ジュール・シュペルヴィエル 『日曜日の青年』 (嶋岡晨 訳)

「抹殺された、いわば無効の、神。(中略)いつもいくらか迷い、それでも道に迷う自分を認めて、努力する神。おそらく、発育不全の神。――おのぞみなら、『小人の神』と言ってもいいが――そんな神を、ぼくは信じているんですよ」
(ジュール・シュペルヴィエル 『日曜日の青年』 より)


ジュール・シュペルヴィエル 
『日曜日の青年』 
嶋岡晨 訳

Serie 《Fantastique》

思潮社 
1980年10月1日新装改訂版
192p
19×12.6cm 並装 カバー
定価1,200円
装画: 村上芳正



Jules Supervielle "Le Jeune homme du Dimanche"


シュペルヴィエル 日曜日の青年1


帯文:

「出口なき愛への懲罰
彷徨う詩人の魂
変身能力をもつ若い詩人は、蠅や猫に変身しながら、日曜ごとに食事に招いてくれる美しい人妻の肉体に住みつく。だが…」



帯背:

「詩と幻想の物語」


カバー裏文:

「詩人の魂は愛する女の肉体にもぐりこむ。〈この甘美な肉の初物を味わうことなくそれに飽きあきする〉という悲しい事態を想像したまえ。詩人の魂はそこに止っていたか。幸いにして、否だ。ほどなく優秀な頭脳をもつ小人の博士の肉体に住みつく。やがて美しい人妻の肉体に再会…。この最初にして最後の〈居住地〉のおかげで、すばらしく魅惑的な未亡人と結婚することになる。
この幻想的な物語のなかには、さりげない外見の下に、非常に深い形而上学との結びつきがみられる。おそらくシュペルヴィエルの最高の作品のひとつと言えよう。

シュペルヴィエル Jules Supervielle フランスの詩人〈1884~1960〉
南米ウルグァイの首府モンテヴィデオに生まれる。両親はフランス人。生後すぐ両親と死別、フランスで祖父母の手で育てられ、パリで教育を受け、ソルボンヌ大学を卒業、ラフォルグの影響を受けて詩を書きはじめる。シュルレアリスムの影響を受けながらも、常に運動の外にあって独自な〈宇宙的〉〈神話的〉な世界に生きる。戦中は故郷ウルグァイに戻り戦後にいたっても創作力の衰えをみせなかった。彼がいなかったら、フランス詩壇にどれだけのものが欠けたか量り知れないとレイモンは言う。」



シュペルヴィエル 日曜日の青年2


目次:

日曜日の青年
後日の青年
最後の変身

解説



シュペルヴィエル 日曜日の青年3



◆本書より◆


「最後の変身」より:

「若いきれいな女たちとの交渉で、博士はやすらぎを得た。彼は、自分の体のひどい脆弱さを忘れていた。そして、危険な脳貧血をおこす時期をはやめた。
 ついに「終油の秘蹟」のため、司祭をよぶ はめ になった。ほんとうは、神とどの辺まで交渉がすすんでいるのか、彼自身には解(わか)らなかったが。僧侶は、聖歌隊の少年を一人したがえて部屋に入ってきた。やむを得ず、博士はベッドに起きなおって、言った。
 「ぼくは頭のはたらきの鈍(にぶ)い男です。ですが、真実を申し上げねばなりません。ぼくは、なによりもまず、科学者です」
 「それは、ちっともさしつかえありません」と、司祭はひどく愛想よく言った。「ルイ・パスツール、あの偉大なパスツールの例がありましょう」
 「パスツールに比べれば、ぼくなどは、実験室の二十鼠、それもめくらの二十鼠みたいなものです」と、小人はちょっといらいらして言った。
 「ですが、二十日鼠だろうとそうでなかろうと、とにかく、どう考えてみても、『最後の秘蹟』の儀式をお願いしたくないんです」
 「まあ、わたしの言うようにしてみて下さいよ、モン・フィス(わが子よ)」
 「ぼくはあなたのフィス(息子)なんかじゃない。もちろん、あなたは偉い神学者だ。しかし、ぼくがストレートに接している、神学そのものであるところの『神』よりも、あなたの方が縁遠い人間に感じられますよ。そうなんです。あなたの前ですが、あえて言わせてもらいますよ。ぼくの枕もとで神の話をして下さるとしても、神の仲介者よりもはるかにぼくは神を信じています。心臓の打つところ、まなざしの輝くところならどこでも、それが人間であれ犬であれ小鳥であれ、差別なく、神があり希望がある。ぼくには、完璧(かんぺき)なただひとりの神など信じられない。――抹殺された、いわば無効の、神。みずからに改心の跡をとどめ、心のひずみを修正した無数のさまざまの神。いつもいくらか迷い、それでも道に迷う自分を認めて、努力する神。おそらく、発育不全の神。――おのぞみなら、『小人の神』と言ってもいいが――そんな神を、ぼくは信じているんですよ」

