『ネルヴァル全集 I』 (全三冊)

「怠惰だった、とひとは言う。
ものを書いても、インクが涸れ勝ちだった。
すべてを知ろうと望みながら、何一つ知ることはなかった。
ある冬の夕べ、ついに、この世に倦んで、
魂が立ち去る時がきた。
「どうしてきてしまったのだろう」とつぶやいて、彼は行ってしまった。」

(ネルヴァル 「墓碑銘」 より)


『ネルヴァル全集 I』
ŒUVRES DE GÉRARD DE NERVAL

監修: 渡辺一夫/佐藤正彰/井上究一郎/中村真一郎
編集: 入沢康夫/稲生永/井村実名子

筑摩書房
1975年3月30日初版第1刷発行
1980年5月10日初版第2刷発行
432p 緒言・目次xi 
口絵(カラー)1葉 口絵(モノクロ)8p
図(折込)1葉
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価5,600円
装幀: 渡辺一夫

月報 (16p):
邦訳刊行に際して(佐藤正彰)/断片の光芒(川村二郎)/秘密の音楽(安藤元雄)/その日暮しの作家ネルヴァル(井村実名子)/プルーストのヴィジョンを開花させたネルヴァル①(井上究一郎)/証言①G・ベル/A・ヴェイユ(井村実名子 訳)/訳者紹介/編集室/次回配本



三巻本ネルヴァル全集。


ネルヴァル全集1-1


帯文:

「夢と狂気と幻想の織りなす神秘の宇宙。謎に包まれた作品群に詳細な註解を付して、その全体像の解明をめざす本邦初のジェラール・ド・ネルヴァル集成
推薦 篠田一士・澁澤龍彦・福永武彦」



帯背:

「詩篇
回想/評論」



本書「緒言」より:

「本「全集」は、(中略)正確には、ジェラール・ド・ネルヴァルの主要作品集成とでも言うべきものである。」
「中学(リセ)在学中から始り、奇怪な自殺によって幕を閉じた約三十年間の彼の文学生活における諸々の成果は、その死に先立つ数年の間に創出・集成・完成された作品群(中略)に、いわば凝縮昇華されつつ集大成されており、これらいくつかの主要作品を中心にして、相互に力を及ぼし合っている一つの星雲状の世界が、そこには実現しているのである。したがって、作品集を編むに当ってこの星雲の核をなす主要作品群を集の中心に据え、それらの理解に必要な付随的な作品や関連断片類を適切にその周囲に配することができれば、ネルヴァルの文学世界の本質は、ほぼ全面的に提示され得ると考えられるのである。敢えて採用した「全集」という称呼は、右のごとき意味、――いいかえれば、ネルヴァル文学の精髄そのものを、最も濃縮された形でここにことごとく集約せんとする意図からする称呼であると、御了解いただきたいと思う。」
「ネルヴァルの文学活動の見逃し難い一側面をなす劇作は、本全集には全く収められていないが、これは、現在知られている限りのネルヴァルの劇作品がすべて他の一人または二人の作者との共作・合作であって、それぞれにおける彼の持ち分が明確でない、という理由にもとづく。」
「或る程度重要な作品であっても、現在書店で訳書が入手し得る場合、本全集から除外したものがある。すなわち、次の三篇である、(1)『阿呆大王』(中略)、(2)『幻視者たち』(中略)、(3)『魔法の手』」
「本全集では、編集意図から、そのごく一部の抄訳の収録にとどめた二大旅行記『東方紀行』『ローレライ』の全訳は、(中略)それぞれに企てられるべきものと考える。」



ネルヴァル全集1-2


目次:

カラー口絵
 ジェラール・ド・ネルヴァル記念碑
白黒口絵
 ジェラール・ド・ネルヴァル
 アルブレヒト・デューラー「メレンコリア」
 ソネ「運命」自筆草稿
 ソネ「アルテミス」自筆草稿
 フランチェスコ・コロンナ『ポリフィルス狂恋夢』所収木版挿絵「女王アルテミーズ」
 シャセリオー画「テオフィル・ゴーチエ」
 カミーユ・ロジェ画「シダリーズ」
 ヴァルニエ作「アルセーヌ・ウーセー」
 ジラルドン画「カミーユ・ロジェ」
 ジャン・デュセニュール作の肖像メダル「ジェラール・ラブリュニー」
 リナ・ジョネス画「ドワヤネ礼拝堂の廃墟」
 カルーゼル広場
 「エルナニ合戦」グランヴィルの諷刺版画
 『サルタンバンク』の一場面
 バヤデール(インドの舞姫)
 『ピキッロ』におけるジェニー・コロン
 『モンテネグロ人』の舞台
 「演劇界」創刊号の扉絵

