぎしく登場しなかった歴史時代の彼方(かなた)の地点に、私たちはみちびかれる。日本列島に点在した弥生時代の原始国家、すなわち村国を知るための手がかりがそこに見出される。古代天皇制以前の社会で神としてあがめられた人びとが、天皇制が確立した以後の社会では一つ目小僧とあざけられ、一本たたらとおそれられて、国家社会に組み入れられた神々の体制から逐(お)われ、山野を放浪しなければならなかった。本書はそのことへの私なりの挽歌(ばんか)でもある。」












































































































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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