 

「解説」より:

「一九五五年ガリマール版テキスト裏表紙の紹介文。
 『変身可能の能力とは、出口のない愛への懲罰であろうか。あるいは、それを輪廻説の神秘的な影響のせいだとすれば、もっとなっとくしやすくなるだろうか。とにかくそれが、若い詩人、フィリップ・シャルル・アペステーグに賦(ふ)与された不幸な能力であることは、たしかだ。詩人は、夫を熱愛している若い人妻で、日曜日ごとに食事にまねいてくれる美しいオブリガチオンに恋慕している。
 アペステーグの魂は、一匹の蠅やのら猫のからだの中へ、つぎつぎにまぎれこんだあと、愛する女の肉体のなかにもぐりこんでしまう。
 (中略)
 詩人の魂はそこにじっととどまっていたか。さいわいにして、否(ノン)だ。ほどなく、きわめて優秀な頭脳をもつ小人(こびと)、ギュチエレッツ博士の肉体に住みつく。――ながい月日をへて、彼自身のすみか、最も住みごこちのいい、フィリップ・シャルル・アペステーグの肉体に再会し、それをとりかえすときまで。この(最初にして)最後の「居住地」のおかげで、すばらしく魅惑(みわく)的な未亡人、オブリガチオンと、彼は結婚することになる。
 この幻想的な物語のなかには、さりげない外見の下に、ひじょうに深い詩と形而上学のむすびつきがみられる。おそらく、ジュール・シュペルヴィエルの最高の作品の一つと言えよう。これは、まさしく驚くべき事件とユーモアと真実で、たくみに構成された、ラテン系のホフマンである。』
 一九六〇年、(中略)ガリマールの『空想図書館』シリーズは、エチアンブルの編集で、「シュペルヴィエル」を世に送った。その中の紹介は、さすがにもうすこし詳しい。それを参考にして以下に記すと、『日曜日の青年』の同題第一部は、一九五二年に書かれた。代議士フィルマンと結婚したオブリガチオン、その妹で神秘学に関心をもつドロレス、そして詩人アペステーグという人物配置。詩人は、蠅、つづいて猫に変身、そして知人の金に手をつけたフィルマンの自殺後は、オブリガチオンの肉体に住みつく。第二部、「後日の青年」では、小人が重要な役割を演ずる。詩人は小人の肉体にうつり住むことによって、肉体と精神の対立的な苦悩をえがき、美と醜の問題、さらには存在論にいたる、人間の矛盾の扉をつぎつぎにひらく。最後に病みほうけたもとの自分の肉体にめぐりあうという設定のこの部分は、一九五四年に書かれた。その翌年、第三部「最後の変身」が完成する。ここでは、一時は、自殺未遂によって発狂した小人が、盲目になることによって、精神の自由を獲得し、病いからもたちなおり、アペステーグとオブリガチオンを結婚させる。だがやがて小人は死に、アペステーグは家庭から脱出し、旅に出る。そして、ある淫蕩な女詩人と出会うことによって〈最後の変身〉「詩そのもの」への変身を実現するのである。」


















































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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