西郷信綱 『古事記注釈 第四巻』

「大著に警戒せよ、大著にはミリタリズムの臭いがする、というようなことをかつていったことがあるが、この信条は今も変りない。本書は四冊から成りはするがそういう意味での大著では決してなく、各駅停車の鈍行に乗っての長い旅路のメモみたいなものと受けとっていただきたい。」
(西郷信綱 『古事記注釈 第四巻』 より)


西郷信綱 
『古事記注釈 第四巻』


平凡社 1989年9月25日初版第1刷発行
520p 
A5判 丸背布装上製本 貼函
定価5,562円(本体5,400円)
装幀: 原弘



第一巻「凡例」より:

「一、本書は古事記伝を前提とし、また踏襲している点があるので、対照しやすいよう段節の区切りかたもほぼそれに準じることにした。」
「一、本文も古事記伝を底本とし、真福寺本その他を以て校訂した。」
「一、校注は必要最小限にとどめ、本文の解釈にかかわるものは注釈の条でとりあげた。底本もその他の諸本も誤っていると考えた場合は、私見を以て改めた。」
「一、古事記をどう訓み下すかには未解決の問題が多く、今なおそれは不安定な状態にある。(中略)私はまだ何ら確信らしいものが持てないので、古事記伝の訓みを軸とし、諸家の説によってそれを多少手直しするという程度にとどめた。」



目次:

第三十二 応神天皇(品陀和気命)
 系譜
 三子の分掌
 「この蟹や 何処の蟹」
 髪長比売
第三十三 応神天皇(続)
 吉野の国主の歌
 海を渡ってきた人びと
 大山守命
 「海人なれや、己が物から泣く」
第三十四 応神天皇(続々)
 天之日矛
 天之日矛の系譜
 秋山之下氷壮夫と春山之霞壮夫
 ふたたび応神の系譜について
第三十五 仁徳天皇(大雀命)
 系譜
 墨江の津を定む
 「聖帝」
 イハノヒメの嫉妬
 黒日売のこと
第三十六 仁徳天皇(続)
 八田若郎女のこと
 山代河を上る
 鳥山、口子、口日売
 奇しき虫の話
第三十七 仁徳天皇(続々)
 八田部を定む
 女鳥王と速総別
 山部大楯を死刑に処す
 雁の卵
 枯野という船
第三十八 履中天皇(伊邪本和気命)・反正天皇(水歯別命)
 履中天皇の系譜
 墨江中王の反乱
 隼人ソバカリ
 阿知直のことその他
 反正天皇のこと
第三十九 允恭天皇(男浅津間若子宿禰命)
 系譜その他
 氏姓を正す
 軽太子と軽大郎女の相姦
 軽太子を捕う
 軽太子を伊予に流す
 二人の死
巻四十 安康天皇(穴穂御子)
 大日下王殺さる
 目弱王
 童男(ヲグナ)としての大長谷王(雄略)
 目弱王とツブラオミの死
 市辺之忍歯王殺さる
 王子の逃亡
第四十一 雄略天皇(大長谷若建命)
 系譜
 志幾の大県主の家
 赤猪子の話
 吉野の童女
 アキヅ野
第四十二 雄略天皇(続)
 葛城山の猪
 葛城の一言主神
 金鉏岡
 三重の采女
 天語歌
 豊楽の歌
第四十三 清寧天皇(白髪大倭根子命)から武烈天皇(小長谷若雀命)まで
 清寧天皇(白髪大倭根子命)の系譜
 新室楽
 歌垣
 位を譲りあう
 顕宗天皇
 老女置女
 猪甘の老人
 雄略の墓をあばく
 仁賢天皇
 武烈天皇
第四十四 継体天皇(袁本杼命)から推古天皇(豊御食炊屋比売命)まで
 継体天皇
 安閑天皇
 宣化天皇
 欽明天皇
 敏達天皇
 用明天皇
 崇峻天皇
 推古天皇

後記――〈解釈〉についての覚え書き

系図
参考文献
総目次
 補考一覧
総索引



西郷信綱 古事記注釈



◆本書より◆


「第三十三 応神天皇(続)」より:

