レーモン・クノー 『イカロスの飛行』 (滝田文彦 訳/ちくま文庫)

「どうだかわかるもんですか。たぶん結局みんなおなじことです。彼らだって別種類の作者の作中人物かも知れません。」
(レーモン・クノー 『イカロスの飛行』 より)


レーモン・クノー 
『イカロスの飛行』 
滝田文彦 訳

ちくま文庫 く-9-1

筑摩書房 
1991年1月29日 第1刷発行
定価640円(本体621円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 鈴木正道
カバー装画: 竹内和也


「この作品は一九七二年七月三〇日、筑摩書房より刊行された。」



本書「文庫版あとがき」より:

「本書は Raymond Queneau: Le Vol d'Icare, Gallimard, 1968. の全訳である。」
「なお今回の文庫収録にあたっては、(中略)全面的改訳を行った。」



クノー イカロスの飛行


帯文:

「えっ、登場人物が脱走した?
書きかけの小説から、次々と登場人物が消え、世紀末のパリは大騒ぎ。奇才クノーによるファンタジーの傑作。」



カバー裏文:

「時は19世紀末。所は花の都パリで、小説家ユベール先生の書きかけ原稿から、突如として作中人物イカロスが逃げ出した。イカロスは同業の小説家に盗まれたにちがいない! ユベールは大追跡を開始する。ところがその頃、他の小説家の作中人物たちも作者の定めた運命を嫌い、いっせいに脱走をはかっていたのである…。新しい小説形式に挑み続けたクノーによるファンタジー。」


目次:

イカロスの飛行 小説

文庫版あとがき (訳者)
解説 この作品に早く出会っていたら…… (清水邦夫)




◆本書より◆


イカロス  リュベールさんはぼくを名づけ、そしてぼくはリュベールさんがぼくのために産み出してくれる運命を果すのを待ちながら、静かにその家で暮していた。ところがある日、リュベールさんは原稿を閉じるのを忘れた……
LN  原稿ですって?
イカロス  うん。すきま風がぼくをさらって行った。ぼくは文字の家に戻るのはやめてそのまま先へ進み、とうとう通りに出た。そこでぼくはどうしたらよいか、どこへ行こうか考えた、と偶然にも、今じゃあアプサントの匂いだと知っている匂いに誘われて、あなたと知り合ったあの酒場に入ったんです。
LN  いいわよ、わたしのこときみと呼んで。
イカロス  そうしたわけだからと言って、ぼくはいったいこれからどうなるのやら。きみもわかるように、ぼくはたいした人生経験がない、でも狼や嵐を避けて食べたり眠ったりしなきゃいけないことぐらい知っている、そして狼や嵐を避けて食べたり眠ったりするには、たくさんお金がいることぐらい、だのにぼくには全然というかほんの少し、もっと正確に言えばあるかなしかぐらいのお金しかないんだ。
LN 心配しなくてだいじょうぶよ、わたしが毎日食べるものをあげるわ、そしてここで、わたしの部屋で眠ればいいわ。
イカロス  でもたくさんのお金の方は?
LN  平気よ、わたしが二人分稼ぐわ。」

ジャック  主題なんてないよ。
ジャン  主題なしだって! こりゃ驚きだ。
ジャック  ぼくは薄紫色(モーヴ)の印象をあたえたいのさ。」

ユベール  (中略)作中人物を失った小説家の運命とはいかなるものか? たぶんいつの日かすべての小説家がそうなるだろう。われわれはもはや作中人物を持たなくなるだろう。作中人物を探す作者たちになるだろう。小説はたぶん滅びはしないだろうが、作中人物はもはやなくなるだろう。作中人物のない小説だなんて想像するのがむずかしい。でも進歩とは、進歩などというものがあるとすればだが、すべて想像するのがむずかしくはないだろうか? 実を言えば、進歩ってものにはただ呆れるばかりだ。(中略)どこで進歩は止るのか? どこまで行ったら落ち着くのか?」

医師  で、あなたの作中人物はなんで逃げたんです? なにか不満があったんですか?
ユベール  不満なんてあるわけがないでしょ? まだ数ページしか生きていなかったんですから。
医師  たぶん彼に不愉快な運命を予定しておられたんじゃないですか。
ユベール  わたしの意見じゃちがいますね。
医師  たぶん彼の意見じゃ。」




◆感想◆


『ラフォルグ抄』を久しぶりによんだので、クノーもよんでみました。ラフォルグとクノーはたいへん似ています。

本書のタイトル「Le vol d'Icare」は、「イカロスの飛行」と「イカロスの盗難」のダブルミーニングです。

作家ユベールは居なくなった作中人物イカロス(Icare)の捜索を探偵モルコルに依頼しますが、そこのところで、モルコルが「手帳にニック・ハリット(Nick Harwitt)と書く」とあります。ユベールが「イカロス(イッカール)」と言ったのを「ニック・ハリット(フランス語ふうに発音するとニッカーリ)」と、複雑に聞きまちがえたのですが、日本語訳だと聞きまちがいであることに気づかないです。

引用したジャックのせりふ「ぼくは薄紫色(モーヴ)の印象をあたえたいのさ。(Je voudrais donner l'impression de la couleur mauve.」は、フローベールのせりふ「『サランボー』で私は黄色の印象を与えたかったのだ。(dans Salammbô, j'ai voulu donner l'impression de la couleur jaune.)」のパロディですが、薄紫色はゲイのシンボルカラーであります。




























































































































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難破した人々の為に。

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