緒言 (編者)

詩篇
 幻想詩篇 (中村真一郎・入沢康夫 訳)
  廃嫡者(エル・デスディシャドー)
  ミルト
  ホールス
  アンテロス
  デルフィカ
  アルテミス
  橄欖樹下のキリスト
  黄金詩篇
  《訳註》
 『幻想詩篇』関連詩篇 (稲生永 訳)
  兜をいただく頭
  エレーヌ・ド・メックランブールに
  マダム・イダ・デュマに
  マダム・サンドに
  マダム・アグワドに
  J-y・コロンナに
  ミルト
  《訳註》
 『ボヘミアの小さな城』収録詩篇 (中村真一郎・入沢康夫 訳)
  《小オード集》
   四月
   ファンテジー
   祖母
   従妹(いとこ)
   バイロン風の想い
   上機嫌
   政治
   黒点
   蝶
   今日(こんにち)はでもなく、今晩(こんばん)はでもなく
   シダリーズたち
  《抒情歌曲(リリスム)》
   スペイン
   愛の合唱
   ゴチックの歌
   小夜曲(セレナーデ)
   《訳註》
 雑詩篇 (井上究一郎・稲生永 訳)
  ナポレオンならびに戦うフランス(抄)
  メロディー
  悲歌的詩節
  アイルランドの歌
  人民――一八三〇年
  貴族と従僕
  宿駅
  リュクサンブール公園の小道
  ノートル=ダム・ド・パリ
  林の中で
  車中のめざめ
  落日
  あきらめ
  ヴィクトル・ユゴーに
  ラムスゲイトからアントウェルペンへの旅
  トウーレの王
  シャルル六世の夢想(断章)
  サン・ジェルマン=デ=プレの僧院
  地底の合唱
  イリリアの女たちの頌歌
  モンテネグロの歌
  アレクサンドル・デュマ氏に
  ハインリヒ・ハイネ夫人に
  あのひとは、愛、栄光そして希望のしるし
  カルロッタ・グリジに(草稿断片)
  色褪せた花(断章)
  御位高き奥方よ……
  墓碑銘
  《訳註》

ボヘミアの小さな城 (中村真一郎・入沢康夫 訳)
 或る友人に
 第一の城
  一 ドワヤネ街
  二 肖像
  三 シバの女王
  四 泣きぬれた女
  五 春(プリマヴェラ)
 第二の城
 コリッラ
 第三の城
 《訳註》

十月の夜 (中村真一郎・入沢康夫 訳)
 一 現実主義(レアリスム)
 二 我が友
 三 モンマルトルの夜
 四 雑談
 五 ロンドンの夜
 六 二人の賢者
 七 盲人カフェ
 八 パンタン
 九 無礼講(ゴゲット)
 十 焼肉屋
 十一 中央市場
 十二 イノサンの市場
 十三 納骨堂
 十四 バラット
 十五 ポール・ニケ
 十六 モー
 十七 がらくたの山
 十八 地精(グノーム)の合唱
 十九 めざめ
 二十 考察
 二十一 メリノの女
 二十二 道中
 二十三 クレピー=アン=ヴァロワ
 二十四 牢獄にて
 二十五 もう一つの夢
 二十六 教訓(モラリテ)
 《訳註》

散策と回想 (中村真一郎・入沢康夫 訳)
 一 モンマルトルの丘
 二 サン=ジェルマンの城
 三 歌のつどい
 四 幼年時(ユヴェニリア)
 五 初めの頃
 六 エロイーズ
 七 北の旅
 八 シャンチイ
 《訳註》

ローレライ(抄) (岡部正孝 訳)
 ライン川からマイン川まで
  六 フランクフルト
  七 マンハイムとハイデルベルク
  八 マンハイムの首斬人訪問
 チューリンゲンの想い出
  一 フランクフルトの『ファウスト』のオペラ
  五 ローエングリン
  七 シラー、ヴィーラント、宮殿
 《訳註》

評論 (稲生永・井村実名子 訳)
 「演劇界」趣意書
 『マラーナのドン・ジュアン』
 哲学詩と共和主義の英雄たちについて
 木戸御免
 悲劇の将来について
 『ピキッロ』
 『ファウスト』序文
 古代芸術と近代芸術

口絵解説 (稲生永・井村実名子)

『幻想詩篇』および『幻想詩篇』関連詩篇相関系統図 (稲生永 作製)



ネルヴァル全集1-3



◆本書より◆


「アンテロス」:

「お前は訊く、何故、私の心がかくも怒り狂うか、
首を圧さえられながらも、頭をもたげるか、と。
それは私がアンタイオスの種族の出だからだ、
私は勝ち誇った神に向かって、投槍を持ち直す。

そうだ、私は復讐神に魂を吹き込まれた者の一族だ、
私の額はあの荒ぶる神の唇の印をつけられている、
ああ、血まみれのアベルの蒼ざめた顔の下から
カインの強情な赤みが、時として私に現れる!