「日本列島は一衣帯水を以て大陸に接するとよくいわれるが、このことにどんなに深い意味がかくれているか、必ずしもまだ充分には自覚されていないように思う。たとえば日本列島の位置が小笠原群島あたりにあったとしたらどうか。おそらく十四、五世紀ころまで日本列島は石器時代の無文字社会のままでいたであろう。どこからも文明の波動が伝わってこなかっただろうからだ。(中略)逆にもし日本が海を以てへだてられず大陸とべたに(引用者注: 「べたに」に傍点)陸つづきであったらどうか、という場合を想定してみてもいい。おそらく大陸文化ないし漢字文化の強烈な波に未開段階の列島の文化は滔々と呑みこまれ、古事記はおろか万葉集も源氏物語も成立する見こみはなかったと思われる。価値の問題を云々しているのではない。日本の古代文化がいま見るとおりのものとなったのは、他の要因をしばらくカッコに入れていえば、とにかく大陸文化の諸要素が海をこえてこの列島上に硯滴のごとくしたたり落ち、こちらの条件や必要に応じてそれらを摂取培養しえたことと無縁ではないわけで、いうならばそのきわどさをわたしはハッとするような想いで確認したいまでである。万葉仮名(中略)はむろん、後の仮名文字の発明にしても、中国語をあらわすための文字である漢字を長期にわたり飼いならす(引用者注: 「飼いならす」に傍点)ことによってのみ可能であったのだ。」


「第三十五 仁徳天皇」より:

「古事記が上・中・下三巻から成っているのは、かりそめではなかろう。つまり各巻はそれぞれ性質を異にするのであって、かつて私はそれを、上巻は神々の時代、中巻は英雄の時代、下巻はその子孫の時代の物語であると区分し、その特徴を図示したことがあるが、少し修正してそれを次に再録する。」


西郷信綱 古事記注釈4


「上巻と中巻との間に一つの大きな仕切りがあるのは、誰の目にも明らかである。しかし、それを神の代から人の代への転換と見るだけでは充分でない。古代人の意識では、神々の時代が人間の時代へとじかに接するというような形にはなっておらず、前者を後者に媒介するのが英雄の時代であった。英雄先祖(ヒーロー・アンシスター)とか文化英雄(カルチュア・ヒーロー)とか呼ばれるものは、どの民族にもほとんど普遍的である。神々が世界(引用者注: 「世界」に傍点)を創造したとすれば、これら英雄たちは社会(引用者注: 「社会」に傍点)を作ったといってよく、そしてそれが範疇化されたのが英雄たちの時代にほかならない。いうなれば彼らは半神半人であった。それにたいし人の代らしいものが始まるのは下巻、つまり仁徳以降になってからで、少くとも下巻では神武天皇の如き、また神功皇后の如き半神半人はもう出てこない。」


「後記――〈解釈〉についての覚え書き」より:

「テキストとその読み手とは主体と客体、または主観と対象との関係にあるというより、歴史性につらぬかれた対話的関係にあると見る方がいい。むろん知識や事実も無いがしろにはできぬけれども、読みの変化は、むしろこの対話の中味が歴史的に変わるのにもとづくことの方が大きい。これは、ほとんどあらゆるテキストについていうことができる。つまりテキストの秘める諸力が読み手により、時代によりその示現のしかたを異にするわけだ。さきには読み手がテキストに意味を付与するといったが、それは同じ問題を違う側面から見たまでで、そのこととこれは決して矛盾しない。すなわち、読み手は己れの主観を読みこむことによってではなく、テキストの蔵する潜勢的諸力を新たに汲みとることによって解釈と読みを変えるのである。その点、あるテキストを解読することは、自己じしんを解読することとある程度かさなるところの、一つの歴史的な行為にほかならぬともいえる。
 そしてそれが真実かどうかはたんに事実の整合性にあるよりはむしろ、かつて古事記伝がそうであったように、break-through として思考の新しい次元を拓いているかどうかにかかる。」




