中野美代子 『西遊記 ― トリック・ワールド探訪』 (岩波新書)

「そもそも、『西遊記』における論理とは、以上に見てきたように、極度に観念的な記号操作によってみちびかれてきたものである。それは一見して空虚な「お遊び」であるから、文学的ないし人間的な解釈をいっさい容れぬ論理の網を張りめぐらし、その網の張りかたの成否にのみ、すべてを賭けているといってよいだろう。」
(中野美代子 『西遊記』 より)


中野美代子
『西遊記
― トリック・ワールド探訪』

岩波新書 新赤版 666

岩波書店 2000年4月20日第1刷発行
243p 目次iv
新書判 並装 カバー 
定価700円+税



本書は明末に刊行された『西遊記』世徳堂(せいとくどう)本に隠されているトリックとその意味を探る本です。
本文中、図30点、表7点。


本書より:

「『西遊記』は、表面上は一貫して仏教的な色彩に塗りこめられており、道教については、むしろ悪玉の役を振りあてられている。しかし、その根底には、道教的な概念が目だたぬように、だがきわめて濃密にちりばめられている。」


中野美代子 西遊記1


カバーそで文:

「孫悟空など登場人物のイメージから、西遊記は荒唐無稽なだけの作品とおもわれがちだが、はたしてそうだろうか。西遊記の全体構造がもつ極度に論理的な世界に注目した著者は、五行、易、煉丹術などの思想を基に、西遊記の内部に張りめぐらされた仕掛けを解き明かしながら、西遊記成立の創作現場を再現する。」


目次:

はじめに
三蔵の西天取経行程図 (著者原画)

I 三蔵法師のからだ
 1 弱い龍王たち
 2 「魏徴が龍を斬る」とは?
 3 聖胎か凡胎か
 4 三蔵の清浄な肉
 5 三蔵のスペルマティック・クライシス
 6 「取経」は「取精」?

II 数字の読みかた
 1 貞観十三年の謎
 2 ふたつの中心軸
 3 二乗数の秘密
 4 記述された数字9と構成する数字7
 5 シンメトリーなエピソード群
 6 虫と女難の連鎖

III 組みたて工事
 1 部品(パーツ)の分解
 2 設計図の引きかた
 3 雲南の川と金銀
 4 易(えき)による組みたて
 5 工事現場から

IV 変換ものがたり
 1 登場人物の記号論
 2 変換する五人
 3 三蔵の変換ものがたり
 4 三蔵と虎のものがたり
 5 三蔵の従者たちの変換ものがたり――むすび

引用参考文献
あとがき




◆まとめと感想◆


I 三蔵法師のからだ

の章では、前世で釈迦の高弟・金蝉子(こんぜんし)だった時、お説教のあいだ居眠りをしていた罪で凡胎(俗人)として俗世に落とされた三蔵法師が、聖胎と凡胎のあいだを往還する両義的な存在であること、そういう三蔵法師のからだは清浄であり、妖怪たちにとっては不老長寿をもたらすごちそうであるため、つけ狙われること、また、女怪たちからはその「元精」(精液)を狙われること、が説明されています。「取経」と「取精」が同音であること(qujing)が指摘され(「経」と「精」はいまではともに同音(jing)であるが、明末では「経」は kiang、「精」は tsing と、異なる音であった。しかし西遊記のような通俗小説では、似た音同士のいわば「音通」現象はしばしば見られることである、とのことです)、三蔵法師の「スペルマティック・クライシス」なるものが論じられるあたりは中野氏の真骨頂(?)です。

道教の煉丹術では(西洋の錬金術でもそうですが)金丹の煉成過程が性的なアナロジーで語られることが多く、『西遊記』の表面は仏教的外観に覆われているので「真経」を取りに行くのが一行の「西天取経」の目的になっていますが、裏の道教的な意味では、「西天取精」つまり金丹の煉成が目的であるということになります。

世徳堂本第98回で、霊鷲山(りょうじゅせん)のふもとの川を三蔵法師一行が渡し舟に乗っていくと、上流から死体が流れてくるが、それは三蔵法師の死体であって、脱胎(修行の果てに凡人が肉体を脱し仙人となること)のしるしである、めでたいことよ、というのはドッペルゲンガー(自己幻視)みたいでおもしろいです。


II 数字の読みかた

の章では、『西遊記』世徳堂本の構成における二つの中心軸として第49回(第98回で西天に到着するので、第1回と第98回の間の真ん中です)と第55回(三蔵法師が取経に出発するのが第13回なので、そこを起点として、第13回と第98回の間の真ん中にあたるのが第55回です)があり、それらを中心としてエピソード群がシンメトリーに配置されていると論じられます。また、デューラーの版画「メレンコリア」に見られる「ユピテルの魔方陣」が十三世紀の中国においてすでに楊輝の『続古摘奇算法』で研究されており、明末には高度な魔方陣研究がなされていたことから、世徳堂本の作者たちも魔方陣についての知識を持っていたであろうとし、『西遊記』の記述や構成において数字9と7のもつ重要な意味が指摘されます。


III 組みたて工事

の章では、『西遊記』世徳堂本の作者たち(著者は「匿名の頭脳集団」と呼んでいます)が、先行資料(蓄積された西天取経故事群)を分解し、部品(パーツ)として利用しつつ、足りない部分は新しい部品を作って、前章で示されたような構想に基いて作成した設計図を元に並べた「組みたて工事」の様子が、想像も交えて述べられています。
また、著者の「NHK学園」での受講生だった西孝次郎氏による、『易経』の「卦」との関係についての説も紹介されています。


IV 変換ものがたり

の章では、登場人物と「五行」(水・火・木・金・土)の関係が論じられます。ここでも西孝次郎氏の説が紹介されています。数字7の意味についての発見も若い受講生によるものであり、そういう意味では本書もまた、美代子親方を中心とした頭脳集団による「組みたて工事」であるといえます。























































































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ひとでなしの猫

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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

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ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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