エホヴァよ! 汝の魔力に打ち敗られたその末裔は
地獄の底から叫ぶのだった、「おお、圧制!」と。
それはわが祖父ベルスか、父ダゴンか……

彼らは三度、私を地獄(コキュトス)の河水に浸けたのだ。
そして、私は、母アマレクタを唯ひとり護りながら、
その足もとに老龍の歯をまたしても播く。」



「アンテロス」訳註より:

「《註解》
アンテロス Antéros はプラトン『シュムポシウム』によれば、愛の神エロース Éros の双生の兄弟で、うとんぜられた恋の復讐をする神であるが、ネルヴァルは、この名に、同時に「反(アンチ)エロース」の意味と「アンタイオスの種族」の意とを含ませており、それによって「神秘的反逆者」の意味が強調されていると考えられている。」
「アンタイオス Antée ギリシャ神話で、海神ポセイドーンと地神ゲーとから生れた巨人で、母なる大地に身体が触れる度毎に力をとりもどす。ヘーラクレースによって何度も大地に投げつけられながら、その都度活力を恢復して立ち向って来たといわれる。」
「勝ち誇った神 勝利者にして世界の支配者、圧制者たるゼウス=ユーピテル=エホヴァ。」
「復讐神 悪魔サタン=ルチフェロを指すと言われているが、ここではそれにとどまらぬ、広義の反逆神・被抑圧神を考えるべきであろう。」
「ベルス Bélus バール Baal ともいい、エホヴァによって打ちやぶられたイスラエルの神。」
「ダゴン Dagon 右のバール(ベルス)同様、エホヴァに打ち負かされたフェニキア人の神。豊饒を象徴し、人間に農耕を教えた。しばしば半人・半魚(半蛇)の姿で表わされる。」
「アマレクタ Amalécytes は、旧約聖書でユダヤ人の積年の敵とされ、モーゼ、サウル、ダヴィデが戦ったとされている人種の名で、その祖はエサウの孫アマレク(中略)。ここでは、その種族名を単数形にして「母」の名に転用している。つまりここにもエホヴァへの反抗のテーマがからんでいる。」
「老龍の歯 (中略)ギリシャ神話のカドモスに打ち負かされた龍の歯は、カドモス(のちにはイヤソーン)によって大地に播かれ、そこから武装した巨人たちが生え出た。(中略)「アンテロス」のこのくだりにおいて、作者は、自らを、「神ヤーウェ(エホヴァ)に反抗して、大地に古代文明の種子を播く反逆異端の神格」に擬していると言えよう。」



「黄金詩篇」:

「人間、自由思想家よ! お前は自分だけが考えると思うのか、
生命があらゆるものに輝いている、この世界の中で?
お前の持つ力を、お前の自由は勝手に扱う、
然し、お前のあらゆる意見に、宇宙は耳をかさぬ。

獣の中に、うごめく精神を尊重せよ。
一つびとつの花が、現れ出た自然の魂なのだ。
愛の神秘は、金属の中に息(いこ)う。
「全てに感覚がある!」そして全てはお前の上に力を及ぼす。

盲いた壁の中に、お前を覗う視線を恐れよ。
物質にさえも、言葉は与えられている……
不敬な事に、それを使うな!

しばしば暗い存在の中に、匿された神が住む。
そして瞼に覆われた眼が生れ出るように、
清らかな精神は、石の殻の下に育つ!」



「黄金詩篇」訳註より:

「《註解》
『黄金詩篇』 Vers dores は、元来はピタゴラスの著と称される、詩句で綴られた教訓・箴言集の標題であり、この書名を題名とする本詩篇は、(中略)ピタゴラス派神秘主義に深く根ざしたネルヴァルの世界観の吐露となっている。
 ピタゴラス派神秘思想は、万物の根元に「数」をおき、霊魂の転生(メタンプシコーズ)と、物活論(アニミスム)とによって、世界を説明する。そこから万物有情・万物交感の考え方が出て来る。」
「自由思想家 普通には十八世紀啓蒙主義の流れの中で、カトリックのドグマにとらわれない自由検討にもとづく思考法をはぐくまれた者をいうが、ここでは、その中でも特に、一切の霊的な存在や汎神論的世界観を許容しない、唯物的思想家を指しており、そこから来る人間中心主義や、そのような傾向を持つものとしての「人間」全体が、対象となっていると言えよう。」
「宇宙は耳をかさぬ 第三行第四行の大意は次のごとくであろう。「人間よ、おまえは、おのれの持つ(思考するという)能力を、自分だけの特権のように勝手気ままに使っていい気になっているが、その小ざかしい分別のどれをとってみても、そこには宇宙の真理は欠けているではないか。」
「第十三行第十四行の大意は次のごとくであると考えられる。
 「赤ん坊が生れて来るとき、その目はまだまぶたに覆われて(つまり目をつむって)いるのだが、それと同様に、生命のないと見える石ころについても、その固い外殻の内部では、一個純粋な精神が、ひそかに生長をつづけているのだ。」