◆感想◆

本書全四巻は『古事記』をよむ上での必須文献であるといってよいですが、しかし疑問点や物足りない点も散見されます。著者はその著作において事あるごとに「即自性の天国」すなわち「ひとりよがり」の思い込みや「教科書風」の事大主義、教条主義に陥ることを警戒していますが、それは読者へのお説教かと思ったらそうではなくて、著者自身への自戒のことばであるようです。そしてまた著者は、本居宣長が弟子に、師である自分の説だからといって鵜呑みにせず、おかしなところがあれば忌憚なく批判するよういっていることを褒めているので、われわれ読者もそうしたいと思います。
というわけで、本書にもいろいろ疑問点があるわけですが、たまたま必要があって「目弱王」のくだりを熟読して気になった点を二つばかり指摘しておきたくおもいます。

①「第四十 安康天皇 三 童男(ヲグナ)としての大長谷王」
「穴を掘りて立ち随(ながら)に埋(うづ)みしかば、腰を埋む時に至りて、両(ふた)つ目走り抜けて死にき。」
七歳の目弱王は、母と結婚した安康天皇(穴穂御子)が、目弱王の父(大日下王)の殺害者であることを知り、父の仇なので首を斬って殺し、「ツブラオミ」の家に逃げこんで匿われていました。一方そのころ、安康天皇の弟の大長谷王子は、天皇(兄)が誰かに殺されたのでどうしようかと兄たち(黒日子王と白日子王)に相談しますが、二人とも呑気な煮え切らない態度なので「兄が殺されたのにその態度はなんだ」といって兄二人を殺してしまいます。そのとき、白日子王を生きたまま穴に埋めたところ目玉が飛び出して死んでしまったという話ですが、赤塚不二夫のまんがのようでおもしろいですね。
そこで著者の注釈は以下の通りです。
「穴を掘って立ちながら埋めたので、腰を埋める時に及んで両眼が飛び出して死んだというのだが、ここにもやはり、(中略)ヤマトタケルの振舞を彷彿させる苛烈さがある。ただ、ここに「穴を掘りて」とあるのは、穴穂御子(安康)の「穴」と説話的には関連していると思われる。」
ヤマトタケル云々はともかく、「穴を掘りて」が穴穂御子の「穴」と関連していると指摘するのであれば、「両つ目走り抜けて死にき」の「目」が「目弱王」と関連していることのほうがこの場合重要です。案ずるに、穴に埋める云々は、王を殺した人物(「人天皇を取りつ」の「人」)を確定するための卜占の儀式かもしれないです(実際にそういう儀式があったかどうかはどうでもよいです)。目が走り抜けたことから、目弱王が天皇を殺して逃亡したと解いて、逃亡先は目弱王の臣下のツブラオミの家であるとあたりをつけたと考えれば、次の「亦軍を興してツブラオミの家を囲みたまひき」へのつながりがスムーズになります。

②「第四十 安康天皇 四 目弱王とツブラオミの死」
「然るに其の正身(むさね)、参向(まゐむか)はざる所以(ゆゑ)は、」
そこで、ツブラオミの家を取り囲んで戦闘が始まりましたが、大長谷王子がふと気づいて攻撃を中断し、「もしかして私が妻問いしたカラヒメがこの家にいるのではないか」と聞くと、ツブラオミが出てきて「カラヒメは差し上げますが、「其の正身」はそちらに行くことはできません。王が臣下を匿うならともかく、私のように臣下が王を匿うのは前例がないことなので、勝つ見込みはないですが、しかし目弱王がせっかく頼ってきてくれたのだから、私は死んでもたたかうつもりです」と答え、降参せずに抵抗を続けましたが、結局二人とも死んでしまいます。
そこで著者の注釈は以下の通りです。
「《其の正身》 当の本人。この本人をツブラオミじしんと見る向きもあるが、カラヒメと見る方が、「若し此の家に有りや」の問いに対する応答としては、いっそうふさわしい。」
しかしこれだと、カラヒメが「参向はざる」ことになってしまうのでへんです。ツブラオミが、「カラヒメは侍はむ(差し上げましょう)」といっているように、ここでカラヒメがツブラオミの家から出て大長谷王子の方へ来た(参向った)からこそ、王子は心おきなく攻撃を続けられたわけで、カラヒメも無事に大長谷王子(雄略天皇)の妃になることができたのでありましょう。説話的にはイクメイリビコがサホヒメから子どもを受け取るくだりと同じ構図になっています。





























































































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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