「シャルル六世の夢想(断章)」より:

「この私は、たとえ選ぶことができたにしても、
静かで、陰欝な、望みのない生活や、
人里離れた森の中の、苔と、ジャスミンと、葡萄のはりつめた、
みすぼらしいあばら屋しか好きになれなかっただろう。
手入れをする草花、釣師の小舟、
水の上の夜の爽やかさを胸一杯すいこみ、
山上にあっては「神」に祈り、欝蒼と茂る森や
ひろい牧場をさまよいながら夢想にふけり、
夕べには、顔を沈む日の薄明りに染めて、
丘の斜面をくだる。
その時、一陣のかぐわしい風が、そのなげきの声にのせて、われわれのもとに、
古い昔の哀しい歌のかすかな響きを運んでくる。」



「カルロッタ・グリジに(草稿断片)」より:

「私のためにあなたが手ずからつんだ薔薇の花は
あなたなしに生きようとはしなかった。
郷愁がそれをしおれさせてしまったのだ。
心地よく甘い薔薇の精が
この詩のなかでまたあなたに会えるように。」



「御位高き奥方よ……」より:

「悲惨のあまり私の頭は役に立たなくなりました。」


「墓碑銘」より:

「怠惰だった、とひとは言う。
ものを書いても、インクが涸れ勝ちだった。
すべてを知ろうと望みながら、何一つ知ることはなかった。
ある冬の夕べ、ついに、この世に倦んで、
魂が立ち去る時がきた。
「どうしてきてしまったのだろう」とつぶやいて、彼は行ってしまった。」



「ボヘミアの小さな城」より:

「――あれほどの美しいものを、どこに失くしてしまったのだい、と或る日、バルザックが私に言った。――不幸の中にさ! と私は、彼のお得意の言葉を使って答えた。」


「十月の夜」より:

「彼はモンマルトルの石切場へ行くつもりなのではない。石灰工たちと長々と話し合うためである。彼は石工らに、大洪水前の動物について教えを求め、地質学的探究において、キュヴィエといっしょに働いた昔の石工たちについても質問するだろう。そうした石工がまだ残っている。ぶっきら棒ではあるが、物わかりのよい、これらの男たちは、燃える薪の光の傍で、数時間のあいだ、今なお残骸の発見される怪物どもの物語や、地球の初期の革命の絵巻に、耳を傾けるだろう。時々、浮浪者の一人が眼を覚し、静かにしろとわめく、しかし、すぐ黙らされてしまう。
 不幸にして、大きな石切場は今日では閉鎖された。赤城(シャトー・ルージュ)の側に一つあるが、それはドルイド教の神殿に似て、四角な屋根を高い列柱が支えている。眼差を奥へ投げると、我々の祖先らの恐るべき神々エシュス、トート、あるいはケルヌンノスが出て来るのが見え、我々は顫えおののく。」

「廊下――無限の廊下! 階段――登り、降り、また、登って行く階段、その下は常に、橋の巨大なアーチの下を水車で動かしている黒い水に浸っている。……入り組んだ骨格!――昇り、また走りまわる廊下――それは幾つもの永遠の間……私の誤ちによって、この苦しみが負わされるというのか。
 むしろ生きている方がましだ!!!
 それどころか、――今や私の頭は大きな金鎚でぶち破られようとしている。これはいったいどういうことなのだ?」

「おや、頭痛が去った。……そうだ、だが馬車は出てしまった。居残ろう、そしてこの喜劇と夢と現実との恐るべき混合から脱け出そう。
 パスカルは言った。
 「人間は必ず気が狂っているので、気が狂っていない人も、異な風に気が狂っているのだ。」
 ラ・ロシュフーコーはそれに付け加えた。
 「ただ一人賢明たろうとするのは、大いなる気違いだ。」
 これらの格言は慰めになる。」



「『ファウスト』序文」より:

「ここで作者は、真の天才というものは、たとえ神の思召しから長い間離れていても、結局、あらゆる知識、あらゆる行動の避けがたい目的であるかのように、いつもそこに戻って行くのだということを結論として与えているように思われる。」
























































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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